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日本よい国、きよい国。 世界に一つの神の国。
降り積もる深雪(みゆき)に耐えて色変えぬ 松ぞ雄々しき人もかくあれ

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スウェーデンのビクトリア王女の結婚式参列するため、東宮御所を出れられる皇太子殿下とお見送りされる皇太子妃雅子さま=17日午後
 
 

皇太子殿下がスウェーデンへご出発

皇太子殿下は17日午後、スウェーデンのビクトリア王女の結婚
 
式に参列するため、羽田空港から政府専用機で同国に出発さ
 
れた。現地時間の19日午後に結婚式に出席し、21日午前に
 
帰国される。
 
 これに先立ち、お住まいの東宮御所東京都港区)の玄関で
 
は、体調などを勘案して今回の同行を見合わされた皇太子妃雅
 
さまや、秋篠宮ご夫妻などの皇族方が見送られた。長女の
 
宮愛子さまは、玄関には姿をお見せにならなかった。
 
 
 
産経ニュースより引用  一部文字訂正
 
 
 
 
 
 
スウェーデンのビクトリア王女の結婚式に参列するため皇太子殿下のご行啓の成功と無事の御帰国とご皇室の弥栄を臣民のひとりとして切に祈ります。
 
皇太子殿下万歳!
 
 
 
 
 
 
 
中国を考える。 (その弐)
 
5、責任を転嫁する。
「悪いのは全部他人で、成果は全部自分のおかげ」という責任転嫁と絶対無謬の独善意識が中華思想の真骨頂である。
たとえば、普通は列強の侵略と清朝の腐敗、軍閥内戦に原因があるが、中華人民共和国では、それがすっかり国民党政府の責任にされている。
文革が終わると「動乱の十年」の責任は全部四人組のせいにされたが、毛沢東の過ちは不問でした。社会的混乱は、すべて四人の政治指導者に押付けたのは、中国人の破廉恥は無責任意識のなせるわざです。
西欧文明がアジアに大きな影響を及ぼしたのちの中国人の不幸・没落はすべて西欧の責任にしてしまいました。
近代中国の没落はアヘン戦争以後、すべての列強の侵略の結果に帰され、中国自信に問題があってもそれには目も向けることもしない。
こうした責任転嫁は、中国文明の優越性に対する固執の表れです。自己の過信によって独善的となり、日本人のような自虐的な国民に対しては、反省や謝罪を要求することをやめようとしない。 
 
 
6.土匪国家 (土着民で武装して集団となって略奪暴行をする賊。
日本における中国人犯罪の急増はいまや常識といえる。実際、外国人犯罪者の半数以上が中国人犯罪者で、石原慎太郎都知事も、この類例を見ない凶悪犯罪を新聞で指摘しているし、ある自衛隊関係者は、警察署に収容された中国人に提供する食事の一食分の経費が、自衛官のそれよりも高いのです。
日本ばかりではない。世界の多くの大都市が中国人密入国者の問題に悩まされている。中国人が海外流出すると、流出した先で社会が大きく変化する。
九四年、中国の浙江省杭州の千島湖で、台湾入観光客二十四人を乗せた遊覧船が湖上で強盗にあい、全員が船室で焼き殺された事件があった。当時の中国政府はこの痛ましい事件が強盗殺人事件であったことをひた隠しにしていた。台湾の李登輝総統は激怒し、中国を「土匪国家」だと非難した。 中華民国初期は、「賊のいない山はなく、匪のいない湖はない」と言われるほどで、賊の数は推定二千万人、軍隊より多かった。現在でもいたるところで「車匪路覇」に注意を呼びかける看板がかけられ、改革開放後の中国を特色づけている。九〇年代、匪賊との銃撃戦で殉職した警官は毎年二千人あまりにものぼります。
それが中国の伝統文化なのです。「天下は馬上で取る」「勝てば官軍、負ければ賊軍」という歴史の法則に基づき、王朝末期には生活手段を失った民が賊に変身し、やがて易姓革命の原動力となった。易姓革命は、盗賊を正当化する中国の歴史の原理といえる。チベットに対しても、台湾に対しても、この強奪行為を正当化し、周辺諸国との領土をめぐる紛争は絶えない。
中国人の犯罪が世界中に広がり、ますます嫌中感情が広がっている。
尖閣諸島の問題を見ていただければおわかりでしょう。
こんな中国人に入国を緩和した我国の与党民主党は中国人をあまりにも知らなさすぎる。
必ず犯罪が現状より増えていくでしょう。
 
