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日本よい国、きよい国。 世界に一つの神の国。
降り積もる深雪(みゆき)に耐えて色変えぬ 松ぞ雄々しき人もかくあれ

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故・名越二荒之助さんは著書でこう書いています。
「我々は過去の歴史を書くに当たって、栄光の記録ばかりを見るのではなく、屈辱の姿も描かなければ、生きた歴史とは言えません。栄光の史実には『喜び』を、失敗の事実には『涙』を、屈辱の経験には『憤慨』をもって接することによって、生きた歴史となるのであります」・・・。
 
横須賀には世界に誇るべき記念艦三笠があります。
日露風雲急を告げる頃、英国西海岸にあるバーロー港のビッカース社で建造したものです。
三笠は日露開戦とともに連合艦隊司令長官・東郷平八郎大将の旗艦として、旅順要塞戦や黄海海戦、そして日本海海戦では38隻のバルチック艦隊のほとんどを爆破し、空前の大勝利を収めました。その後、大正15年以来、横須賀の白浜海岸に記念艦として永久保存されていました。
記念艦三笠はイギリスの「ビクトリー号」(トラファルガー海戦勝利)やアメリカの「コンステチューション号」(フランス革命やナポレオン戦争、独立戦争で活躍)と共に、世界三大記念艦の中でも随一と言われています。
 
大東亜戦争後、我が国は連合国の占領下に置かれました。米国・英国・ソ連・支那等で結成された極東委員会では三笠の保存をめぐっていろんな議論が交わされました。
ソ連代表のテレビヤンコ中将は「ロシアを負かした三笠を保存するとは何事か! スクラップにして直ちに海中に投棄せよ。」と主張しました。
それに対して米参謀部長のウイロビー少将は「ソ連にはロシア革命の時に冬宮を砲撃したオーロラ号が保存されているではないか。イギリスにはビクトリア号、我が国にはコンステチューション号が記念艦としてある。日本国民の記念物を破壊して反感を買うことは避けるべきだ」と反論しました。
ソ連側は不服でしたが横須賀占領の実権は米海軍にあり、三笠は何とか廃棄を免れました。
 
その後、三笠は米軍監視下に置かれ、心ない米兵によって艦内のめぼしい記念品が持ち去られてしまいました。
昭和2319日、米海軍基地司令官は三笠の艦橋、マスト、砲塔、煙突を41日まで撤去の上、横須賀市の教育事業に転用することを許可しました。
そして、横須賀市は民間の湘南振興会社に払い下げました。この会社は三笠の艦内で米軍相手のキャバレー営業を始めました。かつての東郷長官室は「キャバレー・トーゴー」となり、加藤友三郎や秋山真之の参謀室はカフェとなりました。
 
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やがて朝鮮戦争がはじまると、艦内の鉄や銅、真鍮のめぼしいものは、ほとんど売却されて、暴利をむさぼったといいます。当時は敗戦による虚脱状況から抜けきれず、横須賀市も日本政府も三笠の荒廃に目を向けようとはしませんでした。このひどい状態をみて、復元のために元海軍大佐の中村虎猪さんが立ち上がりました。
中村虎猪さんは昭和30年に「三笠の復元」を公約にして市議会議員に立候補、市民から支持され見事当選しました。さっそく湘南振興会や日本政府にまで掛け合い、地元新聞をも使って三笠復元を訴えました。
 
同じく昭和30年、75歳のイギリス人・ジョン・ルービンさんが商用で来日した時、ルービンさんは三笠がイギリスの造船所で建造された当時、現地で貿易商を営んでおり、三笠の乗組員がルービンさんのお店に来ていたことと、三笠が自分の住む町で造られたことに愛着と誇りを持っていて、その後の日露戦での活躍も知っており、日本も当然大切に保存してくれていると思っていました。
その三笠を見るため、真っ先に横須賀市に駆けつけたのです。
しかし、そこで見たものは無残な三笠の姿でした。激怒したルービンさんは、この日本の忘恩ぶりを「ジャパン・タイムス」に寄稿しました。
「何という日本人は忘恩の国民なのだ。戦い敗れると対馬の英雄東郷と三笠のことも忘れてしまったのか。神聖なる三笠が丸裸になり、ダンス・ホールやアメリカ兵相手の映画館になったのを黙って見ているのか。何たる日本人は無自覚であることか」(昭和30920日付)
この寄稿はアメリカやオーストラリアからも反響があり、「三笠の復活こそ日本国民の精神復興の試金石であるべきだ」と言わしめたのです。
 
さらに昭和33年、『文藝春秋』2月号に『三笠と私』という文章が掲載されました。これを書いたのは大東亜戦争で日本海軍と戦ったニミッツ元帥です。
ニミッツ元帥は日露戦争直後に東郷提督と会い、以来東郷元帥を尊敬し、いわゆる東郷戦法によって日本帝国海軍を全滅させたアメリカ・太平洋艦隊司令長官です。昭和2092日にはミズーリー艦上で日本降伏受託書に署名した人物でもあります。
「この有名な軍艦がダンスホールに使用されたとは嘆かわしい。日本国民と政府が全世界の海軍軍人に賞賛されている東郷提督の思い出をながらえるため、適切な方法を講ずることを希望する。この一文が原稿料に価するならば、その全額を東郷元帥記念保存基金に私の名で寄付させてほしい・・・」(『文藝春秋』昭和332月号)
この文章に刺激された日本人たちが三笠保存の動きとなり、ニミッツも米海軍を督励し、横須賀の廃艦一隻を日本に譲渡し、スクラップにして得たお金約3千万円を三笠復元にあてさせました。
そして、昭和365月に三笠は復元されたのです。
 
「我々は重大なことを学ばなければなりません。戦後、三笠復元について努力したのは日本人でありました。しかし、恥ずかしながら、外国人から指摘されなかったら、こんなに早く、見事に復元することはなかったかも知れません。
我が国はこれから再び戦争に巻き込まれるようなことがあるかも知れない。そして、残念にも戦争に敗れることが起きるかもわからない。しかし、戦争に負けることは決して恥ではない。
むしろ恥とすべきは、日本人としての魂を失い、それを敵に売り渡したり、迎合することである。
かつて昭和敗戦後の日本人は、それを恥とも思わなかった時期があったが、私たちはこのような過ちを再び繰り返してはならない」(名越二荒之助)
 
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転載元転載元: さくらの花びらの「日本人よ、誇りを持とう」

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