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日本よい国、きよい国。 世界に一つの神の国。
降り積もる深雪(みゆき)に耐えて色変えぬ 松ぞ雄々しき人もかくあれ

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天皇陛下、皇后陛下 御尊影
 
 
 
 
君が代
 
 
 
 
 
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第11回全国障害者スポーツ大会の開会式にご台覧あそばされた皇太子徳仁親王殿下 御尊影=22日午前、山口市
 
 
 
 
 
 
 
 
皇太子徳仁親王殿下におかせられましては、22日、山口市の維新百年記念公園陸上競技場で開かれた第11回全国障害者スポーツ大会の開会式にご台覧あそばされました。
 
皇太子徳仁親王殿下におかせられましては、開会の挨拶におかれまして、大会が東日本大震災からの復興を願い、『たちあがれ!東北 がんばろう!日本』の合言葉の下に開催されることは、誠に意義深いことです」とした上で、「障害者への理解がますます広がり、人々が安心して生活できる社会づくりがさらに進むよう希望します」とお言葉を賜りました。
 
 
 
 
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山口県宇部市のときわミュージアムで小学生に声を掛けあそばされる皇太子徳仁親王殿下 御尊影=21日午後
 
 
 
第11回全国障害者スポーツ大会の開会式ご台覧などのため、11日より山口県行啓あそばされておられた皇太子徳仁親王殿下におかせられましては、、同日無事還啓あそばされました。
 
 
 

 
 
天皇陛下、皇后陛下はじめ、皇族方がいつまでもお健やかであられることを、臣民の一人として祈念します。
 
 
 
尊 彌榮 彌榮 彌榮
 
 
日本國民(やまと民族)は皇室と共に・・・・
 
天皇陛下、皇后陛下 萬歳 萬歳 萬歳 
 
 
 
 
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畏くも天皇陛下とハマギクをご覧になる皇后陛下 御尊影。平成9年に訪れた岩手県大槌町から種を取り寄せ、御所にまかれたものが、毎年花を咲かせているという=6日、皇居・御所御車寄付近
 
 
 
 
 
 
君が代
 
 
 
 
 
 
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記者会見あそばされる秋篠宮眞子内親王殿下 御尊影=東京都港区元赤坂の秋篠宮邸で2011年10月16日
 
 
 
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修復中の棚飾品(高村光雲(たかむらこううん)作「木彫置物 養蚕天女」他)をご覧aあそばされる眞子内親王殿下 御尊影
 
 
 
 
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和歌御会始(わかごかいはじめ)関係資料(「御会始和歌(ごかいはじめわか)」)をご覧あそばされる眞子内親王殿下 御尊影
 
 
謹んでお伝え致します。
 
慶 祝
 
秋篠宮眞子内親王殿下、20歳のお誕生日おめでとうございます。
秋篠宮眞子内親王殿下におかせられましては、お健やかな
 
ることと、秋篠宮彌榮心よりお祈り申しあげます。
 
 
 
秋篠宮眞子内親王殿下におかせられましては、20歳の誕生日に先立って記者会見をなさりあそばされた。
 
以下に全文引用します。敬称を訂正、加筆しております。
 
(問1)ご成年を迎えるに当たっての感想をお聞かせください。成年皇族として、公務に臨まれる機会も増えますが、今後の抱負もお聞かせください。

 (眞子内親王殿下)このたび、成年という一つの節目の年を迎えました。成年というとだいぶまだ先のことのように思っておりましたけれども、過ごしてきた歳月を思いますと、あっという間であったと感じております。これからは、成年としてふさわしい行動を心がけていきたいと思っております。
 大学が3学期制で学期ごとの履修でございますので、予定が立ちにくいところもございますけれども、公的なものを含めさまざまな行事に参加していきたいと思っております。

 (問2)国際基督教大学では具体的にどのようなことを学ばれていますか。特にご関心があり、今後専攻される予定の分野もお聞かせください。スキーサークルに入られているとうかがっていますが、趣味など学業以外ではどのような大学生としての生活を送られていますか。

 (眞子内親王殿下)国際基督教大学は、2年次の終わりまでは専攻を決めず、様々な分野を学ぶことを通して自らの興味を深めていくというシステムですので、現在2年生に在学しています私は、できるだけ多く自分の興味のある科目を履修し、学びの機会を得ている状態でございます。
 また、大学内外を問わず、さまざまな人々との交流が自分の身になっていると感じております。
 学業以外ではスキー部に所属しておりますけれども、シーズン中には合宿などに行くこともあります。また、それに関連するかもしれませんけれど、スポーツ全般は好きで、楽しんでおります。

