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日本よい国、きよい国。 世界に一つの神の国。
降り積もる深雪(みゆき)に耐えて色変えぬ 松ぞ雄々しき人もかくあれ

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宮古島の人々
 
明治六年、ドイツの商船ロベルトソン号は、日本の近海で、大あらしに遭いました。
帆柱は吹きおられ、ボートは押し流され、荒れ狂う大波の中に、
三日三晩、揺られに揺られました。
そうして、運悪く、沖縄県の宮古島の沖で、海中の岩に乗り上げてしまいました。
船員たちは、壊れた船にとりついて、一生けんめいに助けを求めました。
 
この船をはるかに見た宮古島の見張りの者は、すぐ人々を呼び集めて、助け船を出しました。
しかし、波が高いので、どうしても近づくことができません。
日はどっぷりと暮れました。
しかたなく、その夜は、陸(おか)にかがり火を赤々と焚いて、
ロベルトソン号の人たちをはげましながら、夜を明かしました。
 
あくる日は、風もおとろえ、波もいくらか静かになりました。
島の人々は、今日こそと勇んで、海へ乗り出しました。
舟は、木の葉のように揺られ、たびたび岩にぶつかりそうになりましたが、
みんなは力の限りこいで、やっとロベルトソン号にたどり着きました。
そうして、疲れきっている船員たちを、残らず助けて帰りました。
 
薬を飲ませたり、傷の手当てをしたりして、島の人々はねんごろに介抱しました。
言葉が通じないので、国旗をいろいろ取り出して見せますと、
始めてドイツの人であることがわかりました。
 
こうして一月あまり経つ間に、ドイツ人は元気になりました。
そこで島の人々は、一そうの大きな船をかして、ドイツ人を本国へ帰らせることになりました。
出発の日、島の人々は、かねやたいこで、にぎやかに見送りました。
何人かの人は、小舟に乗って、案内をしながら、はるか沖合まで送って行きました。
 
船員たちは、月日を重ねて、無事に本国へ帰りました。
嬉しさのあまり、会う人ごとに、親切な日本人のことを話しました。
 
そのうわさが、いつのまにか、ドイツの皇帝に聞こえました。
皇帝は、たいそう喜んで、軍艦に記念碑をのせて宮古島へ送りました。
その記念碑は、今もこの島に立っていて、人々の美しい心をたたえています。
(第五期(昭和十六年) 初等科修身より)
 
 
 
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転載元転載元: さくらの花びらの「日本人よ、誇りを持とう」

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