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日本よい国、きよい国。 世界に一つの神の国。
降り積もる深雪(みゆき)に耐えて色変えぬ 松ぞ雄々しき人もかくあれ

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代々木の杜



平成24年7月30日、明治天皇陛下が崩御されて満百年を迎えます。
筆者は5年前に姪の結婚式の折に明治神宮に参拝させていただきましたが、その時に、帝都のまんなかで、樹木が鬱蒼(うっそう)と茂り、野鳥たちが住むのが、「代々木の杜」の壮大さに驚いたものです。
その森は、明治神宮の境内にあります。すぐ隣には、原宿があり、多くの若者たちでにぎわっています。そんな若者も訪れる明治神宮は、正月には全国一の初詣客が集まります。また、外国人が帝都を訪れる観光スポットでもあります。
 「代々木の森」には現在、17万本もの樹木が生い茂っています。しかし、この森は、もともと自然のものではありませんでした。植林による人工の森だったのです

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造営前



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造営前の御社殿敷地



この場所は、原っぱや田畑が広がる荒漠とした場所でした。「豊多摩郡代々幡村代々木」、ここに、明治天皇陛下をまつる明治神宮の建設が始まったのは大正4年のことでした。建設は、政府主導で行われたのではありません。明治45年7月30日、明治天皇が崩御され、大正3年4月11日には昭憲皇太后が崩御になりました。明治天皇崩御直後から、国民の間に「ご遺徳をしのぶ所がほしい」という請願運動が起き、明治神宮造営の声が、東京区議会などを中心に起こり、大正2年には国会でも決議され、全国10数箇所の候補地から東京府豊多摩郡代々幡村代々木の御料地が選ばれ、明治神宮建設が決定されたのです。


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明治天皇陛下 御尊影




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昭憲皇太后 御尊影




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常に国民を思われた明治天皇陛下を敬う国民の心もまた、熱いものがありました。ご不例が発表されると、多くの人が二重橋前までやってきて、ご平癒をお祈りしたのでした。



 費用は国が負担しましたが、全国から延べ11万人もの青年たちが上京し、建設工事や植樹に当たりました。神社に杜はつきものです。70町歩の広大な土地に、百年後の森を想定した壮大な計画が立てられました。「永遠の森」を目指した壮大な計画のもと、大正4年から造営工事が始まりましたが、全国から植樹する木を奉納したいと献木が集まり、北は樺太(サハリン)から南は台湾まで、日本だけではなく満州(中国東北部)朝鮮からも届き、全部で約10万本の木が奉献され11万人に及ぶ青年団の勤労奉仕により植林することによって、代々木の杜が誕生しました。その種類は365種に及びます。森の造営には、当時の最高技術が結集されました。こうして、先人たちの叡知と、明治天皇陛下に対する国民のまごころによって、「代々木の杜」が誕生したのです。


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献木と植林運動 大正4年より





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明治神宮創建 大正9年



「代々木の森」では、土地の能力に基づいた生態系を造り、「管理しない管理」によって森を維持するという方法がとられています。カシ、シイ、クスの広葉樹を中心に構成される現在の森の姿は、造営の時に計画されたものでした。

当時の内閣総理大臣であった大隈重信首相が「神宮のを薮にするのか、薮はよろしくない、当然杉林にするべきだ」として伊勢の神宮や日光東照宮の杉並木のような雄大で荘厳なものを望んでいました。

しかし当時の林苑関係者は断固として大隈重信の意見に反対し、谷間の水気が多いところでこそ杉は育つが、関東ローム層の代々木では不向き、杉が都会に適さないことを説明してようやく納得させたそうです。
マツ類の大木を主木とし、それより少し低いヒノキ、スギ、モミを、さらに低いカシ、シイ、クスを植えることにより、樹木間で世代交代が順々に行われます。そして、やがてカシ、シイ、クスが主木になるという計画です。そして、人々の手になる森は進化し、人工林は見事な自然林へと姿を変えたのです。
当時その種類は365種でしたが、東京の気候にそぐわない種類もあり、現在では246種類になりました。今や、東京ドーム15個分の境内に17万本もの木々が豊かに生い茂る貴重な自然林の姿をなして国民の心のふるさと、憩いの場所として親しまれています。
海外からの訪問者に、この森が人工林であると説明すると「信じられない」と驚かれます。また今尚、全国各地で公園緑地をつくる際のモデルともされています。
また代々木の地名は、古くからこの場所では代々樅が枯れると植え直してというのを繰り返した来たことに由来しています。


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今日、乱開発によって日本の都市では、緑が少なくなり、わずかに残っているのは、神社の「鎮守(ちんじゅ)の杜」などに限られています。それは、経済中心、物質中心の考え方により、人間の都合で樹木を切り倒し、生態系を破壊してきた結果です。これに対して、森を大切に守り続けたのが、神道であったことは、意外と知られていません。日本固有の宗教である神道では、森を神聖なものと考えてきました。


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落ち葉は杜に返すされます


神道では、神域においては、「一木一草持ち出し禁止」とされています。
伝統によって日本人は、自然環境を保ってきたのです。すなわち、「鎮守の森」は、自然との調和を大切にする「日本の心」の現われなのです。もしこうした神道の伝統が失われていたら、日本の都市は、すっかり緑を失っていたことでしょう。

 帝都に息づく「代々木の森」は、私たちに、今日取り戻すべき大切な心を教えてくれているのです。
 自然と調和して生きる「日本の心」を取り戻しましょう。


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