 (問3)将来についておうかがいします。秋篠宮、同妃両殿下は学生時代に出会い、ご結婚されました。女性皇族として、将来のご結婚についてどのようにお考えでしょうか。理想の男性像と合わせてお聞かせください。将来の夢や目標についてはいかがでしょうか。
 
 (眞子内親王殿下)両親、とくに父は私の年のころには結婚を考えていたようですけれども、私はまだあまり結婚については考えたことはありません。理想の男性像に関しましては確たるものはございません。
 将来の夢や目標につきましては、学生生活を通していろいろと考えつつ、徐々に考えをまとめていけたらと思っております。

 (問4)ご家族についておうかがいします。両殿下は日々公務で多忙な生活を送られていますが、眞子さまにとってどのようなご両親ですか。佳子さま、悠仁さまとは普段どのように過ごされていますか。エピソードを交えてお聞かせください。
 
 (眞子内親王殿下)両親とは気軽な話、重要な話の双方、話し合える関係であると思っております。また自分にさまざまな機会を与えてくれていることをありがたく思っております。
 父に関しましては、かつてはよく怒る父親でございましたけれども、最近はすっかりまるくなっております(記者笑)。母に関しましては、一緒に美術館などに行って楽しむことがあります。
 
 妹は年が近いこともあって、年齢を重ねるたびに仲良くなり、今では妹でありながら友人のような関係です。ときには夜遅くまで2人で話していることもございます。弟は逆に、年は離れておりますけれども、一緒に走り回って鬼ごっこのようなことをしたり、また最近はいろいろなものに興味があるようで、図鑑に登場する植物や動物などについて話してくれることがございます。

 (問5)3月11日の東日本大震災後、被災者が使うタオルの袋詰め作業を紀子さま、佳子さまと一緒に手伝われました。両殿下も甚大な被害を受けた宮城、岩手、福島の被災地を訪れ、被災者を励まされました。未曾有の災害となった今回の震災をどのように受け止めておられますか。震災を通じて感じたことや、今後なさりたいことを、震災当日の体験談を交えてお聞かせください。
 
 (眞子内親王殿下)震災当日は家におりました。揺れがひどくなってまいりましたので、最初は机の下に避難いたしました。その後、多少揺れが収まってきたので、家族と庭に出て様子を見ました。しばらくしてからテレビを見て、今回の震災の被害の規模の大きさに驚きました。
 私は両陛下はじめ、ほかの皇族方のようにお見舞いという形の被災地訪問はいたしませんでしたけれども、夏にボランティアの一人として被災地でお手伝いする機会がございました。東京で関係者の方にお話をうかがったり、また、メディアの報道を通して、震災の状況について理解したように思っておりましたけれども、実際に行ってみないとわからないことがあると実感いたしました。
 また先日は「文化による復興支援シンポジウム」に行く機会がございました。地域に根ざす文化を継承・保存していくことが震災の復興に寄与する、ということが理解できました。私自身も、今後何らかの形で携わっていきたいと思っております。
 
 (関連質問1)皇族というお立場にお生まれになって、だいたいおいくつぐらいから、一般と違うというふうにご自身のお立場を意識なされたかということと、皇族というお立場にお生まれになってご不自由を感じたことがあるかということと、また逆によかったなという思いがあったかということ、この二つをお聞きしたいのですが、よろしくお願いします。

 (眞子内親王殿下)皇族として意識し始めたのは何歳ごろかということでよろしいでしょうか。

 (記者)はい。

 (眞子内親王殿下)そうですね、だいたい小学生のあたりではないかと思っております。
それから、皇族として不自由に感じたことがあるかというご質問でしたか。そうですね、ときには不自由に感じることもないことはございませんけれども、その代わり、さまざまな機会を与えていただいていると思っております。

 (関連質問2)先ほどお父さまのことで、昔と違って最近はまるくなってきたというようなことをおっしゃっていましたけども、どのようなとき、そのようなことをお感じになりますか。何かエピソードがあれば教えてください。

