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日教組が国歌にしようとした歌
よい悪いは視聴者の判断におまかせします。
緑の山河(日教組選定 国民歌)
緑の山河(日教組選定 国民歌).wmv 1951(昭和26)年、日本独立を前に新国歌という位置づけで当時の日本教職員組合 が公募・選定したものです。 しかし、「君が代」に対し世論にうけいれられず、
2007年現在、日教組集会などでよく歌われているのは、日教組が公募して「君が代」に代わる国歌として1951年に選ばれた「緑の山河」である。
われら愛す 歌:巡音ルカ (Vocaloid Megurine Luka) 昭和20年代にいくつか作られた「新国歌の候補歌」の一つ。1953年、民衆が歌い始 めて自然に国歌となった「ラ・マルセイエーズ」(現フランス国歌)のように、国民自身 の手で「国民の誰もが愛唱し、勇気づけられる歌を」と新聞広告で「新国民歌」が全国に 公募されました。結果、作詞に約5万点、作曲に約3千点の応募があり、本歌が選ばれま した。全国各地で発表会が行われ、ラジオ放送などを通じて国民の間に広がりました。こ の歌を「幻の国歌」と評する向きもありますが、国歌は、法律やイデオロギーなどで権力 や他者等から強要されるものではなく、あくまで広く国民に親しまれ歌われた中から出て くるものとの立場から、「国民歌」との位置づけでした。 この歌も国歌としては国民の世論に受け容れられませんでした。
現在では、どちらの歌も存在すら知られていません。
そして当時の国民が選んだのは「君が代」でした。世界国歌コンクールで1位に選ばれた「君が代」でしか国民は納得しなかったのです。
君が代(現代語訳付き) Japan's national anthem / 祝日大祭日唱歌八曲 私は「君が代」に誇りと感動し、日本人に生まれたことを感謝します。
君が代を守りぬいた先人に敬意を表します。
君が代が文章構成上一番下になったことお許しください。
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2010年06月25日
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新年祝賀の儀に臨んだ天皇、皇后両陛下、皇太子さま、秋篠宮さま、常陸宮さま=1月1日午前11時33分、皇居・宮殿「松の間」
【両陛下ご動静】(24日・木)(宮内庁発表分)
【午前】
両陛下 離任する駐日アフガニスタン大使夫妻をご引見(皇
居・宮殿)
【午後】
陛下 中国、オーストラリア、ギリシャに赴任する大使拝謁(宮
殿)
両陛下 各大使夫妻をご接見(宮殿)
画像は本年1月1日新年祝賀の儀の時のもので昨日の両陛下のご動静に関連したものではありません。
地久節(ちきゅうせつ) の日貞明皇后陛下
地久節(ちきゅうせつ)は、天皇誕生日の意味である「天長節」と対になる行事で、皇后誕生日でした。(天長節)と異なり、国の祝祭日として勅令で定められることはありませんでしたが、女学校などでは休日として祝いました。
今日6月25日は大正天皇皇后陛下・貞明皇后の誕生日にあたり地久節の日です。
三笠宮さまがご退院 白内障の手術受けられ |
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