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両陛下 御尊影
我々が崇める皇室が姓をお持ちにならないことはご存知だと思います。 これに対して、支那の王朝は天命を授かって民衆のなかから興って、時の王朝を倒して皇位を纂奪したから、姓があります。だから一族が中心にあって、天下を自分たち一族の私物だとみなした。漢王朝は「劉」、唐王朝の姓は「李」、宋王朝は「趙」でした。 異民族国家元王朝を倒して、明朝を開いた朱元璋は、貧農の出身でした。二十代で軍に入ってから頭角を現わし、ついには洪武帝元璋となった。 支那の最後の統一王朝「清」は満洲族で姓は「愛新覚羅」でした。 支那では天命によって易姓革命が行なわれるというものの、強者が覇者になるということの繰り返しが行われてきました。
皇帝とは、支那の神話の三皇五帝を凌ぐ者との呼び名で、秦王「政」が使用しました。
支那の始めての王朝とされる夏の始祖「禹」は三皇五帝の血統を受継ぎ「聖人」と呼ばれました。しかし、わが国の皇室に当たる「夏」も初代の禹から末代の桀まで14世17代、471年間続きましたが、殷に滅ぼされました。
皇帝とは、神をも冒涜した呼び名でもあるのです。
皇帝が徳――権力の独占者でした。歴代の王朝は、人民の膏血を絞れるだけ絞って、贅のかぎりを尽した。どの王朝も、天下を私物化したのです。支那では「君臣」といっても、皇帝とその使用人だけを指していました。民は「生民」とか、「小民」とか、「草民」と呼ばれたのです。草民は刈れば、また、いくらでも生えてくるという意味でした。
支那では王朝と人民とは、つねに対立関係にあり、人民は王朝を信頼することがなかった。支那でも朝鮮でも、人々は専ら自分自身と、自分の一族を守ることに努めなければならなかった。今日の中華人民共和国も、易姓革命によって出現した中華王朝であることに、まったく変わりがないのです。支那にはいまだに公の概念がないのです。
紫禁城
清王朝の「紫禁城」は贅を極めた城郭であり、わが国の京都御所は城郭ではありません。
皇室には統治者としての証し、「三種の神器」が歴代天皇に連綿と引継がれていますが、支那には存在しません。王朝の正当性を強調する為に、北京と台湾の故宮博物院にある「至宝」を採集したのです。 日本と支那は、対照的です。畏くも今上陛下が百二十五代に当たられるが、百二十五人の天皇陛下のなかで、お一人として贅を尽された方は、おいでになりません。つねに質素を旨とされ、「天皇に私(わたくし)なし」といわれるが、国民を想われて、神事に真摯に取り組まれてこられた。誠に有難いことです。もし、万世一系の皇室がなかったとしたら、日本は支那や、朝鮮と変らないような国となっていたでしょう。
天皇陛下と国民はつねに利害を同じくして、苦楽を分かち合い、歴史を通じて、相互の信頼と敬愛によって結ばれてきたのです。天皇陛下と国民のこのような絆(きずな)が、日本の政治文化と生活文化を律してきた。ここから、和の精神が培われてきた。今日でも、日本では子どもを育てる時に、「みんなと仲よくしなさい」というのに対して、支那では「ひとに騙されないように」という教育をします。
日本は和の社会であってきたから、たとえスポーツ競技でビリになったとしても、最善をつくして頑張ったら、評価されるが、韓国では勝たなければ、軽蔑されるのです。一番になれと・・・
皇極天皇四年に、女帝であられた皇極天皇のもとで、大化改新が断行されました。それまで、日本では豪族が日本を分けて支配していたのを、大化改新によって、天皇陛下が全国を直接治めるように改めた。明治政府の廃藩置県は、同じことを行ったのです。
皇極天皇は大化改新に当たって、「今始(はじ)めて万国(くにぐに)を治めんとす」「万民宰(おさ)むるは独り制(おさ)むべからず、要(かなら)ず民の翼(たすけ)を須(ま)つ」という、勅(みことのり)を発されている。これは、聖徳太子がその前に、十七条憲法を制定して、「和ヲ以(もつ)テ貴(とうと)シトナス」と諭されたのと、同じ線上にあるのです。第十七条目は、大切なことはみんなでよく相談して決めなさい、全員で話し合って決定したことは正しいと、定めている。これは、世界最古の民主憲法であって、大いに誇るべきことだ。日本の国号として、大和(やまと)があるが、和によって結ばれてきた。日本は二千年以上にわたって、万世一系の天皇を尊ぶことによって、一つにまとまってきたのです。 明治維新は古くから日本の内にあった思想から、発した。古代から胍々として伝わってきた尊皇精神によって、成し遂げられたのです。支那の辛亥革命の孫文の三民主義は西洋から借りてきた物でした。
