ここから本文です
日本よい国、きよい国。 世界に一つの神の国。
降り積もる深雪(みゆき)に耐えて色変えぬ 松ぞ雄々しき人もかくあれ

書庫過去の投稿日別表示

全1ページ

[1]

東北を元気にするのは?そう考えている方は多いはず。
でもどうしたら…という時にはこちらをごらん下さい!!
 
イメージ 1
 
 
是非東北を見てみませんか?
 
   
↑生活と文化応援クリックお願いします
 
イメージ 2

転載元転載元: 花徒然


          

 御来訪感謝申し上げます。

 以前はどうしようもないノー天気な発言で眉をしかめることが多かった経済評論家の森永卓郎氏ですが、最近の言動を見聞きしていると、不肖敬天愛人にとっては、彼に神が降臨したのではないかとつい思ってしまうほど説得力のある「神発言」が見られるようになりました。
 今日、紹介させていただく森永氏の論説文も、原発事故の後遺症に悩む福島の人間として心底共鳴できるものであり、また、同時に福島に限らず東北・北関東の被災地の人々にとっても心に沁みる意見であろうと感じます。
 彼は敬天と同い年ですが、こちらが恥ずかしくなるほど人間的に非常にバランスのとれた考えを示しております。
 最初から最後まで正論そのものであり、敬天如きがコメントをすることは何もないのですが、引用記事のあとに若干の感想コメを入れさせていただきます。
 色文字、太字は敬天が勝手に編集したものです。


-----------------------------------------------------
 原発とどう向き合うのか - 森永卓郎
2011年09月27日00時00分

 東日本大震災以降、私はともに貧困や抑圧と戦ってきた大切な友人たちと対立することになってしまった。それは、私が電力不足を回避するためには、しっかりと安全を確保することを前提としながらも、電力不足を解消するために原発を再稼働させるべきだと発言したことからだった。

 もちろん私は、安価で安定した電源に代替しながら、徐々に原子力発電所を廃止していったほうがよいと思う。しかし、急激に脱原発を進めると、国民にさらなる貧困と抑圧を与えることになる。そのことをしっかり考えなければならないと思うのだ。

 国民生活の抑圧は、今年の夏にすでに現れた。計画停電の実施に引き続いて、東京電力、東北電力管内では、電力節減令が発動された。電力節減令の本質は、電気の配給制度だ。罰則が適用される大企業はもちろん、そうではない中小企業や一般家庭でも徹底的な節電が求められた。問題は、それがどれだけ国民生活を圧迫したかということだ。

 例えば、我が家では今年の夏、日中は一度もエアコンを使わなかった。熱中症になるからエアコンをつけようと何度も妻に言ったのだが、「エアコンをつけたら室外機のファンが回って、近所にばれる」と言って、妻は私の言うことを聞かなかった。毎日繰り返される節電キャンペーンは、まさに「節約耐乏。ぜいたくは敵だ。欲しがりません勝つまでは」という戦時中のスローガンであり、節電をしない者は非国民だという密告社会を作ってしまった

 自由主義経済は、稼いだお金の範囲内で、好きなことに自由にお金を使えるということが、大原則だ。それをさせなかったのは、統制経済に戻したのと一緒だった。あらゆる面で、国民生活は圧迫されたが、例えば、日中の電車の運行が間引きされたため、5分おきには必ず来るはずの東京の地下鉄が、10分おきにしか来ない時間帯ができた。駅舎や車内はおろか、一部ではホームまで照明が落とされ、暗くなった。知人の視覚障害を持つ男性は、ホームからの転落を恐れて、電車に乗るのが怖くなったという。駅のエスカレーターの下りが停止され、お年寄りや妊婦は怖い思いをするようになった。結局、しわ寄せは弱い人に行ったのだ。

