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昭和天皇の御代のことです。その頃に参議院議長をしていた人に、重宗雄三という方がおられました。その方の奥様がお話になった逸話だそうです。
http://blogimg.goo.ne.jp/user_image/01/47/5b30929057275994ceddb610072f3b09.jpg 或る時インドネシアの大統領が来日されました。国家の正式なお客様ですから、天皇陛下の御招待のパーティが開かれ、参議院議長夫妻もお招きに与りました。 重宗さんの奥様はその頃大変に痩せておられたそうです。だから洋服はあまりお召にならず、和服を召されました。この様な宮中の正式な場所では、一般の正装である黒の留袖ではなく、無地の色物を着ることになっています。それで奥様は無地の色物を準備しておられたのです。 するとそこへ御主人の重宗議長が入って来て、「お前、なんだ。今度は天皇様の御招待じゃないか、この種のパーティは初めてじゃないだろう、ずいぶんデラックスなパーティだ、いくら婆さんでもお前、そりゃ、あんまり地味すぎるぞ」と言われたのです。そう言いながらしばらく考えておられた議長は、突然に、 「あっ、いいのがある、あれがいい、あれだったらパアッとしていいから」 奥様は、御主人が何を言っているのかと思ったら、先日もらったダイヤの指輪をはめていけと言うわけです。 「この間もらった、こんなでかいの、あれがいい」 ところが奥様はそんなものをもらったこともないし、第一御主人から買ってもらったこともない。何を言っているのかと思ってよく考えてみたら「孫が誕生日にくれた大きなガラス玉の指輪のことでした」とこういうわけです。議長はそれをダイヤと間違えておられたらしいのです。 「あなた、あれはガラスですよ」 「ガラスか……」 ちょっとびっくりした様子でしたが、又しばらく考えて「いい、いい、はめていけ。まさかあの席上で天下の参議院議長の奥様がガラス玉をはめているなんて誰も思わんだろう」ということになったそうです。重宗夫人は素直な方でしたので、御主人の言うとおりにされたのでした。 さて、宮中でのパーティは、和食や中華料理はお使いにならないで、いつも洋食なんだそうです。和食の場合ならお茶碗やお箸は下から支えるように持ちます。だから指輪は下の方になります。ところが、洋食となるとフォークとナイフは上から押さえつけるように持つでしょう。つまり指輪が上に向くことになるのです。その上、素晴らしいシャンデリアの光で、その大きなガラスの指輪がピカっと光るわけです。 人間というのは面白いもので、ガラス玉ということを誰も知らないで自分だけが知っている。自分しか知らないんだけれど、自分がガラス玉だと強く意識するので、光るほど、恥ずかしくてたまらないのです。もしこれが、逆に本物だったら、ちょっとでも光ればウフフンとなります。重宗夫人は、ニセモノのガラス玉なのでもう恥ずかしくて、恥ずかしくて、小さくなっておられたというのです。そうしたらちょうどメインテーブルだから、天皇陛下がいらっしゃって、隣にインドネシアの大統領、それから皇后陛下、天皇陛下の向こうは大統領夫人という風に、交互にお座りになるわけです。そして重宗さんの奥様ははす向かいに座らされたというのです。 しばらくしたら、あまり光るものだから、天皇陛下が奥様の方、特に指輪を、お体を出されてのぞいていらっしゃるんだそうです。それで、奥様はもうなんとも言えない恥ずかしい気持ちになり、小さくなって御飯を食べました。そこでおひらきになったのです。そして、誰かと重宗夫人が話をしておられたら、そこへ天皇陛下がお近くへいらっしゃったので、恐縮して「本日は御馳走になりました」と深々と陛下の前に最敬礼をされたそうです。しばらくして頭をもたげたら、陛下は御身をのり出されて、問題の指輪をのぞいていらっしゃる。重宗夫人はあわてました。 そうしたら天皇陛下が、 「重宗さん、先ほど食事の時に、非常に光ったものだから、よく見たらあなたの見事なダイヤでした」 とおっしゃっておそばに来られ 「あの見事なダイヤをそばでゆっくり拝見させて下さい」とのお言葉があったというのです。奥様のおっしゃるには、「天皇陛下というお方様は絶対にごまかすことができないお方様です。どうしても嘘を言えないお方様です」ということでした。 これはすばらしいことです。このことを重宗夫人から伝え聞いた方が言っておられました。ここに日本の象徴があるのです。