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以下に玉音全文
この度の東北地方太平洋沖地震は、マグニチュード9・0という例を見ない規模の巨大地震であり、被災地の悲惨な状況に深く心を痛めています。地震や津波による死者の数は日を追って増加し、犠牲者が何人になるのかも分かりません。一人でも多くの人の無事が確認されることを願っています。また、現在、原子力発電所の状況が予断を許さぬものであることを深く案じ、関係者の尽力により事態の更なる悪化が回避されることを切に願っています。 東日本大震災発生より、52日が経過しました。
畏くも今上陛下の玉音放送より47日。
今上天皇陛下の御代での玉音放送は初めてのことであり、直接臣民に呼びかけられるのは異例のことです。
有事にありながら、迅速な対応ができぬ政府を尻目に、陛下自ら、情報収集あそばされ、陛下は全臣民に呼びかけあそばされた。
天皇陛下、皇后陛下にあらせられましては、都内の被災者の避難所から行啓幸あそばされ、被災者を励ましになられ、4月27日には宮城県に行啓幸あそばされ、自衛隊、警察、消防、海上保安庁を始めとする国や地方自治体の人々の不眠不休の労をねぎなわれあそばされた。
天皇陛下が自衛隊、警察、消防、海上保安庁などを讃えられることさえ異例のことです。
その間、政府は何一つ対応ができず、天災が人災に変わりつつ様相です。
陛下のメッセージにも政府の対応には触れられていません。
情けない政府です。
我々の目から見て何が進んだでしょうか?解決できたでしょうか?
仮設住宅の手配すらお盆までにとか、悠長な有様です。
あろうことか、権力闘争までしている状態です。
被災企業の倒産なども始まっています。
関東大震災でも、多くの会社が被災しましたが、当時の政府は多くの会社・企業を特例をもって救済しました。
100年近く前の先人ができたことを、先例があるのにも関わらず救済措置すら講じていません。
早急に手当せねば、負の連鎖が日本國中に広がります。
一部のマスコミは、陛下の玉音放送を編集したり、被災地で懸命の復旧に従事している自衛隊、米国等の報道をあえて報道しないように画策しています。
畏くも天皇陛下が懸念されておられた、風評被害なども一部の国民にも見られ、同じ同胞として悲しく思います。
畏くも天皇陛下は、「これからも皆が相携え、いたわり合って、この不幸な時期を乗り越えることを衷心より願っています。
被災者のこれからの苦難の日々を、私たち皆が、さまざまな形で少しでも多く分かち合っていくことが大切であろうと思います。被災した人々が決して希望を捨てることなく、身体(からだ)を大切に明日からの日々を生き抜いてくれるよう、また、国民一人びとりが、被災した各地域の上にこれからも長く心を寄せ、被災者とともにそれぞれの地域の復興の道のりを見守り続けていくことを心より願っています」 と玉音賜りました。
陛下の願いであり、日本國民の願いでもあります。
こころある日本國臣民は、陛下の玉音を今一度胸に刻み、「こころを一」にしようではありませんか?
