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日本よい国、きよい国。 世界に一つの神の国。
降り積もる深雪(みゆき)に耐えて色変えぬ 松ぞ雄々しき人もかくあれ

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即位礼と大嘗祭は違憲と提訴へ
来年催される新天皇の「即位の礼」や皇位継承の重要儀式「大嘗祭」などは、憲法が定める政教分離と国民主権の原則に反するとして、全国の少なくとも120が、国に儀式への公金支出の差し止めを求め、東京地裁に提訴することが8日、関係者への取材で分かった。提訴は12月上旬を目指している。
 
昭和から平成の代替わり儀式を巡っても、違憲性を問う訴訟が各地で相次いだが、原告側の代理人によると、来年の天皇代替わりに伴う儀式を巡る違憲訴訟は、今回が初めてとみられる。
 
原告は、安倍晋三首相の靖国神社参拝などの違憲訴訟に関わってきた市民やキリスト教、仏教などの宗教関係者ら。(平成30118日 共同通信)
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「即位の礼」の後に行われる最初の新嘗祭が「大嘗祭」である。「即位の礼」と「大嘗祭」を合わせて「大礼」「御大典」という。


米は日本民族の源である。天皇陛下も毎年、御親ら稲種をお播きになられ、御親らお稲刈りをされる。

 
そのお米は「新穀」として宮中(新嘗祭)で五穀豊穣を神々に奉告される
 
これは天照大御神が「日本民族は米を食べて国を栄えさせるように」との神勅(斎庭の稲穂の神勅)による。
 
つまり我々日本民族の源は“米”である。パンではない。
 
天皇陛下は我が日本民族の“國體”であられる。
 
天皇陛下は国民を大御宝とし、「民の父母」たらんとして国民に仁愛を注いでこられた。
 
国民はこうした天皇陛下の御心に応え、天皇陛下を我が親のように慕い、天皇陛下を中心として国民が家族のように結び合ってきた。
 
だからこそ神話から今日まで一系の皇室が125代続いている。
 
我が国の歴史は天皇陛下と国民が争ったことはなく君臣一体が我が國體の精華である。
 
一方、西欧では君主と国民は争う。君主の絶対的な支配による服従や抑圧に耐えられず、国民が主体になろうとして君主を倒してきた歴史を持つ。
 
これが“国民主権”の源流である。
 
我が国にはこれはない。
 
つまり「日本国憲法」という名の占領憲法は、我が国の歴史を知らない外国人の歴史観で作った憲法だから「国民主権」となるのである。

我が国には国民主権の言葉はいらない君臣一体の国柄である。
 

もう一つの「政教分離」について、神道は宗教ではない

 
「宗教」というのは字にある通り「教え」である。
 
「神道」は字にある通り「道」である。“神(かん)ながらの道”なのである。
 
「教え」と「道」は違う。
 
しかし日本の占領憲法の解釈は、政教分離は神道だけを言い、仏教やキリスト教は暗黙の了解であるのか何も言われない。
 
創価学会が政治をやっている。幸福の科学も。仏教も、キリスト教も、新興宗教の人も政治をやっているが政教分離と騒がれない。
 
戦後日本は宗教ではない神道だけが悪いもの扱いされているのである。
 
これはすべて“占領憲法”が日本の歴史、伝統、文化、国柄に合わないことから問題化されているのであって、天皇陛下を「象徴」としているおかしな憲法を早く正さなければいけない。
 
さて、この原告は「安倍晋三首相の靖国神社参拝などの違憲訴訟に関わってきた市民やキリスト教、仏教などの宗教関係者」とある。
 
我々日本民族の國體を貶めるこの連中は何者なのか?
 
きちんと出自や素性を明らかにすべきである。
 
どうせ反日のバカ共か在日ではないのか?
 
