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日本よい国、きよい国。 世界に一つの神の国。
降り積もる深雪(みゆき)に耐えて色変えぬ 松ぞ雄々しき人もかくあれ

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靖国神社


筆者は、拙稚な記事ではありますが、靖国神社に関する記事を書かせていただいております。
北方領土のロシア、韓国の竹島、両島への両国首脳の侵入、シナの尖閣諸島への不法侵入など、わが国を取巻く「邪悪な国家」の暴挙は後を絶ちません。
わが国の政治のありかたも然ることながら、戦後「国防」を忘れた日本国民の問題でもあります。
8月15日の閣僚の参拝は僅か2名でした。しかも「私人」としてのなにがしかの理由をつけての参拝でした。
一議員の当時は靖国に対する認識をもっていた首相の参拝は今年もありませんでした。
なぜ、「靖国」はそれほど重要なのか?
靖国問題は「国防問題」であり、日本人の精神の根幹を為すものだからです。

上智大学名誉教授・渡部昇一氏が、著書「国を滅ぼす本当の敵は誰なのか」(徳間書店)に筆者と同様の見解をもっておられるので下記に引用します。



靖国問題は「国防問題」であり、「精神問題」である。

民主党の幹部たちは自国を呪う元左翼か元市民運動家、あるいはそこまで反日的でなくても、「いで大船を乗出して/我は拾わん海の富/いで軍艦に乗組みて/我は護らん海の国」という、「われは海の子」に歌われるような「お国のため」という教育を受けていないから、まったく気概がありません。

2010年九月の「尖閣事件」の時の対応、あれは何ですか?海上保安庁の巡視船が領海侵犯してきた中国漁船に停止を命ずると、漁船は何と体当たりしてきた。それなのに当時の菅首相は「大人の対応をする」というコメントを出し、仙谷(由人)官房長官は「しなやかな柳腰外交」などと、わけのわからないことをいっていた。高圧的な中国政府の前で恐れ入って、まるで日本のほうが悪かったかのような体たらくでした。
日本の首脳たちのそんなぶざまな姿を見て、ロシアのメドベージェフ大統領(当時)は、これまで歴代大統領が一度も入ったことがない北方領土に降り立っています。「あ、日本はいまや腰が引けているな」と見抜いたからの暴挙でした。
中国も最近では、「尖閣列島を実効支配する」などと言い出しています。日本の政治家たちにファイティング・スピリットがないことを見て取っているのです。
では、こんな民主党ではなく自民党ではどうかというと・・冒頭でも述べたように、民主党とほとんど変わらない。そもそも、最近の自民党の首相たちは、小泉純一郎首相を除いて、誰ひとり靖国神社に参拝しておりません。靖国神社に参拝しないということは、「国防意識がない」ということと同義なのです。国の代表者がお国のために亡くなった人たちに慰霊と感謝を捧げないという国は、「われわれにはもう国防意識がありませんよ」ということを世界中に向かって叫んでいるようなものなのです。
私は、口癖みたいにこう繰り返しています。・・・・いま、日本国の首相が靖国神社に参拝すれば、中国側は、日本に突如二十個師団が増えたような恐れを抱く。天皇陛下が参拝(御親拝)なされば、これは三十個師団、あるいは五十個師団が増えたような感情に陥るに違いない。国防上、それほど有効な手があるというのに、小泉首相を除いた最近の歴代首相はだれもその‘‘手形``
を切ろうとはしないのはあまりにも腑甲斐ない、と。
石平さんと話をした時のことです。石平さんはこういっていました。「私が日本に来るとき、知り合いたちはみな、「日本というのは怖い国だぞ。死ぬことが平気なやつがゴロゴロしているんだから」と言っていました。「だから十分気をつけたほうがいい」と脅かされながら来日したんです」と。
そうした物言いは、彼らシナ人たちの戦争体験からくる実感だったに違いありません。日清、日露の両戦争、そして満州事変、シナ事変という具合に日本の兵士と戦ってきたシナ人たちは、日本兵がいかに強いか、身に沁みて知っているのです。それが代々、語り継がれてきたものだから、「日本には死ぬのが平気なやつがゴロゴロいる」という言葉が現代でも生きているわけです。
満州事変のときは、張学良の二十数万の軍隊が、``軍事の天才``石原莞爾参謀の指揮する一万足らずの関東軍に追いまくられ、蜘蛛の子を散らすように逃げています。
シナ事変がはじまってからも、まあ、同様です。
中国人たちは、日本人の突貫精神を本当に怖がっているのです。その脅威が身に沁みている。そんな意識があるところへもってきて、日本の首相が靖国神社にきっちり参拝して戦没者を慰霊すればどうなりますか?向こうは震え上がって、怯むに決まっています。「下手に手出しはできないぞ。死ぬのを怖がらない日本人とは戦争したくない」と思うはずです。
そう考えると、靖国問題はじつは「国防問題」なのです。それと同時に、「精神問題」でもあります。戦争のために死んだ人たちにお参りできないような人間は``クズ``ですから。人間としてのクズです。
時の政府は、自衛隊員が万一、事故にあって亡くなったら靖国神社に祀ると明言しなければなりません。「憲法を改正しなければそれはできない・・・・」とか何とか、ごちゃごちゃいってないで、「PKO活動中にもし事故にあったり、戦死したら、ちゃんと靖国神社に祀ります」と言明することです。

