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日本よい国、きよい国。 世界に一つの神の国。
降り積もる深雪(みゆき)に耐えて色変えぬ 松ぞ雄々しき人もかくあれ

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                (日章旗を振るフィリピン・バンバン村の子供たちが)
 
 
SAPIO(小学館) 20001220日号「日本軍−もうひとつの真実 ジャーナリスト井上和彦氏」より掲載いたします。
・・・・・・・
 
平成121025日、
フィリピンではパンパンガ州マバラカットをメインに、タルラック州バンバン、同州カパスの3か所で「神風特別攻撃隊」をはじめ戦没者の慰霊祭が挙行された。
私はその3か所すべてを1日で回って歩いたのだが、フィリビンの子供達が会場を去る我々日本人訪問団に日章旗を振ってくれたのは、そのうちのバンバン村でのことだった。
東南アジアの国々から、常に戦争の責任を追及されていると思い込んでいる我々日本人にしてみれぱ、かなり意外で嬉しいハブニングであった・・・。
 
昭和191025日、関行男大尉の率いる神風特別攻撃隊「敷島隊」の5機は、フィリピン・ルソン島西部のマバラカット飛行場から出撃しレイテ湾のアメリカ艦隊に突入していったのである。
この特攻攻撃を皮切りに、終戦までに陸海軍合わせて3375機の特攻機が出撃し、4279名の命が散った。もっとも、特攻攻撃を受けて沈没・損傷した連合軍艦艇は350余隻を数え、連合軍将兵を震えあがらせた。
 
こうした神風特攻隊も戦後の日本では”戦争の悲劇”の代名詞としてしか語られていない。
ところが、”カミカゼ”を生んだフィリピンではその捉え方がまったく違っていた・・・。
式典に参列したダニエル・H・ディゾン画伯は静かに語る。
「いまから35年前に私は神風特攻隊の本を読みました。涙がとまらなかった。こんな勇気や忠誠心をそれまで聞いたことがなかったからです。同じアジア人として、このような英雄がマバラカットと私の町アンヘレスで誕生したことを”誇り”に思っています」
 
ディゾン画伯は、「関行男大尉」を見つめて再び語りはじめた。
「私は、ヨーロッパ・アメリカ・中国・フィリピンの歴史観を様々な角度から検証してみました。その結果、なぜ日本が立ちあがり、戦争に打って出たのかがよくわかったのです。そして日本が、欧米列強の植民地支配に甘んじていたアジア諸国を叱責した理申も理解できたのです。
当時、白人は有色人種を見下していました。これに対して日本は、世界のあらゆる人種が平等であるべきだとして戦争に突入していったのです。神風特別攻撃隊は、そうした白人の横暴に対する力による最後の”抵抗”だったといえましょう。 神風特攻隊をはじめ、先の大戦で亡くなった多くの日本軍人をどうか敬っていただきたい。これは私から日本の若者たちへのメッセージです・・・」
 
東南アジア諸国の中でも「反日的」と思われがちなフィリピンで、こんな考えを持つ人物に出会うとは思わなかった。さらに、私にはディゾン画伯の、「私達フィリピン人は白人支配の犠牲者ですょ」という言葉が耳について離れない。
 
この”疑問符”を取り払ってくれたのは、地元通訳のマリオ・ピネダ氏の証言だった。
「かつて日本の統治を受けた台湾や韓国を見てください。立派に経済的な繁栄を遂げているでしょう。
これは日本が統治下で施した”教育”の成果です。・・・・ですが、アメリカの統治を受けたフィリピンでは、自分たちでモノを作ることを学ばせてもらえなかった。人々は鉛筆すら作ることができなかったのですよ。アメリカが自分達の作ったものを一方的にフィリピンに売りつけてきたからでした」
 
これまでフィリピンが親米反日的と思われてきたのは、大東亜戦争でこの地が日米両軍の決戦場となったからにほかならない。日本軍はこの地で約50万人(全戦没者の約4分の1)の将兵を失ったが、戦場となったフィリピンの人々は一般市民を含む180万人が犠牲となった。
ところが、こうしたフィリピン人犠牲者の多くはアメリカ軍の無差別爆撃や艦砲射撃によるものだったのである。むろん、この事実を地元の人々が知らないわけがない。
 
日本人にとってのこうした初耳は数え上げれば枚挙にいとまがない。
たとえば米比軍捕虜を約60kmにわたり歩かせたという「バターン死の行進」。これは一般に日本の蛮行といわれている。 だが、ある地元民は私にこう語った。
「実は日本軍は米比軍捕虜をサンフェルナンドからカパスまで汽車で護送しています。捕虜達を虐待するために歩かせたように言われるがそんなことはない」
 
同じ1025日、タルラック州バンバン村でも神風特攻隊の慰霊祭が行なわれた。
この村でも地元住民は村を挙げて日本の慰霊囲を歓迎した。
そして、帰路につこうとする我々を子供達は「日の丸」の小旗をちぎれんばかりに打ち振って見送ってくれたのである。日本人参列者はこの光景に胸を詰まらせていた。頬を濡らす者もいた。
子供達の「日の丸」行進はどこまでも続いた。
式典に参加した地元サン・ロック高校の女子学生達は声を揃える。Brave!」(勇敢)
その中の一人が続けた。
「フィリビンにも”英雄”はたくさんいます。ですから私達も神風特攻隊という日本の”英雄”をたいへん尊敬しています」
引率の男性教師は、
「こうした歴史教育を通して、子供達に国を守ることの大切さを知ってほしいのです」と話る。
私は学生達にもう一度訊いた。
「君達は、カミカゼのパイロットを尊敬しているのですね」
屈託のない笑顔で皆は答えた。「もちろんです。 だってあの人達はヒーローですもの」 ・・・ 
 
 
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                        ディゾン画伯の描いた敷島隊五名の肖像画(カミカゼ博物館)
・・・・・・
 
 
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転載元転載元: さくらの花びらの「日本人よ、誇りを持とう」

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