こういうバカどもに綿々と続いてきた日本の伝統を消されてはならない。

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転載元転載元: さくらの花びらの「日本人よ、誇りを持とう」

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天皇彌榮(すめらぎいやさか)
拙ブログへお越しくださり感謝をもうしあげます。

平成最後の明治節の日です。明治、大正、昭和の御代を過ぎ、畏くも今上陛下の御代も残すところ僅かになりました。
本年は王政復古の大号令より百五十年の秋を迎えました。何ら意味を為さない文化の日という呼称、日本人にとって11月3日という大切な日を、祝日法を改正して「文化の日」を「明治の日」に改めようとする動きが、保守系の市民団体や国会議員を中心に本格化しています。当然ながら戦前の「明治節」の復活を意図しております。
筆者が子供の頃、11月3日は明治節、23日を新嘗祭として祝う家庭がまだまだ多かったです。祝日には国旗が各家庭に掲げられ祝日を国民あげて祝ったものでした。筆者の祖父、祖母はもちろん、子供の頃は明治生まれの方々が必ず身近にいて、そのお年寄りから伝統、歴史、慣習など多くを学んだものでした。
故事「天知る、地知る、我が知る」が祖母の口癖でした。不正や悪事、嘘を許さない明治人の高潔さをよく表したものです。

今日11月3日は、明治天皇陛下の生誕の日、戦前は四大節の一つとして新年と紀元節、天長節とともに盛大に祝われていました。
明治天皇陛下の偉業は、多くの文献、史書にとりあげられています。
では、明治日本では天長節をいかに祝っていたのでしょうか?
田山花袋の『田舎教師』は病死した青年教師の日記などをもとに明治の末、書かれたものですが、その中に11月3日の天長節、つまり明治天皇陛下誕生日のことが記述されています。
先生や生徒、父兄、それに村の有力者らが晴れ着姿で集まり「君が代」などを歌い、子供たちはお菓子をもらって帰る。
先生や村長たちは茶話会に移り、さらに田んぼの中の料理屋での「2次会」に繰り出す。そこで校長と村長は今年の豊作について話しこむ。
地方の隅々に至るまで、天長節が楽しい行事として国民の生活に溶け込んでいたことが偲ばれます。
しかし、明治時代は悠久の往古の古きよき習俗も近代化にともない捨ててしまった残念な時代でもあります。しかし、その一方で明治とは古きよき時代の息吹を残そうと我々の先祖が必死だった時代でもあります。
平成日本は昭和の息吹すら簡単に捨ててしまう軽薄な時代です。
とても残念でなりません。
明治という文字は失ってしまった日本人のこころを、明治という時代の日本人の一体感のようなものをも感じさせます。
明治日本を訪れた諸外国の識者、文化人はこの頃の日本を絶賛しています。
家に鍵をしなくとも生活できるくらい安全だ った治安、貴重品を公共の場に忘れても、財布の中身も無事に届けられた節度が この頃の日本にはありました…

皆さんご存じのように台湾の国策顧問を成し、日本人に帰化された金美齢女史は、2010年1月の「正論」で次のように述べられていますので抜粋します。


一国のパスポートは身分証明書であり、外国に出たら「最後の頼みの綱」である。その頼みの綱を失ったとき、私は個人にとっての国家がいかに大切であるか、個人は国に守られて生きているということを肌で感じた。台湾(中華民国)のパスポートではどこへ行くのにもビザ(査証)が必要になるが、パスポートがなければビザの申請自体を受け付けない国がたくさんある。 

日本のパスポートは世界のほとんどの国にビザなしで入れる。この凄さを認識している日本人(国民)はいったいどれほどいるだろうか。パスポートはその国の国際社会におけるポジションを示す。日本人はミシュランガイドの星を有り難がるよりも前に、日本のパスポートが三つ星どころか五つ星と言えるほどの実力を持っていることを、つまりそういう国に生まれたことを感謝すべきなのである。 

ところが、そんなパスポートを持っている日本人の多くが、いま享受している諸々は先人たちが営々と築いてくれた遺産の上に成り立っていることを認識できず、国の恩恵、保護を忘れて、自分の国を蔑み、距めようとしている。私に言わせれば、そんな日本人は日本のパスポートを持つ資格はない。即刻返上すべきである。 

たしかに人間はいつの時代の、どんな国の、どんな両親のもとに生まれてくるかは決められない。それは運命である。その運命の中で、自らの生をすべて受け入れたところから人生は出発するしかない。日本人に生まれたということは、日本という国の歴史を背負っていくということである。 



