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新年祝賀の儀 天皇陛下、皇后陛下 御尊影=1日午前、宮城・宮殿「松の間」
君が代
謹んでお伝え致します。 畏きあたりにおかせられましては、宮城・宮殿におかれましては元日午前、朝から新年の祝賀行事が行われ、皇族方や臣民から祝賀をお受けあそばされました。
午前中には首相や衆参両院の議員、認証官、知事ら立法・行政・司法各機関の要人と配偶者らを対象とした「新年祝賀の儀」が4回に分けて行われ、両陛下と皇族方が計470人から祝賀を受けあそばされた。
畏くも天皇陛下は衆参両院の議員らに対し、「新しい年をともに祝うことをまことに喜ばしく思います」と叡慮を賜りました。
新年祝賀の儀には、昨年成年皇族におなりあそばされた秋篠宮文仁親王殿下のご長女、眞子内親王殿下も初めて臨みあそばされ。
また、畏くも天皇陛下におかせられましてはこれに先立ち、午前5時半からお住まいの御所で「四方拝」を行いあそばされた。
四方拝は伊勢神宮や四方の神々などを遙拝する祭祀で、例年宮中三殿の近くにある神嘉殿で行いあそばされてきましたが、昨年11月のご不例あそばされたことなどを勘案して御所での祭祀となりました。
一般参賀が2日、宮城(皇居)で行われます。
畏くも天皇陛下、皇后陛下と皇族方は午前10時10分ごろ▽同11時ごろ▽同11時50分ごろ▽午後1時半ごろ▽同2時20分ごろの計5回、宮殿・長和殿のベランダにおでましあそばされ、奉賀に参集した臣民の参賀に応じあそばされます。
臣民(参賀者)は午前9時半から午後2時10分までに皇居・正門(二重橋)から入場する。
新年に当たり、宮内庁は畏くも天皇陛下、皇后陛下が平成23年に詠まれた御製・御歌のうち、計8首を発表しました。
【天皇陛下御製】(5首)
《東日本大震災の津波の映像を見て》
黒き水うねり広がり進み行く仙台平野をいたみつつ見る
《東日本大震災の被災者を見舞ひて》
大いなるまがのいたみに耐へて生くる人の言葉に心打たるる
《東日本大震災後相馬市を訪れて》
津波寄すと雄々しくも沖に出でし船もどりきてもやふ姿うれしき
《共に喜寿を迎へて》
五(い)十(そ)余(よ)年(とせ)吾(あ)を支へ来し我が妹(いも)も七十七(ななとせなな)の歳迎へたり
《仮設住宅の人々を思ひて》
被災地に寒き日のまた巡り来ぬ心にかかる仮住まひの人
【皇后陛下御歌】(3首)
《手紙》
「生きてるといいねママお元気ですか」文(ふみ)に項(うな)傾(かぶ)し幼な児眠る
《海》
何事もあらざりしごと海のあり かの大波は何にてありし
《この年の春》
草むらに白き十字の花咲きて罪なく人の死にし春逝(ゆ)く
いつの時代も我々臣民は陛下の大御心に護られているのです。 諸外国の王室のように、征服者の禅譲・殺掠による君主ではなく、肇国以前の神話の時代より、皇祖天照大御神(あまてらすおおみかみ)の神勅をご歴代の天皇陛下が一系で引継いでこられた比肩するもののない尊い存在であられるのです。 そして、我国の歴史、文化はすべて皇室を淵源としています。 そして、我々の祖先は皇室を崇め、ともに歩んできたのも紛れもない事実です。 先帝陛下は、66年前の今日、大東亜戦争直後の昭和21年1月1日、「国運振興の詔書」を発しておられます。 茲ニ新年ヲ迎フ。顧ミレバ明治天皇明治ノ初国是トシテ五箇条ノ御誓文ヲ下シ給ヘリ。曰ク、 <現代語訳>
