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日教組が国歌にしようとした歌
昨年5月に記事としたものですが、再記載します。
よい悪いは視聴者の判断におまかせします。
緑の山河(日教組選定 国民歌)
しかし、「君が代」に対し世論にうけいれられず、
現在、日教組集会などでよく歌われているのは、日教組が公募して「君が代」に代わる国歌として1951年に選ばれた「緑の山河」である。
昭和20年代にいくつか作られた「新国歌の候補歌」の一つ。1953年、民衆が歌い始 めて自然に国歌となった「ラ・マルセイエーズ」(現フランス国歌)のように、国民自身 の手で「国民の誰もが愛唱し、勇気づけられる歌を」と新聞広告で「新国民歌」が全国に 公募されました。結果、作詞に約5万点、作曲に約3千点の応募があり、本歌が選ばれま した。全国各地で発表会が行われ、ラジオ放送などを通じて国民の間に広がりました。こ の歌を「幻の国歌」と評する向きもありますが、国歌は、法律やイデオロギーなどで権力 や他者等から強要されるものではなく、あくまで広く国民に親しまれ歌われた中から出て くるものとの立場から、「国民歌」との位置づけでした。 この歌も国歌としては国民の世論に受け容れられませんでした。
現在では、どちらの歌も存在すら知られていません。
そして当時の国民が選んだのは「君が代」でした。世界国歌コンクールで1位に選ばれた「君が代」でしか国民は納得しなかったのです。
私は「君が代」を誇りとし、天皇陛下の赤子に生まれたことを感謝します。
君が代を守りぬいた先人に敬意を表します。
君が代が文章構成上一番下になったことお許しください。
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2011年05月27日
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【天皇陛下、皇后陛下ご動静】 26日(木)(宮内庁発表分)
【午後】
天皇陛下 皇后陛下 有冨正憲・東京工業大原子炉工学研究所所
長から説明お受けに《福島の原子力発電所の現状につき》(宮城・御
所)
彬子女王殿下、英国へ彬子女王殿下 御尊影
寛(とも)仁(ひと)親王殿下の長女、彬子女王殿下にあらせられましては、26日、英国訪問のため、成田空港から民間機で出発あそばされました。
彬子女王殿下は現地時間の28日、オックスフォード大で行われる博士号の学位の授与式に出席し、6月1日に帰国あそばされます。
彬子女王殿下にあらせられましては、大英博物館の日本美術収集・展示から英国人の日本美術観の変化を論じた論文により、女性皇族として初の博士号となる哲学博士の学位を取得あそばされました。
罪あらば我を咎めよ天津神民は我が身の生みし子なれば罪あらば我を咎めよ天津神民は我が身の生みし子なれば
大逆を侵そうとして捕らえられた、社会主義者たちのことを詠まれた、明治天皇の御製です。
御身を害しようとするものでさえ、自分の子であると庇う心をお持ちなのが、天皇陛下という存在なのです。
この大きな慈愛は皇祖、天照大神から連綿と続く皇室の伝統です。
神社本庁「大祓詞の解釈と信仰」にある日本神話、天の岩戸開きについての記述を抜粋します。
(天照大神の)この神隠れは、国津神スサノオノミコトの罪を、天照大神が徹頭徹尾自らあがなわれ、身を隠されたことを意味する。天照大神はスサノオノミコトの罪を責められず、その改悛(かいしゅん)を最後まで期待されるとともに、常に「むつまじき心もちて相許したもう」という大きな自愛と包容力とをもって、その罪を許し、あがなわれたと書紀に見えている。
この神隠れした大神の再出現を祈るのが、天の岩戸の祭りであって、その祈りの果てに、天照大神は再び復活され、世にいう天岩戸開きとなる。それ以後、天照大神は永遠に生き神として、輝かしい御光を私共の上に投げかけておられるのである。
天照大神は又スサノオノミコトの罪をあがなうために、一度は神隠れされるが、再び復活されて、人々に「温かい手をさしのべられ、人々の罪を許す神」として今に至って、私共の上に輝きわたられている。
抜粋ここまで
この天照大神の神意を継がれることが、その神の御子孫たる歴代の天皇陛下の大きな使命であり、大御心なのです。
第16代 仁徳天皇陛下
「高き屋にのぼりて見れば煙り立つ 天のかまどは賑わいにけり」 まず、国民がちゃんと食べるものがあるかどうか、ご飯の用意をするかまどの煙にも御心を使われ、そのかまどから立ち昇る煙を見られ読詠まれた御製。 第56代 清和天皇陛下
「災いは偶然に起きるものではない。みな朕の不徳の致すところからである」 肥後の国熊本地方で起きた洪水に際して、天災さえもご自身の不徳から国民を苦しめたのだと、心より反省なさっている大御心です。 第59代 宇多天皇陛下
「天をうらまず、人をとがめず、神を責めず、朕が不徳の致すところである。」 「国を富ますはただひとつ、体を臣民にあわせるのみである。」 やはり、当時に起きた洪水や疫病の蔓延にお心を痛められての玉音です。 自分の考えを国民に押し付けるのではなく、あくまでも国民の立場になって心を合わせなければならないと話されている記録があります。 第124代 昭和天皇陛下
終戦に際し、マッカーサーに対して「我が身はどうなってもかまわぬ。国民を救ってほしい。」 臣民が始めた戦争でしたが、最後は臣民を護るため、ご聖断あそばされ、食糧難にあえぐ臣民を救われた。
この国民の不幸を御自身の責任と感じ、国民の不幸を身をもってあがなわれようとの大御心、天照大神が国津神(国民)の罪を、死をもってあがなわれた尊い救いのこころが、天皇陛下のこころです。
畏くも今上陛下にあらせられましても、東日本大震災に深く、胸をいためておられ、その対応に右往左往、迷走する政府民主党の怠慢にも、御身をせめておられるのではないかと推察いたします。
まことに、深き叡慮に感謝するとともに、今上陛下の大御心にお応えできる國にしなければなりません。
天皇陛下、皇后陛下はじめ、皇族方がいつまでもお健やかであられることを、臣民の一人として祈念します。
皇尊 彌榮 彌榮 彌榮
日本國民(やまと民族)は皇室と共に・・・・
被災地の皆様の苦難を思い、
犠牲になられた方々に哀悼の意を表します。
長期に渡る激務に心身の疲労も極限にあると推察します。自衛隊、関係者一同の皆様の努力に敬意を表します。 |
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