P43〜P46まで引用
筆者は戦前世代の方々と進んで交流しています。
戦前世代の精神と、真実を継承するためでもあります。
先日、戦前世代の方とお話させていただく機会を得ました。
老人のお兄さんはフイリピンで戦死されました。出征前に「戦死したら、神道で祀って欲しい、靖国に会いにきて欲しい」と遺言されて戦地へ就かれたそうです。
多くの戦没者の遺言も同じでしょうと・・・
これぐらい厳粛な公約はない。命をかけた公約だと。
国が、「命をかけた公約」を守れないのは、不条理だと仰せでした。

イラク戦争後にサマワに派遣されたある自衛官は「自分を一番護っていただけそうな神社にお参りしたい」と靖国神社に参拝されたそうです。派遣団の首脳も市ヶ谷の防衛省の傍らにある神社に参拝されたとも聞いています。サマワで万が一のことがあれば、靖国神社に合祀して欲しいと言い残し、「遺書」をしたためられた自衛官も多数あったとのことです。

世界どこの国でも御国のためにいのちを賭けて戦った兵士に対する追悼は厳粛に行われます。それを行わない国に、誰が国のために命を捧げましょうか?
靖国神社は日本人の精神的バックボーンなのです。

今日のわが国は、独立維持か衰亡か、その分岐点に立っているとも言っても過言ではありません。
この厳しい状況を、ひと時も忘れてはならないでしょう。





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台湾人医師の直言  林 建良 著




日本よ、こんな中国とつきあえるか?(十二ノ一)きれいに死のうとする日本人と死なないようにする中国人  より続きます。



第2章 台湾から見た日本および日本人

争いを避けたがる日本人に平和は守れない


5.きれいに死のうとする日本人と死なないようにする中国人



●中国人の死生観に発する督軍隊

また、石原氏はこの論考のなかで、アメリカが敗北する理由として朝鮮戦争の例を引いて次のように書いている。


思いなおせばアメリカは太平洋戦争以後の主な戦争で勝利したことはない。朝鮮戦争は痛み分け、ベトナム戦争は実質敗戦でしかないし、人命の損失を恐れる 限りイラクでの膠着の行く末にはなんの保証もありはしまい。朝鮮戦争できりなく押し寄せてくる中国軍の兵隊がほとんど丸腰のままだったという、迎え撃つ側 にとっても悪夢に似た実態の暗示するものは、たとえ次の戦争が核を伴ったものだろうと彼我の実質はかつてと全く変わらないということだ。端的にいって中国 はたとえ上海を丸ごと失っても動じることはないだろう。


朝鮮戦争で中国人民解放軍はいったいどのような戦法でアメリカ軍と戦ったのだろうか? 石原氏が南京事件について触れた論考ですでに指摘していたよう に、中国軍には独特の組織がある。督軍隊である。督戦隊ともいわれるが、自軍の兵隊が逃げ出さないように戦場の後方から見張る部隊のことである。もし逃げ 出したら容赦なく射殺する役割を担う部隊である。恐怖心を植えつけて逃げ出さないように見張っている中国特有の組織である。


