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日本よい国、きよい国。 世界に一つの神の国。
降り積もる深雪(みゆき)に耐えて色変えぬ 松ぞ雄々しき人もかくあれ

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神話は日本の国史の源流だ!
 
今の憲法は、アメリカ産の「産地偽装」の贋物である!
 
日本人の原点である「古事記・日本書紀」にもどれ、
 
占領憲法を改正しても「つまらんものは、つまらんもの」だ
 
だから・・・今の憲法をドブに捨て「明治憲法」にもどれ
 
どこの国が戦争に負けたから「憲法」まで変えられ、
 
押し付けられて「侮辱を受けた国」があるのか?
 
こんなオンボロ憲法を改正などしてもどうにもならぬ
 
この最低最悪な「憲法」を守るという
 
「護憲派」の恥知らずにはなりたくない。
 
古事記と日本書紀には「正史」である。
 
帝国憲法こそ、日本の「正憲」である。
 

日本の神話

火遠理命

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海幸彦と山幸彦
ホデリノ命は海幸彦として海の大小さまざまの魚を取り、
 
ホヲリノ命は山幸彦として山にいる大小さまざまの獣を取った。
 
ホヲリノ命は「それぞれ猟具と漁具を交換して使ってみよう」とホデリノ命に幾度も願ったが、
 
兄は許さなかった。
 
しかしやっとのことで取り替えてもらい、
 
ホヲリノ命は漁具を用いて魚を釣ったが、一匹も釣れないばかりか釣針を海に失ってしまった。
 
ホヲリノ命は兄に釣針をなくしたことを告白すると、兄は返せと責めたてる。
 
そこで弟は、身に帯びていた十拳剣を砕いて千本の釣針を作って償ったが、
 
ホデリノ命は受け取らず「元の釣針を返してくれ」と言った。

ホヲリノ命が海辺で泣き悲しんでいると、シホツチノ神がやって来て、
 
泣き悲しんでいるわけを尋ねた。
 
ホヲリノ命が事情を説明すると、シホツチノ神はホヲリノ命をワタツミノ神の宮殿へ向かわせた。
 
宮殿の門の傍にワタツミノ神の娘であるトヨタマビメノ命の侍女がおり、
 
泉の水を汲もうとしていた。
 
ホヲリノ命が水を欲すると、侍女は水を汲んだ器を献った。
 
ところがホヲリノ命は水を飲まず、首にかけた玉の緒を解き、
 
玉を口に含んで、器に吐きいれた。するとその玉は器にくっついて、
 
侍女は玉を離すことができなかった。
 
侍女は玉のついたままの器をトヨタマビメノ命にさしあげた。
 
トヨタマビメノ命は「もしや、門の外にだれかいるのですか」と言って、
 
侍女から話を聞くと、外へ出てホヲリノ命の姿を見るや一目惚れした。
 
ホヲリノ命はトヨタマビメノ命と結婚し、三年になるまでそこに滞在した。

ある日、ホヲリノ命はここに来たわけを思い出し、深いため息をした。
 
失った釣針のことを聞いたワタツミノ神は、大小の魚類をことごとく呼び集めて尋ねると、
 
赤鯛が喉を痛めて物を食べることができず悩んでいることを知った。
 
そこで、赤鯛の喉を探ったところ釣針がみつかった。
 
ワタツミノ神は「この釣針を兄に返すとき『この釣針は、憂鬱になる釣針、
 
いらいらする釣針、貧しくなる釣針、愚かになる釣針』と唱えて渡しなさい。
 
そして兄が高い土地に田を作ったら、あなたは低い土地に田を作りなさい。
 
また兄が低い土地に田を作ったら、あなたは高い土地に田を作りなさい。
 
そうすれば兄は貧窮に苦しむことでしょう。
 
もし、あなたを攻めて戦いを挑んできたら、この潮満珠で潮水に溺れさせ、
 
兄が苦しんで許しを乞うならば潮干珠で助けなさい」と、
 
潮満珠と潮干珠をホヲリノ命に授けた。ホヲリノ命は、
 
ワタツミノ神の教えた言葉どおりにすると、
 
ホデリノ命は頭を下げて「私はこれからのちは、
 
あなたの守護人となってお仕えいたしましょう」と言った。
 
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神倭伊波礼毘古命(神武天皇)
古事記』では神倭伊波礼琵古命(かむやまといわれひこのみこと)と称され、『日本書紀』では神日本磐余彦尊(かむやまといわれひこのみこと)、始馭天下之天皇(はつくにしらすすめらみこと)、若御毛沼命(わかみけぬのみこと)、狹野尊(さののみこと)、彦火火出見(ひこほほでみ)と称される。
トヨタマビメノ命は身ごもって、ホヲリノ命のいる地上へ出向いた
 
