戦後教育(五)東日本大震災では、世界各国から規律ある日本人に対し賞讃の声が聞かれました。
この日本人の精神は一朝一夕に醸成されたものではありません。
建国以来の長いやまと民族の伝統、國體の精華なのです。
昭和の時代、我國は連合國と戦いましたが、連合國は、規律ある日本國民の強靭な捨身の精神力に恐れを成したのです。
やまと民族の國體の精華を畏れたのです。
占領中にありながらも、連合國は我國を畏れた米国は、何とか日本國民を「精神的ふぬけ」にしなければならないと考えました。
何故なら、日本が必ず米国に対する復讐戦を行なうと恐れたからです。
戦後教育(四)でも述べていますが、占領とは、本来、勝者が敗者を思うがまま裁くことを意味しません。また、勝者が、占領地の法律を勝手に改廃してはならない(ハーグ陸戦法規)。ましてや、勝者が、敗者に対し文化や生き方まで変えよと要求することは、近代史上類例のない暴挙なのです。
あらゆる手段を使って、我國に介入してきました。
教職員の公職追放
まず、教職員の公職追放はどのようにすすめられたのか?
教職員の資格審査は、昭和二十年十月二二日の「日本教育制度ニ対スル管理政策」に基づいています。
(1)昭和二十年十月二三日 民間情報教育局(CIE)教育部ロバート・キング・ホール中尉は、「教員の資格審査」についての草案作りを命じられ、六日後に最終案をCIE局長ケン・ダイク准将に提出。
(2)昭和二十年十月三十日 マッカーサー、日本政府に『教員および教育関係者の検査、除外、認可』を指令
(3)昭和二十年十一月十七日 ダイク准将は、前田多門文相を呼びつけ、GHQの要求を突きつけた。その要求は以下の通り。①教員の検査・追放計画が出来次第、東京近県で実施、②市町村に教員適性検査委員会を設置し、郡委員会毎に罷免を決定、③各大学・専門学校に委員会設置、④審査過程と罷免教員の公開
(4)昭和二一年五月七日 GHQが文部省の計画を承認し実施に移された。
(5)昭和二四年四月末迄 文部省は教員審査を続けた。最終的に九四万二四五九人を審査し、うち三一五一人を不適格として罷免した。
※教員審査が始まる前に、実に、十一万五七八八人が辞職(「國破れてマッカーサー」二七七頁)
では、資格審査の基準は何だったのでしょうか?
文部省は、次のような基準で教員を罷免しました。
①軍国主義・超国家主義・専制主義・全体主義をあおった人物
②満州事変以降の国策を賛美する文筆・講義を行なった人物
③占領政策を批判した人物
では、どのようにして教員の資格審査(公職追放)は、どのようにして行なわれたのでしょうか?
市民、時に学生からの情報(密告)など・・
教員の資格審査の真の目的は何か?
戦前の日本の教育界を担っていた経験と実力ある教員を追放してしまうことが、GHQの目的であり、教員審査の実施前後で、約十二万人の経験ある教員が教育現場から追放された。これは、当時の教員の七人に一人が追放された計算になり、日本の教育界、日本國にとって大きな痛手となりました。その穴を埋めたのは、大量の正規教員資格を持たない人達であり、教師の指導力低下が直ちに生じました。
そして悪しき思想に被れた教職員が次々と生まれました。
吉田茂元首相は戦後教育の欠陥を次のように述べています。
「それから、教員の問題だが、大学の先生も小学校の先生も、どうも教育上の見識がない人が多いように思われる。はっきりとした態度で若い者を指導し、みだりに世の中の流行的な風潮に動かされず、民主的に物事を判断する習慣や能力を育てるべきであり、また基礎的な知識をしっかりと身につくように指導すべきであるのに、進歩的な名の下に、むしろ若い者の意を迎え、子供たちをたゞ甘やかしているような傾きが強くなった。欧米の先進国と比べて日本の青少年の行儀が悪く、躾の出来ていないことは、驚くべきである。」(「回想十年」一一九頁)
この時代の教育を受けた世代が今日の民主党・菅政権であることは言うまでもないが・・・
次回は、日教組が政治活動を正当化する「基本法第十条」について述べたいと思います。
|
過去の投稿日別表示
-
詳細
全1ページ
[1]
コメント(11)
|
皇居では東日本大震災によって、祭祀を司る宮中三殿でも、耐震補強していない場所で一部、柱がずれるなどの被害が出た。
震災発生から10日後、3月21日の春分の日に行われた祭祀(さいし)「春季皇霊祭・春季神殿祭の儀」。余震が続いていたことから、宮内庁内では「今回は天皇陛下ではなく、儀式を司る掌典の代拝にすべきではないか」という声が出た。
だが、両陛下の希望があり、結局陛下はモーニング、皇后さまは洋装で祭祀に臨まれた。通常は着物で臨むが、万一緊急に避難する必要性が出た場合のことを考え、殿上には昇らずに拝礼される「異例の措置」(宮内庁)が取られた。「普段から祭祀にはご熱心だが、震災のこともあるので、ご自身で拝礼されたい思いが特に強かったのではないか」と祭祀関係者は語る。
宮中祭祀は主なものだけで年間20回余り。通常、祭祀の関係者以外はその場におらず、撮影された写真や映像が国民の目に触れることはない。両陛下は皇居の森の中で、ただ静かに祈られている。(3月27日MNS産経ニュース)
記紀に残る神話の時代から続く我が国のご皇室には、神によって日本の永遠の統治権が与えられて(天壌無窮の神勅)います。
しかし、歴代の天皇陛下と国民(臣民)の歴史は、決して富の搾取や封建的結びつきの歴史ではありません。
親が子を慈しむように国民(臣民)を愛する天皇陛下と、親のように天皇陛下を敬い慕う国民(臣民)の関係は、相思相愛の共存の歴史です。
東日本大震災後の、今上天皇、皇后両陛下のビデオメッセージや災地訪問のお姿からは、国民を慈しみ、被災民を労わるお優しい御心が感じられ、涙がこぼれる思いでした。
そればかりではなく、天皇陛下は、自らの危険さえも顧みることをなさらずに、国民の幸せを願って、宮中において静かに祈っていらっしゃいます。
この御姿こそ、現代まで続く、皇室と国民の姿です。
「ご皇室の素晴らしさ」や「宮中祭祀」を教えよ!
戦後教育では、ご皇室の伝統や宮中祭祀について学ぶ機会は薄れてしまい、天皇陛下と国民の距離が遠く離れてしまいました。
しかし、今回の未曾有の大災害は、改めて天皇陛下、皇后両陛下のもとに、日本国民がひとつになる機会を与え、私たちの傍には、常に両陛下がいらっしゃることを肌で感じることができました。
これこそが、まさしく「君民共生」の本来の日本の姿でしょう。
この美しい日本国家の在りようを、学校でも、天皇陛下の国民への深い祈りと、深いご愛情と一緒にきちんと教えていかなければなりません。
|
全1ページ
[1]



