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日本よい国、きよい国。 世界に一つの神の国。
降り積もる深雪(みゆき)に耐えて色変えぬ 松ぞ雄々しき人もかくあれ

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取り戻すこと

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                          (教育勅語奉読)
 
日本の歴史というと、「戦前は悪かった」という一方で、「いいことばかりあった」ように思うのも大きな間違いでしょう。実際は全て美談のようなことはありません。当然よくない時も過ごしてきたのです。
しかし、日本を誇りに思えるのはその「よくない時」から立ち直ることができるということです。
今回も前回に続き中西輝政氏の著書から引用し、数回引用した最後としたいと思います。
・・・・・・・
 
人は平時が続くと、変化に対する反応が遅くなります。
とりわけ、本来、変化を好まない傾向がある日本人は、状況は変化しているのに平時のものの見方、考え方を変えられず、気付いた時には取り返しがつかないほど社会が荒廃していた、という事態に陥りがちです。
 
明治維新は、日本人だからできた「無血革命」だと言われますが、実際は相当な犠牲を払っています。戊辰戦争では何万という人命が失われましたし、三百年続いた徳川の世が全否定されたことで、社会では大きな悲劇もたくさん生まれ、物理的、精神的な文化的遺産もゴミのように捨て去られました。
明治維新は起こるべくして起こった社会変革ではありましたが、黒船来航以降の変化、諸藩の動きや考え方の変化に幕府がもっと早く、柔軟に対応していたら、犠牲は最小限に抑えられ、もっとスムーズな社会変革が可能だったのではないかと思えてなりません。
 
結果的に、急激に社会が変わることになり、その中で日本本来の良さも失われてしまいました。
ほんの一例ですが、アメリカのボストン美術館には日本の優れた仏教芸術が数多く展示されています。維新期の「廃仏毀釈運動」で日本人が仏教を排斥したために、膨大な仏教芸術が海外に流出したのです。それまで大切に育ててきた文化まで無造作に捨て去ってしまったのですから、やはり明治維新は行き過ぎた社会変革だったと言わざるを得ません。
 
教育にしても同様のことが言えます。明治天皇は非常に優れたバランス感覚の持ち主で、西洋の技術を取り入れることを指示する一方、日本人本来の精神性はくれぐれも失わないように、とつねづね言っていました。
ところが為政者たちは「文明開化」をスローガンにして、日本の良さを顧みず、何でも西洋化しようとしました。明治天皇はたびたび「詔書」を出し、日本人には日本人にふさわしい教育をすべしと繰り返し自ら主張されましたが、当時の文部省は素知らぬ顔です。そんな江戸時代の封建性の名残のような教育など日本の近代化の邪魔になるだけだ、というのが彼らの考え方でした。
 
しかし、その一方で、人々のモラルは低下し、明治初期の日本では社会の風紀が大きく乱れました。例えば小学生の子供が休み時間にたばこを吸っている。お巡りさんが大道で平気で博打をする。勤め人が昼間から酒を持って歩いている。男女の性道徳も前の時代に比べ著しく乱れ始めました。明治十年から二十年ごろ、日本の社会はそこまで荒廃していたのです。
そのころ来日した外国人は日本への失望感をあらわにしています。『インド人も怠惰だったけれど、日本人はそれに輪をかけてひどい』と書き残しているイギリス人もいます。当時のイギリスは産業革命の最中で、国民全体が大変勤勉だった頃ですから、なおさら日本人の堕落ぶりがひどく映ったのでしょう。
 
こんな状態が続き、明治二十年ごろになると、さすがに国政を担う人々も方向性を誤っていることに気付き始めました。急速に西洋化が進む一方で社会のあまりの後輩に危機感を募らせた人々、特に上からは明治天皇から一部の政治家や、当時「国粋派」と呼ばれて時に危険視されていた学者たちが立ち上がりました。そうした努力の一環として打ち出されたのが「教育勅語」(明治二十三年)でした。
しかし、こうした「上からの動き」と併せて、実は地方から、そして庶民の間からも自発的な教育やモラルの改善運動が起こってきました。そして日本人全体が社会の近代化の大切さを踏まえつつも、自分たちがかつて持っていた文化に対する誇りを取り戻し始めました。
ここから日本は立ち直りますが、幕末から明治までに失われたものの大きさを考えると、変化への対応の遅さがつくづく悔やまれます。
 