先人の偉業、戦禍に倒れた英霊に感謝のこころさえ忘れてしまった日本人。
金美齢女史が述べられているように、今の日本の信用は今の日本人が築きあげたものではありません。
建国以来、道義を大切にし、それを行なってきた先人の遺産なのです。
これを、現世の日本人の都合で変えてはならないのです。
明治日本は僅か半世紀足らずで、極東の小国「日本」を世界に知らしめました。
明治節の日にあたり、明治大帝の御遺徳をしのび、明治大帝の下、道義国家日本を世界に知らしめた先人に感謝し、失ってしまった「日本人の誇り」「日本人としての矜持」を取戻して欲しいと願うばかりです。



明治大帝が人の心のあり方について詠まれた大御歌(おおみうた)に、次のようなものがあります。

久かたの 空に晴れたる 富士の根の
 高き人の こころともが

(大意:晴れた大空にそびえる富士山の高根のように、気高い心を自分の心としたいものだ)

あさみどり すみわたりたる 大空の
 ひろきをおのが 心ともが
  
(大意:浅緑色に澄みわたった大空のように、広々とした心を自分の心
としたいものだ)


目の見えぬ 神に向ひて 耻(はじ)ざるは
 人のこころの まことなりけり
  
(大意:目に見えぬ神に向って恥じないのは、人の誠の心であるよ)

 人は親に育てられ、やがて自らの人生を歩みだします。誰にとっても親は、人生について教えてくれた最高の恩人です。明治大帝は親について次のように詠まれています。

たらちねの おやのをしへ 新玉の
 年ふるままに 身にしみける
  
(大意:年々、新しい年を重ねるにしたがって、身に染みわたるのは、
自分を育ててくれた親の有り難い教えである)

 人には誰しも友だちが必要です。真の友情は、人を磨き、人を成長させます。明治大帝は、そのことを次のように詠まれています。

あやまちを 諌(いさ)めかはして 親しむが
まことの友の 心なるらむ


(大意:過ちがあれば互に注意しあって、親しんでゆくが、本当の友だちの心である)

 明治大帝は、一人一人の自分の努力の大切さを、わかりやすく歌に詠まれています。

つもりては 払ふがかたく なりぬべ
 ちりばかりなる こととおもへ
  
(大意:心の汚れというものは、僅かなる塵ほどのことと思っても、
そのままにしておくと積もり積もって、払うことができなくなって
しまう。だから、自分の心を常に清めなければならない)

思ふこと おもふがままに なれとも
 身をつつしまん ことを忘るな
  
(大意:なんでも自分の思うようになるようになったとしても、人は
わが身を慎むことを忘れてはならないぞ)


中村草田男は、昭和初年に「降る雪や明治は遠くなりにけり」と詠みました。しかし、「明治」はわが国、日本人にとって遠くなってはならず、「明治」がありありと近づいてくるのを感じなければならない。
他国の習俗であるクリスマスや、商業イベントである、バレンタイン、ハロウィーンに踊らされることなく、日本人本来のお祭り、神事、祝い事を大切にしたいものです。
11月3日が「明治の日」になり、菊花の香りの中に、日本人が「気宇壮大」な「明治」を振り返る日が実現することを強く望んでやみません。
誇りある「日本人」として、「日本人は日本人らしく」・・・・
そして「日本人よ日本に帰れと」願うばかりです。

今日は、国旗を掲げましょう・・・・・・




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111日、日本テレビ「スッキリ」で「良くわかる!徴用工判決」を取り上げた。
 
ここに出てきたのが東海大学教授で芸能事務所ホリプロ所属の金慶珠である。
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金慶珠:「韓国では日韓関係は保守政権が担っており、基本的には日韓関係を優先するスタンスだった。ところが革新系の文在寅政権となったことで、国内の被害者の声に耳を傾けるスタンスできましたので、今回、こういう判決に結び付いたと言える」
加藤浩次:「今の金さんの話だと内政問題が国際問題になってる。日本を引っ張り出してきて徴用工問題をもう一回あげてきて有罪判決にするとは、国際社会では認めれませんよ、こんなの!」
金慶珠:「怒り心頭でごもっともと言いたいんですが、ただ一方で政権が変われば司法判断も変わるし、政府方針も変わるのはよくある話です
加藤浩次:「しかし条約が結ばれているのを基本的に踏まえた上でやらないと」
 