もっとも、辛亥革命の主役は、袁世凱でしたが・・・。
孫文は「近代中国の父」といわれているものの、脇役でしかなかったのです。辛亥革命は武昌蜂起によってもたらされたが、孫文はそのあいだ、アメリカとヨーロッパに遊んでおり、武昌蜂起の三ヶ月後になって、ようやく帰国。
孫文が支那人は「一盤散(いちばんさん)砂(しゃ)」――まるで大きな皿に盛った、砂の山のようで、すぐに散り散ってしまうと嘆いたことは、よく知られている。支那が不信のうえに築かれた社会であるのに対して、日本は和によって束ねられてきたのです。
日本の国歌『君が代』は、古今和歌集からのものです。「君が代は千代に八千代に
さざれ石の巖(いわお)となりて苔(こけ)のむすまで」という歌詞は、日本の国歌としてもっともふさわしいものだ。細(こまか)い石である「さざれ石」が集まって、一つの「巖(いわお)」となるから、支那とは正反対の国柄です。 筆者は畏くも天皇陛下が「現人神」であられることを、信じています。
日本の神々は山や森にましまして、鎮まっていられるという時に、外国諸語に神が「鎮まっている」という言葉がない。ユダヤ・キリスト・イスラム教の唯一神は能動的で、人々の生活の細かいところまで干渉します。
西洋の王や、為政者は、長いあいだその神のように専制者でした。今日の支那も絶対権力を正当化する儒教国家であることに、変わりがなく、朝鮮半島の国家も同じでしょう。
畏くも天皇陛下は、杜のなかに鎮まっていられる。国民は天皇陛下にご心配をおかけしないように、身を律して生きることを求められている。世界に類ない、君臣一体の国柄であることに「誇り」を。
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2013年02月26日
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コメント(9)
NHK「韓国大統領就任式は生中継80分、竹島の日式典は1分!」ネットでは疑問に思う声多数、日本国民から強制的に受信料を取り血税も使って運営しているNHKに日本の公共放送の資格はない、NHKを解体しろ!
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←忘れずに、最初にクリックをお願いします。
良識ある日本国民の皆様には、NHKが韓国大統領の就任式を80分生中継したことにネットで疑問に思う声が多数あることはご存知だと考えます。
NHKが韓国大統領の就任式を生中継 疑問に思う声多数
2012年末に行われた韓国大統領選で当選した保守系与党セヌリ党の朴槿恵(パククネ・61)氏の第18代大統領就任式が2月25日午前11時(日本時間)に韓国・ソウルで行われた。http://yukan-news.ameba.jp/20130225-344/ >韓国大統領選で当選した保守系与党セヌリ党の朴槿恵(パククネ・61)氏の第18代大統領就任式が2月25日午前11時(日本時間)に韓国・ソウルで行われた
当ブログ昨日の記事にしましたが、朴槿恵は朴正熙大統領の長女ということから韓国内での親日派批判を意識し、韓国大統領選では反日発言を続けてきました。
ソウルの国会議事堂前広場で開かれた大統領就任式で敬礼する朴槿恵
>就任宣誓の後に、北朝鮮の金正恩政権に核放棄を要求する演説などを行い、NHKはこの就任式の様子をNHKBS1で2月25日午前11時から午後0時20分にかけて生中継で放送した
>「天皇陛下のお言葉はほとんど放送しないくせに(怒)」「気持ち悪かったねー!韓国の大統領のなんかの式!?の生中継」「韓国大統領就任式は生中継80分なのに、竹島の日式典は1分!」
ふざけんなNHK!