皇尊 彌榮 彌榮 彌榮
日本國民(やまと民族)は皇室と共に・・・・
被災地の皆様の苦難を思い、
犠牲になられた方々に哀悼の意を表します。
また、自衛隊、各国の救助隊はじめ、関係者一同の皆様の努力に敬意を表します。 |
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2011年05月01日
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津波で被害を受けた市街地に向かって黙礼あそばされる天皇陛下、皇后陛下 御尊影=27日午後、宮城県南三陸町歌津
本ブログでも紹介させていただいた記事に、各宮家のご動静などをお知らせします。
畏くも天皇陛下、皇后陛下にあらせられましては、今週もご多忙な一週間であらせられました。
畏くも天皇陛下、皇后陛下にあらせられましては25日午後、宮城・御所におかれまして、東日本大震災における消防の活動状況を久保信保総務省消防庁長官から説明お受けあそばされました。
畏くも皇后陛下にあらせられましては26日午前、宮城、吹上地区の施設で天蚕の卵をクヌギの枝に付ける恒例の「山つけ」を行いあそばされました。
天蚕は野外で育ち緑色の繭を作る蚕。皇后陛下はナイロン製の網で覆われた「野蚕室」に入りあそばされ、約25個の卵が両面テープで張られた短冊状の和紙を、ホチキスを使ってクヌギの枝に巻き付けていかれました。 「山つけ」の作業をあそばされる皇后陛下=26日、宮城
皇室のご養蚕の始まりは、西暦450年、今から1500年前のことであり、日本書紀に「雄略天皇が皇后に蚕を飼うようにすすめた」という記述があります。
現在は歴代の皇后陛下が引き継ぐ形になっていますが、明治4年、昭憲皇太后が宮城・吹上御苑内で復興されたのが最初です。 皇室のご養蚕は、英照皇太后、昭憲皇太后、貞明皇后、香淳皇后、美智子皇后陛下へと引き継がれています。
その後、皇后陛下は天皇陛下と東日本大震災被災地の宮城、岩手両県お見舞いにつき、宮内庁総務課長から説明お受けあそばされ、午後には、蓮池参集所で宮城(皇居)の勤労奉仕団にご会釈あそばされ、その後、東日本大震災に伴う医療・看護など厚生労働関係業務への影響と対応策につき大塚耕平・厚生労働副大臣から説明お受けになられました。
畏くも天皇陛下、皇后陛下にあらせられましては27日、東日本大震災の被災地となった宮城県南三陸町を行啓幸された。甚大な被害を受けた東北の被災地に入られるのは初めてです。
仙台市民球場に到着あそばされた天皇陛下、皇后陛下 御尊影
仙台市民球場に到着あそばされた天皇陛下、皇后陛下 御尊影。右端は奥山恵美子仙台市長=27日午後3時40分、仙台市宮城野区
被災地にご配慮あそばされる両陛下のご意向を踏まえ、宮内庁は両陛下の随員を最小限の7人としたほか、過去の被災地訪問と同様、日帰りの強行軍の日程です。
両陛下は、羽田空港から自衛隊機で航空自衛隊松島基地ヘ。そこから自衛隊ヘリに乗り換えあそばされ、臨時ヘリポートとなった町立伊里前小学校の校庭に降りられた。
佐藤仁町長によると、両陛下は惨状に心を痛められたご様子でしたと述べています。
一番上の画像ですが、先ががけになっている校庭の端で、両陛下は2回黙礼をされた。
宮城県南三陸町を訪問し、車の中から手を振りあそばされる天皇陛下、皇后陛下 御尊影=27日
両陛下は南三陸町に2時間余り滞在あそばされた後、再び自衛隊ヘリに乗り、仙台市にご移動された。
宮城野体育館では、妻を亡くした男性が遺影を陛下に見せていた。陛下は「津波でお亡くなりになったんですか」「お気の毒でした」と言葉をかけられたという。
男性は「遺影を手にとって、じっと見つめてくださった。家内は皇室番組を欠かさず見ていた。喜んでいると思います」と話した。
皇后陛下の優しいお言葉に涙を流す被災者も多かった。「よくここまで生きてくださって…」。皇后陛下のお言葉に3人の女性が「がんばりますから」と、皇后陛下の手を握り、涙を流した。皇后陛下は「大丈夫、大丈夫。ここまでよく耐えられて。お辛くいらしたのでしょうね。お元気でいてくださいね」と励まされました。