つまり、武器を捨て丸腰のままで逃げ出そうとしていた中国兵にしてみれば、退くにしても進むにしても死ぬだけの状況ならば、前へ進むしかなかったわけ で、「きりなく押し寄せてくる中国軍の兵隊がほとんど丸腰のままだった」というのは、まさにこの督軍隊の存在が後ろに控えていたからにほかならなかった。


中国軍になぜこのような部隊が存在していたのかといえば、軍事訓練をへた正規軍が少なく、農村部などから青年を狩り集めてきて兵隊にしているという状況もさることながら、自分の命は犠牲にしたくなく、他人の命は尊重しないという中国人の特質を知っていたからである。


実際、中国軍と戦ってきた日本軍の資料のなかには、このような中国人の性質を描いた記述がたくさん見受けられる。支那兵がいざ戦闘となったとき一目散に逃げ出すとか、支那兵は強い相手にぶつかるとすぐ逃げ回るとか、支那兵のエピソードは掃いて捨てるほど残されている。


戦前の日本軍人なら、このような支那兵の実態はよくわかっていたことであり、石原氏もすでに南京事件でこの督軍隊の存在に触れているのに、なぜ朝鮮戦争の場面ではこのことに触れなかったのか、残念としか言いようがない。


朝鮮戦争における中国兵は強かったから「きりなく押し寄せてくる」のではなく、自分の命が惜しいため「きりなく逃げ出そうとしていた」にもかかわらず、督軍隊が控えていて退くことができなかったため、アメリカ軍の正面に出ざるを得なかったのである。

アメリカ軍にとっては確かに次から次へ雲霞のごとく押し寄せてくるように見えた中国兵は「悪夢」でしかなかったかもしれないが、実態は督軍隊に追い出さ れていたのだ。だから、「悪夢」を見たのはアメリカ兵ではなく、自軍の督軍隊に追い出されてやむなくアメリカ軍の前に出ざるを得なかった丸腰の中国兵だっ たともいえるのである。

石原氏ほどの保守派の重鎮が朝鮮戦争における中国軍の実態やこのような中国人の性質を知らないとはとても思われないが、このような一面的な記述を見る と、果たして本当に知っているのかと疑問がわいてくる。実際、日本の保守陣営にしても親中国的なリベラル陣営や左派陣営にしても、果たして中国や中国人の 本質を踏まえているのかと疑問を持たざるを得ない論考や発言が少なくないのである。


●中国人の死生観とは「死なないようにする」こと


中国人の死生観というのは、実に簡単で「死なないようにする」、これだけである。中国人は非常に世俗的で現実的、実利的な民族である。ほかの民族と比べても、そのような傾向は顕著である。だから、中国人は宗教心あるいは深い信仰心は持ち合わせていない。


もちろん、中国にも宗教はある。中国生まれの宗教としては道教がある。しかし、道教の一番深い思想は「不死不老」、すなわち、死なないようにする、年をとらないようにするという神仙思想で、修行して仙人のようになるというのが道教の根本思想なのである。


また、中国の宗教というのは民間信仰が中心で、関羽や媽祖を祀る廟がある。媽祖は航海や漁業の神様であるが、これらの神様は現世利益を得るための対象で、願いが叶えば生贄を献上して感謝を捧げ、叶わなければ破壊することにもなる。


しかし、中国のこのような信仰には利益はあっても、善、美、絶対という概念は存在していない。願いが叶えばそれでよしとして、生贄を献上したり献金をし たりする対象でしかない。つまり、取り引きなのである。中国人の宗教とは霊のレベルまでであって、絶対や至上という「神」という観念はない。キリスト教や イスラム教、あるいは仏教のように絶対に犯してはいけないタブーというようなものはない。


中国共産党が支配するようになってからは、宗教は人民の阿片だとして、あらゆるお寺や廟を破壊しつくした。しかし、この破壊活動を共産党だからやったと 解釈する向きもあるようだが、その解釈は一面的で、しかも現実とかけ離れている。中国人はそもそも信仰心のない民族である。だから、死後の世界や永遠の命 ということを信じていない。それゆえ、現世に災いをもたらすのが寺廟だと言われれば、平気で壊してしまうのである。