「竹島の日」式典をすべて生中継し、竹島を不法占拠している韓国の大統領就任式を、夜のニュース番組内で1分放送するべきです。
日本国民から強制的に受信料を取り、国民の血税も使って運営しているNHKには、日本の公共放送としての資格はありません。
>「アホかと。誰が見るんだ?」「どう考えても異常。なんらかの力があるのだろう」「NHKで韓国の大統領就任式を放送してるのってなんか不思議な感じするわ…」
韓国の国策で儲ける「電通」との繋がりが深いNHKは、在日韓国人のために朴槿恵の大統領就任式を80分も生中継したのです。
私は米国や韓国など海外へ行くと、NHKワールド・プレミアムを見ていますが、韓国ではNHKBS1とBSプレミアムが見られるそうです。
ところで、韓国の新聞のテレビ欄では、NHKワールド・プレミアムとともに、BS1とBSプレミアムの番組表も掲載されているって余り日本では知られていないよね。
韓国は、BSアンテナを日本の衛星に向けさえすれば無料で見放題の国。NHKもそれをよーく知って韓国人に対するささやかなサービスと言わんばかりに放置しているのだ。今回のBS1の生中継も「NHKは韓国を重視してますよ」とのメッセージを発信しているとも取れる。 ま、NHKの言い分は「海外に滞在している邦人に対するサービスの一環…」と言う苦しい弁解になるんだが…。NHKワールドは別としてもBSの2波は何らかの泥棒対策をしなくちゃね。真面目に受信料を払ってる者はやってられない。
当ブログではNHKの偏向報道・韓国ゴリ押しを取り上げていますが、NHKは日本で報道する必要のない韓国のニュースを垂れ流しています。
そして一方的に日本を侮辱し、韓国を賞賛しています。
2月19日
NHK
ニュース9
384 名前:可愛い奥様[] 投稿日:2013/02/19(火) 21:35:07.81
ニュース9また外人観光客の話ねじこみ シナチョンをプッシュ 386 名前:可愛い奥様[] 投稿日:2013/02/19(火) 21:46:09.32
>>384 NHKニュース9で、最近韓国の話題を見ない日がないね。 ここ1週間くらいでも、観光客・空気清浄器・円安…。
「お隣」「ライバル」多用。 本当に気持ち悪い。
さすがに視聴者も何か感じるレベル。 大越アワーはなんだあれは 円安になって外国客を呼び込みたいけれど、中国からの客は減っている 代わって人気なのが韓国 シナ人「韓国は綺麗でいいわー」「韓国人は親切だわー」w 日本が力を入れているのはタイ ところがここでも強力なライバルは韓国 なんと日本の半額で韓国に逝けるよー スタジオで「韓国すごいですねー」「韓国に負けますねー」 ゴラァヽ(`Д´)ノ
朝鮮公共テレビ、いい加減にしろや 2月20日
NHK
おはよう日本
410 名前:可愛い奥様[] 投稿日:2013/02/20(水) 13:33
NHKおはよう日本 まもなく新学期の韓国で、中古制服が人気だそうです。 日本には全く関係ない話題なんですが。 2月22日
NHK
おはよう日本
456 名前:可愛い奥様[] 投稿日:2013/02/22(金) 15:14:43.04
NHKおはよう日本
続いて韓国KBS 高卒の就職希望者に公的企業が門戸拡大 2月23日
NHK
週刊ニュース深読み
名前:名無しさん@13周年 投稿日:2013/02/23(土) 12:02:52.50
2013.2.23 8:15〜9:28 「NHK週刊ニュース深読み」 円安で追い風!"観光立国"で景気回復!? アナウンサー「(旅は)どうして日本は韓国よりダメなのか、韓国より劣っているのか?」
ゲスト「韓国と日本を並べた時どちらかに旅行するかというと、普通に考えてみんな韓国を選ぶ」
「日本では日本語表示だけではアンフェア」
「日本は挨拶からやり直さないとダメ、韓国、シンガポール〜なんて笑顔で挨拶が浸透している」
「日本は遅れている」
「(日本では)小さい頃、外国人を見たら金だと思えと教えられた」
