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剣道袴
剣道袴には、前に五本の襞(ひだ)があります。 剣道をされた方々はご存知だと思いますが、これは「五倫五常」の道を諭したものとされています。五倫五常の道とは、 五つの基本的な人間関係を規律する五つの徳目 君臣の義・・・君臣は 義 を重んじ 父子の親・・・父子は 親 しみ 夫婦の別・・・夫婦は 別(分け合い) 長幼の序・・・長幼は 序 を守り 朋友の信・・・朋友は 信 じあうこと 五常とは、人が常に守るべき五つの徳目 「仁」・・・仁義・真実・まこと・誠意 「義」・・・正しいすじみち・義理・すじ 「礼」・・・礼儀 「智」・・・知恵・知恵・認識 「信」・・・信義・誠・確信・信ずる また、後ろの一本の襞(ひだ)は男子として二心のない誠の道を示したものです。 五倫五常の教えを理解し、厳しい修行を重ね、自然に礼儀作法が身につけ、高い精神的境地にまで至ったのが「武士」であり、「武士道」です。 拙稿、武士道とは(上)でも述べましたが、武士道は、わが国固有の思想であり、日本人の精神的特徴がよく表れています。わが国は古来、敬神崇祖、忠孝一本のお国柄です。そこに形成されたのが、親子一体、夫婦一体、国家と国民が一体の日本の精神です。日本の精神の特徴は、武士道において、皇室への尊崇、主君への忠誠、親や先祖への孝養、家族や一族の団結などとして表れています。そして、勇気、仁愛、礼節、誠実、克己等の徳性は、武士という階級を通じて、見事に開花しました。 しかし、明治維新によって近代化が進められていくに従い身分としての武士の消滅とともに武士道が廃れ始めました。 その時代に、武士道について、書物をまとめ、世界に紹介した人物がいます。それが、五千円札の肖像ともなっている新渡戸稲造氏(にとべ・いなぞう)です。 新渡戸氏が著書『武士道』を書くきっかけとなったのは、ベルギーの学者に日本のことを質問されことに始まります。 「あなたがたの学校では宗教教育というものがないというのですか」。新渡戸氏は返答に困りました。 教授は驚いて聞きました。「宗教がないとは! いったいあなたがたは、どのようにして子孫に道徳教育を授けるのですか」。と・・ キリスト教が文明の基礎となっている欧州では、道徳は宗教を元にしたものであり、宗教なしに道徳教育など考えられないのです。しかし、日本にはそれに代わるものがある、それは武士道だと新渡戸氏は思い至りました。そして明治32年、英文で『武士道』を書きました。原題は、“Bushido, the Soul of Japan”、つまり『武士道――日本の魂』だと・・
新渡戸氏は、本書で武士道こそ日本人の道徳の基礎にあるものだということを、欧米人に知らしめたのです。
新渡戸氏は武士の子でした。幕末の文久2年盛岡藩士(現岩手県盛岡市の家に生まれ、武家の家庭教育を受け、海外に出て活躍した国際的日本人でした。
名著『武士道』で新渡戸氏は、武士道を詳細に綴っています。まず新渡戸氏は、「武士道は、日本の象徴である桜花にまさるとも劣らない、日本の土壌に固有の華である」と説き起こし、武士道の淵源・特質、民衆への感化を考察しています。武士道とは、いろいろな徳から成っています。
以下、各項目から、内容の一部を抜粋します。
武士道の渕源」から 「武士道は『論語読みの論語知らず』的種類の知識を軽んじ、知識それ自体を求むべきで無く叡知獲得の手段として求むべきとし実践窮行、知行合一を重視した」
※「義」から・・「義は武士の掟の中で最も厳格なる教訓である。武士にとりて卑劣なる行動、曲がりたる振舞程忌むべきものはない」
※「勇、敢爲堅忍の精神」から・・「勇気は義の為に行われるのでなければ、徳の中に数えられるに殆ど値しない。孔子曰く『義を見てなさざるは勇なきなり』と」
※「仁、即惻隠(そくいん)の心」から・・「弱者、劣者、敗者に対する仁は、特に武士に適しき徳として賞賛せられた」
※「礼」から・・「作法の慇懃鄭重(いんぎんていちょう)は、日本人の著しき特性にして、他人の感情に対する同情的思い遣(や)りの外に表れた者である。それは又、正当なる事物に対する正当なる尊敬を、従って、社会的地位に対する正当なる尊敬を意味する」
※「誠」から・・・「信実と誠実となくしては、礼儀は茶番であり芝居である。…『武士の一言』と言えば、その言の真実性に対する十分なる保障であった。『武士に二言はなし』二言、即ち二枚舌をば、死によって償いたる多くの物語が伝わっている」
※「名誉」から・・・「名誉の感覚は、人格の尊厳ならびに価値の明白なる自覚を含む。… 廉恥心は、少年の教育において、養成せられるべき最初の徳の一つであった。『笑われるぞ』『体面を汚すぞ』『恥づかしくないのか』等は非を犯せる少年に対して正しき行動を促す為の最後の訴えであった」