 (眞子内親王殿下)難しいですね、なかなか。全般的に、昔は全般的によく怒る、本当にもうそれしか言いようがないのですけれども、厳しいこともありましたし、厳しいことに関しては、厳しくしつけてくれたことに感謝しておりますけれども、導火線が少々短いところがあったと申しますか(記者笑)。でも、最近はめったなことではすぐには怒らなくなったと思っております。
 
 (記者)たとえばどんなことで怒られたのでしょうか。
 
 (眞子内親王殿下)エピソードがありすぎてちょっと絞れませんので(記者笑)、失礼いたします。

 (関連質問3)先ほど被災地のボランティアの話が少し出ましたけれども、たぶんお一人ではなくて仲間のみなさんと行かれたということではないかと思いますけれども、地域としてはどの辺に行かれて、どのような活動をされたのか、被災地を見たときにどう思われたかということを、少し教えていただけますでしょうか。
 
 (眞子内親王殿下)地域としては岩手県の山田町、大槌町それから宮城県の石巻市の方で、子どもに関連する活動をしておりました。どのように感じたかというのは、先ほどの質問にお答えさせていただいたように、東京でいろいろな方にお話をうかがったり、メディアを通して知るということとはまた別に、実際に行くことでしか感じられないことがあると、そういうふうに思いました。

 (記者)その実際に感じられたことというのはどのようなことでしょうか。

 (眞子内親王殿下)そうですね、被災した方にお話をうかがったこともございますし、あと、また言葉にするのが難しいですけれども、実際自分の目で見てみないと、どういう状況かというのは感じ取れないのではないかと、思いました。
 (記者)かなり、瓦礫(がれき)とか残っている状況のときに行かれたのでしょうか。
 
 (眞子内親王殿下)そうですね。
 
 (記者)子どもに関する活動というのは、たとえばどんなことでしょうか。
 
 (眞子内親王殿下)夏休みの出前講座のお手伝いという形で参加させていただきました。
 
 (記者)お勉強のお手伝いでしょうか。
 
 (眞子内親王殿下)ただ単にお勉強というのではなく、夏休みの思い出になるような形の、そういう出前講座でした。
 
 (記者)子どもさんと一緒に遊ばれたこともありましたか。
 
 (眞子内親王殿下)それもありました。よろしいでしょうか。
 
 (記者)どうもありがとうございました。
 
 (眞子内親王殿下)ありがとうございます。

23日は宮城・宮中三殿をご参拝。その後、宮殿で畏くも天皇陛下による勲章親授式に臨みあそばされ、女性皇族にとって最高位の宝冠大綬章を受けあそばされます。
秋篠宮眞子内親王殿下におかせられましては、午後には、勲章やティアラなどを身につけた正装(袖なしの夜用礼服「ローブデコルテ」)で、畏くも天皇陛下、皇后陛下に、あいさつをあそばされます。
 
 

 
 
天皇陛下、皇后陛下はじめ、皇族方がいつまでもお健やかであられることを、臣民の一人として祈念します。
 
 
 
尊 彌榮 彌榮 彌榮
 
 
日本國民(やまと民族)は皇室と共に・・・・
 
天皇陛下、皇后陛下 萬歳 萬歳 萬歳 
 
 

皇室一週間

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 天皇、皇后両陛下は21日、皇居・御所で、オーストラリアのカウラ市出身で、同市で日本庭園の建設や管理に尽くしたドン・キブラー氏と懇談された。
宮内庁によると、今回は両陛下の強いご意向で懇談が実現した。
その経緯について少し説明したい。
 両陛下は皇太子時代の昭和48年、オーストラリア、ニュージーランド
両国をご訪問。その際、カウラ市にも立ち寄られた。
 カウラ市にはかつて、日本人の捕虜収容所があった。
昭和19年8月、日本人捕虜らは脱走を計画したものの失敗し、
234人が死亡する事件が発生。死亡した日本兵は、
カウラ戦没者霊園の一角に設けられた日本人墓地に葬られ、
現地の人々により手厚く管理されてきたという。
 両陛下はカウラ市訪問の際、日本人墓地で供花されたが、
側近によると、両陛下はそれ以来、カウラで亡くなった日本兵と墓地を
管理してくれたオーストラリアの人々に心を寄せられてきたという。
 平成4年には紀宮さま(黒田清子さん)、
7年には秋篠宮ご夫妻が同じカウラ日本人墓地を訪れ供花されているが、
側近は「両陛下はカウラへの思いをお子さま方にもしっかり
伝えられたのではないか」と話す。
 側近によると、そのカウラで生まれ育ったキブラー氏は、少年時代、
日本兵脱走事件を目の当たりにし、
日豪の架け橋になりたいという思いを強くしたという。
カウラに日本庭園を建築することに尽力し、現在も日本庭園財団会長、
日本庭園協会会長、カウラ日本協会会長を務める親日家だ。
 昨年来日した際、キブラー氏の経歴が新聞で報じられ、
その記事が両陛下の目にとまり、キブラー氏との懇談を強く希望されたという。
 両陛下との懇談を終えたキブラー氏によると、両陛下は、
同氏やカウラの人々に対し、
日本人墓地を守っていることや日本庭園を建設し運営してきたことへの感謝の気持ちを述べられたという。
 