トヨタマビメノ命は「異郷の者が出産するときには、
 
自分の本来の姿になって産みます。
 
お願いですからご覧にならないでください」とホヲリノ命に言った。
 
ホヲリノ命は不思議に思って、ひそかにのぞくと、トヨタマビメノ命は八尋もある大鰐に化していた。
 
ウカヤフキアヘズノ命を産んだトヨタマビメノ命は、
 
夫がのぞき見たのを知って恥ずかしくなりワタツミノ神の国に帰り、
 
妹のタマヨリビメノ命を遣わした。
ウカヤフキアヘズノ命は、叔母のタマヨリビメノ命を妻として、
 
神倭伊波礼毘古命(神武天皇)が誕生した。

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転載元転載元: 世界遺産の吉水神社から「ニコニコ顔で、命がけ!」

神話を「科学的」に分析する売国奴を
 
「唯物史観 馬鹿 左翼」という!
 
 
「天壌無窮(てんじょうむきゅう)」の事を「天井無給」と言うようになれば
 
まちがいなく「日本は沈没」する。
 
神話は「真の御柱」である・・・
 
神話は、日本人の心の柱です。
 
大和民族がこの支柱を失ってはならない
 
アメリカは「神話」を思い出して欲しくない
 
何故なら
 
アメリカの国は
 
原住民インデアンを殺戮して・・侵略した大地である
 
アメリカには「神話」などない
 
この前できたばかりの歴史も何にも無い国である。
 
歴史がないから「日本が羨ましい」のである。
 
だから
 
神話を忘れさせようとたくらんでいる
 
 
日本の神聖な床下の柱
 
「ロシアとかシナや韓国や北朝鮮」
 
「シロアリ」のようにかじり・・侵蝕している。
 
北方領土・竹島・尖閣・拉致問題は・・シロアリの仕業である
 
早く駆逐しないと大変なことになる。
 
だから・・・
 
今こそ「神話」を思い起こすべきである。
 

日本の神話−天孫の降臨−


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国譲り
天照大御神は、
 
「豊葦原の千秋長五百秋の水穂国は、わが子のアメノオシホミミノ命の統治すべき国である」と、
 
アメノオシホミミノ命を高天原から降した。
 
アメノオシホミミノ命は降る途中、天の浮橋に立って様子をうかがい、
 
「豊葦原の千秋長五百秋の水穂国は、ひどく騒がしい様子だ」と高天原に戻り、
 
天照大御神に指示を仰いだ。

天照大御神は「この葦原中国は、わが子の統治する国である。
 
ところがこの国には、暴威を振るう乱暴な国つ神どもが大勢いると思われる。
 
どの神を遣わして、これを平定したらよかろうか」と、あらゆる神々に相談し、アメノホヒノ神を遣わすことにした。
 
しかし、アメノホヒノ神は大国主神に媚びて、三年たっても復命しなかった。
 
天照大御神はまたあらゆる神々に相談し、アメノワカヒコを遣わすことにした。
 
しかし、アメノワカヒコは大国主神の娘を娶り、八年たっても復命しなかった。
 
そこで、鳴女という雉を遣わすと、アメノワカヒコは鳴女を射殺してしまった。
 
鳴女の胸を貫いた矢は、天の安河の河原にいる天照大御神の所まで達し、
 
高御産巣日神によって突き返された矢により、アメノワカヒコは死んだ。
次に天照大御神はタケミカヅチノ神を遣わした。
 
タケミカヅチノ神は出雲国の伊耶佐の小浜に降り着いて、
 
十拳剣をさかさまに刺し立て、その剣先にあぐらをかいて、大国主神に国譲りに応じるかどうかを問うた。
 
大国主神は「私はお答えできません。
 
私の子のコトシロヌシノ神がお答えするでしょう」と答えた。
 
コトシロヌシノ神は「畏まりました。
 