 企業活動でも、例えば自動車メーカーは電力節減令のかかる平日の電力消費を抑制するために稼働日を土日にシフトした。そのために子育て中の従業員は、土日に子どもを保育してくれるところを探すために、走り回った。それだけではない。自動車メーカーは土日シフトをしたが、重機メーカーはしなかった。その結果、自動車メーカーと重機メーカーの双方に部品を納めている中小メーカーは、納入のために、休みなく働かなければならなくなったのだ。

 他にも被害は枚挙に暇がないが、15%の節電というのが、国民の多大な犠牲の上に達成されたことは、紛れもない事実だ。しかし、そこまでして、節電をする必要があったのか。つまり、そこまでして、原発を停止する必要があったのだろうか。

 事故が深刻な影響を与えたのだから、停止は当然という意見はある。しかし、原発を停止させたからといって、新たな事故のリスクは減るのか。いま日本の大部分の原発が定期点検からの再稼働ができずに停止中だ。その原発のなかには、使用中の核燃料が納められている。冷温停止しているからと言って、安全だということは絶対に言えない。電源供給が絶たれれば冷温停止中であっても、水素爆発を起こすのだ。福島第一原子力発電所でも、爆発した4号機は冷温停止中だった。

 私は、核燃料を建屋のなかに抱えている限り、運転中でも、冷温停止中でも、リスクは大して違わないと思う。だったら、安全を確保したうえで動かしたほうがよい。それは電力供給の確保という理由からだけではない。原子力発電所には建設のために1000億円単位の莫大なコストがかかっている。もし、停止したままにしておくと、ムダな減価償却費が発生し、それが利用者の電気料金に跳ね返ってくるのだ。エネルギー経済研究所の推計では、原子力発電所の再稼働がままならず全停止になった場合は、家庭の電気料金が2割もアップするという。減価償却費がかかってくるうえに、燃料を割高な化石燃料に切り替えなければならなくなるからだ。

 振り返ってみると、今回の原子力発電所の事故は、あきれかえるほどの、ずさんなミスの積み重ねから発生したものだった。現場に電源車が到着したのに電源ケーブルが接続できなかったとか、1号機では電源供給が絶たれても、余熱で冷却を続けられるシステムがついていたのに、バルブを開け忘れたためにそれが稼働しなかったり、そもそもディーゼル発電機が地下に置かれていたり、その燃料タンクが地面に置かれていたりと、津波対策がまったくなされていなかったことなどだ。
こうしたミスをきちんと改め、何重もの安全対策を加えれば、当面のリスクは大幅に減るはずだ。もちろん、それをやっても原発のリスクはなくならないということも事実だ。

 だから、いま我々が取り組むべきことは、事故原因をしっかり究明して、原発のしっかりした安全対策を講じることと、安価で安定した原発以外の電源を開発していくという二つなのではないか。

 脱原発を唱える人たちは、いままで大変な苦労を重ねてきた。いくら原発のリスクを訴えても、なかなか国民が耳を貸してくれなかったからだ。しかし、敵失によって生まれた原発事故をチャンスと捉え、一気に自分たちの目指す脱原発に、世の中を持っていこうとしているのではないだろうか。私は、そのやり方は、アンフェアだと思う。これまで原発推進派がやってきたことと、やり方が変わらないからだ。

 いま必要なことは、原発のリスクを正しく評価し、そのリスクと脱原発がもたらすコストを比較して、どのようなスケジュールで、原発をどの程度他の電源で代替していくのかという現実解を求めることだ。やたらと放射能の被害を叫んで、恐怖を煽ることは、判断を狂わせるし、何より被災地に大きな風評被害を与えることになる