両陛下が退出される際には、南三陸町、仙台市の避難所とも、被災者から自然に拍手がわき起こった。宮城野体育館の避難所運営委員会代表、片桐勝二氏(60)は「避難所がこれほど和やかになったのは初めて。もう少し滞在されてほしい、というなごり惜しさもあった」と述べた。
避難所を訪問あそばされ、被災者に声を掛けられる天皇陛下 御尊影=27日午後、仙台市宮城野区
避難所に到着あそばされた天皇陛下、皇后陛下 御尊影=27日午後4時15分、仙台市宮城野区の宮城野体育館
仙台市の宮城野体育館では、佐藤美紀子さん(64)が、津波を浴びても花を咲かせたという自宅跡地のスイセンを花束にし、「このスイセンのように頑張りますから」と言って皇后陛下に手渡しましたが、皇后陛下はご自身の手で花束を大切に持って帰りあそばされ、御所の中で飾られたということです。
また、天皇陛下、皇后陛下にあらせられましては英王室のウィリアム王子の結婚につき、エリザベス女王夫妻に祝電を発せられた。宮内庁によると、当初、結婚式に招待された皇太子ご夫妻もお祝いの気持ちを伝えられました。
天皇陛下、皇后陛下にあらせられましては28日、宮城・御所におかれまして、フィリピン、リベリア、ボリビアの新任駐日大使夫妻をお茶にお招きあそばされ、その後、東日本大震災被災地の福島県お見舞いにつき宮内庁総務課長から説明お受けになられました。
29日先帝陛下を偲ぶ「昭和の日」でありましたが、天皇陛下にあらせられましては、宮城・御所におかれまして、ご執務をなされました。
皇太子徳仁親王殿下にあらせられましては、今週も震災に関連し、専門家などから説明を受けられた。25日には放射線基礎医学が専門の草間朋子・大分県立看護科学大学学長、26日には斉藤正樹・東工大原子炉工学研究所教授を御所に招かれた。
28日にはご夫妻で、近衛忠輝、日本赤十字社社長らから説明をお受けになった。
また同日、、「水関連災害有識者委員会」の創設議長で、韓国元首相のハン・スンス氏ら3人と懇談された。
各宮家は今週もさまざまな公務をなされました。
被災者お見舞いのため、中之条町合同庁舎に到着された秋篠宮文仁親王殿下、同妃紀子殿下 御尊影=25日、群馬県中之条町
避難所で被災者に声を掛けあそばされる秋篠宮文仁親王殿下、同妃紀子殿下 御尊影=25日午後、群馬県東吾妻町の岩櫃ふれあいの郷
レクリエーションを楽しむ避難者に声を掛けられる秋篠宮文仁親王妃紀子殿下 御尊影=25日午後、群馬県東吾妻町のコニファーいわびつ
秋篠宮文仁親王殿下、同妃紀子殿下にあらせられましては25日、群馬県を日帰りで訪問あそばされ、東吾妻町の2カ所の避難所を訪問された。ご夫妻でレクリエーションの玉入れに参加されたり、秋篠宮文仁親王妃紀子殿下が、手話で被災者と意思疎通を図られたりする場面もみられた。
秋篠宮文仁親王殿下は「お体は大丈夫ですか」と被災者らに声をかけあそばされた。福島県南相馬市から避難した木幡トシさん(74)が「なかなか眠れません」と話すと、紀子殿下は「外に出て、大陽を浴びたら元気になりますよ」と励まされた。
秋篠宮文仁親王殿下、同妃紀子殿下にあらせられましては26日、宮邸で、国連人口基金(UNFPA)事務局長らと懇談された。27日はお住まいの宮邸で、国立成育医療研究センター関係者から説明を受けられた。
秋篠宮文仁親王妃紀子殿下にあらせられましては26日、宮邸で、産経児童出版文化賞選考委員と産経新聞社企画事業部長から、第57回産経新聞児童出版文化賞について説明を受けられた。
高円宮憲仁親王妃久子殿下にあらせられましては26日、宮邸で、フランス弓道連盟会長らと懇談された。
皇尊 彌榮 彌榮 彌榮
日本國民(やまと民族)は皇室と共に・・・・
被災地の皆様の苦難を思い、
犠牲になられた方々に哀悼の意を表します。
また、自衛隊、各国の救助隊はじめ、関係者一同の皆様の努力に敬意を表します。
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