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日本よい国、きよい国。 世界に一つの神の国。
降り積もる深雪(みゆき)に耐えて色変えぬ 松ぞ雄々しき人もかくあれ

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大阪万博、EXPO'70



閉塞感が漂う今日の日本・・・
戦後、奇跡の高度成長を遂げアメリカに次ぐ経済大国となり東京オリンピックに次ぐ国家プロジェクトであり輝いていた日本の象徴である。
総入場者数は6,421万8,770人と国際万博史上最多を記録し、国際万博史上初めて黒字となった。当時私は9歳でしたが、当時の日本が元気であり活気があったのを記憶しています。
日米安全保障条約改定に関する議論や反対運動(70年安保闘争)もありましたが、若き学生たちが愛国心に燃え政府・警察と衝突しながらも抵抗をしていました。
今日の学生には考えられないパワーで、その後の日本の成長の源となりました。
博覧会の名誉総裁は皇太子明仁親王(現・今上天皇)、名誉会長は当時の内閣総理大臣・故佐藤栄作氏。日本万国博覧会協会の会長理事が石坂泰三、事務総長理事が鈴木俊一(後の東京都知事)など錚々たる顔ぶれで、建築家の丹下健三、黒川紀章、菊竹清訓、芸術家の岡本太郎、など総動員された。
現在供用されている高速道路、幹線道路も大阪万博の開催にあわせてアクセス道路として建設されました。兎に角その規模たるや、アジアで初めて開催された日本で最初の国際博覧会として当時の史上最大の規模のものでした。
合計3回私も見にいきましたが、人気パビリオンでの数時間の行列など大量の人で大変混雑して、特にアポロ11号が持ち帰った「月の石」を展示したアメリカ館の行列は延々続き、途中であきらめて他の館へ行く人も多かった。またその異常な混雑ぶりから、万博のテーマをもじって『人類の辛抱と長蛇』と揶揄された。
一番記憶ふかいのが、松下館のタイムカプセルでその後卒業記念などにもタイムカプセルを埋めた記憶があります。
動く歩道、エアドーム、ワイヤレスフォン、ローカル・エリア・ネットワーク、モノレール、モノレール、缶コーヒー、ファミリーレストランなどが未来のものとして公開され現在実用に至っており、リニアモーターカー、テレビ電話、電気自動車などが、実用化に向け普及途上にある。
まさに、テーマであった「人類の進歩と調和」だったのです。

日本万国博覧会
テーマ:人類の進歩と調和
総入場者数:6,421万8,770人(万博史上最高)
目標入場者数:3,000万人
会期:1970年3月14日〜1970年9月13日(183日間)(※一般公開は3月15日から)
参加国数:77カ国4国際機関
迷子になった親と子供の数:22万643人
モノレールへの乗車人員:約3,350万人
入場券売上金額:約350億円
食堂・売店の売上金額:約405億円
1日の最高入場者日:83万5832人(9月5日)
1日の最低入場者日:16万3857人(3月16日)
会場運営:財団法人日本万国博覧会協会

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