 風評被害という意味で、もう一つどうしても触れておきたいのは、放射能汚染された食品についてだ。私は、政府の規制値を下回っていたとしても、放射能の影響が皆無だとは思っていない。しかし、私は自分自身の食生活から、被災地の食品を排除していない。選択肢がある時には積極的に被災地のものを食べるようにしているし、被災地の食品も通販で取り寄せた。なぜそうしているのかというと、そうしないと被災地の産業が救えないからだ。いつまでも義援金や財政の力で被災地での生活をすべて支えることなどできない。被災地の復興に一番重要なことは、被災地に働く場が戻ることだ。そのためにはまず、被災地の農林水産業が元気を取り戻さなければならない。しかし、政府が安全基準を設定して、それを上回る放射能が検出された食品は出荷を止めているのにもかかわらず、産地を公表したとたんに、被災地の野菜や肉や魚は、大幅な安値になってしまう。だから、誰かが現地の食品を食べないと、被災地は本来の姿を取り戻せないのだ。

 もちろん放射能の感受性の高い子どもたちの食べるものには気を配らなけれならないし、被災地のものを食べたくない人に強要することもできないと思う。

 ただ、一つだけ確実に言えるのは、被災地の食品を毛嫌いする人を、私は信用しない。いままで、さんざん被災地にリスクをばらまくことで、安い電力を使ってきたのに、事故が起こったら、さっさと被災地を見捨てるような人を信用しろというのはとても無理な話だからだ。

--------------------------------------------------------

 
 名古屋の大学の武田某のように、自分だけがいい子になろうと正義感ぶって必要以上に不安を煽っていた方が同じようにいい子ぶりたいマスコミ受けがするし、商売にもなるのです。不安を煽れば煽るほど不安に駆られた大衆は不安を少しでも解消しようと、不安を煽る人間の著書などに群がりたがります。これを恐怖ビジネスあるいは脅迫ビジネスと言います。家相占いや人相占いで根拠なき凶相を吹き込み、運が上向くと称して高価な印鑑を売りつける商法と何ら変わりません。
 
 だからこそ、全国的に知名度の高い森永氏のようなタレント評論家といっても良い人気者がこういう発言をしたことは、生意気な言い方をすれば、高く評価したいのです。
 なぜなら、こういう発言をしても彼は一銭にもならないのです。それどころか、マスコミ界や学会にも多く巣食う左翼脳の反原発派たちから攻撃を受けることになりかねないのです。被災地以外の人口が圧倒的に多い現実を鑑みれば不必要に恐怖を煽った方がビジネスになり、比較して少数派である被災地の人間の立場に立った良識的な意見を述べても、目に見える得は何もないのです。但し、人として目に見えない徳を積むことにはなります。
 特に最後の4行は、こういう人としてバランスのとれた人間が多く居れば、被災地の人間にとっては何よりのエールになり、援護射撃になり、「頑張ろう」がスローガンだけでなくなって、本気で頑張ろうという気にさせてくれるし、希望を見出すことにもなるのです。

 心より、森永卓郎氏に敬意を表したいと思います。


 
   ※人気ブログランキング(政治部門)に参加しています。
    下記クリックのご協力をお願い申し上げます。
    https://blog.with2.net/in.php?687099


  
 
 
 

転載元転載元: 新“敬天愛人”のブログ

イメージ 1
 
北条ロータリークラブが創立50周年を迎えました。
その記念事業として、加西市出身の青山繁晴氏の講演会が下記の通り開催されます。
参加無料でどなたでもお聞き頂けます。
お繰り合わせの上、是非お越しください。
    記
北条ロータリークラブ
創立50周年記念講演会
「祖国とふるさとは甦る」
・講師
㈱独立総合研究所
青山繁晴氏
・とき
平成23年10月10日(祝)
午前9時30分開場
午前10時開演
参加無料、収容人員1000名
・ところ
加西市民会館 文化ホール
お気軽にお問い合わせ下さい
 
 
 
イメージ 3
青山繁晴氏
 
 
 
筆者の生まれ故郷、兵庫県加西市に憂国の士、青山繁晴氏が講演の為帰ってこられます。近隣の方々、ご希望の方々はご参加ください。
青山繁晴氏の生家のことは、青山氏自身のHPで述べられています。
 