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金慶珠:「これから先は時効の解釈で、裁判を起こせない仕組みを考えているかもしれない」
加藤浩次:「考えていますか?だって国内のそういう人達が可哀想だからと日本企業を有罪にして日本との関係よりも内部の人間を取る、でも日本とも上手くやっていきたい。こんなずるいやり方はない
金慶珠:「加藤さんから見ればずるいと見るでしょうけど、韓国から見れば外交的戦略なんです
加藤浩次:そんなの国際社会は認めないって!
 
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加藤浩次:「では国際司法で日本が訴えた場合、韓国側は出て来ますか?」
金慶珠:出ていかない
加藤浩次:「なぜ?」
金慶珠:「国際司法裁判所はお互い合意しないと裁判は開かれない仕組みになっています」
加藤浩次:「知っています。自信があるなら出てくればいいじゃないですか」
金慶珠:「よくそういう風に言うんですが、我々は正しいので出ていく必要はない
加藤浩次:「おかしいじゃない、僕は納得いかない」
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これでは番組のタイトルは「良くわかる!徴用工判決」ではなく「良くわかる!韓国のバカさ加減」にするべきである。
 
金慶珠は「政権が変われば司法判断も変わるし、政府方針も変わるのはよくある話です」と言った。
 
これが李氏朝鮮の昔からから変わらない朝鮮人の考え方である。
 
加藤浩次は「国同士の条約でそれが通じるのか」と正しいことを言った。
 
さらに加藤は「日本企業を有罪にしながら日本とはうまく付き合いたいというのはずるいやり方だ」と言った。
 
これも朝鮮人らしいやり方である。昔から大国の間で力のない朝鮮民族がどうやって生き延びていくかの知恵である。
 
それを金慶珠は「それは韓国の外交的勝利だ」と言った。
 
これは「ずるいやり方」を「外交的勝利」にすり替える朝鮮人ならではの“騙し”の手法である。
 
そして加藤が「ならば国際司法裁判所で決着をつけよう」と言うと、金慶珠は「我々は正しいから応じない」と言う。
 
これで結論が出ているではないか。
 
日本はこんな民族と関わってはいけないのだ。
 
日本民族のような“正直”に生きる民族に対して、朝鮮民族は“嘘”も“騙し”も平気な民族である。
 
これでは正直が駆逐されるのは当然である。
 
こういう民族を相手にするにはこちらも嘘や騙しでずるくやらなければならなくなる。
 
しかし日本人は朝鮮人と共生する必要もないのだから、朝鮮人と関わらず、交わらず、つまり「断交」して「在日を追放」すれば、すべてが解決するのである。
 
これこそ「スッキリ」するのではないか!
 
さて安倍総理は11月1日の衆院予算委員会で、「徴用工」とされた原告4人について「4人はいずれも『募集』に応じたものだ」と答弁した。
 
これは非常に重要な発言である。
 
原告4人が「募集」ということは、国家総動員法の「徴用」が朝鮮人に適用される昭和193月以前のことであり、それは「徴用」とは言わない。
 
これは自分の意志で勝手に日本に来て働いていた“出稼ぎ労働者”である。
 
これを「徴用工」としていること自体間違いである。
 
朝鮮人の”嘘”にはあきれるばかりである。

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[中国] 世界初のAP1000、中国の三門1号機が営業運転
中国核工業集団公司は921日、浙江省の三門原子力発電で1号機(PWR125kW)が午前4時頃、フル出力による168時間の連続運転という営業運転開始条件をクリアしたと発表した。
 
