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日本よい国、きよい国。 世界に一つの神の国。
降り積もる深雪(みゆき)に耐えて色変えぬ 松ぞ雄々しき人もかくあれ

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「敗北主義」の蔓延

 
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歴史学者であり、高知大学名誉教授、新しい歴史教科書をつくる会副会長であります福地惇先生の貴重な小論文を掲載いたします。
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なぜ「大東亜戦争」と呼称すべきなのか
 
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高知大学名誉教授 福地惇
 
連合国軍総司令部は昭和201215日、日本政府に対し、国家神道の禁止と政教分離の徹底を支持する覚書を出すが(神道指令)、その中で「大東亜戦争」という言葉の使用を禁じた。
「大東亜戦争」の呼称は昭和161212日の閣議で、「今次対英米戦を支那事変をも含め大東亜戦争と呼称す」と決定したことによる。いわば日本にとって戦争の大義を示した言葉である。
米国がそれを否定し、「太平洋戦争」と呼称することを命じたのは、あの戦争が文明と人道に対し野蛮な挑戦をした日本を懲らしめ、平和と民主主義を願う文明・正義の戦争だったというアメリカにとって都合のよい認識を日本国民に刷りこもうと意図したからである。
 
そもそも戦争とは当時国双方が互いに妥協不能の政治的、軍事的、経済的な対立に立ち至った時に発生する。だから当然、双方に言い分も理屈も正義もある。 どちらも根本には国威、国益を擁護・拡大したいという国家の本能が盤踞するが、一方が邪悪で不義、他方は善で正義だということはあり得ない。
大東亜戦争の真実は、我が国側からすれば、国家の大義と国益を死守するための「防衛戦争」であった。「開戦の詔書」はそれを表明している。だからこそ私は「大東亜戦争」と呼ぶ。
 
日本は連合国を向こうに回して勇猛果敢に戦った。 ルーズベルトは日本の「無条件降伏」を望んだが、日本圧服を目前にした19454月に病没。後任大統領トルーマンは、本土決戦で予想される双方の甚大な人的・物的被害や大戦後の国際政治を勘考する現実主義の国務長官代理グルーや陸軍長官スチムソン、英国首相チャーチルら堅実な政治家との合意の上で、日本に国家存続の最低条件を突き付けて降伏させる形での終戦をめざした。「ポツダム宣言」がそれである。
 
我が国政府はポツダム宣言が「國體」が護持されると確認した上で降伏し、同宣言の条件による連合国軍の軍事占領管理に国家の命運を委ねた。占領支配に直面した我が国にとって必要だったのは、ポツダム宣言の誓約を超えた占領政策には巧妙に抵抗し、面従腹背しながら政策の内実を空洞化するなど「講和後を見据えた我慢強い被占領側の政治」であったろう。それが出来なかったことは、それまで対外戦争の大敗北を経験したことのなかった我が国の弱点だった。
この弱点ゆえに、占領政治推進のためにねつ造された太平洋戦争史観を鵜呑みしてしまい、「無条件降伏」したのだからという諦念のもとに専制権力たる占領軍政府に迎合した日本政府は、国家体制変造に抵抗できなかったばかりか、「敗北主義」の蔓延を阻止しなかった。
 
小泉首相の解放感謝(2003年に訪米した小泉首相はブッシュ大統領との会談で、日本の占領統治について日本を解放してくれて有難うと感謝した)の談話は何を意味しているか。 民族の弱点に付け込んで醸成された「敗戦国体制」と、それを支える「敗北主義」的な意識、この占領政治の呪縛が半世紀以上経ってもなお日本を重く拘束し続ける魔物であることに、我々は改めて思い起こさねばなるまい。
・・・・・・・
 
戦前、日本では「太平洋戦争」「日中戦争」などという言葉はなく、「大東亜戦争」「支那事変」でありました。 確かに一時占領中はそういう呼び方を強制されていたのでやむを得ませんが、それを戦後六十数余年、今でも正しいと思い込んで使い続けているところに日本人の魂が抜かれた姿があるのです。
東京裁判、そして日本国憲法の「自由」「平等」という矛盾を「民主主義」という虚構ですっかり騙されている日本人は、その狡猾な意図さえも考えることを拒絶してしまって、現在の安楽に浸ってしまっているのです。
 
戦後から現在も売られている歴史の本の多くは「太平洋戦争」という言葉で書かれています。
これはアメリカ側の立場に立って書かれた本だということを知らない日本人が多いのです。連合国が”正義”で日本は”悪”、これこそ日本にとっては自虐史観であります。
そして学校でも、新聞も、テレビも、当然のように「太平洋戦争」という言葉を使っています。
これらすべてがアメリカの立場からの植え付けられた歴史観なのです。アメリカの立場の歴史観が正しいと思いこんでいる日本人の姿は世界的にみても異常でありましょう。
そのことを教えない教育の在り方も占領中のまま何も変わっていないということであります。
 
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転載元転載元: さくらの花びらの「日本人よ、誇りを持とう」



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小沢征爾氏指揮の水戸室内管弦楽団のコンサート会場におでましあそばされた天皇、皇后両陛下 御尊影=22日夜、東京都港区のサントリーホール








君が代




謹んでお伝え致します。


畏きあたりにおかせられましては22日夜、東京都港区のサントリーホールにおかれまして、、小澤征爾氏が指揮する水戸室内管弦楽団の東京公演をご覧あそばされた。
小澤氏は疲労の影響で前半の出演を取りやめたが、畏くも天皇、皇后両陛下がご覧あそばされる後半は、曲目を変更した上で約30分間にわたって指揮を行いました。
 畏くも天皇、皇后両陛下におかせられましては、演奏が終わった直後に席から立ち上がりあそばされ、約10分間、ほかの観客とともに舞台に拍手を送り続けあそばされた。コンサートを主催した水戸市芸術振興財団によると、畏くも天皇、皇后両陛下におかせられましては終了後、関係者に対し、「どうでしょうか」「お疲れのようですけど」などと、小澤さんの体調を気遣う叡慮を賜わりました。


小澤 征爾(おざわ せいじ、昭和10年年9月1日 生まれ)氏は日本人指揮者。2002-2003年のシーズンから2009-2010年のシーズンまでウィーン国立歌劇場の音楽監督を務め、 栄典・表彰歴として文化勲章受章など。日本人音楽家として最も世界的に成功した音楽家で、平成22年人間ドックの検査で食道癌が見つかり治療に専念するために、同年6月までの活動を全てキャンセルすることを発表。食道全摘出手術を受け、同年8月に復帰。同年ウィーン・フィルハーモニー管弦楽団により、名誉団員の称号を贈呈され、昨年1月には悪化した腰の手術を受けています。

ご不例以後も公務ご多忙、ご高齢であられる畏くも天皇陛下の玉体が心配です。




畏くも天皇陛下、皇后陛下、皇族方におかせられましては、いつまでもお健やかにと願ってやみません。




尊 彌榮 彌榮 彌榮
 
 
日本國民(やまと民族)は皇室と共に・・・・
 
天皇陛下、皇后陛下 萬歳 萬歳 萬歳







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