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日本よい国、きよい国。 世界に一つの神の国。
降り積もる深雪(みゆき)に耐えて色変えぬ 松ぞ雄々しき人もかくあれ

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九段の母

九段の母

九段の母
1 上野駅から 九段まで
  かってしらない じれったさ
  杖をたよりに 一日がかり
 
 せがれきたぞや 会いにきた
2 空をつくよな 大鳥居
  こんな立派な おやしろに
  神とまつられ もったいなさよ
  母は泣けます うれしさに

3 両手あわせて ひざまづき
  おがむはずみの お念仏
  はっと気づいて うろたえました
  せがれゆるせよ 田舎もの

4 鳶が鷹の子 うんだよで
  いまじゃ果報が 身にあまる
  金鵄勲章が みせたいばかり
  逢いに来たぞや 九段坂
 
今の若い世代には初めて耳にする唄ですが、昭和14年にヒットした唄です。田舎から上野駅に着いた母親が九段坂を登り、英霊と祀られている息子に会いに来た情景を唄っています。
戦後この唄は戦争を賛美する唄として特に左派の方々から非難され続けました。
2005年8月15日、1963年から日本武道館で行われている「全国戦没者追悼式」で初めて戦没者の親の参列がゼロとなりました。「九段の母」の年齢が105歳以上になり参列そのものより生存の確認さえ困難なのです。
 
戦後も「九段の母」は老いた体で慣れぬ大都会東京の「靖国神社」まで会いに来たのです。
各家庭には、墓地・仏壇が必ずといっていいほどあります。
何故高齢の身に危険を冒してまで「靖国神社」まで来られたのでしょうか?
英霊とは靖国でしか会えないからです。
左派の方々で「九段の母」の立場であった人は恐らくいないでしょう。
母が子を戦場へ送る気持ちは、現代のお母さんには理解できないものがあるでしょうが、しかし当時のお母さんは気丈な方が多かったのでしょう怨みごとひとつ言わないで息子の出征先の無事を祈ったと聞きます。
 
靖国とは特別な神聖なところなのです。
出征され、戦地で幸運にも生き延び復員された世代の方々も80歳以上の高齢となられ戦争を知る世代も少なくなりつつあります。何十年か先には英霊を知る家族・親族もいなくなります。
中韓・反日日本人の抗議もあり、天皇陛下・一国の総理までもが、参拝できない状態にある今日。
靖国の心を理解せよと中韓・反日日本人いっても無駄でしょう。
国の為尊い命を捧げられた英霊の為、「靖国神社」は国家護持するべき。
左派以外の国民は靖国に参拝するべきです。
 
「九段の母」は今の日本の姿をどう思うでしょうか?
 
「こんな世の中にする為に息子を国家に捧げたのではない。」と・・・
仰るでしょう。
 
 
 
 
 

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かつて昭和天皇は戦後の復興で国民を励ますために日本全国を巡幸されました。
ただ、行けなかった場所がありました。 
それが沖縄です。
 
昭和47年に沖縄が日本に復帰して以降、昭和天皇は常に沖縄訪問を願っておりましたが、
遂に叶うことなく崩御されました。
 
そして、125代天皇に御即位された今上天皇。
 
平成3年、長崎雲仙普賢岳噴火による被災地をお見舞いをなされました。
その時、両陛下は避難所となっていた体育館で、床にひざをつき、被災者とお話しになられました。
 
平成4年には歴代天皇初の中国ご訪問。
これは中国の天安門事件の後で、愚かな政治家に利用されたものでした。
陛下は口にはされずとも、ご訪問されました。
 
そして平成5年、
昭和天皇があれほど願われながら、ついにご訪問が叶わなかった沖縄。
その強い御遺志をついで、歴代天皇初の沖縄ご訪問をなされました。
陛下は 糸満市 の平和祈念堂で
「沖縄県が戦場となり、住民を巻き込む地上戦が行われ、20万の人々が犠牲になったことに対し、
言葉に尽くせぬものを感じます。ここに深く哀悼の意を表したいと思います」
と、原稿も見ずに遺族に直接語りかけられました。
 
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平成6年には硫黄島をご訪問。
 
平成7年には阪神淡路大震災の被災地をお見舞い。
 
平成11年には北海道南西沖地震被災地の復興状況をご視察。
 
平成16年には新潟県中越沖地震の被災地お見舞いをなされました。
新潟県の泉田知事はこう振り返ります。
「被災者一人一人に、『おけがはありませんでしたか』『おうちはどうでしたか』と声をかけられていました。全員に状況を聞かれていて、本当に頭の下がる思いでした。
避難生活も長くなり、『これから先、どうしたらいいんだろう』と、わからなくなりかけていた時期のご訪問でしたので、被災者が心から感激しているのが私から見てもよくわかりました」
 
両陛下は平成20年にもこの新潟の被災地を訪れました。
その時にある被災者の女性が漏らした言葉が忘れられないと泉田知事は言う。
「私は80歳を超える身だが、まるで自分の両親が来てくれたみたいだ…」
 
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平成17年にはサイパン慰霊のためにご訪問。
相手国から招請を受けない異例の訪問の実現は、陛下のご意向が強く反映された結果です。
 
今上陛下は皇太子時代に、「忘れてはならない日」として、
長崎、広島への原爆投下の日、終戦記念日、
そして6月23日の沖縄戦終結の日を挙げられております。
この4日間は毎年、両陛下で静かに過ごされているといいます。
・・・・・・
 
 
天皇皇后両陛下。
ご公務は重要なことばかりで、
量も非常に多く、多忙な日常を送っておられます。
その間をぬって全国各地をご訪問され、
戦没者の慰霊、身障者等の慰問、植林や環境保全の啓蒙などにも心を砕かれておられます。
 
常に国民の身の上に心を注いでおられる天皇皇后両陛下のお姿。
時にはご自身の危険をも顧みられずに、被災地を訪れて被災者の方々を励まされる両陛下。
硫黄島や沖縄やサイパンを訪れて深い慰霊の祈りを捧げておられたお姿。
今後も激戦地となった場所への慰霊をされたいとご希望されているとも言います。
先帝陛下のあの強いお気持ちを受け継ぎ、戦没者の慰霊と追悼に努めたいというこの陛下の
強いご意志を聞いた時には心から感動しました。
 ・・・
 
これらの御心にどれほどの国民が感動し、涙したか、忘れることはできません。
 
 
 

転載元転載元: さくらの花びらの「日本人よ、誇りを持とう」

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