この国は天つ神の御子に奉りましょう」と言った。

そこでタケミカヅチノ神は「あなたの子のコトシロヌシノ神が、このように申した。
 
ほかに意見を言うような子はいるか」と尋ねると、
 
大国主神は「もう一人、わが子のタケミナカタノ神がおります」と言った。
 
すると、そのタケミナカタノ神が現れ、「誰だ、わたしの国に来て、
 
ひそひそ話をするのは。
 
それでは、力競べをしてみよう」と言った。
 
タケミナカタノ神がタケミカヅチノ神の手をつかむと、タケミカヅチノ神の手は氷柱に変化し、
 
剣の刃に変化した。
 
タケミナカタノ神は恐れをなして引きさがると、
 
こんどはタケミカヅチノ神がタケミナカタノ神の手をつかみ、
 
握りつぶして放り投げた。
 
タケミナカタノ神は、「恐れいりました。わたしを殺さないでください。
 
この葦原中国は、天つ神の御子のお言葉に従って献りましょう」と言った。

タケミカヅチノ神は大国主神に向かって、
 
「あなたの子供の二柱の神は、天つ神の御子の仰せのとおりに従って背きませんと申した。
 
ところで、あなたの考えはどうなのか」と尋ねた。
 
大国主神は「わたしの子供の二柱の神の申すとおりに、私は背きません。
 
この葦原中国は、ことごとく献上いたしましょう」と言った。

 
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天照大御神はアメノオシホミミノ命に、
 
「いま葦原中国を平定し終わったと申してきた。
 
先に委任したとおり、その国に天降って統治なさい」と言った。
 
ところがアメノオシホミミノ命は、「私が天降ろうと支度をしている間に子が誕生しました。
 
名はニニギノ命(邇邇芸命)と申します。
 
この子を降すのがよいでしょう」と言った。

ニニギノ命が天降りしようとしていると、
 
天から降る道の辻に、上は高天原を照らし、下は葦原中国を照らしている神がいた。
 
天照大御神はアメノウズメノ神に、誰かと尋ねるよう命じた。
 
その神が答えるには「私は国つ神で、名はサルタビコノ神と申します。天つ神の御子が天降っておいでになると聞きましたので、ご先導の役にお仕えいたそうと思い、お迎えに参っております」と言った。
天照大御神は、八尺瓊勾玉(やさかにのまがたま)、八咫鏡、天叢雲剣(草薙剣)をニニギノ命に授けた。

ニニギノ命は高天原の神座を離れ、天空に幾重にもたなびく雲を押し分け、天の浮橋から浮島に立ち、筑紫の日向の高千穂の峰に天降った。ニニギノ命は、太い宮柱を立て、天空に千木を高くそびえさせた壮大な宮殿に住んだ。

ニニギノ命は、笠沙の御埼で逢ったコノハナノサクヤビメという美しい少女と結婚し、ホデリノ命、ホヲリノ命が誕生した。

 
(参考)
大国主神は国譲りで有名な神である。主に出雲神話に登場し、素盞鳴尊と大国主神の二柱を軸として出雲神話は展開する。大国主神は出雲大社の祭神であるが、出雲神話での神威が高く受け取られていたのか素盞鳴尊と混同されることが多い。このように大国主神と素盞鳴尊が混同される理由の一つに、大国主神と素盞鳴尊が同じ血筋で結ばれているということがある。『古事記』によれば、大国主神は素盞鳴尊の七世にあたる子孫だと記している。
 
 
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『神話』も語れず
 
『国旗』を敬わず
 
『国歌』も嫌いな
 
「総理」は、
 
今すぐに辞めてしまえ!
 
神話も知らず、子供を炎天下の駐車場に置き去りにして「パチンコ」をしている親は、
 
「親」ではなく「邪悪」であり・・・
 
子供を育てる資格がない「おや?おや?」である!
 

