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敬天愛人 (西郷南洲翁遺訓集より)
かっての繁栄もどこかへ消えてしまったような今日の日本。
素晴しい天皇陛下様をいただきながら迷走を続ける政界。
これは、政治家の資質の低下によるものが大です。
明治維新三傑とよばれ、近代日本の礎となられた西郷南洲翁の遺訓を今一度思い起こして欲しい。
(外交)
一七、 正道を踏み国を以て 斃 ( たお ) るるの精神無くば、外国交際は 全 ( まつた ) かる可からず。彼の強大に萎縮し、円滑を主として、曲げて彼の意に順従する時は、軽侮を招き、好親 却 ( かえつ ) て破れ、終に彼の制を受るに至らん。
(訳)
正しい道を踏み、国を賭けて、倒れてもやるという精神が無いと外国との交際はこれを全うすることは出来ない。外国の強大なことに萎縮し、ただ円満にことを納める事を主として、自国の真意を曲げてまで、外国の言うままに従う事は、軽蔑を受け、親しい交わりをするつもりがかえって破れ、しまいには外国に制圧されるに至るであろう。
一八、 談国事に及びし時、 慨然 ( がいぜん ) として申されけるは、国の 陵辱 ( りようじよく ) せらるるに当りては 縦令 ( たとい ) 国を以て 斃 ( たお ) るるとも、正道を 践 ( ふ ) み、義を尽すは政府の本務也。然るに平日 金穀 ( きんこく ) 理財の事を議するを聞けば、如何なる英雄豪傑かと見ゆれども、血の出る事に臨めば、頭を一処に集め、唯目前の 苟安 ( こうあん ) を 謀 ( はか ) るのみ。戦の一字を恐れ、政府の本務を 墜 ( おと ) しなば、商法支配所と申すものにて更に政府には非ざる也。
(訳)
話が国の事に及んだとき、大変に嘆いて言われるには、国が外国からはずかしめを受けるような事があったら、たとえ国が倒れようとも、正しい道を踏んで道義を尽くすのは政府の努めである。しかるに、ふだん金銭、穀物、財政のことを議論するのを聞いていると、何という英雄豪傑かと思われるようであるが、実際に血の出ることに臨むと頭を一カ所に集め、ただ目の前のきやすめだけを謀るばかりである。戦の一字を恐れ、政府の任務をおとすような事があったら、商法支配所、と言うようなもので政府ではないというべきである。
(国家の大業を行う気慨)
三〇、 命ちもいらず、名もいらず、官位も金もいらぬ人は、仕抹に困るもの也。此の仕抹に困る人ならでは、艱難を共にして国家の大業は成し得られぬなり。去れども、 个様 ( かよう ) の人は、凡俗の眼には見得られぬぞ
(訳) 命もいらぬ、名もいらぬ、官位もいらぬ、金もいらぬ、というような人は始末に困るものである。このような始末に困る人でなければ、困難を共にして、一緒に国家の大きな仕事を大成する事は出来ない。しかしながら、このような人は一般の人の眼では見ぬく事が出来ない、と言われるので、それでは孟子(古い中国の聖人)の書に『人は天下の広々とした所におり、天下の正しい位置に立って、天下の正しい道を行うものだ。もし、志を得て用いられたら一般国民と共にその道を行い、もし志を得ないで用いられないときは、独りで道を行えばよい。
そういう人はどんな富や身分もこれをおかす事は出来ないし、貧しく卑しい事もこれによって心が挫ける事はない。また力をもって、これを屈服させようとしても決してそれは出来ない』と言っておるのは、今、仰せられたような人物の事ですかと尋ねたら、いかにもそのとおりで、真に道を行う人でなければ、そのような精神は得難い事だと答えられた。 敬天愛人(為政者のこころがまえ)
二四、 道は天地自然の物にして、人は之れを行ふものなれば、天を敬するを目的とす。天は人も我も同一に愛し給ふゆゑ、我を愛する心を以て人を愛する也。
(訳)
道というの天地自然のものであり、人は之にのっとって生きるべきものであるから何よりもまず、天を敬う事を目的とすべきである。天は他人も自分も平等に愛し下さるから、自分を愛する心をもって人を愛する事が大事である。
為政者は自分のイデオロギーを捨て国家・万民にとって何が、大切かを考え、私人を捨て、公人たる見地で政治を行っていただきたい。
これができない政治家は、政界を去るべきでありましょう!
国家にとって弊害とならぬように・・・・
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