●故人の遺体をめちゃくちゃに砕く中国人


その点で、中国人の死生観を観察するのに最適なのは香港である。周知のように香港は、一九九七(平成九)年に中国に返還される前はイギリス領で、ある程 度の言論の自由があり、百パーセントの資本主義社会だった。だから、中国共産党による破壊活動から免れた地域であったため、宗教活動を自由に観察できると ころなのである。


香港人の死生観をどういうところから観察したらよいかというと、風水に対しての姿勢である。ここにもっともその特質が現れている。風水は日本でも流行っ たことがあるが、まず風水には陽宅と陰宅という概念がある。陽宅というのは生きている人間が住む家のことで、陰宅というのは墓のことである。


中国人のお墓の概念は、日本人のお墓の概念とはまったく違う。香港人のお墓は必ず風水の観点で造らなければならない。それはなぜかというと、お墓は死んだ人間のためではなく、生きている人間のためにならなければならないからである。


お墓はもちろん死んだ人間が造るのではなく、生きている人間が造る。だから、まずお墓は子孫に福や富をもたらす場所に造られる。中国人は今でも土葬が中 心で、土葬は一〇年あるいは二〇年後に場所を移す。そのとき、棺桶を開けて遺体が白骨化していなかった場合は、遺体をめちゃくちゃに砕くのが中国のやり方 である。白骨化しない先祖の遺体は「蔭屍」(インスー)と言い、その「蔭屍」に福や富が集中してしまうと考えるからである。先祖が自分の親であろうと、こ れは同じである。


このような中国人の習慣は、先祖を敬い、遺骨を大切に扱う日本人には理解しがたいかもしれないが、亡くなった人の福は残された子孫に残さなければ何の意 味もないと考えるのが中国人なのである。生きている人間のことだけを考え、いかにして死なないようにするかを考える中国人の特質がよく現れている。


その昔、秦の始皇帝は三〇〇〇人の男と女を派遣して不死不老の仙薬を求めたという伝説がある。彼らが向かった東の島「蓬莱」は日本だという説もあるよう だが、この伝説にもあるように、中国人は死ということを頭では理解していても、心のなかでは理解したくないのである。というより、死を避けているといった 方がよい。いかにして死なないようにするか、ともかく現世がすべてと考えている民族なのである。それゆえ、権力や富に対して執着心が強い。そのために、人 を蹴落してのし上がるとか、借りたお金をなかなか返さないとか、日本人なら良心がとがめる事柄についても、平気でおこなえる民族なのである。


中国人はいかにして死ぬかを考えない民族であるから、美しく死ぬとか立派に死ぬとかは眼中になく、ここが日本人と大きく違うのである。中国人を理解するためには、まずその死生観から知らなければならないのである。




>このような中国人の習慣は、先祖を敬い、遺骨を大切に扱う日本人には理解しがたいかもしれないが、亡くなった人の福は残された子孫に残さなければ何の意味もないと考えるのが中国人なのである。生きている人間のことだけを考え、いかにして死なないようにするかを考える中国人の特質がよく現れている。

何事にもわが民族と対極にあるシナ人の特質が要約されています。
日本人は日本人の習慣、習俗、文化を堅持し、時代へ継承して欲しいと筆者は、願ってやまないのです。



続く・・・・

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台湾人医師の直言  林 建良 著



日本よ、こんな中国とつきあえるか?(十一)木を植 える日本人と木を伐る中国人
より続きます。


第2章 台湾から見た日本および日本人

争いを避けたがる日本人に平和は守れない


5.きれいに死のうとする日本人と死なないようにする中国人



●桜に投影される日本人の死生観

日本人と中国人の決定的な違いはどこにあるのかといえば、それは死生観にあるといってよい。死に対しての考え方や死に直面したときの態度は明らかに違う。日本人はきれいに死のうとし、中国人はいかにして死なないようにするか、という考え方に歴然と現れている。