日本の神話

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大国主神( おほなむじのかみ)・・・・・

大黒主命(おおくにぬしのみこと)

因幡の白兎
オホナムヂノ神(大国主神)の兄弟には多くの神々がいた。その大勢の神々は、みなそれぞれ因幡のヤガミヒメに求婚しようと、一緒に因幡に出かけた。オホナムヂノ神には袋を背負わせ、従者として連れて行った。
気多の岬にやって来たとき、丸裸になった兎が横たわっていた。これを見た大勢の神々は「その体を直すには、この潮水を浴びて、風の吹くのにあたって、高い山の頂に寝ていればよい」と教えた。その兎は神々の教えたとおりにして、山の上に寝ていた。すると、浴びた潮水が乾くにつれて、兎の皮膚はすっかり風に吹かれてひび割れてしまった。兎が痛み苦しんで泣いていると、神々の最後について来たオホナムヂノ神が「どうして泣き伏しているのだ」と尋ねた。兎は「私は隠岐島に住む兎です。向こうからこちらに渡りたいと思ったのですが、方法がなかったので、海にいるワニをだまして『わたしとお前と、どちらが仲間が多いか比べてみよう。お前は仲間のワニをみんな連れて来て、この島から気多の岬まで一列に並んでおれ。そうしたら私がその上を踏んで、走りながら数えて渡ることにしよう。こうすれば私の仲間とどちらが多いかわかるだろう』といいました。そして、ワニがだまされて並んでいるところを踏みながら渡っていき、今や地上に下りようとするとき、『お前は私にだまされたのだよ』と言い終わるやいなや、一番端にいたワニが私を捕まえて、私の着物をすっかり剥ぎ取りました。それで泣き悲しんでいたところ、先に行った大勢の神々が『潮水を浴びて、風にあたって寝ておれ』と教えてくださいました。それで教えのとおりにしましたら、私の体は全身傷だらけになりました」と言った。そこでオホナムヂノ神は「今すぐにこの河口に行って、真水でお前の体を洗って、ただちに河口の蒲の花粉を取ってまき散らし、その上に寝なさい。そうすれば、お前の体はもとの膚のようにきっと直るだろう」と教えた。教えのとおりにしたところ、兎の体は元どおりになった。そこで兎はオホナムヂノ神に、「あの大勢の神々はヤガミヒメを娶ることはできないでしょう。袋を背負ってはいますが、あなた様が娶られるでしょう」と言った。
兎の予言どおり、ヤガミヒメは大勢の神々に「私はあなた方の言うことは聞きません。オホナムヂノ神と結婚します」と言った。それを聞いた大勢の神々はオホナムヂノ神を殺そうと、猪に似た大石を火で焼いて転がし落としたり、大木を切り裂いて割れ目の間に閉じこめたりしようとした。オホナムヂノ神はスサノヲノ命のいる根の堅州国に逃れた。
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根の国
オホナムヂノ神が根の堅州国へやって来ると、スサノヲノ命の娘のスセリビメが現れた。オホナムヂノ神とスセリビメは互いに目を見かわし結婚し、宮殿に引き返してスサノヲノ命にオホナムヂノ神を紹介した。
スサノヲノ命は、オホナムヂノ神を蛇のいる室や百足と蜂のいる室に寝させたが、スセリビメが蛇や百足などの害を祓う領巾をオホナムヂノ神に授けたので、オホナムヂノ神は無事に室を出られた。次にスサノヲノ命は、鏑矢を野原の中に射込んで、その矢をオホナムヂノ神に拾うよう命じた。オホナムヂノ神が野原にはいると、ただちに火が放たれ野原は周囲から焼かれた。オホナムヂノ神が困っていると鼠が現れ、「内はほらほら、外はすぶすぶ」と教えた。オホナムヂノ神がそこを踏むと、穴の中に落ち、穴に隠れている間に火は上を焼けて過ぎていった。そして先ほどの鼠が鏑矢をくわえて出てきた。スセリビメはオホナムヂノ神が死んだと思い泣いていると、オホナムヂノ神が鏑矢を持って現れた。
スサノヲノ命が眠っていると、オホナムヂノ神はスサノヲノ命の髪を室屋の垂木に結びつけ、大きな岩で戸口を塞いだ。そして、スセリビメを背負い、スサノヲノ命の宝物である生大刀、生弓矢、天の詔琴をたずさえて逃げ出した。ところが、天の詔琴が樹にふれ、大地が鳴動するような音をたてた。スサノヲノ命は目を覚ましたが、垂木に結びつけた髪を解いている間に、オホナムヂノ神は逃げていった。スサノヲノ命は、現世と黄泉国との境である黄泉比良坂(よもつひらさか)まで追いかけてきて、オホナムヂノ神に「お前の持っている生大刀、生弓矢で兄弟の大勢の神々を追い払って、お前が大国主神となり、スセリビメを正妻として、宇迦の山のふもとに太い宮柱を立て、空高く千木をそびやかした宮殿に住め」と、大声で呼びかけた。オホナムヂノ神はスサノヲノ命が言ったとおりに大勢の神々を追い払い、大国主神と名のり、国造りを始めた。
大国主神は因幡のヤガミヒメとも結婚したが、ヤガミヒメは本妻であるスセリビメを恐れ、生まれた子を木の股に挟んで因幡へ帰った。
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転載元転載元: 世界遺産の吉水神社から「ニコニコ顔で、命がけ!」

