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戦前から昭和天皇を撮影していた、写真家の山端祥玉(やまはた しょうぎょく)山端氏は昭和天皇の写真を撮る前に、御文庫(当時の昭和天皇の住居)に下見に行った際、あまりに質素な事に感激された。
特に「両陛下のおスリッパを見て感泣してゐた」と伝わります。
(昭和天皇の侍従長・入江相政日記より)。 肇国以来、「常に汝臣民と共にあり」を継承されてこられた畏くも昭和天皇、今上陛下。筆者は陛下の叡慮に幾度か涙しました。
昭和天皇、香淳皇后は、大豆の粉やフスマ入りのパン、素うどんなどを召し上がられました。
膝の擦り切れたズボンも取り換えず、空襲で焼けた宮殿を新設することもお許しになられませんでした。 「国民はバラックに住んでいるから自分たちだけ贅沢することはできない」との由。昭和34年、日本国民は皇太子殿下、美智子妃殿下の御成婚を華やかに祝いました。しかし、その時ですら、昭和天皇、香淳皇后は御文庫(防空壕)で暮らしておられた。それからさらに2年、終戦から16年経過して、やっと新たに建てられた「吹上御所」に移られた。 「こんな良い家に住める様になったのも、皆んな国民のお陰だ」と・・・
飽食の時代と言われる今日、昭和天皇、香淳皇后が常に汝臣民と共にあられたかを思い出してほしいと願う。
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両陛下は、昭和生まれの我々にとっては、畏れ多いが父であり母で在らせられた。陛下崩御の報の際にはあまりのショックで発熱して寝込んでしまった。
[ 大塚修一 ]
2019/1/3(木) 午前 9:58
これが我が国柄です。
ナイス
2019/1/3(木) 午後 1:15
他国の大統領夫人が靴を数百足持っているとかのニュ−スが数十年前にありました。
香淳皇后と比較するにはあまりにも不敬でありますが、ふと思い出してしまいました。
2019/1/3(木) 午後 3:49
アイコンがちぷたんになってしまいました。
たけしです。
2019/1/3(木) 午後 3:50
言葉にならない思いが溢れてきました
[ myk*13 ]
2019/4/11(木) 午後 9:19