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日本よい国、きよい国。 世界に一つの神の国。
降り積もる深雪(みゆき)に耐えて色変えぬ 松ぞ雄々しき人もかくあれ

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歴史学者であり、高知大学名誉教授、新しい歴史教科書をつくる会副会長であります福地惇先生の貴重な小論文を掲載いたします。
 
 
マッカーサーの日本史認識
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                                                                                           高知大学名誉教授 福地惇                                                               
 
勝ち誇って乗り込んで来た占領軍の最高司令官マッカーサー元帥の人となりの一端から述べたい。
彼の日本歴史や文化を見る眼差しは、欧米人の誤解に満ちた通俗的な理解の中でもかなりレベルの低い部類に属すると言わざるを得ない。
マッカーサーは最高司令官を罷免された後に回想記を世に問うたが、それは日本版と米国版とでは内容に相当の懸隔があるいわく付きのものである。戦後間もなく『マッカーサー回想記』(津島一夫訳)と題して朝日新聞社が刊行したが、中公ビブリオ文庫として復刻された。
余談だが、チャーチルの定評高い『第二次大戦回顧録』のひそみに倣ったのであろうか、大仰に『マッカーサー大戦回顧録』(上下二巻)と表題が改められていた。原題名は“Reminiscences”だから、直訳すれば「回想記」である。
 
マッカーサーはこう書きとめている。
「私たちは九十二年前の同胞ペリー提督に似た姿で東京に立っている。ペリー提督の目的は、日本に英知と進歩の時代をもたらし、世界の友情と貿易と通商に向かって孤立のベールを引き上げることであった。しかし、恐ろしいことに、それによって西欧の科学から得た知識は、弾圧と人間奴隷化の道具に利用され、迷信と武力に訴えることによって言論の自由、行動の自由、さらには思想の自由までが否定された」。現今の事態になぞらえれば、マッカーサーは明治政府の指導者を、まるでサダム・フセインの如く見ていたようである。
(日本の)実態は西欧諸国がすでに四世紀も前に脱ぎ捨てた封建社会に近いものであった。(中略)神人融合の政治形態は西欧社会では三千年の進歩の間にすっかり信用されなくなったものだが、日本ではそれが存在していた。(中略)神人一体の天皇は絶対君主であって、(中略)アメリカ人の目から見れば、日本は近代国家というよりは古代スパルタに近い存在であった
国民の中のほんの一部にしか過ぎない封建的な指導者たちが支配の座に座り、他の何千万という国民は進んだ意識を持つ者のわずかな例外を除いて伝統と伝説と神話と統制の完全な奴隷となった
 
あえて注釈を加える必要もないと私には思えるが、恐らくマッカーサーにとっては、日本の歴史に対する正確な知識はどうでもよいことだったのだろう。何となれば、米国の日本占領目的は、日本が発展性豊かな独立主権国家として再起することを極力抑えつけることにあったからだ。もちろん、最高司令官の占領統治目的もそこにあり、目的追求に役立つ道具(宗教・歴史観・政治観でも南京大虐殺や真珠湾奇襲攻撃や捕虜虐待でも経済政策でも何でも)ならば、それをトコトン活用するまでのことだったと言えよう。
 
歴史の事実は全くといってよいほど軽視し、日本の支配者は本来的に侵略主義の天皇制軍国主義者であったとか、大東亜戦争は世界の平和を撹乱する邪悪な侵略戦争だったとか、日本を悪者に仕上げて貶める説明であればそれでよかったのである。それゆえというべきか、マッカーサーの日本の歴史に対する認識は、日本共産主義者集団=講座派(戦前、『日本資本主義発達史講座』を岩波書店から刊行してこの名が付いた)の日本歴史説明とそっくりなのである。
戦後、日本人の精神を「敗北主義イデオロギー」に染め上げるためにマッカーサーが駆使した主力部隊(講座派)は、192030年代に国際共産主義運動の司令塔(コミンテルン)が指令してきた革命運動方針(二七テーゼや三二テーゼなど)を鵜呑みしてきたコミンテルン日本支部要員(日本共産党)である。
 
コミンテルン・テーゼを要約すれば、天皇制は半封建的絶対主義で人民を奴隷的に搾取・抑圧するブルジョア革命以前の時代遅れの支配体制であるから、人民大衆は起ちあがって時代遅れの天皇制を打倒せよ、自らを解放せよ、というものだった。まさに日本共産党の檄文である。それを金科玉条と崇め奉った日本のマルクス主義者たちは、祖国の麗しき歴史伝統を侮蔑し、否定して天皇制打倒を鼓吹した。
大敗北を喫して精神的にも物質的にも打ちのめされ、厭戦気分に浸りきった日本国民の愛国心をここぞとばかりに壊滅させる作戦として、祖国を呪う共産主義者を格好の工作要員として、“活用”したマッカーサーは、軍人であると同時に、まさに“詭道の達人”であったと言わねばなるまい。
 
占領政治は陰で共産主義者を利したと私は見ている。占領軍の支援(資金援助等も含め)なしに、講座派があれほどの勢力を保って学界、言論界に跳梁跋扈し得たかどうか興味は尽きない。アメリカ自由主義の旗手を自認するマッカーサーは、日本の共産主義者を占領政治に駆使することで、<思想改造戦争>に目覚ましい戦果を挙げたのである。我々はこれを、重大な負の遺産として受け止めねばならない。 
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福地先生のこの論文のご指摘は戦後日本の立て直しのために知っておくべき事実であります。
特に太字で示したマッカーサーの歴史観は、戦後の日本に大きな影響を与えるものだと思えます。
イメージ 2マッカーサーの日本の歴史認識、つまり階級闘争史観はGHQの唯一の歴史家であったハーバート・ノーマン(左写真・上)の影響があるでしょう。
階級闘争史観とは簡単に言えば、日本の戦争は“支配階級”であった「天皇制軍国主義者」が起こしたものであり、“被支配階級”である大多数の「日本国民」には責任がない、という善悪二元論です。
 
イメージ 3ノーマンは昭和15年、駐日公使館の書記官の時に羽仁五郎(左写真・中央)に再会し、羽仁から歴史の講義を受けました。この頃、羽仁五郎は32年テーゼ主張から左派歴史家となっていました。
この時教わったのは、徳川封建制度の圧政であり、日本の大陸侵略と国内暗黒反動組織を最初につくり上げた西郷隆盛と山県有朋という悪人に対する憎しみを教わり、大正・昭和の日本の封建主義の圧政であったのです。
日本の歴史を全く知らないGHQの面々に対しノーマンは「日本には封建制度が重イメージ 4くのしかかっており日本帝国主義の暗黒であった」という階級闘争の歴史観を教え、その上に立って日本国憲法草案者のユダヤ人ケーディス(左写真・下)らは「日本の封建主義を除去し、天皇制を利用して共産主義革命を目指していく」というものであったのです。
 
 
 
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転載元転載元: さくらの花びらの「日本人よ、誇りを持とう」

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