今後、世界初ウェスチングハウス(WH)社製AP1000となった同炉の営業運転開始日は、最終的に21日に認定される見通し。
 
これにより、中国の商業炉は40基、3,905kWに達し、民生用の原子力発電規模は基数、容量ともに日本を抜いて世界第3位に躍進した。
(平成301019日 電気事業連合会)
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日本が原発稼働を遅らせている間に、シナが日本を抜いてしまった。
 
同じようなことが日本の歴史にある。
 
第一次大戦後、日本は海軍軍縮している間に米国が日本を抜き、日本海軍は大東亜戦争で敗れた。
 
これについて原子炉工学専門の奈良林直氏が次のように指摘している。
 
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原子力は国内が停滞している間に、中国に抜かれてしましました。世界初号機が米国ではなく中国山門で営業運転開始です。残念ですが。
 
中国のAP1000には、東芝の技術者もWH社に出向して、大勢試運転に参加していました。私も建設中のAP1000の格納容器の中に入って、建設工事を視察することができました。
 
WH社が指導し、中国の技術者が砂塵と熱気むんむんの中で設置工事や配管の溶接工事をしていました。米国で建設が遅延したにもかかわらず、中国が工事を完遂し、試運転を経て営業運転に入りました。日本国内にも建設すべきだと思います。(平成301031日 フェイスブック)


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AP1000とは、世界最先端の原発である。これを米国でなく、日本でもなく、シナが世界初の営業運転をするのだ。
 
AP1000は福島原発の事故のように電源を喪失しても、外部電源なしで原子炉を冷却できる優れものである。
 
これは日本の技術なのだから、日本がその優れものを享受すべきなのだ。
 
つまり福島原発のような事故を起こさないために原発を止めるのではなく、古い既存の原発は廃炉しながら、AP1000に入れ替えていくべきであった。
 
そうすれば裾野の広い原発産業は日本の経済をも支えていたはずである。
 
既に米国でもAP10004基建設中である。
 
危険なものをシナや米国がつくると思うか?
 
日本はいつまでも脱原発をとっていれば、こういう最先端の技術もどんどん失われて、今回のようにシナに日本人技術者が利用されてしまう。
 
そこで、日本で反原発をしているのはどういう連中か?
 
沖縄で反基地やっている極左活動家や反安倍デモをやっている連中と同じなのである。
 
これらの共通点は、どれも”シナにとって国益”であるということだ。
 
反日極左活動家や反日マスコミに不安を煽られて、それに騙された国民も原発稼働に反対する。シナにとっては日本国内でこういう活動をやってくれることは非常に都合がいいのだ。
 
結果、今回のように日本の技術を利用できたのだ。
 
日本は「もんじゅ」も廃炉したが、この高速増殖炉は世界でしのぎを削っているほど各国が欲しいものである。
 
これは今、ロシアがトップだが、インドとシナが必至で追いかけて2025年には60万キロワットの運転開始を目指している。
 
日本がロシアとしのぎを削っていたのに、日本は完全に脱落してしまった。
 
日本では報道されないが世界は原発推進である。
 
日本国内を覆う間違った原発に対する認識や放射線に対する知識を世界の常識にしていかなければ、万一、シナに南シナ海を押さえられて原油が入らなくなったら、日本は完全に終わりである。
 
リスクを避けるために原発を止めるのではなく、原発を止めていることがリスクであることに日本国民は気付くべきである。

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「教育勅語」の日

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尋常高等小学校卒業記念品の教育勅語

天皇彌榮(すめらぎいやさか)
拙ブログへお越しくださり感謝もうしあげます。


森友騒動で傷ついた教育勅語。また安倍内閣の新閣僚に心ない記者に悪意ある質疑によって再び教育勅語を傷つけられました。無知なる世論誘導や報道は残念でなりません。
教育勅語は日本人の背骨たる骨子が謳われているからです。
明治23年(1890年)10月30日127年前の今日、明治大帝より「教育ニ関スル勅語」が渙発されました。
GHQの四大指令の4 番項目により廃止してしまったことにより荒廃した今日の日本社会、國を顧みない政治家の横暴、すべて戦後教育の歪みであります。