一九八七(昭和六二)年四月一日に日本にやってきたときの東京は桜が満開の時期で、私は日本人が花見をする光景を初めて目にした。当時の東大病院に通じる道の両側は桜並木で、日本人は病院の前の桜の木の下でさえ花見を楽しんでいた。この光景を見て、日本人がいかに桜を大切にしている民族であるかを肌で知った。


日本人がなぜこれほどまでに桜を好きなのだろうと考えたとき、日本人は、パッといっせいに咲いて、短い期間に咲き誇り、パッと散ってしまう、この桜に一種の哲学を感じ、日本人の生命観、哲学観はこの桜のサイクルによって生まれてきたのではないかと思った。


いっせいに咲いて、きれいに散る。これはある意味で非常に心地よい光景であり、潔いと言った方がより適切かもしれないが、この桜が日本人の死生観、命に対する考え方を象徴しているのではないかと私には思われたのだ。


つまり、日本人にとって命というのは、長さではなく、美しさにあるのではないかと思ったのである。命永らえることに執着するのではなく、その瞬間に全身全霊を傾けて美しさを表現し、それを終えたら潔く散っていく、そういう死生観を持っているのが日本人ではないだろうか。


●日本の葬儀に参列して感心したこと


私は大学病院で七年間研究に没頭し、外来や入院患者への治療も経験したあとで、栃木県の片田舎に移った。ここに来て驚かされたのは、日本人の生活のなかでは死に直面する機会が多いことだった。


栃木県の田舎にはいくつもの集落があり、その集落のなかに数戸で構成する班や組がある。当初、職員が「お葬式ができたので休ませてください」と申し出てきたので、私はてっきり身内の方が亡くなったのだと思った。台湾では、家族が亡くなったのでなければ休むことはあり得なかったからだ。しかし、その職員は「組内にお葬式ができたので、手伝いにいかなければならない」と言う。つまり、組や班は自分の家族のような考え方なのだった。このように、日本人の生活のなかには死に直面する機会が少なくない。


私自身も医者という仕事柄、葬儀に参列する機会はかなり多い方かもしれない。そこで、「なるほど」と感心したことが一つある。


日本では通夜でも葬式のときでも、最後のお別れということで、故人の顔を見させてもらう機会がある。これは台湾ではなかったことだ。台湾では、死人の顔は家族かごく親しい人以外に見せることはない。しかし日本では、すべての参列者に顔を見せ、触らせもする。これが故人とのお別れの儀式となっている。そして、遺族に「ああ、いいお顔ですね」と慰めの言葉をかける。この言葉は、遺族にとっては最高の慰めのようである。


あるとき、私の友人だった市議会議員が忘年会に行く途中、誤ってトンネルの壁に衝突して亡くなり、顔も体もめちゃくちゃになった。もちろん、葬儀の前に顔をきれいにして死化粧を施してはいたものの、顔にはそれなりの傷が残っていた。それでも、その葬儀に参列した人々は「ああ、いいお顔ですね」と遺族に声をかけ、お別れをしたのだった。「ひどいお顔ですね」という人はいなかった。

「いいお顔ですね」というのは、その死顔に事故などの傷痕が残っていたにしても、苦しんだ痕は残っていないということなのだろう。苦悶せず、従容として死んでいった様を確かに拝見しましたということを遺族に伝え、遺族にとってはその言葉が最高の慰めとなる。それが日本人のお葬式のようだ。

このように、私は栃木県の田舎に来て、日本人がきれいに死のうということを大切にしているのを改めて感じた。


●武士道がいまも生きる日本


めったに死に直面したことのない台湾社会で育った私からすれば、日本人は日常的に死に直面しているように見える。


たとえば、日本の新聞の地方紙には必ず訃報欄がある。大手新聞は著名な方ばかりだが、地方紙には亡くなった方がすべて紹介されているようだ。著名人であると庶民であるとを問わず、名前、年齢、亡くなった原因、お通夜や告別式の日時、葬儀の場所などが網羅されている。だから、故人とご縁のあるなしにかかわらず、誰でもこの訃報欄を見て葬儀に参列できる。


