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天皇陛下、皇后陛下が御親覧あそばされ、開かれた第24回世界建築会議「UIA2011東京大会」の開会式。右端はあいさつするルイーズ・コックス会長=26日午前、東京都千代田区
天皇陛下、皇后陛下 御尊影
謹んでお伝え致します。
畏きあたりにおかせられましては26日午前、東京都千代田区の東京国際フォーラムで、建築の国際会議「UIA2011東京大会」の開会式に御親覧あそばされました。
UIA(国際建築家連合)によると、同組織は1948年にスイスで設立された建築家の国際的集団で、120を超える国や地域の建築家と連携しています。
天皇陛下、皇后陛下 ご動静 26日 (月) (宮内庁発表分)
【午前】
天皇陛下 皇后陛下 UIA(国際建築家連合)2011東京大会およびレセプション
御親覧(東京都千代田区・東京国際フォーラム)
【午後】
天皇陛下 卜部敏直・駐フィリピン大使から説明お受けに《同国大統領来日につ
き》(宮城・御所)
天皇陛下 皇后陛下 宮内庁総務課長から説明お受けに《山口県開催の第66回
国民体育大会関連行事および県内ご視察の全日程、引き続き山梨県恩賜林御下
賜100周年記念大会ご臨席および地方事情ご視察につき》(御所)
畏くも天皇陛下、皇后陛下、皇族方がいつまでもお健やかであられますよう臣民の一人として祈念いたします。 日本国民は(やまと民族)は皇室と共に
天皇陛下、皇后陛下 萬歳 萬歳 萬歳
皇室 彌榮 彌榮 彌榮
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2011年09月26日
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コメント(4)
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御来訪感謝申し上げます。 他のブログでも取り上げられていますが、今日の産経に「まさしくこれぞ正論!」と喝采した【正論】が掲載されていました。 これこそが被災地への真のエールであり、「被災地へ支援のエールを送る」と言いながら少しでも反対意見が出ると、いとも簡単に屈してしまう事勿れ主義の綺麗事偽善者の無様な姿に裏切られて来た被災県に住む者として、久しぶりに読んでいて清々しい気分を堪能しました。 ------------------------------------------------------------- 【正論】筑波大学大学院教授・古田博司 さらば市民派のきれい事の正義 2011.9.26 02:30 何をいつまで悲しむのか。 なでしこジャパンの佐々木則夫監督は、素の自分をさらけ出すこと、それでここまできたという。素の自分とはまじめであることに曇りがないということである。 ≪悲しみ苦しみ続けてはならぬ≫ もちろん辛いことは限りない。被災地でいまだに父や母が見つからない。娘がもどらない。あのとき、あの場所にいなければ、息子は津波にのまれなかったかもしれない。悔いても悔やみきれない。だが、その悲しみに限りのない自分は、まじめな自分である。まじめすぎて自分を責めてしまう。 日本では神様までがまじめである。日本の神話では神様も悩む。あの世に逝った妻が幸せだろうかと、後を追う。あの世で娘の魂を離さない父の手から、苦難の末に、その娘をこの世に連れ帰る。 まじめは一番である。でも、神様のように苦しむことはない。たとえ姿は失われようと、夢の中で何度でも会うことができる。夢と現実は実用性が違うだけで同じだと言ったのは、哲学者のショーペンハウアーとマッハだった。こういう話は聞いてもよいと思う。 生きているのは苦しいことだけれど、死した人々が励ましてくれる。朝日を受けるたび、彼らのエネルギーがわれわれの体に降り注いでくる。それは神々と一緒なのだといってもよいではないか。 ばかばかしい、もっと悲しもうという市民派は、彼らだけで満ち足りた人々である。チャンネルを回せば、そんな人がキャスターとして毎日出てくる。彼らは、自分の論理だけが論理だと思っている人々、自分だけが正義だと思っている不まじめな人々である。