「学校で教えない自衛隊」の著者・荒木肇さんの「海を渡った自衛官」を以下に転載いたします。
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だいぶん昔のことです。某大新聞の投書欄を見ていたときでした。
「学校のそばに迷彩服が」というタイトルを見つけました。
読んでみると、投書の主は小学校の女性教師でした。
自分の勤務する学校のそばに自衛隊の演習場がある。
戦車が見えたり、トラックが走ったり、自衛官が迷彩服で走り回るのが目につく。
平和を教える学校現場のそばに、ああした施設があるのが許せない。
みんなで演習場への反対運動をするべきと職員室で声をあげたが、教職員の反響が思わしくない。
許せない。
よくもまあ、こんな稚拙な感想というか、幼い発想の書かれた投書を新聞も取りあげたものだとあきれた記憶があります。
演習場があるくらいです。おそらく人里離れた山に囲まれた町だったのでしょう。
学校の職員はよく知っています。
小さな町のスーパーに、迷彩服で買い物に来る隊員もいるでしょう。
演習場の地権者も保護者の中にいるに違いありません。
何も知らない若い女性教員が何を世間知らずのことを言っているかというのが学校長以下の感想だったことでしょう。
防衛大臣はおっしゃったそうです。『自衛官を賛美するな』と。
警察官は日夜、一般人の安寧を守るために働いている。褒めていい。
消防官も市民の生命財産を守るために火災に立ち向かっている。これも賛美していい。
自衛官は・・・。 防衛大臣にはきちんと伺いたいものです。
自衛官は、そんないけない仕事についているのか。
領空侵犯に目を光らせ、海上では不審なものがいないか日夜警戒し、いったんことがあれば
「身の危険を顧みず任務を果たす」宣誓をしている自衛官は無視してもいいのでしょうか。
自衛官のご本人のみならず、そういう仕事を選ばせた家族は愚かなのでしょうか。
防衛大臣はアメリカ軍の基地についてこうもおっしゃった。
「迷惑施設である」と。
軍隊は迷惑な存在なのか。
あなたの部下にあたる日本人の自衛官ですら、褒める気にもならない。
それなら外国の軍人など、いるだけで迷惑なのでしょう。
昔から軍の基地や演習場、駐屯地は迷惑なものでした。
明治の初めには、射撃場から飛びだした弾丸が民家に入り、大騒ぎになりました。
火薬庫のそばではお百姓が危ないからと反対運動を起こしました。
歩兵連隊が駐屯すれば風儀が乱れると心配する声もあったのです。
すぐそばで生活する人にとって軍隊は迷惑なものです。
陸軍士官学校は大正の末頃には市ヶ谷にありました。
航空兵科ができてから、本科の生徒は飛行機のエンジンを回します。
とたんに騒音公害で近くの住人から苦情が殺到しました。
埼玉県の豊岡に広大な土地を買い上げて航空士官学校ができたのは大東亜戦争も近づいた頃です。
このときも周辺住民から反対運動がありました。 危ないし、音がうるさいというのです。
でも、全体のために我慢する。 国家、国民みんなの利益のために納得する。
それが国民国家のモラルではないでしょうか。
アメリカ軍人も人間です。
あからさまに「迷惑施設」といわれていい気分はしないでしょう。
「賛美なんかしないよ」といわれた自衛官は大臣と同じ日本人です。
しかも大抵がオトナですから大臣に向かって不快感を表したり、
ましてや不敬な言葉を吐いたりすることもないでしょう。
もちろん、報道は発言のごく一部を切り取ったものであり、真意は違うとも言い訳ができるでしょう。
しかし、君主でなくとも『綸言汗の如し』。(りんげんあせのごとし)
一度口から出た言葉は取り返しがつかない ものです。