※「忠義」から・・・「シナでは、儒教が親に対する服従を以って、人間第一の義務となしたのに対し日本では、忠が第一に置かれた」
※「武士の教育及び訓練」から・・・「武士の教育に於いて守るべき第一の点は、品性を建つるにあり。思慮、知識、弁論等、知的才能は重んぜられなかった。武士道の骨組みを支えた鼎足は、知・仁・勇であると称せられた」
※「克己」から・・・「克己の理想とする処は、心を平らかならしむるにあり」
以上のように、武士道は多くの徳によって成り立っており、高い精神性をもつものだったことを、新渡戸氏は説いています。
そしてそれが武士だけでなく、日本人全体の道徳の基礎となっていることを新渡戸氏は述べています。 当時、日本は明治維新を成し遂げ、アジアで初めての近代国家として、国際社会で注目されていました。しかし、当時欧米では日本人の精神面・道徳性についてはほとんど知られていませんでした。そうした欧米の知識人に向けて、新渡戸氏は、武士道こそが「日本の活動精神、推進力」であり、「新しい日本を形成する力」であることを伝えようとしました。そして、次のように書いています。 「維新回天の嵐と渦の中で、日本という船の舵取りをした偉大な指導者たちは、武士道以外の道徳的教訓をまったく知ることのない人であった。近代日本を建設した人々の生い立ちをひもといてみるとよい。伊藤、大隅、板垣ら現存している人々の回想録はいうまでもなく、佐久間、西郷、大久保、木戸らが人となった跡をたどってみよ。彼が考え、築き上げてきたことは、一に武士道が原動力となっていることがわかるだろう」と。力説されています。 それと同時にこの明治維新によって、社会的な階級としての武士は消滅したことも記しています。西洋文明や科学技術の導入によって、日本は新しい国に大きく生まれ変わりつつありました。しかし、新渡戸氏は、武士道は不滅であり、必ずや新たな形で生き続けることを確信していました。 「武士道は一つの独立した道徳の掟としては消滅するかもしれない。しかしその力はこの地上から消え去ることはない。その武勇と文徳の教訓は解体されるかもしれない。しかしその光と栄誉はその廃虚を超えて蘇生するにちがいない。あの象徴たる桜の花のように、四方の風に吹かれたあと、人生を豊かにする芳香を運んで人間を祝福し続けるだろう。何世代か後に、武士道の習慣が葬り去られ、その名が忘れ去られるときが来るとしても、『路辺に立ちて眺めやれば』、その香りは遠く離れた、見えない丘から漂ってくることだろう」と新渡戸氏は書いています。 現代日本では、武士道に現れたような道徳心は廃り、日本人から香り高い精神性は、消えうせたかに思われます。 武士道は、「日本の象徴である桜花にまさるとも劣らない、日本の土壌に固有の華」と新渡戸氏は述べ、説いています。
武士道の精神を忘れ去ってしまったならば、日本人は精神的に劣化していくばかりでしょう。
21世紀において、日本が大転換の時を迎えている今、現世の我々は、新渡戸氏の言葉に耳を傾け、武士道に現れた精神的伝統を取り戻すべき時に立っていると思います。
四民平等・廃藩置県等の政策が断行され、武士階級の消滅とともに、それまでの武士道そのものは担い手がなくなりました。しかし、近代国家建設を進める過程で、武士の道徳は全国民のものになり、国民皆兵によって、それまでは武士だけのものだった「武」の役割が、国民に広く共有されました。国を護る、主君を護るという意識が普及し、武士道が国民の道徳となりました。これらは教育勅語や軍人勅諭に顕著に表れています。 大東亜戦争後、日本は連合国によって軍事的に武装解除され、さらにGHQの占領政策によって、精神的にも武装解除がされました。 GHQは武士道に関する書籍や映画等を禁じ、西郷南洲翁に関する本すら出版できなかったのです。 占領にともない、国民には国防の義務がなくなり、国防の意識すら奪われました。私は、こうして占領期から本格的に武士道の精神が失われ出し、戦後の占領憲法と日教組教育の下で、ますます失われています。 日本や日本的なものを守るという意識そのものが低下し、日本人は、北方領土、竹島、尖閣等の領土を侵されても鈍感になり、自国の文化を奪われても抗議すらできないような、無抵抗・無気力の状態になり下がっていると思います。武士道を失った日本人は、アメリカ・中国・韓国等の圧力に対して、自己を保つことすらできないで、右往左往しています。こうした状態が続けば、日本は亡国に陥り、日本人は荒海を漂流するに至るでしょう。 武士道精神の復活を実現するには、「精神の形」だけでなく、「この国の形」を論じる必要があります。 投稿文字数に限りがありますので、次回続きを述べてみたいと思います。 続く・・・ |
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2012年01月19日
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