正義を既得権益のように振りかざす者ほど胡散(うさん)臭い。正義は時代によっても違う。16世紀フランスで聖バーソロミューの大虐殺が起きた際にローマ教皇は祝砲を撃たせた。 ≪われわれは試練を乗り越える≫ 何を悩んでいるのか。 もう悩むことは何もない。われわれは試練を乗り越える。素の自分で死んだ仲間とともにまじめに生きればよい。市民派のきれい事の正義は終わった。まだ自分に正義があると思い込む彼らは、タバコ代を値上げしろとあがき、放射能が移ると嫌がって腕をさする。復興遅滞、政経不安で国民を苦しめ、朝鮮学校無償化をイタチよろしく最期に華々しく放った。彼らの世界を変えようとする意図はここまで卑俗に落ちたのである。 「市民」という言葉はとうに薄汚れてしまった。それに気づかせてくれたことは、鳩山由紀夫、菅直人両政権の成果だった。日本は日本人だけのものでないとうそぶき、子ども手当で外国人に十億円も垂れ流しした。マルクス・レーニン主義を奉じる主催者の市民団体に、専ら政党交付金が源とみられる莫大(ばくだい)な資金を環流させた。自衛隊を暴力装置と呼びつつ、逆に自分たちが階級支配の暴力装置となって国家を内側から破壊した。 彼らのいう「政治主導」とは独裁であり、独裁を「民主集中制」と偽ったレーニンと同様である。彼らは冷戦の落とし子、旧社会主義勢力の申し子である。米軍基地を追い払おうとし、国防を危うくした。社会主義国に内通し連帯して尖閣諸島沖漁船衝突事件のビデオを隠匿した。電力供給を様々(さまざま)な手段で阻害し、資本主義経済を弱め、多くの有力企業を海外に追いやり日本経済を空洞化させた。 某市民派新聞も同類である。原子力ムラは戦艦大和の最期、「企業の国際競争力維持」を盾に脱原発依存を牽制(けんせい)する経済人は「国体護持」を叫んで終戦に抵抗した軍人、被災地の光景は米軍空襲による焼け野原に見えると、反資本主義の意図を太平洋戦争の敗北になぞらえる社説を堂々と掲げた。 ≪多くのこと教えてくれた失政≫ だが、時代は変わった。なぞらえるべき過去はもはや太平洋戦争ではない。冷戦こそが焦点を当てるべき歴史である。某市民派新聞のプロパガンダは冷戦時の反資本主義勢力のそれであり古くさい。彼らの描く風景は、民主党の失政が東大安田講堂攻防戦の最期、脱原発依存を叫び日本経済を弱体化させる市民たちは、「マルクス・レーニン主義」を奉じ資本主義の滅亡を願った自称革命家たち、焼け野原の光景は冷戦に敗れ荒廃した彼らの心象風景だと、そっくり言い返すことができるだろう。 何をいつまで悩み続けるのか。早く電力供給を回復させ、空洞化を防ぎ、まじめに働く人々に雇用をもたらさなければならない。 市民派は、バブル崩壊直後に就職氷河期にぶつかったポスト・バブル世代の低賃金労働者から、不公平をチャラにするため戦争をしようと提案されて大きな衝撃を受けた過去(赤木智弘著『若者を見殺しにする国−私を戦争に向かわせるものは何か−』)を忘れたのか。在日外国人が尊厳ある対等な立場に立てるように運動する前に貧困労働層の日本人男性をなぜもっと対等に扱ってくれないのか、彼はそう市民派に訴えていた。 まじめに生きようとしても生きられない、そんな社会を作ってはならない。市民派の失政はわれわれに多くのことを教えてくれた。(ふるた ひろし) -------------------------------------------------------------- 震災と津波、さらに原発事故の後遺症と三重の苦しみにある福島県に住む住人としても、我が身の不幸を呪ったところで何も好転しません。 天は自らを助ける者を佑く、といいます。これが「天佑」の意味です。 言いたいことはいっぱいあるけど、だからといって、それにいつまでも甘えていては前に進みません。 生きながらえている以上、無常にも亡くなった犠牲者の無念の想いも背負って彼らの分まで生きて行かなければならない義務があります。 悲しみに浸ったまま動かずでは、犠牲者も浮かばれません。 明るく前向きに彼らの果たせなかった夢や希望を、その代わりに叶えるのも残された者の務めと思います。 悲しみや絶望感に浸っていられるほど、今の日本は尋常な状況ではありません。 震災で犠牲になった方々の果たせなかった大切な人生の目標を、非情にも妨害してくれる連中が日本の政権を担っているのです。 