しかし、台湾の新聞には著名人ならいざ知らず、名もない庶民が亡くなったことを伝えるこのような訃報欄はない。また台湾では、葬儀に参列できる人間は遺族から招待された人間に限られる。だから、日本のスタイルを知ってしまった私から見ると、台湾では意図的に死を避けているように見えてくる。


たとえば、台湾のホテルや病院には四階という表示はない。だから、エレベーターにも四階はなく、三階の上は五階となる。これは、「四」が「死」の発音に似ているということで、意図的に避けているのである。それくらい死というものを日常生活から遠ざけているのが台湾社会だ。


確かに日本でも「四」は「死」に通じるということで避ける傾向はあるものの、台湾の徹底ぶりには及ばない。日本社会は死にあふれていると言っても過言ではない。死という自然の摂理が生活のなかに生きているのである。


台湾では、亡くなってからお葬式の日までは二週間ほど間があるが、日本のお葬式は非常に早いペースでおこなわれる。亡くなってから、通夜、告別式までほぼ三、四日でおこなわれる。また、お葬式は台湾と比べて非常に質素で整っており、美しささえ感じる。


葬式というセレモニーは、その民族の文化の根本をもっとも表しているといってよい儀式である。日本人は、死を日常の一部として組み込んでいる民族であり、恥の文化、すなわち他人を意識し、自分の死顔や死様が他人からどのように評価されるかを意識しながら死んでいくように、台湾人の私には見える。


死につながる概念は、生につながる概念でもある。日本人はこの世の無常、つまり人はいつか必ず死ぬということを意識するがゆえにきれいに死のうとしているのではないだろうか。その極めつけが武士の切腹である。


新渡戸稲造の『武士道』にもあるように、切腹は単なる自殺の方法ではなかった。切腹は「武士が罪を償い、過ちを謝し、恥を免れ、友を贖い、もしくは自己の誠実を証明する方法で」あり、また「それが法律上の刑罰として命ぜられる時には、荘重なる儀式をもって執り行われる」という。


私は映画のなかでしか見たことはないが、切腹の儀式やそれに臨む武士の服装は日本人の美学そのものではないかと思う。しかし、不思議だったのは、切腹は練習できるものではなく、誰一人として体験できるはずがないのに、なぜ日本の武士はあのように冷静沈着な態度でその場面に臨むことができたのかということである。ひょっとすると、あれは映画のなかだけのことだったのかもしれないとさえ思っていた。


しかし、この原稿を書いている最中の二〇〇五年一二月一〇日、保守派運動家の三浦重周氏が故郷である新潟市内の岸壁で、皇室典範を改正して女系天皇を容認することに抗議し、皇居に向かって割腹して自決した。現場に駆けつけた三浦氏の親友である評論家の宮崎正弘氏は、次のようにその模様を伝えている。


驚天動地の衝撃が走りました。


十二月十日午後九時半頃、政治思想家の三浦重周(本名 三浦重雄、重遠社代表、三島由紀夫研究会事務局長)は郷里の新潟市の岸壁で寒風吹きすさぶなか、壮絶な割腹自決を遂げました。遺体の発見は翌日(十二月十一日、日曜日)午前九時頃で、直ちに近くに住む兄上が立ち会われて検視の結果、心臓部は肋骨に達し、咽喉部を切ったので喉に刃物がつきささったままの状態でした。


三浦代表は皇居遙拝のかたちで正座したままうつぶせの状態であったことが判りました。菩提寺の三浦家代々の墓には本人が前日に訪れた足跡がありました。


壮絶にして見事な割腹を遂げた大西中将の最後を思い出させてくれます。


三浦氏の切腹は諫死であった。私はこの報に接し、切腹という荘重な死に方は映画のワンシーンではなかったことを強く思い知らされた。


日本人は死を意識しながら生きている民族であり、日常的に経験する死の場面を文化にまで昇華させているように思われる。そのせいか、世界第二位の経済力を持ちながらも、日本人一人ひとりの現世に対する執着心はそれほど強くないように見受けられる。日本人は常に無常観を抱えて生きているようだ。それはまさに、人間はいつか死ぬ定めにあり、命には限りあることを意識しているがゆえの日本人の死生観となって現れてきているようだ。