 
青山繁晴氏のご尊父は、地元加西でも屈指の企業経営者でもあられました。
筆者の父も、青山繁晴氏のご尊父の会社に勤務していました。
筆者もご存命の時にはお世話になりましたが、実に先見の明のある方でした。
青山繁晴氏は、混迷を極める今日の日本を憂い、警鐘を鳴らされておられます。
 
筆者の故郷、兵庫県加西市はかっては、三洋電機㈱の創業の地として、企業城下町として栄えましたが、三洋電機の回転事業部の撤退、売却、関連企業の廃業に加え、それに伴う人口流出など、灯りが見えない状態です。
 
 
 
イメージ 2
小篠綾子さん(左から2人目)とコシノ3姉妹
 
 
10月3日より始まる、NHK朝ドラ「カーネーション」は、ヒロコ、ジュンコ、ミチコのファッションデザイナー「コシノ3姉妹」を育て上げ、自らも晩年同じ職で活躍し、2006年に死去した故・小篠綾子氏の生涯を実話に基づくフィクションストーリーにして描くドラマです。
故・小篠綾子氏のご尊父の生家が、筆者の実家から200mぐらいの近隣の出身であり、生前、筆者の母校の小学校の緞帳(どんちょう)をデザインしていただいたこともあります。今は故・小篠綾子氏に連なる縁故者は誰も住んでいらっしゃいませんが、コシノ(当地方では「おざさ」と読みます)ブランドのルーツが我町であることは町民の誇りでもあります。
 
青山繁晴氏の活躍、故・小篠綾子氏のドラマ化と、地盤沈下の著しい故郷「加西市」の活性に連なることを願ってやみません。
 
 
 
 
イメージ 1
 「豊葦原千五百秋瑞穂国」
(とよあしはらの ちいおあきのみずほのくに)
 
日本国の美称
 
天皇陛下は28日、皇居内の水田で恒例の稲刈りをされた。5月下旬に植えたうるち米のニホンマサリともち米のマンゲツモチの稲計100株を、鎌で丁寧に刈り取った(宮内庁提供)

天皇陛下が恒例の稲刈り

イメージ 2
2011.9.28 17:32
稲刈りをされる天皇陛下=28日午後4時ごろ、皇居・生物学研究所脇の水田(宮内庁提供)
 
 天皇陛下は28日、皇居・生物学研究所近くの水田で、毎年恒例の稲刈りをされた。
 
台風の影響で一部の稲が倒れたが、大きな被害はなく、作柄は「平年並み」という。
 
 陛下は、4月に自ら種をまき、5月に田植えをしたうるち米の「ニホンマサリ」ともち米の「マンゲツモチ」計100株を、鎌で手際よく刈り取られた。
 
 宮内庁によると、収穫された米は宮中祭祀(さいし)にも使われるという。
 
 春の天皇陛下のお田植え
イメージ 3
天皇陛下は24日午後、皇居内にある水田で毎年恒例の田植えをされた。

茶色の開襟シャツ姿の陛下は、長靴を履いて水田に入り、うるち米のニホンマサリともち米のマンゲツモチの苗計100株を1株ずつ丁寧に植えていた。

植えられた苗は9月ごろに陛下が稲刈りをし、米は新嘗(にいなめ)祭などに使われる。

お手まき・お田植え・お稲刈りのお写真

写真 説明文
http://www.kunaicho.go.jp/activity/activity/01/img/03ph-24.jpg皇居内の苗代で種籾をお手まきになる天皇陛下
(写真:宮内庁)
http://www.kunaicho.go.jp/activity/activity/01/img/03ph-25.jpg皇居内の水田で苗をお手植えになる天皇陛下
(写真:宮内庁)
http://www.kunaicho.go.jp/activity/activity/01/img/03ph-26.jpg皇居内の水田で稲刈りをなさる天皇陛下
(写真:宮内庁)
神道と米