好むと好まざるとに関わらず時代は変化していきます。そうした変化には合わせてゆかねばなりません。
その上で「変化にはコストがかかる」という視点から、そのバランス・シートを考えてみる必要があります。
この時、日本人にとって特に大切なのは決して情緒的に反応せず、あくまで冷静かつ合理的な姿勢に徹することです。「それ行けドンドン」や「石橋を叩いても渡らない」というのは、いずれも堕落、精神の劣化です。
・・・・・
 
やはり教育というのは大きいと思います。戦後、日本の教育は荒廃し続けていると言います。
特にモラルや道徳、日本のよき精神を教えないことが、日本社会に大きな影響を与えていることは明らかです。
日本人に「個人主義」や「自由」、「権利」などというものはあわないものだと思っています。
日本人の優れた面はもちろん個人の力というのもあるでしょうが、大きく発揮されるのはやはり集団行動にあると思います。その根幹は日本人の規律の正しさ、自分より他人をいたわり、互いに思いやり、そしてともに行動する時に大きな力となる。そこには自分勝手な自由や権利の主張などあり得ないのです。
西洋人と日本人は違います。グローバルという言葉に釣られて何でも国際基準にする必要などないではありませんか。なぜなら、それ以上に日本人と日本という国は優れた、素晴らしいものを本来は持っているからです。
 
 
・・・・・・・・・
 
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転載元転載元: さくらの花びらの「日本人よ、誇りを持とう」

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天皇陛下、皇后陛下 御尊影
 
 
 
 
君が代
 
 
謹んでお伝え致します。
 
宮内庁は18日、ご不例にて入院あそばされている畏くも天皇陛下におかせられましては、検査で新たにわずかな肺の炎症が判明し、「長引いた気管支炎を中心とした、軽度な気管支肺炎」と改めて診断されたと発表しました。
 一方、最高で39度近かった発熱は16日から低下傾向にあり、抗生物質を投与した効果と判断しているということです。
宮内庁幹部は「平熱に近く、気管支肺炎を含めて薬で治まってきていると聞いている」と話した。
 畏くも天皇陛下におかせられましては23日に宮城(皇居)で行われる宮中祭祀(さいし)「新嘗祭」も医師の判断により、畏くも天皇陛下によるご祭祀は行わないことが決まりました。
 
畏くも天皇陛下におかせられましては、ご静養あそばされ、一日も早いご平癒をこころより祈念いたします。
 
 
(宮内庁発表分)
 
 【午前】
 
 皇后陛下 東京大学医学部付属病院(東京都文京区)お見舞い、のち宮城(皇
 
  居)・御所へお戻り
 
 皇后陛下 勤労奉仕団ごあいさつ 宮城(皇居)・窓明館
 
 【午後】
 
 皇后陛下 離任する駐日ベトナム大使夫妻をご引見《陛下はご入院中のためお取
 
 りやめ》(御所)
 
 皇后陛下 東大病院お見舞い、のち御所へお戻り
 
 

皇太子徳仁親王殿下、ブータン国王陛下、同王妃陛下にお別れ

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皇太子徳仁親王殿下を出迎えあそばされるブータンのワンチュク国王陛下(中央)。左端はジェツン・ペマ王妃陛下 御尊影=18日午前10時、東京都港区元赤坂の迎賓館
 
 
 
 
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ブータンのジグメ・ケサル・ナムゲル・ワンチュク国王陛下、同王妃陛下に出迎えられる皇太子徳仁親王殿下 御尊影
 
 
 
