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日本よい国、きよい国。 世界に一つの神の国。
降り積もる深雪(みゆき)に耐えて色変えぬ 松ぞ雄々しき人もかくあれ

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水と緑と土と米

 
 
文明の発祥地エジプトやメソポタミア、黄河やインダス川流域は、かつて黒々とした森林に覆われていました。ギリシャもまた然りです。
2500年も以前に、古代ギリシア哲学者であり、ソクラテス弟子アリストテレスの師であるプラトンがその昔の国土を振り返って歎(なげ)いています。
アテイカ(古代アテネ付近)が損なわれないとき、山々は密林に覆われ、国内に放牧が広がっていた。雨は今のように侵食された土壌の表面をそのまま流れて海に注ぐことはなく、国ふところ深く受け入れられ、やがて泉となり川となって豊かな水量は国内広く吐き出された」と・・・
しかし、これらの文明の発祥の地はその後衰退し、また滅んでいるのです。
 
環境問題、水問題について訴えてこられた、立正大学短期大学部教授でもある富山和子(とみやま・かずこ)氏は著書、水と緑と土―伝統を捨てた社会の行方 (中公新書)で次のように述べられています。
 
「文明が滅亡した決定的な理由は、蛮族の侵入や人心の腐敗などでは決してなかった。かりに支配者が入れ替わろうとも土壌がそのままである限り、つねに都市は再建された。土地が老朽化してはじめて都市は崩壊した」「いかなる文明も土壌の生産力を条件として発生し、いかなる文明もそれを失ったときに滅亡する」と・・・
 
では、人類は環境を破壊せずに、農業と文明を維持していくことができるのでしょうか?
歴史を振り返ると、ヨーロッパでは、小麦のできなくなったところでは、草を生やして牧畜をし肉を生産してきました。肉食をするために要する耕地面積は、人間が直接穀物を食べるために要する面積の8〜10倍にもなります。こうした小麦と牧畜の農業は、広い面積を求める農業であり、自然を征服・破壊する農業だったのです。
これらに対し、水田稲作は土壌を痩せさせることなく連作が可能であり、かつ土壌を肥沃にもします。小麦やトウモロコシなどの畑作物は、北米の穀倉地帯の現状を見るように、単一作物の連作によって地力が消耗し、ついには不毛の半砂漠に近づいていきます。一方、東アジアのモンスーン地帯の水田稲作は、ほぼ永続的な生産が可能なのです。
米は、小麦など他の穀類に比べて、栄養価が高く、生産性の高い穀物です。小麦を作ってきたヨーロッパでは、古代から中世へ、2圃式から3圃式に進みましたが、10世紀ころの小麦で播種量の3倍を収穫するのがやっとで、中世末の14〜15世紀でもわずか5倍程度にすぎなかった。ところが、奈良時代8世紀の日本では最下位の田でも7倍、上位の田では25倍もの米の収穫をあげています。近世ですでに40倍にも達していました。この差は現在でも基本的に変わっておらず、稲が、いかに人間の食糧として優れているかがわかります。
連作可能な水田稲作は、地球環境にとって非常に有効な耕作法であり、自然との共生の模範例として注目されています。また水田は、保水能力に優れ、水田の周囲に、森林をつくり、緑化を進めることもできるのです。
 
日本人は、自然環境を大切に守りながら、米を作るということを数千年も前から実践してきました。
 我国は古代から世界に誇る文明を築いてきました。世界最古の土器を作ったのも我国でした。当時の世界の諸文明に匹敵する高い文化をもっていましたのです。しかも当時、栄えた文明はほとんどが滅んでしまったのと対照的に、我国は、今日も世界の先進国の一員として繁栄を続けています。
 日本は国土の3分の2は森林に覆われています。全国土のおよそ40%は人間の手の入っていない天然林です。今日の主要産業国で、これほどの割合を誇れる国は他に存在しません。しかも、この豊かな森林は、米作りと関係があるのです。
 
 
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稲作には水が大切です。水が足りないと凶作となり、多すぎれば水害になります。それを調節してくれるのが山々の森林なのです。森林は降雨による水を貯え、田に水を恵みます。いわば天然のダムの役割をし、森林は川の水を通じて田の土壌に有機源を補い、また水や風の被害を防ぐなどの役割もしています。
 私たちの祖先はこうした森林を大切にし、9世紀には大和朝廷が水源林の禁伐を定める世界最古の保安林立法を行いました。その後、様々な施策によって、森の保護や育成が続けられてきたのです。
高度に発達した文明国の中で、日本人は木を伐(き)っては植え、緑を絶やさなかった唯一の民族であり、これは「世界の奇跡」ともいわれます。それは稲作のためであり、神道の教えであり、日本の森林は米が作ったといえると同時に、米は森林の賜物ともいえるのです。
今日、この精神は全国植樹祭、全国育樹祭に引継がれています。
 
日本神話の物語の一つに、天孫降臨があります。その神話において、天照大神(あまてらすおおみかみ)は、孫のニニギノミコトを日本に派遣される時に、次のような言葉を下賜されたと伝えられます。
 
 「豊葦原(とよあしはら)の千五百秋(ちいほのあき)の瑞穂国(みずほのくに)は、是れ吾が子孫(うみのこ)の王(きみ)たるべき地(くに)なり。宜しく爾(いまし)皇孫(すめみま)就(ゆ)いて治(しら)せ、行矣(さきくませ)。宝祚(あまつひつぎ)の隆(さか)えまさんこと、まさに天壌(あめつち)とともに窮(きわま)りなかるべし」
 すなわち、日本は、稲穂が豊かに稔る国であり、皇室の祖先は、この国で末永く繁栄するように、天界より遣わされてきたとされているのです。
 天孫降臨の際、天照大神は、次のように命じたと伝えられます。
 「吾が高天原きこしめす斎庭(ゆには)の稲を以てまた吾が児(みこ)に御(まか)せまつる」
 天照大神は、天照大神自ら高天原で作られた稲を、ニニギノミコトに与え、日本へ行って、米を作るように命じたというのです。
 
 
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 天壌無窮の御神勅
 
神代の遠い昔から今日まで、日本人は米を食べ続けてきました。そして、昔も今も、米を作る日本民族を象徴する存在であるのが、天皇陛下です。
 初代・神武天皇は、伝承によれば、紀元前660年に、大和の橿原(かしわら)において即位式を挙げました。『日本書紀』には、それから4年ばかりたった神武紀元4年の頃に、「天神を郊祀(まつ)りて用(もっ)て大孝(おやにしたが)ふことを申ぶ可しと、乃(すなわ)ち霊時(まつりのには)を鳥見(とみ)の山中に立つ」という記述があります。これは神勅に従って大和に国を定めて農耕に励み、みるべき収穫を得た、という感謝祭を意味するものでしょう。この鳥見山の祀りが、日本の祭りを代表する新嘗祭(にいなめさい)、大嘗祭(だいじょうさい)の起源とされます。
神代の御神勅を今日まで護り、継承している無二の国なのです。
 日本人は、こうして世界史にまれな、自然と調和して発展する文明を築き今日に至っている民族なのです。
戦後、農林業の担い手が減少していますが、日本人は、米と森にかけた先人の智恵と技術を、今日の地球環境問題の取り組みに生かしたいものです。

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