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日本よい国、きよい国。 世界に一つの神の国。
降り積もる深雪(みゆき)に耐えて色変えぬ 松ぞ雄々しき人もかくあれ

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伝統

伝統
伝統には三つの伝統があると私は思う。
まず国の伝統です。
国の伝統は人類は国家という形で、民族的・人種的まとまりを形成してきた。どの国でも、その中心に民族の精神や国民性を代表する恩人が存在する。それは国民の幸せを願い、国民と共に歩み、歴史を共有して、国民統合の中心となってきた歴代天皇陛下・皇室です。
天皇陛下を否定することは日本人であることを否定することです。
世界で最も長い王朝であり、世界で最も崇高な気高い王朝です。
王室を持たない、または滅んでいる国は内乱も多く、また日本の皇室のような「徳」をもたない簒奪者によって作られた国だからです。
日本国天皇陛下は万世一系を保つ「徳」をもった世界最高の王室です。
過去の歴史にも権力をもった支配者が日本にも多くいましたが、天皇陛下にとって代わったものはいません。
他国においては国王にとって代わり処刑したりが累犯に存在します。
いかに歴代天皇陛下・皇室が素晴しいものかを証明しています。
天皇陛下・皇室を敬い恩に報はなければ即ち国家の衰退・滅亡を意味します。
第二に精神伝統です。
精神伝統は我々日本人が祖先から受け継いだ精神のより何処ろです。
先人の教え、風習、仕来たりを否定することは先人に対する反逆を意味します。
異文化を受け入れた国も過去の歴史のなかでも繁栄した国は皆無です。
精神伝統の「恩」にも報わなければ、各々の発展はありません。
第三に家の伝統です。
今日起こりうる虐待・親殺し、子殺しは家の伝統を粗末にした結果です。
私たち一人が生きているのには二人の親がいます。二人の親には四人の親がいます。このように100代遡れば、天文学的数字になります。これら祖先の恩恵を受け私たちは存在しますが、これら祖先の教えを無視したり、感謝の気持ちもなく否定する家は衰退・滅亡します。
これも近隣・知人を見渡せば、わかります。
 
勿論、伝統を否定する宗教、政党、政治家も衰退し、滅亡します。
これは歴史及び、史家が証明し、警鐘を鳴らしています。
 
現在日本国は国始まって以来の皇国の興廃の時期に起たされています。
今一度伝統に誇り、恩に報いましょう!
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乃木大将は明治天皇に忠誠を尽くす心が格段に高い方でした。
七月三十日に明治天皇がお隠れになり、九月十三日に御大喪が行われました。
その間の四十数日は皇族や政府高官など選ばれた方々が交代でお通夜申し上げます。
乃木大将は朝・晩二回の通夜をその間一日も欠かされませんでした。
二、三回お通夜申し上げたという人はいても、
朝・晩二回の通夜を一日も欠かさない人は乃木大将だけでした。
それほど明治天皇に対するお気持ちが強かったのです。
・・・・・・
 
乃木大将は桂太郎首相とそりが合わないこともあり、四度も休職されますが、
すぐに復職させたのは明治天皇の勅命でした。
日露戦争で第三軍の司令官に任命されたのもそうです。
旅順がなかなか陥落せずに「乃木を辞めさせろ」という声があがった時に、
元老の山県有朋はやむを得ず自分の部下である乃木大将を更迭しようとしました。
それを「乃木を変えてはならん」とお止になったのは明治天皇でした。
 
乃木大将は明治三十九年一月十四日に凱旋し、明治天皇に復命書を奏上されました。
我が将卒の常に強敵と健闘し、忠勇義烈 死を視ること帰するが如く、
弾たおれ、剣にたおるるもの皆、陛下の万歳を喚呼し欣然と瞑目したるは、
臣これを伏奏せざらんと欲するも能はず
涙声とともに下る復命書をお聞きになった明治天皇は「これは自決するな」とお察しになり、
「朕が死ぬまで死んではいかん」とおさとしになりました。
そして、学習院長を勅命され、御孫の昭和天皇をお預けになりました。
 
 
乃木大将の静子夫人にもこのようなお話があります。
明治42年、旅順白玉山の慰霊祭に乃木大将ご夫妻も参列されました。
ここで大変多くの部下を失いました。
乃木大将は祭文を奏上されました。
この祭文は通常は副官が書くものですが、乃木大将は全て自分で書かれたそうです。
その時、静子夫人は遺族席の末席で目立たないように参列されていました。
やはり公私のけじめで将軍夫人、第三軍司令官の奥様としてではなく二人の息子を亡くした遺族として参列されたのです。
その後、ご子息が亡くなられた場所に赴き、ビールを献酒され、夫人はこう言われました。
「息子二人の慰霊が終わったら心がすっきりした」
二人のわが子を亡くしてどうしてそんなにすっきり出来るのかと聞くと、
「公を立てれば私ならず。 私を立てれば公ならず。 人生とはそういうものです」
息子二人を日露戦争で亡くしたにもかかわらず静子夫人は毅然とした方だったのです。
・・・・・・
 
乃木大将の静子夫人との最後の別れの杯は明治天皇から頂いた葡萄酒でした。
乃木大将は最後の殉死に至るまで明治天皇への「忠」に徹した人生でした。
 
乃木大将の辞世はこのように詠まれました。
神あがり あがりましぬる大君の みあとはるかに をろがみまつる
うつし世を 神さりましし大君の みあとしたひて 我はゆくなり
 
 
乃木大将が学習院長として最後のお別れの講義を小学生にされたときに、
乃木大将が「日本はどこにある?」と生徒に質問されました。
三、四人が「東洋の東側」「緯度何度」といった地理的な返事をしたのを聞かれて、
乃木大将は「それぞれに間違いはない」、
そして、自分の胸を叩いて「本当はここにあるんだよ」
とおっしゃって、静かに壇上を降りて学習院を去って行かれたといいます。
 
後日、小学生の意見が新聞に紹介されました。
「西郷隆盛も武士、大久保利通も武士である。しかし乃木大将はその上の武士である」
 
 
 
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転載元転載元: さくらの花びらの「日本人よ、誇りを持とう」

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