          水屋神社宮司・鈴鹿国際大学教授 久保憲一神道と稲作=豊葦原瑞穂の國=わが日本は、豊葦原の千五百秋の瑞穂の国=豊葦原の国はいつまでも毎年秋になると稲穂の波打つ豊かなよい国、と言われてきた。周知のごとく十一月二十三日の勤労感謝の日、すなわち新嘗祭には天皇陛下が新しく収穫された米を嘗められ(食され)、天照大神はじめ八百万の神々に収穫を感謝し、来年もまた豊穣・安寧を下さるよう祈願されるお祭である。国民も五穀豊穣を祈念し、農民に感謝する日でもある。 また記・紀などによれば、高天原において地上の日本を統治せよと天照大神に命じられ、玉、剣、鏡の三種神器とともに斎庭の稲穂を授けられた嫡孫・瓊々(にに)杵(ぎの)尊(みこと)は、高千穂に天降られた。しかし地上は物の識別ができないほど暗闇であった。そこで瓊々杵尊は授けられた稲穂を揉み、籾にし、四周に蒔かれた。すると俄かに天が開け、太陽も月も照るようになったという。毎年春には天皇陛下御自らお田植え、秋には稲刈りをされる。即位後最初の新嘗祭には、大嘗祭が行われる。このように天皇陛下にとり、もちろん日本にとっても、米もしくは稲は単なる食糧ではない。稲作は、わが国の「和=協調・協力」「礼」「勤労」「信」…という国民性や文化を形作る、極めて重要な意義を持っているのである。たしかに一時、わが国は戦後食糧難によって食糧増産に努め、一九六〇年には自給率八〇%にも達したことがある。ところが、その後は大きく下げて最早二〇%を割っている。アメリカ、フランスは今なお堂々たる農業大国であるが、わが国は先進国中最下位、OECD加盟二八カ国中二七位、今や世界第一位の食糧輸入国になっている。稲作農業の壊滅的状況戦後日本はアメリカの軍事・経済両面における誘導と圧力により動かされてきた。日米安保条約締結後の米軍基地化、アメリカ追随の大衆消費社会化がもたらされた。またプラザ合意は日本のバブル経済の起因になった。問題は米である。アメリカの占領政策と農産物自由化の下、米食が激減、農民も次々と水田を手放してきた。日本農業は今や、後継者問題を含め、壊滅的状況に至っている。現在、わが国にはわずか三ヶ月の米備蓄しかないという。この稲作農民と水田の減少は今後の日本に深刻な食糧危機を招くかもしれない。たしかに地球温暖化も懸念される。最大の輸入相手国アメリカにエルニーニョや世界を震撼させている毒ガステロ、またSARSのような大災害が起これば日本は一体どうなるか。今日の日本の経済繁栄はまさに砂上の楼閣である。三十年ほど前のトイレットペーパー買い占め事件を想起すべきである。また大東亜戦争直後の食糧不足を教訓にしなければならない。世界の何割という飢餓人口が米を一斉に食べ始めた時、日本は金さえ出せば米をいくらでも輸入できるとタカをくくっていていいのだろうか。アメリカには畜産飼料、麦、大豆といった基礎食糧の大半を頼っているが、過度のアメリカ依存はこの国が今後こうした食糧を「外交カード」に使いはじめるのではないかと危惧する。 「神農連」結成と食糧備蓄の促進を!ある冬の夜、私は京都の山奥の神主さんと酒を酌み交わした。たまたま神道と農業の問題を話題にした。彼は私に稲作農業を復活、継続させ農家の生活を可能にすべきであると言い、「余剰米や賞味期限切れの米は世界の飢饉の人々を救うために使うべきである。そのため日本は休耕田をやめ、稲作農家が生活できるだけの収入を得られるようにし、国民も食糧安保の観点から納税負担すべきである。また『自衛隊(日本国軍)』は米輸送・配布などにおいて完璧な自衛手段を持ち実行すべきである。もちろんその前提には『憲法第九条』を改正し、自衛隊を正式な日本国軍隊として認定する必要がある。また『神政連』は下部組織に『神農連』を結成し、農民の先頭に立って政府に働きかける。全国の神職もそれぞれの神社を中心に「神農連」を通じ農家のためにあらゆる活動をなすべきである」と熱っぽく語った。