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天皇陛下、皇后陛下、皇太子徳仁親王殿下 御尊影
君が代
天皇陛下、皇后陛下 ご動静 12日 (金)(宮内庁発表分)
【午前】
皇后陛下 「没後100年 青木繁展−よみがえる神話と芸術」ご覧(東京都中央
区・ブリヂストン美術館)
【午後】
天皇陛下 ご執務(宮城・御所)
両陛下 宮内庁総務課長から説明お受けに《鳥取県開催の第31回全国豊かな海
づくり大会の関連行事および県内ご視察の全日程につき》(御所)
【夜】
両陛下 映画「ロック〜わんこの島〜」ご鑑賞(東京都港区・品川プリンスシネマ)
両陛下が映画「ロック」をご覧に畏くも天皇陛下、皇后陛下におかせられましては12日夜、東京都港区の品川プリンスシネマで、平成12年の三宅島噴火を生き抜いた犬の実話をもとにした映画「ロック〜わんこの島〜」をご覧あそばされました。
両陛下は中江功監督、出演者の佐藤隆太さん、麻生久美子さんらと並んで座り、「三宅島に行ったのはいつでしたかね」などと、時折言葉を交わしながら映画を楽しまれた。
佐藤さんは終了後、「両陛下から『とても良い映画でした』とお言葉を賜ったことに「幸せです」と感想を述べました。
宮内庁によると、両陛下は噴火以降、三宅島に心を寄せているため、映画を鑑賞されることになったという。一緒に映画を見た平野祐康三宅村長は「両陛下は経済状況や火山ガスの現状について、関心を持たれていた」と話した。
皇后陛下、青木繁展をご覧に皇后陛下 御尊影(昨日のご公務のものではありません)
皇后陛下におかせられましては12日、東京都中央区のブリヂストン美術館で、「没後100年 青木繁展」をご覧あそばされました。
皇后陛下にあらせられましては、明治期の洋画家・青木繁の代表作「海の幸」や、古事記に題材を取った作品などをご覧あそばされ、恋人の福田たねをモデルにしたとみられる人物が、さまざまな絵に描かれていることを聞くと、「大事な人だったんでしょうね」とお言葉を賜りました。
昭 和 天 皇 陛 下 と 国 民昭和天皇陛下 御尊影
昭和天皇陛下はどんなときにご機嫌を損ねられたか
※ 昭和43年から崩御まで内舎人(天皇身辺の雑役)として仕え続けた牧野名助(もりすけ)氏も、陛下はきめ細やかな配慮やお気遣いを忘れない方でしたと追憶する。
「ある総理大臣が宮殿行事で陛下に拝謁した後のことです。陛下は、総理の退出の車が車寄せにいるのか確認したうえで『それならば歩いて帰ろう』とおっしゃられたんです。陛下が車を呼んで総理の車とすれ違えば、総理はおそらく車を降りられて陛下をお見送りするだろうというご配慮からのお言葉でした。また、たとえば東京都知事と会うときは、八丈島の織物・黄八丈のネクタイをご使用になるなど、お会いになる方へのご配慮も忘れませんでした。皇族の方と会う場合ですら、必ずその方から贈られたネクタイをご使用になっていました」 ※ 昭和天皇が厳しく守られていたのが時間だという。<中略>ただ、こうした厳しさは、すべて配慮とお気遣いに根差したものだった。 「陛下のスケジュールが急に変更になってしまえば、多くの人に影響が生じてしまいます。とくに地方への行幸は、幹線道路の通行規制を行ないますから、予定が遅れると、関係者や警備をする警察はおろか、市民にまで迷惑がかかってしまう。陛下は、こうした事態だけは避けられたかったのでしょう」(前出の牧野氏) ※ 一方、その日常生活は、質素なものだった。牧野氏によれば、鉛筆はサックをつけても短くなるまで、ノートは端の余白部分まで使い切るのが当たり前。辞典に至っては、汚れが目立ち、表紙が破れてきても、修補させてご使用になっていたという。 「室内の調度品も、なかなか取り替えようとなさりませんでした。椅子などは、私がお仕えした20年間でも、一度だけしか取り換えなかったと記憶しています」(前出の牧野氏) ※ 「陛下は国体などの開会式などに出席される場合、30分でも40分でも姿勢を崩さず、セレモニーをご覧になっていました。この点はどんな場面でも、ご高齢になっても変わりませんでした。まさに公人。それ以外の何物でもないという方でした」(20年以上にわたり皇室取材を手掛けてきた元カメラマンの瓜生浩氏) 我が心の昭和天皇 「柔道は骨が折れますか?」事件の真相/山下泰裕
【皇居の園遊会に招かれ、昭和天皇から「柔道は、骨が折れますか(柔道は、大変ですかの意)」と尋ねられ、「はい、昨年骨折しました」と答えて周囲の爆笑を誘ったエピソードについて】
怪我の功名といえばいいのか。失敗を悔いる間もなく意外な展開が待っていた。私の勘違いがおかしかったのだろう。陛下と私の会話に静かに耳を傾けていた他の出席者から笑いがおこった。さっきまでのピンと張り詰めた緊張が一瞬で解け、会場には和やかな空気が漂った。陛下も楽しげな笑みを湛え「今日はよく来てくれました」と私をねぎらってくださった。 あの勘違いのおかげで、私は運良く陛下の自然なお姿と笑顔を知ることができたと思っている。私にとって大きな体験だった。陛下の慈しみ深い表情を目前で拝見したとき、こう感じたのだ。 陛下は、常に世の中の平和や人々の安らぎを心から願っているのだ、と。 私は、いくら言葉を重ねても相手には届かない「思い」というものがあると考えている。そんな陛下の「思い」が、表情、立ち居振る舞い、雰囲気から私の心に響いてきた。(談) 「SAPIO」、昭和天皇と私たち日本人の幸福な日々より
常に国民とともに、国民は皇室とともに・・これが日本のお国柄です。
皇尊 彌榮 彌榮 彌榮
天皇、皇后両陛下 萬歳 萬歳 萬歳 日本国民は(やまと民族)は皇室と共に
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2011年08月13日
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