私たちは忘れない日本国総理大臣が「任期中には靖国神社へは参拝しない」と公言されました。理由はA級戦犯が合祀されているので、アジア各国に配慮して・・・
でした。歴史認識のなさに呆れた次第です。
我々の先人はどのようなことを行ったのか、日本人は知らなければなりません。
最後までご視聴ありがとうございました。
日本人として生まれ、日本に住むものならば、真の歴史を知り、先人に感謝し、この誇り高き素晴しい日本を次の世代へ語りつぐことこそ現代日本に生きる我々の使命ではないでしょうか?
先進国のなかで一国の宰相が戦没者に感謝の意を捧げる為参拝しないのは日本だけです。英霊は待っています。後世の私たちも・・・・
そして素晴しい日本文化・伝統を否定し、破壊した間違った者の手から日本を取戻さなくてはなりません。
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2010年06月16日
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菅氏「沖縄は独立を」喜納昌吉氏(民主党沖縄県連代表)
喜納参院議員、新著で暴露喜納昌吉参院議員(民主党沖縄県連代表)は、このほど出版した著書の中で菅総理が副総理時代の昨年、沖縄について「基地問題はもうどうにもならない」「独立したほうがいい」などと発言したことを‘暴露‘しました。
首相はかって米海兵隊撤退論を唱えたこともあり、少なくとも政権交代後は認識を大きくかえたようだ。
喜納氏の新刊「沖縄の自己決定権ー地球の涙に虹がかかるまで」によると、政権交代後、喜納氏が沖縄問題を「よろしく」と伝えたところ、菅氏は「沖縄問題は重くてどうしようもない。基地問題はどうにもならない。もうタッチしたくない」と述べた。
さらに「もう沖縄は独立したほうがいいよ」と喜納氏に伝えたという。
副総理時代の発言著書も記述について喜納氏は、「菅首相は当時間違いなくそのように言った。「独立」の下りは冗談めかしもしていたが、それも本音と受け止めた」と話している。
喜納氏は「首相就任後の見解は聞いていない」としたうえで、「しばらくは(沖縄への対応)見る。何もしないようなら突き上げていく」と語り、基地問題への取り組み次第では首相を厳しく問いただしていくことも示唆した。
一国の総理とは、国家のすべての事に行政の長として責任を負はなければ、いけません。
為政者として、沖縄問題に対しそのような見解をお持ちだったようなので、首相として我々国民は認めるわけにはいきません。
沖縄は日本の領土なのですよ!
沖縄県民に対する公約違反・裏切りです。
一国の総理(為政者)とは、
(外交)
一七、 正道を踏み国を以て 斃 ( たお ) るるの精神無くば、外国交際は 全 ( まつた ) かる可からず。彼の強大に萎縮し、円滑を主として、曲げて彼の意に順従する時は、軽侮を招き、好親 却 ( かえつ ) て破れ、終に彼の制を受るに至らん。
(訳)
正しい道を踏み、国を賭けて、倒れてもやるという精神が無いと外国との交際はこれを全うすることは出来ない。外国の強大なことに萎縮し、ただ円満にことを納める事を主として、自国の真意を曲げてまで、外国の言うままに従う事は、軽蔑を受け、親しい交わりをするつもりがかえって破れ、しまいには外国に制圧されるに至るであろう。
一八、 談国事に及びし時、 慨然 ( がいぜん ) として申されけるは、国の 陵辱 ( りようじよく ) せらるるに当りては 縦令 ( たとい ) 国を以て 斃 ( たお ) るるとも、正道を 践 ( ふ ) み、義を尽すは政府の本務也。然るに平日 金穀 ( きんこく ) 理財の事を議するを聞けば、如何なる英雄豪傑かと見ゆれども、血の出る事に臨めば、頭を一処に集め、唯目前の 苟安 ( こうあん ) を 謀 ( はか ) るのみ。戦の一字を恐れ、政府の本務を 墜 ( おと ) しなば、商法支配所と申すものにて更に政府には非ざる也。
(訳)
話が国の事に及んだとき、大変に嘆いて言われるには、国が外国からはずかしめを受けるような事があったら、たとえ国が倒れようとも、正しい道を踏んで道義を尽くすのは政府の努めである。しかるに、ふだん金銭、穀物、財政のことを議論するのを聞いていると、何という英雄豪傑かと思われるようであるが、実際に血の出ることに臨むと頭を一カ所に集め、ただ目の前のきやすめだけを謀るばかりである。戦の一字を恐れ、政府の任務をおとすような事があったら、商法支配所、と言うようなもので政府ではないというべきである。
(国家の大業を行う気慨)
三〇、 命ちもいらず、名もいらず、官位も金もいらぬ人は、仕抹に困るもの也。此の仕抹に困る人ならでは、艱難を共にして国家の大業は成し得られぬなり。去れども、 个様 ( かよう ) の人は、凡俗の眼には見得られぬぞ
(訳) 命もいらぬ、名もいらぬ、官位もいらぬ、金もいらぬ、というような人は始末に困るものである。このような始末に困る人でなければ、困難を共にして、一緒に国家の大きな仕事を大成する事は出来ない。しかしながら、このような人は一般の人の眼では見ぬく事が出来ない、と言われるので、それでは孟子(古い中国の聖人)の書に『人は天下の広々とした所におり、天下の正しい位置に立って、天下の正しい道を行うものだ。もし、志を得て用いられたら一般国民と共にその道を行い、もし志を得ないで用いられないときは、独りで道を行えばよい。
そういう人はどんな富や身分もこれをおかす事は出来ないし、貧しく卑しい事もこれによって心が挫ける事はない。また力をもって、これを屈服させようとしても決してそれは出来ない』と言っておるのは、今、仰せられたような人物の事ですかと尋ねたら、いかにもそのとおりで、真に道を行う人でなければ、そのような精神は得難い事だと答えられた。 敬天愛人(為政者のこころがまえ)
二四、 道は天地自然の物にして、人は之れを行ふものなれば、天を敬するを目的とす。天は人も我も同一に愛し給ふゆゑ、我を愛する心を以て人を愛する也。
(訳)
道というの天地自然のものであり、人は之にのっとって生きるべきものであるから何よりもまず、天を敬う事を目的とすべきである。天は他人も自分も平等に愛し下さるから、自分を愛する心をもって人を愛する事が大事である。
敬天愛人 (西郷南洲翁遺訓集より)
でなくてはならない。
よって菅総理はその資質がありません。
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