※日本をボロクソに言いつつ最後だけフォローして終わりという内容でした。
リアルタイムで急いでメモしたので語尾等違うところがあるかもですが、ほぼママです 高田
「どうしてもね、日本と韓国どっちか選ばなければいけないっつったら、どうしても日本に行きたいって人は日本に来るかもしれない、こういうことでも、普通に考えたら韓国行っちゃうよね」
鈴木
「韓国行きますね〜、だって楽な方がいいですよね、旅だから」
藻谷
「南(?)の人から見たら、僕らがマレーシアに行くかインドネシアに行くかみたいなもので。じゃぁ楽な方に行こうかと思いますよね(笑)(日本と韓国は)似てますのでね。似てますでしょ?違うけども。」
今井
「どっちかっていうと、今聞くのは、例えばちょっと日本人と違う格好をした人が街なかにいると職務質問を受けてしまうとかですね。夜飲みに行こう、特に地方ですね。東京とかじゃなくて地方で夜飲みに行こうと思うと、外国人の方はちょっとお断りですとか。まだまだそういう国、自治体も遅れているんですけれども、受け入れる国民全体の側でもやっぱりまだまだ遅れてる」
サヘル
「韓国では街なかにそういう案内をする方観光の方がジャンパーを着て、わかんなかったらなんでも聞いて下さいっていう方が、目印で立っていらっしゃってる方が結構沢山いたんですよ。そういうもっと観光客をPRして、来てくださいっていうのが凄く出して欲しい、日本も」
200 名前:公共放送名無しさん[sage] 投稿日:2013/02/23
セキュリティしっかりしてていいじゃん日本w 262 名前:公共放送名無しさん[sage] 投稿日:2013/02/23
職質なんて、日本人でもも夜歩いてるだけで食らってるわ 286 名前:公共放送名無しさん[sage] 投稿日:2013/02/23
「日本のここが悪い」としか言わない。 なぜそういう仕組みにしているのか、長所と短所と両方を並べて評価しろよ。 無理やり自分たちの意向の長所(笑)しか取り上げないのはおかしい。 故・中村粲先生の著書「大東亜戦争への道」などをお読みになられた保守の方は多いですし、ご意見はさまざまでしょう。
故・中村粲先生は、昭和45年より朝日新聞・NHKなどの偏向報道批判の言論活動を続けられた、「闘う学者」としても有名でした。
故・中村粲先生は、公共放送のNHKは解体して、国営と民放にすることを主張していました。
メディア裁判所を設けて、NHKが偏向報道をした場合には処罰ができるようにするべきだとも主張していました。
■動画
NHKを解体しろ!!中村粲(H19.1.21)
公共放送のNHKは解体して、報道・教育は国営、それ以外は民放に分割すべきです。
日本はメディア裁判所を設けて、NHKや民放が偏向報道をした場合には、番組を制作した反日スタッフを処罰できるようにするべきです。
NHK元職員でジャーナリストの立花孝志氏は、NHK職員の平均給与は1200万円程度で、福利厚生費など諸手当が付いて、職員ひとりを雇うのに年間1700万円以上もかかると指摘していました。
2012年3月22日の衆院総務委員会では、NHK職員の年間報酬はサラリーマンの平均年収の4倍で、約1780万円になることが判明しました。
国民から受信料を強制徴収しているNHKの職員は、受信料貴族です。
国営にしたNHKの職員数は、現在の10分の1程度に削減出来ます。
国営NHK職員は国家公務員になるので、公務員と同じ給与に減額できます。
さらに公務員給与の引き下げをして、一般のサラリーマン程度にすべきです。
民放のNHKは、民放キー局よりも多くのスポンサー企業から広告収入を得られます。
民放のNHKから、NHKのインフラ使用料を支払わせれば、国民から強制徴収している受信料も廃止できます。
【中国の侵略阻止!アジアに自由と平和の連帯を!間接侵略の手先NHK糾弾!国民集会&デモ】(2月23日、渋谷)
●告知
【抗議日】 毎週火曜日 (雨天中止!)