つまり無私というか、無我というか、この無私のお立場というものは、一切を身そぎ祓われた本当に美しいものなんです。本当に美しいものに対しては、よごれたごまかしの心は寄せ付けられない。嘘をつけない。だが一応ごまかしていいような相手だったら、「いやあ、大したものじゃありません」と逃げてしまえばいい、というのです。 ところが、ごまかせないお方様です。仕方がないから、畏れ多いことだったけれど、陛下のお耳元に近づいて、「陛下、まことにお恥ずかしいことでございますが、実を申しますとこれはダイヤではないんです。これはダイヤのニセモノでございます」と小さい声で申し上げたのだそうです。そうしたら、陛下がびっくりされて、大きなお声を出された。 「これニセモノですか!」 そこでとてもあわててしまって、冷や汗をかきながら、「ハイ、実を申しますとこれはダイヤじゃなくて、ダイヤのニセモノで、ガラス玉でございます」 陛下はしばらくじっと指輪を御覧になっていらっしゃいましたが、 「重宗さん、本物じゃありませんか」と、またおっしゃったということです。どうしてこう執着なされるのかと思いながら、「違うんです。これはダイヤじゃないんでございます。ダイヤのニセモノでございます。ガラスの玉でございます」と再び申し上げたら、とうとう終いにお笑いになって、 「あなた、本物じゃありませんか、これねえ、ガラスの本物でしょう」 とおっしゃったということです。このおはなしを重宗夫人から聞いたある方は、涙がぼろぼろ出てきたと言っておられました。胸がつまるような気持ちになったそうです。“ああ、すばらしいなあ、本物だけを生きるというお方は、本物だけをみられるのだ”と思ったというのです。いわゆる偽物というのは無い。それは比較対照する時に感じられる仮定に過ぎないのであり、一つ一つ見ていったら、凡ては生え抜きの本物だというのです。 こどもの教育でも、失敗するのは、兄弟がいると、「姉ちゃんと比べてお前は何だ」とか、「お前は兄貴のくせに弟を少し思ってみたらどうか」と、こう比較の中で考える。それだから本来のその子の個性の本物が何処かへくらまされてしまう、というのです。 昭和天皇は、そういえば、植物の研究をよくされましたが、その時お付きの方が、何かの折にお庭の草のことで、これは雑草で、というようなことを言われた時に、雑草というものはないとおっしゃったというお話を聞いたことがあります。天皇というお方が、いかに無私公平の心で、凡てのものを見ておられるのかということが、ほんとうにこのお話をきいて、しみじみと感じたものです。これは今上陛下におかれても、同じ御心であろうと思います。
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2011年09月27日
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竈神(高野山金剛峯寺)
我々の祖先は「火」を神聖なものとして、生活していく上で欠かせないものとして、暖をとったり食物を煮炊きしたりする炉(ろ)や竈(かまど)の神さまを大切にしてきました。また、竈の煙が盛んに出ることは、家が栄えるしるしともいわれ、竈の神さまは家の神としての性格も持っています。
人は「火」を扱うことによって集団生活が始まったと言われています。日本では、縄文時代の中期ごろの竪穴(たてあな)住居の内部に炉がもうけられていましたが、それ以前は火はおもに屋外でたかれていました。この頃から一つの屋根の下で火をかこんで家族が共同生活する住まいが生まれました。
かまどは元来は釜をおく場所の意味でしたが、生活の中心となる火所として、家や家族自体を表象するものともされました。そのため家や家族をかまどや煙を単位としてかぞえる風習もあり、今日でも家をたてることを「かまどを起こす」、破産することを「かまどを返す」、分家を「かまどを分ける」ともいいます。
聖帝(ひじりのみかど)と呼ばれた仁徳天皇の御製
高き屋にのぼりて見れば煙り立つ
民のかまどもにぎはひにけり
そして三年間租税を免除し、その間は率先して倹約に努められ、三年後、どの家のかまどからも煙が立ち上っているのをご覧になって、詠まれた御製です。 竈(かまど)は生活そのものであったのです。 竈(かまど)の神さまは、火の神であると同様に農業や家畜、家族を守る守護神とも言われています。
神道では、竈三柱神(稀に三本荒神)をかまどや厨房・台所に神札を以て祀る信仰があります。