まさにわが意を得た思いの夜話であった。日本は今後、いつまでアメリカを始め外国からの食糧輸入に頼ることができるのか。昭和三十年には六〇五万三〇〇〇戸あった日本の農家は、平成七年には三四三万八三〇〇〇戸に激減してしまった。将来展望は実に暗いと言わざるを得ない。丁度今、国会では有事関連法案が取りあげられているが、「危機管理」を言うならば軍事よりもまず食糧備蓄に真剣に取り組まなければならないのではないか。例えば、米、麦、大豆、また野菜、肉は缶詰、瓶詰め、真空パックにし、一旦緩急の際、国民が飢えないようにすることぐらいは考えねばならない。少なくともわが国は三年から五年の米の備蓄は不可欠であろう。また農業の保護といっても輸入を関税で完全に締め出すわけにはいかないから最低限度の保護関税にし、『主要食糧は二重価格制』にして消費者にもう少し高く買ってもらえば、兼業農家の長男は昨今の経済事情なら多少は農業復帰するかもしれない。稲作農民は一朝一夕には育たない。十年、二十年かけ、父親の技術を継承するものなのである。 原点に立ち戻れ!今日の日本はあらゆる部面において、日本人または日本文化の原点に立ち戻る必要があろう。われわれが毎日食する食糧や食生活も原点から見なおす必要がある。例えば戦後の日本人は食の原点たる「水」「塩」「米」をあまりにも粗末に扱いすぎる。昨今では「空気(酸素)」さえ売られ始めた。世界第二の森林保有国・日本「豊葦原瑞穂の國」は一体何処へ行ったのであろうか。終戦直後「日本人が好戦的な理由は米を主食としているからだ」という迷信が意図的に流布されたことがある。今や食事はコンビニ弁当、ファーストフード、ファミリーレストランになった。スーパーマーケットで米は簡単に入手でき、家族揃って伝統的和食を食べる食習慣もなくなった。このような状態では大麻頒布減体傾向に示される通り、神道が脆弱化するのも当然といえば当然である。戦後教育では我が国の歴史や伝統文化は一切教えられず、新嘗祭(勤労感謝の日)の意味さえ教えられない。「誰に何を感謝していいか分からない祝日」となっている。かつては御飯を粗末にすると天罰で目がつぶれるとか、精魂込めて作られたお百姓さんに申し訳ないと教育されたものである。「感謝」を教えない社会に神道が生き残れようはずがない。神道人の存在意義が今問われはじめている。      「みあかり」三重県神社庁教化特集号 第十一号より

Yahoo!アバター
https://politics.blogmura.com/conservative/img/conservative125_41_z_hinomaru.gif
↓            ↓  
にほんブログ村 政治ブログ 保守へ(文字をクリック)
 

転載元転載元: 世界遺産の吉水神社から「ニコニコ顔で、命がけ!」

全1ページ

[1]

アメブロにタイトル同じで移行。
アメブロにタイトル同じで移行。
男性 / A型
人気度
Yahoo!ブログヘルプ - ブログ人気度について
1
2
3
4
5
6
7
8
9
10
11
12
13
14
15
16
17
18
19
20
21
22
23
24
25
26
27
28
29
30

Yahoo!からのお知らせ

友だち(51)
  • watch_compass
  • 理瀬
  • bug*nno*e
  • 柳虫
  • メリオ
  • 近野滋之
友だち一覧

よしもとブログランキング

もっと見る
本文はここまでですこのページの先頭へ

[PR]お得情報

話題の新商品が今だけもらえる!
ジュレームアミノ シュープリーム
プレゼントキャンペーン
ふるさと納税サイト『さとふる』
実質2000円で特産品がお手元に
11/30までキャンペーン実施中!

その他のキャンペーン

みんなの更新記事