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9月2日、日比谷公会堂で開かれたで北朝鮮に拉致された日本人の救出を求める「国民大集会」での横田早紀江さん(76)の訴えは、拉致事件に留まらず、多くの同胞が犠牲になった竹島問題、尖閣諸島問題、北方領土問題など、わが国の「国のかたち」の本質をつくものでした。
「私はいつ倒れてもいいんです。めぐみちゃんと再会し、ひとこと話してから死にたいと思っています」。そう前置きして早紀江さんは、次のように述べられました。
「(北朝鮮に)こんなにバカにされながら、なぜ怒らないのでしょうか。もっと怒ってください。“日本人の心”として怒って、この国をもっと“強い国”、“温かい心を持った国”にしてください」
もっと「強い国」、「温かい心を持った国」に・・・・めぐみさんはじめ、拉致された母親・肉親の、率直で、あまりに当然過ぎるこの訴えは、戦後日本を闊歩してきた“うわべだけの正義”を振りかざす政治家やメディアに対する悲痛な叫びでした。
筆者は、早紀江さんの訴えを聴きながら、胸が熱くなり、同時に、北朝鮮によって1978年に引き起こされた「レバノン女性拉致事件」を思い出しました。
自国の同胞女性4人を北朝鮮に拉致されたレバノンが北朝鮮に対して「国交断絶」を宣言し、「もし帰さなければ、武力行使を辞さない」という強硬姿勢、あらゆる外交ルートの努力によって、事件発覚後1年以内に全員を取り戻した事件です。
筆者が、この事件を思いだしたのは、早紀江さんが、「もっと強い国」そして「温かい心を持った国」にして欲しいという、子を持つ母親・肉親としてだけでなく、一国民としての率直な思いが滲み出ているからです。
レバノンは、拉致された女性のために「戦争も辞さず」という毅然とした姿勢を示し、被害者を取り戻しました。しかしわが国はどうでしょうか?。
いくら拉致事件が明らかになっても、日本が国家として毅然とした姿勢を示したことは、一度もななく、早紀江さんが言うように、日本が真の意味で「温かい心」を持たない国だからでしょう。
早紀江さんの言葉を裏返せば、日本という国は、「弱い国」であり、「心の冷たい国」だということになります。まさに、その通りです。戦後日本は、一人の国民の苦悩や哀しみを感じ取ることができない、「冷たい国」となりさがってしまったのです。
拙ブログの拙稿「、国民を護るということ 」でも記事としていますが、かってのわが国は、同胞数人の命の為にでも、大国との戦争をも辞さずとの「強い国」「温かい国」でした。
筆者は、現代日本は「偽善国家」であると思っている。一部の政治家やメディアに操られ、国民の生命・財産を守れないばかりか、国家として当たり前のことを主張できない情けない国に成り果てています。
筆者は、事態がここに至るまでの多くの政治家や政党の言動を思いだすのです。
北朝鮮の拉致問題で“奪還”を訴えつづける肉親の切なる思いをよそに、「人権尊重」を訴えてやまなかった当時の土井たか子・社会党委員長は、テレビで「拉致問題、拉致問題と言いますが、先方が拉致なんかないって言っているんだからないんです」と発言、否定しました。
自民党も似たようなものでした。拉致被害者の家族会が北朝鮮へのコメ支援を「やめてくれ」といくら懇願しても、当時の加藤紘一・自民党幹事長はこれを推進し、ついに北朝鮮への50万トンという気の遠くなるような量のコメ支援を実現させた。
それを推進したのは、加藤氏が私設秘書として使っていた「吉田猛」なる人物でした。この人物が北朝鮮の工作員であることを知らない加藤氏は、まんまとその計略に嵌まっていたのである。
自国の国民を取り戻すという当たり前の責務を放棄し、コメの供与を「人道支援」と称しておこない、結果的に金正日政権を存続させた日本の政治家。主権侵害を糺(ただ)し、国民を取り戻すという気概が全くない政治家と、それを支援するメディアの存在によって、わが国は早紀江さんの言うように「怒らない国」となり、「冷たい国」になってしまったのです。
現在、北朝鮮の食糧事情は“極限”を超えている。今回のわが国への接触は、北朝鮮のわが国に対する食糧支援要請の悲鳴のようなものです。わが国は、ここで毅然たる姿勢を貫かなければなりません。この状況だからこそ、今、拉致被害者を「取り戻さなければならない」のです。