竈三柱神は奥津日子神(おきつひこ)・奥津比売命(おきつひめ)・軻遇突智、火産霊(かくずち)とされる。オキツヒコ・オキツヒメが竈の神で、軻遇突智が火の神です。
一般には上記画像のように、かまどや炉のそばの神棚に幣束や神札を祀りますが、祀り方の形態は地方によって変わります。
東北地方に伝わるカマ男、火男
東北地方の陸前(宮城県や岩手県)では、竈近くの柱にカマ男、火男、カマジンなどと呼ばれる粘土または木製の醜い面をかけて祀る風習があります。
釜神さま
火は、危ないから「火の用心」 神聖だから「火の要鎮」ともいいます。
上記にも述べていますが、軻遇突智、火産霊(かくずち)さまは火の神で、静岡県秋葉神社は防火の神として有名で秋葉講は全国に及んでいます。
昭和十八年から、平成13年まで、宮中賢所で内掌典を勤められ、平成12年11月 勲四等瑞宝章綬勲、内掌典長までなされた高谷朝子氏が、火について次のように述べられています。
朝子語録:その13 「お鍋の底」
お鍋を五徳から持ち上げまして、他所へ置きます時には、お鍋敷き等を
敷いて、お鍋を置くことが大切な心得でございます。 何故ならば、底が熱いからという事だけではございません。炊事の時、 お鍋をお火にかけますと、底がお火に当たりますので、清いお火を汚さな い為に、お鍋の底も清くして、お鍋敷きの上にのせましてございます。 (注)お火は清いものとされています。 朝子語録:その18 「淨火」
火は日であり、さらに霊(ひ)であって、誠に尊い霊妙なものでございます。 上代より引継がれました、賢所の尊いお火は決しておしめり(お消え)になりませぬよう内掌典は命をかけてお守り申し上げます。菜種油にしみ込みました、 お燈心の清い小さな御火でございます。天津火継とも教えられました。 竈(かまど)神を祀る、火の神を祀る、これらの風習は、昭和二十年代までは残っていましたが、生活様式の多様化のともない、現在は祀られていないのが実情です。
植村花菜さんが、亡き祖母との思い出や自身の半生を表現し、大ヒットした曲「ト
イレの神様」。紅白歌合戦でも歌われました。日本のしきたりを、柔らかく優しく伝え教えながら、孫の心身共に健やかな成長を願う。そしてその祖母に様々な感情を抱き成長する様子は、まさに典型的な日本の家庭のようであり、聞いていて心が豊かになりましたね。
日本では古来より厠(トイレ)には神様がいらっしゃるとして信仰されてきました。厠だけではありません。上述の竈(かまど)の神様、大黒柱、門口、井戸に至るまで神々が宿り、崇敬してきました。
ことに厠は唾を便壺に吐いてはならない、裸で便所に入ってはいけないとか、和歌山県の北部地方では、厠には咳をしてから入らなければならず、便所に唾を吐くと盲目になるとういう伝承もあり、様々な禁忌(きんき)が全国で伝承されています。禁忌とは逆にご利益もあって、厠を綺麗にすると美人になるとか、妊婦さんが便所掃除をすると、可愛い子供に恵まれるなどの信仰もあります。お正月には注連飾りをしたり、お幣束を奉ったり、お供え餅を上げたりする地方もあるようです。
神道では主に厠の神は、古事記や日本書紀の神話に見るところの、埴山昆売命(はにやまひめのみこと)と弥都波能売神(みづはのめのかみ)、とされており、往古より上記に示すような信仰、感謝と祈りが捧げられてきました。
リフオームでトイレを水洗トイレに改修するときなど、お祓いと感謝のご祈祷をしてきました。様々な厠の恩恵に感謝し、畏敬の念を持ち、例えば厠を埋めて改修する、長年の恩恵に深い感謝と祈りを捧げる。これは神の国日本に於いて、常に神々と共に生きる、日本人の在るべき姿です。
しかし、最近、地鎮祭はするものの、解体のお祓い(感謝のご祈祷)などをしなかったり、トイレや台所などは、一部改修だからと、神事を行わず、事を行っている様子が多々みうけられます。その方々は特に神々に対する感謝の念が無いと言う訳ではないようですが、ただ気づいていないと思いたいです。
今は植村さんのお祖母さんのように、日本の風習や伝統を、子々孫々に語り繋いでくれる、ご年配も少なくなり、近代化された設備や技術も、神々の存在を感じづらくさせているのも事実でしょう。 この様な時代だからこそ神々に感謝し、崇敬のこころを伝えてゆかなければならないと深く感じています。
親から子、子から孫へ、麗しい日本のこころ、習俗を伝承していきましょう。
次回につづく・・・・
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