日本人は生きているうちに一所懸命に仕事をして世界最高レベルの技術を創出しつつ、一方では、自然の摂理に融け込みながら、死を生活の一部として淡々と取り入れ、自分が人生の最終局面に向かい合うときにはいかにしてきれいに死ぬのかを考えているようである。


少なくとも、日本は他国の文化と比べた場合、死をかなり強く意識しているように思われるのである。それが桜を愛でる花見となって現れているのではないだろうか。


●中国人の死生観を見落とした石原慎太郎


石原慎太郎氏は産経新聞に「日本よ」という連載を執筆している。その二〇〇五年一二月五日付の「アメリカは勝てまい」のなかで、「アメリカは中国とまともに戦争をしたら決して勝てることはない」と論じている。石原氏はその理由を次のように説明している。


前にも記した通り毛沢東が対アメリカ戦争を想定してポンピドーに明言した、千万単位の人命の損失を決して恐れはしないという、市民社会を経験したことのない中国伝統の、人命に関する我々とは百八十度違う野蛮な価値観が発露してくる限り、アメリカの市民社会の世論は中国との全面戦争を許容する訳がない。


果たしてそうだろうか? 保守派、それも中国に批判的な保守派論客といえども、中国あるいは中国人の本質についてはさほど知らないのではないかという印象を持った。


石原氏はアメリカが勝てないのは「人命尊重という市民社会の当然な世論希求の前にアメリカは手を引く」からだと言うのだが、それを理由にアメリカが勝てないというのはどうにも腑に落ちない。少なくとも日本人より中国人の本質を知り得る立場にある台湾人にとっては説得的ではない。これだと、人命を尊重する市民社会を持つ国家や民主主義の国家は、独裁国家に勝てないという結論になりそうだ。


しかし、今、私が言わんとしているのはそのような政体の違いからではない。アメリカという国家は確かに人命を尊重する国家である。ただし、一方で信仰心の強い国であって、価値のある死と認められるならば命を捨てることをいとわない国でもある。また、中国人の死生観からすれば、いかに死なないようにするかが大事なのであって、理念や国家のため、あるいは他人のために自らの命を差し出そうとするような考え方はしない。まず頭にないといってよい。


だから、もし中国人が死ぬことを恐れない人間ばかりだったら、確かに今の兵器の量や質のもとでは非常に恐ろしい軍隊であって、アメリカの苦戦を予想するのは難くない。


しかし、くり返して言うが、中国人にとっては、いかに死なないようにするかが大事なのであって、大義のためや、国家あるいは他人のために自らの命を投げ出すことはあり得ないといってよい。


それゆえ、石原氏が指摘するように、毛沢東などの指導者が国民の生命を鴻毛のごとく軽く見ていることは疑いようのない事実だが、中国人自身がそもそも国家のために死のうとしないのであるから、石原氏の結論には大いに疑問なのである。




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続く・・・・



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                      この発言は絶対に許せない!
 
 
かつて福沢諭吉は「およそ朝鮮人といえば満腔の同情を惜しまない」と言っていましたが、ついには「朝鮮人民のためにその国の滅亡を賀す」という社説を時事新報に書いて朝鮮に決別宣言をしました。これには今の日本人も理解できると思います。
 
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[韓国紙社説] 通貨スワップ再検討、日本に理性を求める
現在、日本メディアは日本政府がこの契約(通貨スワップ)を破棄したり延長拒否をしないだろうと報道している。だが、つらい記憶がある私たち(韓国人)としては可能性がないと断定し難い。
1997
年外国為替危機当時、日本政府は韓国政府の通貨スワップ要請を拒否した。
水に落ちた人が差し出した援助要請を冷静に拒んだのだ。
歴史で仮定は成立しないが、その時日本が私たちの要請を受け入れていたとすれば、私たちの苦痛指数は低くなったかも分らない。
もし日本政府が通貨スワップ協定を破棄したり延長しない場合、両国とも否定的影響を避けることはできない。外国為替危機のトラウマがある韓国は金融'外国為替分野で相当な心理的萎縮が予想される。日本も国際社会で信頼喪失という損害を甘受しなければならない。
このような点を勘案する時今日本政府に必要なことは理性的な姿勢だ。外交問題を外交で解決しないで経済問題にまで拡大すれば韓日関係が修復不可能な状況に達することが出来ることを明確に認識しなければならない。(2012.8.16 韓国紙
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あれほど強気だった韓国がいきなり弱気発言です。
「水に落ちた人が差し出した援助要請を冷静に拒んだのだ」
2008年から2009年にかけてウォンが大幅下落し、通貨危機になり、外貨を融通して助けたのは日本であります。日韓通貨スワップも30億ドルから200億ドルに増額しました。しかしその時、韓国は何と言ったか? アメリカ、中国の後に日本がやっと動いた、日本は遅すぎる。出し惜しみだ!と、救済してもらいながら日本にだけ文句を言ってきたのでした。
1997年の韓国通貨危機の際も日本が支援したからこそ韓国は立ち直れたのです。
 