神話を語らなくなった国は滅びる!
 
学校が教えることを拒否するならば・・・親が教えるのは当然のつとめです。
 
夏休みはチャンス・・・子や孫に「子供向けの神話」を語り伝えようよ!
 

日本の神話−

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天照大御神(あまてらすおほみかみ)と須佐之男命(すさのほのみこと)

誓約(うけひ)生み
親の言うことを聞かない泣き虫で「落ちこぼれ」の弟(すさのほのみこと)は姉(あまてらすおほみかみ)と誓約(うけひ)・・・約束をするが・・・・乱暴はやまなかった
 
 
天照大御神と月読命は、
 
イザナキノ命の委任に従ったが、
 
スサノヲノ命だけは委任された国を治めず、
 
長い顎鬚が胸元にとどくようになるまで、
 
長い間泣きわめいていた。
 
そこでイザナキノ命は
 
「どういうわけで、あなたは私の委任した国を治めないで泣きわめいているのだ」と尋ねた。
 
するとスサノヲノ命は、
 
「私は亡き母のいる根の堅州国(ねのかたすくに)に参りたいと思うので泣いているのです」と答えた。
 
イザナキノ命はひどく怒り「それならば、この国には住んではならない」と、ただちにスサノヲノ命を追放した。
スサノヲノ命は、
 
「天照大御神に事情を申し上げてから、根の国に参りましょう」と言って天に上ってゆくが、このとき国土がすべて震動した。
 
天照大御神がその音に驚き、国を奪いに来たものと思い、武装して待ち受けた。天照大御神は「どういうわけで上って来たのか」とスサノヲノ命に尋ねると、スサノヲノ命は、イザナキノ命との一件を説明し、
 