『ここに新年を迎える。ふりかえれば、明治天皇は明治のはじめにあたって、国の基本方針として「五箇条の御誓文」を、おさずけくださった。それは、 一、広く会議を開き、あらゆることについて公の議論の場で決定すべし。 一、上の者も下の者も互いに一致協力して、国家秩序を盛んにすべし。 一、役人・軍人から庶民にいたるまで、だれもがその志をまっとうし、途中であきらめたり怠けたりしないよう計るべし。 一、過去のあやまった風習や弊害をやめ、なにごとも天地の道理にのっとるべし。 一、新しい智恵や知識を世界じゅうに求め、大いに天皇国家をふるいたたせるべし。 明治天皇の叡智にあふれた御旨は、この五箇条の御誓文にすべて集約されており、この上、付け加えるべきものはなにもない。余はここに、改めて五箇条の御誓文をもって、国の運気を開きたい。すべてはこの御誓文の御趣旨にのっとって、旧来の弊害を去り、国民の意欲を高め、官民協力して平和主義に徹し、教養も豊かな文化を築き、国民生活の向上をはかり新しい日本を建設すべし。 わが国の大小を問わない都市がこうむった戦争の災禍、罹災民の苦難、産業の停止と頓挫、食糧の不足、失業者の増加などのありようは、まことに余の心を痛ませるものがある。しかし、その一方、わが国民が現在の試練に直面しながらも、徹頭徹尾、平和な文明を求める決意を固くし、国民どうしの結束をまっとうすれば、わが国のみならず、全人類のためにも、輝かしい前途が開けることを疑わない。 わが国民においては、家庭と国家を愛する心が、ことに熱烈である。今まさに、その精神を拡大充実させ、人類愛の完成に向けて、献身的な努力をすべき時である。 余が思うに、これまで長きにわたった戦争に敗れた結果、わが国民はややもすれば絶望感にかられ、失意の底に沈んでしまう傾向がある。言動がしばらく過激に流れるようになり、道義に従う心もいちぢるしく衰え、そのために思想の混乱の兆候が見られるのには、まことに深い憂慮の念を覚えずにはいられない。 しかし、余は汝ら国民とともにある。常に利害を同じくし、喜びも悲しみもわかちあいたい。余と汝ら国民との間の絆は、いつも相互の信頼と敬愛とによって結ばれ、単なる神話と伝説を根拠に生まれたものではない。天皇をもって現人神とし、また日本国民が他民族より優れており、そのゆえに世界を支配すべき使命をもつといった架空の観念によって生まれた絆でもない。 余の政府は、国民の試練と苦難とをやわらげるため、あらゆる政策と国家経営に万全の手段を講ずるべきである。同時に余は、現在の苦難にあたってわが国民が奮起し、当面の困窮を克服するため、また産業と文化の振興のため、勇気をもって進むことを心より願う。 わが国民が、その実生活において団結し、互いによりそい助けあい、寛容をもって相手を許すという気風を高めるならば、わが国の至高の伝統に恥じることのない、日本民族の真価を発揮するに至るだろう。このように考えるのは、実にわが国民が、人類の福祉と向上のため、絶大なる貢献を爲すであろうことを疑わないからである。 一年の計は年頭にある。余は、余の信頼する国民が、余と心をひとつにして、みずから奮い、みずから励まし、もって以上の大業を成就することを、心より願うものである。』 平成の国難と言われる東日本大震災、畏くも今上陛下におかせられましても、先帝陛下と同じ叡慮であらせられます。 我々臣民は陛下の大御心に応え、被災地の復興・美しい国日本の復興を成し遂げねばなりません。 皇尊 彌榮 彌榮 彌榮
日本國民(やまと民族)は皇室と共に・・・・
天皇陛下、皇后陛下 萬歳 萬歳 萬歳
畏くも天皇陛下、皇后陛下、皇族方におかせられましては、いつまでもお健やかにと願ってやみません。
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2012年01月01日
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天皇陛下は元日の日が昇る前に、四方拝と呼ばれる祭祀を野外で行われます。
年頭にあたって神々に日本の安寧と世界の平和を祈られる祭儀です。
昭和20年、戦争最後の年、この年の四方拝は空襲を恐れて宮中三殿ではなく、吹上御苑の御文庫(おぶんこ:大本営防空壕)の前庭に置いて催されました。
陛下は御文庫の風呂場で潔斎(けっさい:神事の前に沐浴し、身を清めること)を済まされました。そして四方拝を行われるために午前5時に御文庫を出られましたが、その10分後に空襲警報が発せられ、一旦中へ戻られ、皇后陛下とともに地下二階にある防空室へ降りられました。