 
7.友好
親善、好意を示す「友好」という言葉は、本来嫌われるはずがない。だが、中国人との「友好」だけは別です。新聞やテレビなどのマスコミは、米、英、仏、独と日本との大人のつきあいには普通「親善」という言葉を用い、「友好」というキャッチフレーズを使うことはあまり見られない。だが、中国に関するかぎり、なぜか「友好」という言葉が使われ、日中交流の専門用語のようになっている。
中国との関係はもっぱら「友好人士」や「友好商社」という、中国からお墨付きをもらった一部の日本人に独占されていた。一九七二年に日中国交正常化がなると、日中間の交流は「友好人士」の独壇場でなくなり、やがて「子々孫々にいたるまで」という形容がつけられて「友好」が強調されるようになった。普段、人間不信の社会で生きているので、中国人は人間関係についてことさら「友好」を強調しないと不安に襲われるそうです。
中国を相手にする側にとって、中国が強調する「友好」ほど不安なものはない。なぜなのか。その理由は「友好」の解釈権がもっぱら中国の側にあるからです。
中国の規定する「友好」は日本人の考える「友好」ではありません。都合のいい時だけの「友好」なのです。
日本人は、腹芸が下手でタヌキとキツネの化かし合いができない。しかも日本人は外圧に弱く、中国流の「友好」パフォーマンスに対抗するのがきわめて下手なのです
中国が「友好」を語るとき、ことに相思相愛を語るときが最も危険なのである。それは歴史を振り返ればわかる。たとえば、中ソ、中印、中越戦争が起こったときは、いずれも両国の「友好」関係がピークに達した時期にあたり、老子のいう「物極まるときは必ず反(かえ)る」という結果になっています。
人間の歴史で、民族間、国家間に「子々孫々の友好」などありえません。中国との「友好」は、すなわち彼らの独善的な価値観を全面的に受け入れることでしかない。日本人は中国がたたみかけてくる友好の嵐に翻弄され、身も心もくたくたになってしまう。そして考えれば考えるほど嫌悪感を越えて怒りがこみあげ、やがて「日中友好」の滑稽さに気づくでしょう
中国では7月1日より、「国防動員法」が施行されます。
この法案は 「有事の際に軍務を優先し国民を動員する」 という法案で、2月に中国の全国人民代表大会 (日本の国会に相当)で可決しました。中国に進出している外国企業も徴用の対象となり、技術・物資も徴用され中国のものとなる。
撤退の余裕すら日本の企業は残されていません。
在日の中国籍者が、中国の法の発動で、急に日本での人民解放軍の「兵員」になる可能性も否定できないのです。
先人は言われています。
「中国に関わり合いをもつなと」
 
 
 
 
最後までよんで頂きありがとうございました。


 
 
 
 
 
 
 

あなたはどうですか?

あなたはどの党に投票・応援しますか?