 
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皇太子徳仁親王殿下を見送りあそばされるブータンのワンチュク国王陛下、ジェツン・ペマ王妃陛下 御尊影
 
 
 
 
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ブータンのジグメ・ケサル・ナムゲル・ワンチュク国王陛下、王妃陛下にあいさつされる皇后陛下 御尊影
 
 
 
 
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皇后陛下を見送りあそばされるブータンのワンチュク国王陛下、とジェツン・ペマ王妃陛下 御尊影
 
 
 
皇太子徳仁親王殿下におかせられましては18日午前、東京・元赤坂の迎賓館を訪問あそばされ、畏くも天皇陛下のご不例に伴う畏くも天皇陛下、皇后陛下の名代として、ブータンのジグメ・ケサル・ナムゲル・ワンチュク国王陛下ご夫妻にお別れのあいさつをあそばされました。
 宮内庁によると、皇太子徳仁親王殿下におかせられましては、国王夫妻が同日午後、東日本大震災の被災地である福島県相馬市の小学校を訪れられることに触れあそばされ、「被災者の人々が励まされると思います」と述べられました。
国王陛下におかせられましては「今回の訪問の重要な目的の一つは被災者の人々と心を一つにすることです」とお言葉を給わりました。
 皇后陛下におかせられましても、皇太子徳仁親王殿下に引き続き、迎賓館を訪問あそばされ、国王陛下夫妻と会われました。
 
皇太子徳仁親王殿下におかせられましては、昭和62年3月に日本との国交が樹立してから初めての日本国要人として同国に招待されておられます。
ジグミ・シンゲ・ワンチュク前国王陛下は、御歳56歳であられるので皇太子徳仁親王殿下とさほど年齢が変わりません。
25年前に訪問あそばされた時は、現国王陛下はご幼少であられましたので思いもひとしおであられたと推察いたします。
 
 
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井上康生氏(後列右端)や上村春樹館長(前列右端)らと記念写真に納まるブータンのジグメ・ケサル・ナムゲル・ワンチュク国王陛下、王妃陛下 御尊影=17日午後、東京都文京区の講道館
 
 
ジグメ・ケサル・ナムゲル・ワンチュク国王陛下、王妃陛下におかせられましては、17日、東京都文京区の講道館を訪問しあそばされ、シドニー五輪男子100キロ級金メダルの井上康生氏やアテネ、北京五輪女子63キロ級金メダルの谷本歩実さんらの技や子どもたちの稽古を約1時間ご覧あそばされた。
 国王陛下におかせられましては2年間の柔道経験があられ、稽古前には講道館の上村春樹館長から初段の認定証と柔道着や黒帯を贈呈された。ブータン初の柔道有段者と認められた国王陛下におかせられましては「柔道は勝負だけでなく、精神鍛錬の面においても重要と認識している。今回は私の希望で見に来た」とお言葉を賜わり、年内にブータンに柔道連盟を創設する意向を明らかにされました。
 国王陛下の御前で華麗な内股を披露した井上氏は「陛下は柔道の心を非常に理解されている。日本の柔道は世界のトップだと言っていただいた。貴重な経験だった」と緊張気味に感想を述べた。
 
 
国交樹立25周年と歳月は浅いですが、真の友人「ブータン王国」と我国の絆が一層深まることを願ってやみません。
また「ブータン王国」の王室の繁栄と、国民の皆様が尚一層幸せであることを祈念いたします。
 
 
尊 彌榮 彌榮 彌榮
 
 
日本國民(やまと民族)は皇室と共に・・・・

ブータン王国と日本

 
 