「歴史で仮定は成立しないが、その時日本が私たちの要請を受け入れていたとすれば、私たちの苦痛指数は低くなったかも分らない。」
かつて日韓併合は韓国人が望んできたものでした。その通り併合してやり、朝鮮に教育を施し、ダムや発電所などをつくって産業を興し、朝鮮人の暮らしも飛躍してよくなり、李氏朝鮮時代の奴隷のような生活から人間らしい生活になり、その苦痛は相当低くなったにもかかわらず、今では日本の侵略で豊かだった暮らしがめちゃくちゃにされたから謝罪と賠償金を払えと言ってくるふざけた国です。
 
今回も韓国大統領の竹島上陸と天皇陛下への不敬な発言、オリンピックでの韓国男子サッカーでの愚かな行動で勢いづいていた韓国人は、当初、大統領の竹島上陸後、日本が「金融協力は維持する」と聞いてから余計にイケイケどんどんでしたが、藤村官房長官が通貨スワップを見直すような発言をしてから、トーンが落ちて、仕舞には上の記事のように「日本政府に必要なことは理性的な姿勢だ」、「韓国は金融'外国為替分野で相当な心理的萎縮が予想される」、「外交問題を外交で解決しないで経済問題にまで拡大すれば韓日関係が修復不可能」というように、いかに韓国という国が日本に経済依存していることを言いはじめ、日本なしでは国が滅びるような意気消沈した様子が行間に漂っています。
 
そして、日本政府は通貨スワップ見直しに続いて、韓国国債にも言及しはじめました。
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竹島問題、韓国国債購入への波及も焦点に
安住淳財務相は17日、金融危機に備えて通貨を交換し合う日韓通貨スワップ協定の見直しを「考慮している」と認めた。韓国の金融市場の安定を受けた判断だが、安住氏は竹島の領有権問題の影響も示唆。今後、日本政府による韓国国債の購入方針に波及する可能性もある。
次の焦点は韓国国債の購入だ。政府は5月の日中韓財務相・中央銀行総裁会議で、経済連携を高める目的から韓国国債の購入を表明した。ただ、昨年末に決めた中国国債の購入作業を優先し、現時点で韓国国債の手続きに入っていないようだ。
韓国国債の購入は外貨準備の運用先の多様化に加え、国債の保有を通じて韓国の経済・金融情勢をつかむ狙いもあった。韓国国債の購入の期限はなく、政府は事態の推移を見守るとみられる。日韓関係がさらにこじれれば、新たな措置に動く可能性もある。(2012.8.18 日経新聞)
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日本が通貨スワップ再検討と発言しただけで各国が韓国国債を売りに出し韓国の国債金利が上昇しました。日本が通貨スワップを破棄すると、韓国への国際的信用がガタ落ちになり、ウォンは紙くず同然になります。紙くずになる韓国国債などは購入せずに通貨スワップ協定を破棄して、韓国を破たん寸前に追い込み、首の皮1枚だけ残して置きながら、竹島をきれいにして返還させ、日本に対して捏造した歴史で迷惑をかけたことについて謝罪と撤回をさせて、日本とは混じり合うことのない異質でお調子者で感情剥き出しの民族を見切った福沢諭吉ら先人たちの言う通り、国交断絶も視野に入れるべきかもしれません。
 
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転載元転載元: さくらの花びらの「日本人よ、誇りを持とう」

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