明治大帝渙発による「教育ニ関スル勅語」は戦前まで日本国民の精神を培った教育基本法です。これは明治大帝が新たに決めたものでもなく日本古来からの伝統であり教訓をこれを普遍的に続く道徳であるとして、明治大帝みずからも努力して実践しようではないかと国民に呼びかけているものであり、陛下が一方的に国民に押し付けたものではありません。
戦後敗戦国となった日本は連合国に「教育勅語」を廃棄・失効させられ、これに代わって日本人の魂を狂わせ、戦後の教育や社会が悪化・堕落するように周到に仕掛けてあった社会科教育などの占領政策である。
現在の70歳以下の国民は戦後の教育で育ち現在の教育に何ら矛盾を感じないのです。
戦前は社会科という教科はなく、「修身・地理・歴史」という教科で学びました。
連合国は日本の精神の強さ、気品ある国柄を恐れ、再軍備し再び米国に立向かわないよう教育の場から「骨抜き」にしてしまったのです。
占領期間はわずかな期間で終わりましたが、占領政策に関しては倍の年数をかけています。
なぜなら、占領政策は「魂の原爆」となって、二度と米国に刃向かわないよう属国とし、日本の戦後70年の間、社会や教育悪化に深刻な影響を及ぼす骨抜き政策だったのです。

教育勅語こそ、先祖代々・明治以来百年の父祖の精神、品格ある国家と品格ある日本国民を生んだ大本だったのです。
 
連合国は、日本人を恐れ「教育ニ関スル勅語」を恐れたのです。
現在連合国の罠にまんまと嵌り、もがき苦しんでいます。
今日、世界で賞賛される日本人の礼節、謙譲、博愛のこころ、道徳が決して戦後教育によってのみ培われたものではなく,戦前からの継続性に基づいていることが明らかです。我々の先祖が教育勅語、修身教育によって身につけた内容は子供や孫に伝えられ,それが知らず知らずのうちに日本人の心に刷り込まれて今日に至っているという道徳の歴史的継続性を認識することも学校教育において重要なことではないでしょうか?
これらに気がつかず、国会にて「教育勅語」「修身教育」の復活すら議論されないことが異常であり、日本人が日本人であるために、百年後、千年後の日本に日本人らしさを継承するためには「教育勅語」は必須です。
教育勅語を否定することこそ尋常ならざることです。
 
 
 
朕(ちん)惟(おも)ふに 我が皇祖皇宗(こうそこうそう) 国を肇(はじ)むること宏遠(こうえん)に 徳を樹(た)つること深厚(しんこう)なり 我が臣民(しんみん) 克(よ)く忠に克く孝に 億兆(おくちょう)心を一(いつ)にして 世々(よよ)厥(そ)の美を濟(な)せるは 此(こ)れ我が国体(こくたい)の精華(せいか)にして 教育の淵源(えんげん)亦(また)実に此(ここ)に存す
爾(なんじ)臣民(しんみん) 父母に孝に 兄弟に友に 夫婦相(あい)和し 朋友(ほうゆう)相信じ 恭儉(きょうけん)己れを持し 博愛衆に及ぼし 學を修め業(ぎょう)を習ひ 以(も)って智能を啓発し 徳器(とくき)を成就(じょうじゅ)し、進んで公益を広(ひろ)め 世務(せいむ)を開き 常に国憲を重んじ国法に遵(したが)ひ 一旦緩急あれば義勇公に奉じ 以って天壌無窮(てんじょうむきゅう)の皇運(こううん)を扶翼(ふよく)すべし 是(かく)の如(ごと)きは 独(ひと)り朕が忠良の臣民たるのみならず 又以って爾祖先の遺風を顕彰(けんしょう)するに足らん
斯(こ)の道は 実に我が皇祖皇宗の遺訓にして 子孫臣民の倶(とも)に遵守すべき所 之(これ)を古今に通じて謬(あやま)らず 之を中外(ちゅうがい)に施(ほどこ)して悖(もと)らず 朕爾臣民と倶(とも)に挙々服膺(けんけんふくよう)して咸(みな)其(そ)の徳を一(いつ)にせんことを庶(こ)ひ幾(ねが)う
 
明治二十三年十月三十日
      御 名   御  璽

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