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せっかく、助かった命が亡くなっていきました 福島を通りこし 他の地域に行ってしまいます でも、私達には ただ、みんなで励ましあうことしか出来ません 毛布も一人一枚もありません また、放射能で立入禁止になっているため、海に遺体が浮いてても助けにいけません 遺族は出来るだけ早く火葬してあげたいって言うけど、当分無理そうです 一人が泣くと みんな 泣きます 一人が励ますと みんな 励ましあいます 一人が喜ぶと みんな 喜びます テレビで頑張れ!って言われても私達はこれ以上何も頑張れません 祈ります 生きてる人には安全を 祈ります 行方不明者には命があることを 祈ります 亡くなった方にはご冥福を 祈ります 絶望している人には希望を 祈ります 寒い所には温かい飲み物を これ以上 誰も亡くならないでほしい これ以上 悲しむ人が増えないで 生きてることが こんなに幸せで温かいことなんて 知らなかった 笑うことが こんなに難しいなんて 知らなかった 涙が こんなに止まらなくなることも 知らなかった 一日が こんなにこんなに長く辛いなんて 知らなかった 誰かのために役に立ちたいなんて こんなに強く思ったことはなかった 生きるって大変なことだって 知らなかった 亡くなった一人ひとりが 思い描く未来はどんなだったんだろう 考えるだけで胸が痛い 生き残った一人として この事実を伝えなくちゃいけないと思います たくさんの人が流した涙はきっと 無駄ではないでしょう この涙の一粒 一粒に 意味があり 希望の一歩だと思います ■参考資料 【「政府対応遅かった」 避難住民はあきれ顔】 2011.5.15 21:49産経ニュース配信 より引用 日本政府が国際原子力機関(IAEA)の閣僚級会合に向けて作成した報告書骨子案で、緊急対応を妥当などとしたことについて、福島第1原発事故で避難を強いられた福島県の住民からは15日、「政府を信用できない」などの声が相次いだ。 「政府の対応は遅かったよ」。原発事故から2カ月以上過ぎて始まった計画避難で15日、福島県飯舘村から福島市に移った女性(53)はあきれる。避難所を転々としてきた生活を振り返り「今になって避難しろだなんて。政府は『妥当』と思っているのかもしれないが、私たちにとっては遅かった」と断じた。 川俣町山木屋地区から妻や5人の子供と避難したトラック運転手、佐藤健さん(40)は「(放射線測定に関する)情報が後から後から出てくる。公表が早ければ、その分早く避難できたのに」と、政府の自画自賛に首をかしげた。
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2011年05月16日
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