いま日本は、一部の朝鮮総連幹部に限って、日本への「再入国」を禁止していますが、在日朝鮮人の北朝鮮への渡航に対して「再入国」を許可しないことである。、一般の在日朝鮮人は、その対象となっていない。そのため、日本からの北朝鮮へのカネの流れをせき止めることができないまま現在に至っている。いわば強制送還に近い状態にすることです。
これを完全に実施することができれば、近い将来、必ず北朝鮮の財政は「破綻」します。言うまでもなく北朝鮮にとって、それだけはどうしても避けなければならない事でしょう。
しかし、必ず反日勢力に牛耳られた“親北朝鮮”のメディアや政治家によって「それは人道的に許せない」という非難が巻き起こるは想定できます。
過去に繰り返されてきたのと同様、“うわべだけの正義”を振りかざすメディアや政治家が、そう声高に叫ぶだろう。しかし、国民は冷静に見極めるべきです。どの政治家が、またどのメディアが「人道」という名のもとに、実は「本当の人権」をいかに蔑ろにしているかということを。
早紀江さんが悲痛な思いで叫んだ「この国をもっと“強い国”に、“温かい心を持った国”にしてください」という意味を、今こそ日本国民は噛みしめ、その障害となっている政治家やメディアの「正体」を見極めるのです。
拉致事件、竹島問題、北方領土、尖閣問題、すべて根っこは同じです。
偽善を廃し、同胞を思い、かっての道義国家にわが国が戻ることができるかどうか。それは、9月2日の横田早紀江さんの痛烈で、母の叫びでもあり、憂国発言ともとれる「メッセージ」をわれわれ国民がどう受け止めるか、にかかっているのではないだろうか。
大東亜戦争末期、卑劣な「ソ連」によって北方領土を追われた方々、横田早紀江さんらも高齢であり一刻の猶予もありません。
そして領土問題において、心ならずも犠牲となられた御霊の為にも、声を大にして叫ばねばなりません。
日本人であるならば・・・・
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2012年09月09日
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昔の我国には、五つの節句がありました。この節句という行事が、季節の節目の身の汚れを祓う大切なものでした。
人日(じんじつ) → 1月7日「七草がゆ」 上巳(じょうし) → 3月3日「桃の節句」 端午(たんご) → 5月5日「端午の節句」 七夕(たなばた) → 7月7日「七夕祭り」 重陽(ちょうよう) → 9月9日「菊の節句」 今日、9月9日は菊に無病・長寿を祈る日です。
重陽(ちょうよう)は、五節句の一つで、9月9日のことで、旧暦では菊が咲く季節であることから菊の節句とも呼ばれていました。
陰陽思想では、陽(奇数)が重なる日そして、奇数の中でも一番大きな数字という意味で重陽といわれています。日本では奈良時代から宮中や寺院で菊を観賞する宴が行われています
古代中国では、「翁草〔おきなくさ〕」「千代見草〔ちよみくさ〕」「齢草〔よわいくさ〕」と菊は呼ばれ、邪気を祓い長生きする効能があると信じられていました。
日本では、8日の夜に菊に綿をかぶせ、9日に露で湿ったその綿で体を拭いて長寿を祈っていました。また、菊に関する歌合わせや菊を鑑賞する宴が催されていたそうですが、現在は寺社などでの行事として行われています。
平安時代以前は、農山村や庶民の間で秋の田畑の収穫が行われる時期に「栗の節句」とも呼ばれて栗ご飯などで節句を祝いました。
菊の花を浸した「菊酒」を飲み交わし、茱萸(しゅゆ=ぐみの実のこと)を掛けて邪気を祓う菊花の宴が催されるようになり、また、菊に関する歌合せや、「菊合わせ」という現代で言う菊のコンクールが盛んに行われるようになりました。
現在でも、菊のコンクールや鑑賞を行う慣習は、「菊合わせ」を淵源としています。 京都の上賀茂神社では、無病息災を祈る重陽の節会が現在でも行われています。 境内細殿前の土俵の左右から、弓矢を手にした二人の刀弥〔とね〕が横とびしながら2つの立砂の前へと現れ、「カーカーカー」「コーコーコー」と烏の鳴きまねをした後、近所の子供が相撲を行う烏相撲〔からすすもう〕や、「菊の被綿〔きせわた〕」の神事がとりおこなわれます。
日本人は、日本古来よりの伝統・風習を伝承し、お国柄を大事にしたいものです。
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