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日本よい国、きよい国。 世界に一つの神の国。
降り積もる深雪(みゆき)に耐えて色変えぬ 松ぞ雄々しき人もかくあれ

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君が代

君が代
日本の国歌
制定 1999年(平成11年)国旗及び国歌に関する法律にて制定された。
 
君が代は
千代に八千代に
さざれ石の
巌(いわお)となりて
苔(こけ)のむすまで
 
意味は「我が天皇陛下のお治めになる此の御代は、千年も萬年も、いや、いつまでもいついつまでも續いてお栄(さか)えになるやうに。」
 
この歌は、「天皇陛下のお治めになる御代は、千年も萬年もつづいて、お栄になりますやうに。」という意味(いみ)で、国民が心からお祝い申しあげる歌であります。
 
「君が代」の歌は、昔から、私たちの先祖(せんぞ)が、皇室のみさかえをおいのりして、歌ひつづけて来たもので、世々の國民のまごころがとけこんだ歌であり、戦前はごく自然な国家平安の歌として国民からしたしまれた。
作詞は平安時代(905年頃)作者は読人しらず
作曲はいろいろな変遷があり現在の曲となったのが、1880(明治13)年11月3日の天長節で披露され、1893年(明治26年)には文部省が「君が代」等を収めた「祝日大祭日歌詞竝樂譜」を官報に告示。林廣守の名が作曲者として掲載され、詞については「古歌」と記されている。
 
ご存じのとおり日本の皇室は世界で最も長い王朝であり、君が代は世界で最も短い国歌である。
 
君が代は我々の祖先の時代から皇室の安寧を願う、すなわち日本国の平和を願う歌として歌い継がれ、どこの国の国歌よりも格式の高いものです。
 
万世一系の天皇をいただき、国が転覆するような大きなクーデターもなく外国からの侵略もなかったことは、国民の幸せを願う天皇(皇室)の慈悲の心によるものであり、我々国民は感謝の気持ちを念じ、これからも皇室の安寧を祈らなければなりません。
今一度ご清聴ください。
 
 
 
 
日出ずる処の天子、書を日没する処の天子に致す。恙無き(つつがなき)や
第二回遣隋使(607年)に小野妹子にもたせた当時の隋国皇帝煬帝にあてた聖徳太子様の親書である。
この親書を読んだ煬帝は激怒し、全権大使の小野妹子を罰しようとしたほどであった。
当時の日本も現代と変わらぬ国際情勢で朝鮮半島三国(新羅、百済、高句麗)と敵対関係にあり、600年,602年には新羅征討に動いたほど。
当時の日本は世界的な大国、隋からみれば新興国でしたが、聖徳太子は国家としては未熟であったでろう時代に、あえて大国と対等な姿勢・関係であろうとしました。そして未来の日本への教授であったのでしょう。
現代の日本国政治家も聖徳太子様がとられた外交姿勢を踏襲し、毅然とした態度で臨んでいただきたい。
 
 

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