政権交代前までは自民党が与党をやめれば良いと思われていた方も多いでしょう。
しかし、実際に政権交代が実現した今民主党はどうなっているのでしょうか?現実を見てください。これからこうなっていくだろう。そんな甘い考えを持たないでください。
民主党は今、政権を運営するだけで精一杯の状況です。子供手当や高速道路無料化も完全に達成できでいない。
しかも、党の支持率を維持するためだけに国債を躊躇いなく発行していく。そんな党を皆さんは日本をよくできるとでも思っているのでしょうか。
それは、私から見れば単なる甘い考えです。脱小沢も実は小沢元幹事長の戦略のうちだったのです。それに皆さんはあっさりと騙されていたのです。

真実を知ってください。そして、真実を知らずに投票をすることは絶対にやめてください。
その行為は日本を堕落させる投票なのです。

そして忘れてはならないことが民主党政権になってから全く進展していないのです。
そう、それは北朝鮮拉致問題・北方領土問題なのです。
自民党政権時代はまだ、政府が拉致問題なども視野に入れながら行動していたのに対して、民主党はどうでしょうか?党の支持率・評判しか見えない政権運営。それで、国際社会の中で社会的地位を維持していくなど夢でしょう。
自衛隊からの悲鳴も全く聞こえていないようです。民主党政権はそれしか言えないみたいに「抑止力」「抑止力」と言っていますが、糞な議員たちは有事の時にアメリカが守ってくれるとでも思っているのでしょうか。
強い国はそれ相応の軍隊を持っている。しかし、日本は社会的地位は欲しい、けど自衛隊は削減、そのような考え方では国際社会の中ではクズ同然です。その状況を打開するにもやはり、核武装・多国籍軍などの参加による実戦経験しかないと思います。いや、ないです。

日本の一部の外国人参政権などとほざいている糞・クズで極左議員には分からないでしょうが、皆さんには分かるはずです。
きっと日本の未来を考えるとこれからどう行動すべきかが見えてくるでしょう。



僕の言いたいことはこれだけです。


                                 転載歓迎します

転載元転載元: 外国人地方参政権法案断固粉砕!!!!

【両陛下ご動静】(16日・水)

宮内庁発表分)
 
 【午前】
 
 両陛下 香淳皇后十年式年祭の儀(皇居・皇霊殿
 
 陛下 離任する駐日スーダン大使をご引見(皇居・宮殿)
 
 【午後】
 
 両陛下 皇太子さまからごあいさつ《スウェーデンご訪問につ
 
き》(皇居・御所)
 
 【夜】
 
 陛下 ご執務(御所)
 
 

【10年前のきょう】皇太后陛下 崩御(6月17日=特別紙面、号外)

 
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昭和63年撮影
 
和天皇とともに激動の時代を歩まれた皇太后さまが老衰のた
 
め皇居で崩御された。97歳だった。おくり名は「香淳(こうじゅ
 
ん)皇后」。天皇陛下が漢詩集「懐風藻」から選ばれた。香は
 
花舒桃苑香 草秀蘭筵新」(花は開き桃の園は香(かぐわ)し
 
く、草は伸びて蘭のむしろは新しく感じられる)、淳は「四海既無
 
為 九域正清淳」(世は太平でよく治まり、天下に清らかな徳が
 
広く及んでいる)から。生前をしのばれている。
 
 
 
 

眞子さま、英語研修でアイルランドへ 寛仁さまと彬子さまはトルコへ

 
 
7月4日から8月15日にかけて、同大の海外英語研修プログラ
 
ムに参加するため、アイルランドに旅行されることが、15日の閣
 
議で報告された。
 
眞子さまは7月4日、成田を出発し、ドイツ・フランクフルト経由
 
でアイルランドの首都ダブリンにご到着。5日から8月13日ま
 
で、ユニバーシティ・カレッジ・ダブリンで英語研修プログラムに
 
参加し、8月15日に帰国される。
 
 この日の閣議では、寛仁親王殿下と長女の彬子さまが7月7
 
日からトルコへご旅行されることも報告された。寛仁さまは14
 
日に、彬子さまは12日に帰国される。
 
 
 
 
 
 
 
 
世界平和を願われ、国民とともにあられた昭和天皇陛下・香淳(こうじゅん)皇太后陛下を偲び、
ご公務ご多忙の天皇・皇后両陛下・ご皇族の皆様のご健康と彌榮を臣民のひとりとしてお祈りします。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 

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