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秩父宮殿下による「八紘一宇」の文字 (宮崎市 平和台公園) ユダヤ人の長老であるモルデカイ・モーゼが書いた『日本人に謝りたい』より抜粋して、厚かましくも「日本人よ、覚醒せよ!」と題して数回書いてきました。
今回は神武天皇の御即位の日であります2月11日の「紀元節」を前にして、「八紘一宇(はっこういちう)」の項を掲載させて頂きます。
その前に、この「八紘一宇」という言葉をご存知でしょうか。
昭和32年9月、衆議院文教委員会で松永文部大臣は「戦前は八紘一宇といって、日本さえよければよい、よその国はどうなってもよい、よその国はつぶれた方がよいというくらいな考え方から出発していた」と発言しました。
また、昭和58年1月の衆議院本会議で中曽根総理は「戦争前は八紘一宇ということで、日本は日本独自の地位を占めようという独善性を持ち、日本だけが例外の国になり得ると思った、それが失敗のもとであった」と発言しました。
これぞ戦後日本を覆い尽くす間違った考えなのです。この八紘一宇という言葉と大東亜戦争という言葉は昭和20年12月15日のGHQの「神道指令」により日本人が使うことを禁止されました。以来この言葉は左翼によって「戦前の天皇軍国主義が侵略戦争によって世界統一の為に利用したもの」に変わってしまい、戦前の悪の異物のようにされてしまいました。 しかし、事実は全く違うのです。
この「八紘一宇」とは日本書紀にある神武天皇が橿原宮(かしはらのみや)に即位されたときに、「八紘を掩(おお)ひて宇(いえ)にせむこと」と言われたのに由来したものであり、八紘とは四方八方のことで、一宇とは一つの家のことです。 天の下にあって人類はみな一つの家にいる家族の如くという意味で、日本の精神を象徴する和の精神であります。 では以下、モーゼ氏の著書より掲載致します。・・・
西洋列強の東洋諸国支配は搾取、収奪、奴隷化に他ならなかった。
英国がインド支配のため最初に打った手は、既存の教育関係を絶滅し、諸民族を相争わせ、言語の複雑化を計ることであった。オランダのインドネシア支配も同様であった。そこには何ら建設的なものはなく、ただ自己のための搾取があるのみであった。
しかるに、日本の満州国建設大事業はこれとは対照的であった。五族協和を唱い諸民族平等の関係を育て、その投資は建設的なものであった。当時欧米でも識者は、人口3000万の満州国は十年後には人口1億を有する大近代工業国家として極東の一角にその勇姿を現わすであろうと、称賛と期待をもって見守っていたものであった。他のアジア諸国で、欧米列強によって近代的工業国家に育てあげられた国が一国でもあっただろうか。満州の近代化の成果は、現代に至るも中国の工業の心臓部である点をみても分かることである。これを可能にしたのは、八紘一宇の大思想のしからしむるものである。
・・・
最後に、モルデカイ・モーゼ著『日本人に謝りたい』についてのブログ記事を書かれた、今は亡き敬天愛人大兄の記事を抜粋して、この記事の終わりと致します。
・・・。
30年前に出版されているこの書籍が、果たして当時どれだけの人の眼に触れることができたのかも知る由はありません。
ただ、確実に言えるのは保守派にとっても強力な武器となりうるこういう貴重な資料を自在に駆使して、マスコミや左派勢力に敢然と挑むパワーや戦略が保守派には欠如していたということは、今の日本の現状を考えるに否定できない事実でもあろうと思います。 「人間獣化計画」の19項目に見事に骨の髄まで汚染された戦後世代の日本人には無力だったのではないかとも思います。 斯く言う私もその日本人の一人でありました。しかし、ネットを通じて多くの若い世代にたくさんのことを教えていただきながら、自虐史観という洗脳を解くことができたことを思うと、何かのきっかけ(起爆剤)さえ掴めればまだまだ日本人も捨てたものではないとも考えます。 保守派が反日勢力や特亜などの外国勢力に押されがちなのは、偏に「日本歴史の真の構築を放棄して来た日本人自身の問題」に帰結しているのだと、最近まで自虐史観に染まってのうのうと生きて来た我が身も含めて反省させられた書物でありました。
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