生き残った者の務めとして、この連中とも戦わなければなりません。 祖国の復興を妨げる者たち。 孫子の未来を奪おうとする者たち。 外国勢力に魂を売り渡してしまった魂のない亡者たち。 日本人の苦しむ様を外国人と一緒になって喜んでいる人非人たち。 戦う相手はたくさんいます。でも犠牲になった方々が国の復興へ向けて必ず加勢して下さると思います。 ※人気ブログランキング(政治部門)に参加しています。 下記クリックのご協力をお願い申し上げます。 https://blog.with2.net/in.php?687099
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このかたのコメントは、 聞く側にとっては、
ひょっとしたら、つらく、厳しいものかもしれない なんてことを、と思うかたも おられるかもしれない。 でも、氏の言葉には、「真」 がある、 そして 「義」 もある。 そう感じて、ここに紹介させていただきます。 【正論】 筑波大学大学院教授・古田博司 さらば市民派のきれい事 の正義 2011.9.2 産経新聞 正論 http://sankei.jp.msn.com/life/news/110926/trd11092602310000-n1.htm http://cdn-ak.f.st-hatena.com/images/fotolife/n/nyankosensee/20080831/20080831112838.jpg
http://d.hatena.ne.jp/nyankosensee/20080820/1220149728 古田博司氏 何をいつまで悲しむのか。
なでしこジャパンの佐々木則夫監督は、素の自分をさらけ出すこと、それで
ここまできたという。素の自分とはまじめであることに曇りがないということで
ある。
≪悲しみ苦しみ続けてはならぬ≫ もちろん辛いことは限りない。被災地でいまだに父や母が見つからない。娘がもどらない。あのとき、あの場所にいなければ、息子は津波にのまれなかったかもしれない。悔いても悔やみきれない。だが、その悲しみに限りのない自分は、まじめな自分である。まじめすぎて自分を責めてしまう。
日本では神様までがまじめである。日本の神話では神様も悩む。あの世に逝った妻が幸せだろうかと、後を追う。あの世で娘の魂を離さない父の手から、苦難の末に、その娘をこの世に連れ帰る。
まじめは一番である。でも、神様のように苦しむことはない。たとえ姿は失われようと、夢の中で何度でも会うことができる。夢と現実は実用性が違うだけで同じだと言ったのは、哲学者のショーペンハウアーとマッハだった。こういう話は聞いてもよいと思う。
生きているのは苦しいことだけれど、死した人々が励ましてくれる。朝日を受けるたび、彼らのエネルギーがわれわれの体に降り注いでくる。それは神々と一緒なのだといってもよいではないか。
ばかばかしい、もっと悲しもうという市民派は、彼らだけで満ち足りた人々である。 チャンネルを回せば、そんな人がキャスターとして毎日出てくる。彼らは、自分の論理だけが論理だと思っている人々、自分だけが正義だと思っている不まじめな人々である。正義を既得権益のように振りかざす者ほど胡散(うさん)臭い。正義は時代によっても違う。16世紀フランスで聖バーソロミューの大虐殺が起きた際にローマ教皇は祝砲を撃たせた。
≪われわれは試練を乗り越える≫ 何を悩んでいるのか。
もう悩むことは何もない。われわれは試練を乗り越える。素の自分で死んだ仲間とともにまじめに生きればよい。 市民派のきれい事の正義は終わった。まだ自分に正義があると思い込む彼らは、タバコ代を値上げしろとあがき、放射能が移ると嫌がって腕をさする。復興遅滞、政経不安で国民を苦しめ、朝鮮学校無償化をイタチよろしく最期に華々しく放った。彼らの世界を変えようとする意図はここまで卑俗に落ちたのである。
「市民」という言葉はとうに薄汚れてしまった。それに気づかせてくれたことは、鳩山由紀夫、菅直人
