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台湾人医師の直言 林 建良 著
日本よ、こんな中国とつきあえるか?(十二ノ二) きれいに死のうとする日本人と死なないようにする中国人より続きます。 第2章 台湾から見た日本および日本人 争いを避けたがる日本人に平和は守れない 6.博学にして無知な日本人 ●被害者に命の尊さを説教する? 病める日本の現状をよく分析されています。 交戦権を放棄した、戦後日本。 国を護る気概すら、悪しき教職員組合の労働者によって捻じ曲げられてしまった日本。 邪悪な侵略国家の足音はすぐそこまで響いているのです。 続く・・・・ |
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2012年08月20日
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本日8月19日、日本人の有志たちが尖閣の魚釣島に上陸しました。
しかし、今回、なぜ8月18日と8月19日に行動したのでしょう・・・。
昭和20年7月3日に尖閣列島戦時遭難事件が起きました。
戦時中であった当時、石垣島から台湾に行くために疎開船が2隻が出発しましたが、米軍機がそれを爆撃して1隻は爆発炎上して沈没し、もう1隻は航行不能になりました。爆発した疎開船でかろうじて生き残った人たちは航行不能になった疎開船に救助され、その後そのまま尖閣の魚釣島に漂着しました。しかし島には食料もなく、日が経つにつれて飢餓と病気で多数の方々が亡くなりました。
彼らは救援を求めるために海岸にあった難破船を遭難者の中にいた船大工と陸軍工兵が建造し直し、決死隊を組んで石垣島へ助けを求めに行きました。この事態を知った日本軍は台湾の日本軍機でまずは食料を魚釣島に投下し、軍医を乗せた救助船が魚釣島に行き、8月18日に到着し、そして8月19日に遭難者たちは石垣島へ2カ月半ぶりに帰還したのでありました。
石垣市にある「尖閣列島戦時遭難死没者慰霊之碑」(下画像)には亡くなられた80名の名前が記されていています。本来、慰霊之碑は亡くなられた魚釣島になければならないものですが、日本政府が「中国を刺激する」という理由で、石垣市に慰霊之碑を造ったのが2002年で、毎年慰霊祭が行われています。
遭難された方で今も生きている方が数十名おられ、その方たちが元気なうちに魚釣島で慰霊式を行いたいということが数年前から言われていました。そこでこの慰霊式を魚釣島で行おうと日本の領土を守るため行動する議員連盟(会長・山谷えり子自民党参院議員)が野田政権に上陸を申し入れましたが断られたのです。そのため、せめて尖閣で洋上慰霊をしようと8月18日に150名の有志たちが20隻で石垣を出港し、8月19日に10名が魚釣島に泳いで上陸を果たしたのです。
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上陸の日本人 軽犯罪法違反容疑で取り調べ
海上保安庁によりますと、魚釣島に上陸したのは慰霊祭に訪れていた日本人のうち、少なくとも9人とみられています。立ち入り禁止区域になっている尖閣諸島に上陸するには国の許可が必要なため、軽犯罪法違反にあたる可能性があるということです。今後、警察が詳しく事情を聴くとみられています。(2012.8.19 テレビ朝日系ANN)
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洋上慰霊に参加された田母神閣下はツイッターでこのように書いています。
「石垣島に帰って来たらテレビの取材で、『尖閣上陸は軽犯罪法違反ではないか』と聞かれました。しかし中国人が無罪放免なのに、まさか日本国民が有罪になることはないでしょう。」
このテレビ局というのは上のテレビ朝日系のことでしょうか。
日本人として政府が国の責任として行わない先人たちへの慰霊という正しい行動に対して、「犯罪の可能性あり」などとよく言えたものです。本来、日本の領土であると公言している日本政府が、日本人を上陸許可をさせないことこそ大きな問題であり、支那に付け入る隙を与えているのです。
日本の報道が本来問うべきはそういうことであり、正しい勇気ある行動をあえて犯罪者扱いするのが日本の報道のあり方なのか、心底腐りきっていると強く憤りを感じます。
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