「謀反の心など抱いてはおりません」と答えた。
 
天照大御神は
 
「あなたの心に邪心のないことを、どのようにして知ればよいのですか」と問うと、
 
スサノヲノ命は「それぞれ誓約(うけひ)をして子を生みましょう」と言った。
 
こうして、それぞれ誓約をすることになり、
 
天照大御神がまずスサノヲノ命の帯びている十拳剣を受け取って、
 
これを三つに折り、天の真名井(あめのまない)の水に振り濯いで、
 
これを噛み砕くと、吐き出す息の霧から三神が誕生した。
 
スサノヲノ命は、天照大御神の髪に巻かれている勾玉を貫き通した長い玉の緒を受け取り、
 
天の真名井の水に振り濯いで、
 
これを噛み砕くと、
 
吐き出す息の霧からアメノオシホミミノ命が誕生した。
 
その後も天照大御神から玉の緒を受け取ってこれを繰り返し、
 
合わせて五神が誕生した。
 
そこで天照大御神は「後に生まれた五柱の男の子は、私の物から誕生したのだから当然私の子です。
 
先に生まれた三柱の女の子はあなたの物から誕生したのだからあなたの子です」と言った。
スサノヲノ命は「私の心が潔白である証拠として、
 
私の生んだ子はやさしい女の子でした。
 
これによって、私が誓約に勝ったのです」と言って、
 
勝ちに乗じて天照大御神の田の畦を切り、田に水を引く溝を埋め、新嘗祭(にいなめまつり)をする神殿に糞を撒き散らかした。
 
天照大御神はこれを咎めずに、
 
「あの糞のように見えるのは、酔ってへどを吐いたのでしょう。
 
田の畦を切ったり、溝を埋めたのは、土地をもったいないと思ってしたのでしょう」と庇ったが、
 
スサノヲノ命の乱暴な振る舞いは止むことなく、ますます激しくなった。
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天の石屋戸(あまのいわと)
反抗期の弟(すさのほのみこと)の家庭内暴力や登校拒否に、姉の(あまてらす)は、ついにぶち切れして、引き篭(ひきこもり)になった
 
 
天照大御神が神衣を機織女に織らせていると、
 
スサノヲノ命は機屋の棟に穴をあけ、
 
皮を剥ぎ取った馬を穴から投げ落とした。
 
機織女はこれを見て驚いて死んでしまった。
 
天照大御神は恐れて、天の石屋の戸を開いて中に籠もってしまった。
 
そのために天上界である高天原はすっかり暗くなり、地上界である葦原中国(あしはらのなかつくに)もすべて暗闇となった。こうして永い暗闇が続き、あらゆる禍がいっせいに発生した。

このようになって八百万の神々は天の安河の河原に集って相談を始めた。
 
そして、常世国の長鳴き鳥を集めて鳴かせ、鏡を作らせ、たくさんの勾玉を貫き通した長い玉の緒を作らせた。
 
次に天の香具山の雄鹿の肩骨を灼いて占い、神意を待ち伺った。
 
さらに、天の香具山の枝葉の繁った賢木(さかき)を根ごと掘り起こして来て、上の枝に勾玉を通した長い玉の緒を懸け、
 
中の枝に八咫鏡(やたのかがみ)を懸け、
 
下の枝に楮の白い布帛と麻の青い布帛を垂れかけ、
 
祝詞を唱えて祝福した。
 
そして、アメノウズメノ命が天の石屋戸(あめのいわやど)の前に桶を伏せてこれを踏み鳴らし、
 
乳房をかき出し裳の紐を陰部までおし下げて踊り狂った。
 
すると、高天原が鳴りとどろくばかりに
 
八百万の神々がどっといっせいに笑った。
 
天照大御神はふしぎに思い、天の石屋戸を細めに開けて、
 
「どういうわけでアメノウズメノ命は舞楽をし、八百万の神々はみな笑っているのですか」と尋ねた。
 
アメノウズメノ命は「あなた様にもまさる貴い神がおいでになりますので、喜び笑っております」と言った。
 
そして、ほかの神が八咫鏡をさし出して天照大御神に見せた。天照大御神はいよいよふしぎに思い、そろそろと石屋戸から出て鏡の中をのぞくと、戸の側に隠れ立っていた天手力男神が天照大御神の手を取って外に引き出した。
 
石屋にはただちに注連縄(しめなわ)が張られた。
 
こうしして高天原も葦原中国も太陽が照り、明るくなった。
 
八百万の神々は、スサノヲノ命に贖罪の品物を科し、鬚と手足の爪とを切って祓えを科して、高天原から追放した。
 
 
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八俣の大蛇(やまたのおろち)
少年期にやんちゃばかりして親や姉を困らせた非行少年Sの暴走者の弟(すさのほのみこと)も家から勘当され・・・他人の飯を食べる旅に出た・・・さて・・高天原から降りたところが出雲・・・・・・・
度重なる・・・江川の氾濫などで・・・地元のは天変地異に怯えていた・・・
台風でたびたび氾濫する8つの川の治水事業をして、男らしく人々のお役に立ち始める・・・・・
 