両政権の成果だった。日本は日本人だけのものでないとうそぶき、子ども手当で外国人に十億円も垂れ流しした。マルクス・レーニン主義を奉じる主催者の市民団体に、専ら政党交付金が源とみられる莫大(ばくだい)な資金を環流させた。自衛隊を暴力装置と呼びつつ、逆に自分たちが階級支配の暴力装置となって国家を内側から破壊した。
彼らのいう「政治主導」とは独裁であり、独裁を「民主集中制」と偽ったレーニンと同様である。 彼らは冷戦の落とし子、旧社会主義勢力の申し子である。米軍基地を追い払おうとし、国防を危うくした。社会主義国に内通し連帯して尖閣諸島沖漁船衝突事件のビデオを隠匿した。電力供給を様々(さまざま)な手段で阻害し、資本主義経済を弱め、多くの有力企業を海外に追いやり日本経済を空洞化させた。
某市民派新聞も同類である。原子力ムラは戦艦大和の最期、「企業の国際競争力維持」を盾に脱原発依存を牽制(けんせい)する経済人は「国体護持」を叫んで終戦に抵抗した軍人、被災地の光景は米軍空襲による焼け野原に見えると、反資本主義の意図を太平洋戦争の敗北になぞらえる社説を堂々と掲げた。
≪多くのこと教えてくれた失政≫ だが、時代は変わった。なぞらえるべき過去はもはや太平洋戦争ではない。冷戦こそが焦点を当てるべき歴史である。某市民派新聞のプロパガンダは冷戦時の反資本主義勢力のそれであり古くさい。彼らの描く風景は、民主党の失政が東大安田講堂攻防戦の最期、脱原発依存を叫び日本経済を弱体化させる市民たちは、「マルクス・レーニン主義」を奉じ資本主義の滅亡を願った自称革命家たち、焼け野原の光景は冷戦に敗れ荒廃した彼らの心象風景だと、そっくり言い返すことができるだろう。
何をいつまで悩み続けるのか。早く電力供給を回復
させ、空洞化を防ぎ、まじめに働く人々に雇用をもたらさなければならない。
市民派は、バブル崩壊直後に就職氷河期にぶつかったポスト・バブル世代の低賃金労働者から、不公平をチャラにするため戦争をしようと提案されて大きな衝撃を受けた過去(赤木智弘著『若者を見殺しにする国−私を戦争に向かわせるものは何か−』)を忘れたのか。在日外国人が尊厳ある対等な立場に立てるように運動する前に貧困労働層の日本人男性をなぜもっと対等に扱ってくれないのか、彼はそう市民派に訴えていた。
まじめに生きようとしても生きられない、そんな社会を作ってはならない。市民派の失政はわれわれに多くのことを教えてくれた。
(ふるた ひろし) 良薬は、口ににがい。
success 日本は、世界のためにも 一刻も早く 立ち直らなければならない
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我国最古の石鳥居、「元木の鳥居」建立されてから1000年以上と言われ、国の重要文化財に指定されています。(山形県山形市)
みずみずしい”という言葉がありますが、私たちの体内の水含有率は、新生児では80%以上、大人では60%前後で年齢とともに減っていきます。老化とは、細胞からの水分の減少といえるかも知れません。
人間に限らず、自然界にあるものすべて水がなければ「生」を保つことはできません。農耕民族の我々にとって水は最も重要なものの一つであります。
水の状況によって収獲が左右されることから、水は、私たちに大きな恵みを与えてくれるとともに、生命や財産をも奪う恐ろしい存在でもあるのです。
最近では、台風12号、15号による水害は自然の力をまざまざと見せつけられました。
それゆえ祖先は、水が集まる川に対する感謝や畏怖は、生活に直接かかわるため、信仰という形で古くから私たちに伝えられてきました。川の神様、水の神様である水神として、あるいは水神が姿をかえた竜や蛇、河童などがあり、水神の神使とされたり、神そのものとして崇めてきたのです。
日本神話には、水に関する神として以下のような神が記述されています。
罔象女神(みつはのめのかみ)は『古事記』の神産みの段において、火の神、軻遇突智(かぐつち)、を生んで陰部を火傷し苦しんでいた伊邪那美(いざなみ)がした尿から、和久産巣日神(ワクムスビ)とともに生まれたされ、『日本書紀』の第二の一書では、イザナミが死ぬ間際に埴山媛神(ハニヤマヒメ)と罔象女神を生んだとし、埴山媛神と軻遇突智(カグツチ)の間に稚産霊(ワクムスビ)が生まれたとしている。
灌漑用水の神、井戸の神として信仰され、祈雨、止雨の神得があるとされる。