陛下は防空室で壁時計をご覧になり、「今に夜が明けてしまう」と繰り返し言われて心配されていました。陛下にとって祭祀は重大時でありました。何としても祭祀を行わなければならなかったのです。
B29が江戸川に投弾し、火災が起こって夜空を赤く染めました。
陛下は空襲警報が解除されると、5時40分に軍装のまま、御文庫から出御(しゅつぎょ)されました。
気温は零下1度まで落ちていました。
この時の四方拝は灯火管制のため左右から侍従が脂燭(しそく:たいまつ)を掲げて陛下のお足下を照らすことも、庭を照らす炎もありません。黒い覆いをかけた懐中電灯が唯一の光でした。
天皇陛下は屏風の中に入られると、皇大神宮の方角を向かれ、立礼をされ、次に座礼をされ、もう一度立たれてお辞儀をされ、また座って平伏をなされました。これは両段再拝というものです。
陛下は北西の方角に対しても両段再拝され、皇大神宮、豊受大神宮、四方の天地地祇(てんちちぎ)、天皇陵などを拝まれました。陛下が四方拝を無事に終わられるまで、敵機が来襲することなく、中断されずに行われました。
天皇陛下が野外で四方拝を行っていらっしゃる時、他の皇族方は何をなさっているのか。
高松宮宣仁親王殿下はこう言われたと言います。
「お上が寒い野外で、薄い装束をお着けになって、お祭りをなさっているのに、まさか寝床にいるわけにはいかないでしょう。宮内庁から電話で、お上がお祭りを終えたという連絡があるまで、妃殿下と居間に入って、窓や戸を外気がそのまま入るように明け放って、ひたすら身を慎んで待っています。他の皇族方も皆、そのようにされているはずです」
天皇陛下が日の出前の野外の暗く寒い中で、世界の幸せを祈って祭礼される。
皇族方は居間の窓や戸を開け放ち、終えられるのを身を慎んで待たれる。
元首が元日の夜明け前に野外で平和を祈る祭儀を行い、そのあいだ、一族がひたすら身を慎んでいる国は、世界の中でも日本の他にはないことでありましょう。
(四方拝御図)
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皇紀二千六百七十壱年 天長節 天皇陛下、皇后陛下 御尊影
君が代 昨年は春には東日本大震災が起こり,夏から秋にかけては各地で大雨による災害が起こり,多くの人命が失われ,実に痛ましいことでした。また,原発事 故によってもたらされた放射能汚染のために,これまで生活していた地域から離れて暮さなければならない人々の無念の気持ちも深く察せられます。昨年は誠に 心の重い年でした。そのような状況の中で,皆が互いに助け合い,また多くの人々が被災者の支援に力を尽くしていることを心強く思っています。 奉賀 皇紀二千六百七拾弍年 皇尊 彌榮 彌榮 彌榮
日本國民(やまと民族)は皇室と共に・・・・
天皇陛下、皇后陛下 萬歳 萬歳 萬歳
畏くも天皇陛下、皇后陛下、皇族方におかせられましては、いつまでもお健やかにと願ってやみません。
一月一日 / 祝日大祭日唱歌八曲 1、 年のはじめの ためしとて 終わりなき世の めでたさを 松竹たてて 門ごとに 祝う今日こそ たのしけれ 2、初日のひかり さしいでて 四方にかがやく けさの空 君がみかげに たぐえつつ あおぎ見るこそ とうとけれ 発表当時二番の詞は「初日のひかり明らけく治まる御代の今朝の今朝の空」でしたが、大正2年に現在のように改められました。
たぐえつつ=あわせ、ひき比べながら。 文部省告示第三号として明治26年8月12日に公布された「小学校祝日大祭日歌詞並楽譜」のうちの一つです。 初日(はつひ)のひかり あきらけく。 治(をさ)まる御代(みよ)の 今朝(けさ)のそら。 君(きみ)がみかげに 比(たぐ)へつゝ。 仰(あふ)ぎ見(み)るこそ たふとけれ。 |
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