高天原を追われたスサノヲノ命は、
 
出雲国の肥河の川上の鳥髪に降ると、箸がその川を流れ下って来た。
 
スサノヲノ命は、
 
その川上に人が住んでいると思い、尋ね探して上って行くと、
 
おじいさんとおばあさんが少女を間に置いて泣いていた。
 
スサノヲノ命が泣いているわけを尋ねると、
 
「私の娘はもともと八人おりましたが、八俣の大蛇(やまたのおろち)が毎年襲ってきて、娘を食ってしまいました。
 
今年も大蛇がやってくる時期となったので泣いているのです」と言った。
 
スサノヲノ命は「その大蛇はどんな形をしているのか」と尋ねると、
 
「目はほおずきのように真っ赤で、胴体一つに八つの頭と八つの尾があり、
 
体には檜や杉が生えていて、その長さは八つの谷、八つの峰にわたっており、その腹は一面にいつも血がにじんで爛れています」とおじいさんが答えた。
 
スサノヲノ命は「あなたの娘を私に下さらないか」と言った。
 
おじいさんは「恐れ入ります。しかしあなたのお名前を存じませんので」と答えた。
 
するとスサノヲノ命は「私は天照大御神の弟である。
 
いま高天原から降って来たところだ」と言った。
 
「それは恐れ多いことです。娘を差し上げましょう」とおじいさんが言うと、
 
スサノヲノ命はそのクシナダヒメという少女を櫛に変えて自分の髪に挿し、
 
「あなた方は濃い酒を造り、それから垣を作り廻らし、その垣に八つの門を作り、門ごとに八つの桟敷を作り、その桟敷ごとに酒槽を置き、槽ごとにその濃い酒を満たして待ち受けなさい」と命じた。
命じられたとおりに準備して待ち受けていると、八俣の大蛇が現れた。大蛇はただちに酒槽ごとに頭を垂れ入れて酒を飲んだ。
 
そして酒に酔って寝てしまった。このときスサノヲノ命は十拳剣を抜いて、大蛇をずたずたに切った。
 
肥河の水は真っ赤な血となって流れた。そして大蛇の尾を切ったとき十拳剣の刃が毀れた。不審に思って剣の先で尾を刺し割くと、すばらしい大刀があった。
 
スサノヲノ命は大刀を取り出し、不思議な物だと思って、天照大御神に事情を説明し献上した。
 
これが天叢雲剣(あめのむらくものつるぎ)である。

スサノヲノ命とクシナダヒメは結婚し、
 
その六代の孫に大国主神(おほくにぬしのかみ)が誕生した。

大和魂
 
国が統一しないのは自分の徳が足りないと反省する天照大神の姿に感動した周りの神々が、その天照大神に忠誠を誓った・・・それが「大和魂」ということですね。
そういうわけで、天照大神皇祖皇宗となったわけです。それに従ったのが大和民族、つまり、我々日本人の祖先ということです。
日本の臣民が日本の皇室国家に対してをもって忠誠的に仕えようとする精神がこの大和魂なんですね。
つまり、大和魂とは、女神である 天照大神の慈しみの心に感動して起こった日本の国民性なのです。


 
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転載元転載元: 世界遺産の吉水神社から「ニコニコ顔で、命がけ!」

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「金持商人一枚起請文」
 
 
中井源左衛門は一代で相当の身代を築いた近江の豪商です。
近江日野の出身。19才のときに関東で漆器・売薬の行商を初め、30才で下野国堀越町に出店。その後は、相次いで全国に支店を出し、合薬、太物(ふともの=綿、麻織物)、呉服などを扱い商品を広げる一方、酒造業、質店も営んだ。遺産分与では総資産らが7万両にも上ったという。中井家の繁栄は近代に入るまで続きました。
武士に武士道があるように商人にも商道がありました。

画像にある、「金持商人一枚起請文」は中井源左衛門が晩年、新年を迎えるにあたり書いた「起請文」です。
「起請文」は神・仏に対する誓いの言葉です。
今年はこのような考えで商いをしますので、神仏の御加護をという新年度の経営方針でもありました。
 
