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旧海軍姫路航空隊 鶉野飛行場跡、「平和祈念の碑」に行かせていただきました。
ここは筆者の生まれ故郷である兵庫県加西市にあり、かっては毎日のように行き交いしていたところです。
鶉野飛行場跡(姫路海軍航空隊鶉野飛行場、川西航空機姫路製作所鶉野工場跡)は、太平洋戦争が悪化しはじめた頃、優秀なパイロットを養成するため、昭和17年に着工し、昭和18年に完成した旧日本海軍の飛行場跡です。
飛行場の建設に伴い、昭和18年10月には姫路海軍航空隊が開設され、同時に航空整備、兵科、運用、主計、航海、機関、通信、工作、兵器、砲術、医務等の兵隊が在隊していました。また、飛行場の西南には、川西航空機姫路製作所鶉野工場があり、「紫電」「紫電改」など 500機余りの戦闘機が組み立てられました。
当時、航空隊には、17歳から25歳までの若者が全国から約320名集められ、ここで30時間の飛行訓練を受けた後、各航空隊へと散っていきました。 昭和20年には、練習生による神風特攻隊「白鷺隊」が編成され、終戦までに63名の尊い命が失われました。
鶉野飛行場跡ガイドブック より
「白鷺隊」の御霊、63柱の魂が安かれと祈ります。 鶉野飛行場のすぐ西にかって使用していた銃座跡に対空機銃座に25mm機銃が平成27年9月5日、日露戦争の奉天会戦の勝利に由来する奉天池の土手下の田んぼの中に、対空機銃座が据え付けられました。
これは、映画「男たちの大和」で撮影用に作られ、戦艦大和に装備されていた機銃で、東映の厚意により、ここ鶉野飛行場跡で展示されました。
本物そっくりの三連装対空機銃、映画「男たちの大和」では中村獅童氏が射撃の指揮をされていたものです。田んぼの中に佇む機銃、周囲には保護用の屋根が取り付けられています。
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鶉野飛行場跡なのですね
尊い命をかけてくれた先人に恥じぬ様な国を守って行かなければならないと改めて感じました
映画にも協力されていたのですね
貴重な記事をありがとうございますm(__)m
ナイスとツイート
2015/9/6(日) 午後 6:26
有難い記事のトラバをありがとうございます
私からもトラバさせて下さいね〜
宜しくお願いますm(__)m
2015/9/6(日) 午後 6:28
今日もありがとうございます。
貴重な写真の数々に感動いたしました。
☆
[ 琴鈴 ]
2015/9/6(日) 午後 6:54
日本各地で戦争遺跡保存の動きがありますね。
これも保存していただきたいものです!
ナイス!
2015/9/6(日) 午後 8:42
貴重な写真をありがとうございます。
ナイス
2015/9/7(月) 午前 1:09
国を護る先人に感謝を捧げます。
ナイス
2015/9/7(月) 午前 7:48