 
昨日、畏くもブータン国王陛下、同王妃陛下をお招きして、国会にて歓迎会が執り行われました。
ブータン国王陛下におかれましては、素晴らしい演説をなされました。
ブータン王国は東日本大震災の翌日に国王主催の「供養祭」が挙行され、18日には義援金100万ドル(日本円で8150万円)が、日本に贈られました。
 ブータンの1人当たり国民総所得は2000ドル(約15万4000円)足らずですので、ブータン王国の厚意が感じられます。
また被災地への行幸もなされる予定です。
ジグミ・ケサル・ナムゲル・ワンチュク国王陛下の父君であられるジグミ・シンゲ・ワンチュク前国王陛下も1972年に16歳という若さで即位されました。
平成元年に昭和天皇陛下の大喪の礼参列のため、民族衣装「ゴ」の礼服姿で来日されている。その際に、多くの首脳が日本から経済協力支援を得るため葬儀前後に日本政府との会合、即ち「弔問外交」を行っのに対し、ジグミ・シンゲ・ワンチュク国王陛下は一切の「弔問外交」を行わず、大喪の礼で弔意を表され、帰国された。新聞記者がその理由を国王に尋ねると、国王陛下は「日本国天皇への弔意を示しに来たのであって、日本に金を無心しに来たのではありません」と答えられました。
 
前国王陛下自ら当時の君主制から国民が投票して決める民主 ­制への移行を提唱され、国内各地を遊説された。むしろ ­国民のほとんどが今までどうり君主制でと、国王に懇願したそうです 。君民の強い絆が窺われます。
ブータン王国は、金銭的な豊かさの指標となる国民総生産(GNP)ではなく「国民総幸福量(GNH)」を提唱しています。
ジグミ・ケサル・ナムゲル・ワンチュク前国王陛下は、1970年代、今後のブータンの国づくりを探るため、日本を含む欧米先進国を研究したそうだ。そして国王が出した結論は「欧米はGDPを伸ばすという方向性で国づくりをしている。しかし環境はボロボロになり、人の心はすさみ、文化は継承されなくなっている」というものでした。
 つまり、GDPを追求してもいいことは何もない。だったら、GNH(国民総幸福量)を大事にしようということだった。ブータンではGNHの指標があるが、その項目は人々が情緒的にどれだけ満たされているか、地域社会がどれだけ生き生きとしているか、というものです。そして国勢調査で、それを把握して政治に生かす施策をとられました。ブータン国民に「あなたは幸せですか?」と質問したら、94%の人が「はい」と答えたそうです。
 
ブターン王国で農業指導に尽力し、同国民にもよく知られている故西岡京治さんの妻里子さん(75)が16日、来日中のワンチュク国王陛下、同王妃陛下とともに宮中晩さん会に招かれました。
故西岡京治氏については、投稿文字数に制限がありますので、以下の動画にてご覧ください。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
西岡里子氏は、「経済の価値だけが全てじゃない。日本はもう少し、本当に不幸な人を減らせるのでは」と感じ、「GNHはドル支配の世界で『お金はなくても豊かに生活している』という国王の世界へのメッセージだった。経済成長を経た日本は今、『お金のない人はだめな人』になっているのでは」と指摘し、述べられています。
 
GDPが増えても国民が幸せになるとは限りません。国民は不幸せでもGDPは増えて行きます。寧ろ国民の不幸の上に、GDPの成長があるのかもしれないのです。
現在、日本は立派な経済大国といえる。だがこれは日本の人口が多い(世界10位)というのも大きな理由であるのです。“1人当たりGDP”で比較すると、日本は世界17位になります。
かっての日本、日本人は清らかで美しかった、貧しくてもみんなが幸せだった、
ブータン王国に素晴らしい王室があるように、我国には素晴らしい皇室がおわします。
我国は本当に豊かな国なのか? 改めて問い直す時期に来ているのではないだろうか。その上で、このままグローバル資本主義にどっぷり突入してゆくのか、それとも日本独自の新しい目標と指標に基づいた国づくりを進めてゆくのか、真剣に考えてみる時期に来ているのではないでしょうか?
 
世界の誰もが認めた「美しい国、日本」を・・・・・
 
 
 
畏くも天皇陛下におかせられましては、ご病気が平癒あそばされることをこころから願い、祈念いたします。
 
 

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