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陛下は17日、皇居・神嘉殿で、神嘗祭神宮遙拝の儀に臨まれた。
続いて、宮中三殿の賢所で、神嘗祭賢所の儀が行われ、
陛下、皇太子さま、秋篠宮ご夫妻、常陸宮ご夫妻、寛仁親王殿下、
高円宮妃久子さまと次女の典子さまが拝礼された。
 皇后さまは、右膝下の下腿筋膜炎のため欠席された。
がんの手術後、宮邸で療養していた寛仁さまが皇居を訪問されたのは、
9月27日の退院後初めて。
 
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両陛下は18日、皇居・宮殿で、ハイチやゴラン高原、
スーダンなどで活動した国際平和協力隊員124人と懇談された。
 陛下はお言葉で
「国際平和協力隊として、ハイチ、ゴラン高原、ネパール、スーダン、
東ティモールにおいて、地域の安定と平和のために尽くしてこられたことを
誠にご苦労に思います。危険を伴う厳しい環境の中での任務には、
計り知れない苦労があったことと察しています。
この任務が滞りなく行われたことは意義深いことでした。
どうかくれぐれも身体を大切にされ、今後も元気にそれぞれの職務に
努められるよう願っております」と述べ、関係者や隊員らに「ご苦労さまでした」と言葉をかけられた。
 
 
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皇太子さまは21日に山口県に入られた。22日に山口市で
「第11回全国障害者スポーツ大会」の開会式に出席し、同日夕帰京される。
 
 
 
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秋篠宮さまは17日、進化生物学研究所(東京都世田谷区)で、
生き物文化誌学会事務局会議に出席された。
19日、山階鳥類研究所(千葉県我孫子市)で、所員会議に出席された。
 秋篠宮妃紀子さまは17日、宮邸で、
第59代ホノルル「桜の女王」らと懇談された。
18日、リーガロイヤルホテル東京(東京都新宿区)で、
「第14回秩父宮妃記念結核予防功労賞表彰状贈呈式」に臨席された。
 
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常陸宮ご夫妻は19日、明治記念館(東京都港区)で、
「第23回高松宮殿下記念世界文化賞」の授賞式と祝宴に臨席された。
 
 
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三笠宮さまは17日、宮邸で、離任する駐日トルコ大使と懇談された。
 寛仁親王殿下は18日、宮邸で、離任する駐日トルコ大使と懇談された。
21日、宮邸で、新任皇宮護衛官とお会いになった。
 
 
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高円宮妃久子さまは15、16の両日、岐阜県をご訪問。
「高円宮牌2011女子ホッケー日本リーグ」最終節を観戦された。
 20、21の両日、愛知県を訪問し、
「2011年度国際海洋少年団協会年次総会」のレセプションに臨まれた。
21日午後には国立西洋美術館(東京都台東区)で、
「プラド美術館所蔵 ゴヤ 光と影」開会式に臨席された。
 久子さまと次女の典子さまは18日、
千鳥ヶ淵戦没者墓苑(東京都千代田区)で、
千鳥ヶ淵戦没者墓苑秋季慰霊祭に臨席された。
 
 
 
 
 
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今週も両陛下、宮様方お忙しくていらっしゃいました。
特にお忙しくても宮中祭祀をかかさなかった皇后陛下が
お休みになられたのはとても、ご心配です。
また寛仁親王殿下が、手術のあと、御所にご訪問されたのは
とても嬉しい事です。
そして週に1回は必ず悠仁親王殿下を御所に連れて行かれる
紀子妃殿下。帝王学も自然と身につかれる事でしょう。
 
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