中井源左衛門が89歳の時に書いた「金持商人一枚起請文」は当時の商人に大きな影響を与えました。以下にご紹介します。
 
「金持商人一枚起請文」

(原文)
もろもろの人々沙汰し申さるるハ、金溜る人を運のある、我は運のなき杯と申ハ、愚にして大なる誤なり。運と申事は候はず。金持にならんと思はば、酒宴遊興奢を禁じ、長寿を心掛、始末第一に、商売を励むより他に仔細は候はず。此外に貪欲を思はば、先祖の憐みにはづれ、天理にもれ候べし。始末と吝き(シワキ・けち)の違あり。無智の輩ハ思ふべきか。吝光りは消えうせぬ、始末の光明満ぬれば、十万億土を照すべし。かく心得て行いなせる身には、五万十万の金の出来るハ疑ひなし。但運と申事の候て、国の長者と呼るる事は、一代にては成がたし。二代三代もつづいて善人の生れ出る也。それを祈候には、隠徳善事をなさんより全別儀候はず。後の子孫の奢を防んため、愚老の所存を書記畢。
  文化二丑正月         九十翁中井良祐識

(主旨)
 金持ちを運のある人、自分には運がないという人がいますが、これは間違いです。金持ちになりたいと思えば、酒、遊興、贅沢などを止めて、長寿を心掛けて、質素倹約を第一に商売に励むより他に方法はありません。それ以上のどん欲を思うと先祖の助けもなく、天の道理にも外れます。質素倹約とケチとは違います。ケチには光がなく、節約にはこれを続けると広大な未来が開けます。このように思って行うことができる人には、5万10万くらいの金持ちになることは疑いありません。

 しかしながら、国を代表するような大金持ちになるには、一代では難しく、二代も三代も良い人が出る必要があります。それを願い祈るにおいては、人に隠れた良い事・良い行いを続けるより他に方法はありません。後の子孫の奢りを防ぐため、私の思うところを書き記しました。
 
「陰徳善事」はよく近江商人の家訓に使われていますが、寄付行為など売名を目的とした平成の商人と違い売名をよしとせず、あくまでめだたぬ行いでなければ先祖の御加護、天の理には外れると説いています。
陰徳善事は、人に知られないように善行を施すことです。陰徳はやがて世間に知られ、陽徳に転じるのです。近江商人は社会貢献の一環として、治山治水、道路改修、貧民救済、寺社や学校教育への寄付を盛んに行いました。
滋賀県と京都府の境にある逢坂山の峠、つまり旧東海道の大津・京都間の逢坂山越えに設置されていた「車石」です。車石は、文化2年(1805年)、脇坂義堂の提案により、近江日野商人の中井源左衛門が工費の一部を寄付し、京都三条まで三里(約12km)にわたって荷車の車輪溝を刻んだ石が敷設されました。
文化12年(1815年)初代中井源左衛門の子、中井正治右衛門は瀬田の唐橋(大津市)の再建に私財1000両を寄付し、後の架け替え費用のために2000両を幕府に寄進して
います。大正12年(1923年)に橋がコンクリートの橋に架け替えられるまで使われるなどインフラの整備にも尽力しました。
 
また買い溜め、や相場などは、いつの時代でもしてはならない。人の不自由や難儀を喜ぶ不実な商いだからだ。たとえこのようなやり方で利益を挙げても、本当の利益とは言えないし、いつまでも続くものではない」と戒めています。
商人にとって何より大切なのは信用です。信用のもととなるのは正直です。「正直は人の道であり、若い時に早くこのことをわきまえた者が、人の道にかなって立身できる」と近江商人は説いています。

現在の商いと違い、「売り手良し、買い手良し、世間良し」の三方よしの経営を心掛け、常に「公」の精神を貫いた近江商人。
日本的経営が世界を席捲した時代もありました。
近年その風潮も退化し多くの企業が存続さえ危うい状態にありますが、先人の教えを連綿と受け継ぐ、今日の大企業の中にも近江商人の系譜を引くものは多い。
 
近江商人発祥の地は、一般に近江八幡、日野、そしてここ五個荘といわれます。天秤棒をかついだ一介の行商人から豪商へと成長した、たくましい商魂をもった近江商人。商才を縦横に発揮した大商人の理念には、永い商売の実践を通じて会得した信念が見られます。



 現世の企業のように、道徳観なき企業経営ではなく、「公」の精神を貫いた先人に学ぶことは多いはです。
 
 
 
 

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