闇龗神または、淤加美神(おかみのかみ)貴船神社(京都市)のほか、丹生川上神社(奈良県吉野郡)では罔象女神とともに祀られ、全国に「意加美神社」などと称する神社がああります。龗 (おかみ)は龍の古語であり、龍は水や雨を司る神として信仰されていた。 「闇」は谷間を、「高」は山の上を指す言葉である。祈雨(きう)、止雨(しう)、灌漑(かんがい)の神として信仰されています。
闇罔象神(くらみつは) 闇龗神いずれも祈雨(きう)、止雨(しう)、灌漑の神として信仰されている。
天之水分神(あめのみくまり)・国之水分神(くにのみくまり) 分水・分水嶺の神
天之久比奢母智神(あめのくひざもち)・国之久比奢母智神(くにのくひざもち) -- 瓢(ひさご)・灌漑の神
八岐大蛇(八俣大蛇、八俣遠呂智、ヤマタノオロチ) -- もとは肥河(斐伊川)の水神であったと云われています。
我々の祖先は、水・川に対する感謝や畏怖を、信仰という形で古くから私たちに伝えられてきました。川の神様、水の神様である水神として、あるいは水神が姿をかえた竜や大蛇として崇めることはその現われなのです
河川改修・治水事業が進み、ある程度は洪水からの恐怖は少なくなったものの、川が私たちに与えてくれる恩恵はもちろん、恐怖は、現在でも変わらないと考えられます。
戦後GHQの施策で核家族化が進み、山間部の人口流出が進み、山々の保水力が低下し昨今のゲリラ豪雨をかんがえれば、。水神様のような存在を自然のシンボル化と考えれば、川に感謝することや、あるいは畏怖の念を抱くことは、今の私たちが忘れてしまった、とてもたいせつなことなのではないでしょうか。
我国は海に囲まれた国です。
海辺に住む人々は、漁をし、生活の糧としてきました。
海をつかさどる神を海神(わたつみ、わだつみ、うながみ、かいじん)と言います。
「ワタ」は海の古語、「ツ」は「の」、「ミ」は神霊の意です。
日本神話では、海に関する神として以下のような神が記述されています。
大綿津見神・大海神(おおわたつみ)
海神豊玉彦(わたつみとよたまびこ)
神話の山幸彦と海幸彦の段では、火照命又は火須勢理命(海幸彦)の釣針をなくして困っていた火遠理命(山幸彦)が、塩土老翁の助言に従って綿津見大神(豊玉彦)の元を訪れ、綿津見大神の娘である豊玉姫と結婚している。二神の間の子であるウガヤフキアエズはトヨタマヒメの妹である玉依姫に育てられ、後に結婚して神日本磐余彦尊(神倭伊波礼琵古命・かむやまといわれひこ)らを生んでいる。綿津見大神の出自は書かれていないが、一般にはオオワタツミと同一神と考えられている。
底筒男命(そこつつのおのみこと)、中筒男命(なかつつのおのみこと)、表筒男命(うわつつのおのみこと)の総称を住吉三神といいます。
住吉大社にともに祀られている息長帯姫命(神功皇后)を含めることがある。海の神、航海の神とされています。
住吉は「すみよし」は、元は「すみのえ」と読み、住吉の「吉」は古来では「エ」と読み、、「住吉」は「スミノエ」と読んだが、平安時代の頃から「スミヨシ」と読むようになった。スミノエとは「澄んだ入り江」のことであり、澄江、清江とも書いた。古代における天皇陛下即位の際の重要な祭儀である八十嶋祭の清めの海を表しており、天皇陛下は即位すると住吉(スミノエ)の海で清めの儀式を行ったのである。住吉大社周辺の墨江や住之江という地名は、「スミノエ」の読みに漢字を当てはめたものです。
住吉三神を祀る神社は住吉神社などという社名で、日本全国に約600社あり、三韓征伐に由来する神社が多いです。
船魂は、船中にまつられる船の守護神。住吉大明神・猿田彦神・綿津見神など。春日・八幡・大日・薬師なども数え入れ十二船玉という。男女一対の人形やさいころ二個・五穀・銭一二文・女の髪などを神体とし、帆柱の受け材である筒(つつ)の下部に穴をあけて封じ込める。
亀や魚などは海神の使者であるとも考えられ、それを助けたために、海の底の宮殿へ行くことが出来たという説話が数多く伝えられています。浦島太郎の話などはその代表例です。
海の神々は命のやりとりをする漁業関係者に今もなお、広く信仰されています。
次回に続く・・・・・
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