【時 刻】 11時30分(〜13時30分)
【集合場所】 NHKスタジオパーク前
【主 催】 頑張れ日本!全国行動委員会
NHKが韓国大統領就任式を80分も生中継しましたが、反日番組を報道し、電通との繋がりも指摘され、天下りや営利目的の関連会社もあるNHKは反日放送局です。
良識ある日本国民の皆様、NHKについてご考慮下さい。
日本の公共放送の資格がないNHKは解体!
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天皇陛下 御尊影
君が代 神宮(三重県伊勢市)は25日、社殿などを20年に一度造り替える式年遷宮で、ご神体を新殿に移す「遷御(せんぎょ)の儀」の日時について畏くも天皇陛下の御治定(ごじじょう)を受けたと発表した。日時は陛下が定められる習わしで、内宮で10月2日、外宮で同月5日、いずれも午後8時から営まれる。
御治定について神宮の鷹司尚武・大宮司は「遷宮の諸祭や準備も着々と進み、いよいよ晴れの大儀を奉仕する運びとなった。心を一つに奉仕に専念し、大御心(おおみごころ)に副い奉りたい」と語りました。
式年遷宮は1300年以上の歴史があり62回目。平成17年5月、ご用材伐採の安全を祈願する「山口祭」から一連の祭事が始まり、昨年3月に「立柱祭」を催して以降、新殿の造営が進んでいる。「遷御の儀」はご神体を旧殿から新殿に移すため闇の中で営まれる厳粛な儀式
明治天皇陛下の御代のことです。当時の芳川内務大臣と田中宮内大臣の二人が、神宮の式年遷宮に必要な御用材の不足を理由に、土台に礎石を置き、コンクリートで固めれば二百年は保つことが出来ると、明治天皇に上奏(じょうそう)しました。
しかし、明治天皇陛下は、この上奏をお聴きとどけになられないで、質素な御造営に祖宗建国の姿を継承すべしと、お諭(さと)しになられ、二十年ごとに斎行される式年遷宮の大切さをお説きあそばされたのです。 明治天皇陛下は次のような御製(ぎょせい)をお詠みあそばされた。 いにしへの姿のままにあらためぬ
神のやしろぞたふとかりける この式年遷宮の制度こそは、天武天皇が崇高なご精神でお定めになって以来、万代不易の制度として伝えてゆかねばなりません。
式年遷宮の制度が確立された時代の歴史的な背景は、仏教や儒教など外来の文化を積極的に受け入れた遣唐使などによる文明開化の花盛りの時代でした。。こうした中で、日本固有の文化を堅持し、日本本来の精神を自覚する、最も確かな方法が、この式年遷宮の制度でした。 二十年に一度、御社殿を新しく造り替える式年遷宮は、皇租の天照大御神が常に瑞々(みずみず)しくあってほしいと願う表象でありますが、同時に私たち日本民族の「いのちの甦り」の祈りが込められているのです。 神宮の式年遷宮(しきねんせんぐう)は「皇家(こうけ)第一の重事(じゅうじ)」といわれ、戦前は国費で行われていたほど、日本の国にとって極めて重要なお祭りです。
神宮の建物は、掘立柱(ほったてばしら)に萱葺(かやぶ)き屋根という素朴で清純な建物です。神道は清らかさを重んじますが、大御神(おおみかみ)さまに常に清浄な所にお鎮(しず)まりいただくために遷宮は行われます。 常に瑞々(みずみず)しく、尊厳を保つことによって、神さまの御神徳(ごしんとく)も昂(たかま)ります。その御神威(ごしんい)をいただいてこそ、私たちの生命力が強められるという、日本民族の信仰心の表れなのです。 日本の「木の文化」に対し、西洋は「石の文化」といわれます。古今東西の建造物を見ていただければお解りいただけるでしょう。 エジプトのピラミッドやギリシャの神殿などのように、ヨーロッパや中近東では、石を用いて建築物や工芸品を作りました。建てたときは永久不滅のものだったのでしょうが、しかし、その多くが今では廃墟になっています。しかも、建物が壊れて廃墟になっただけではなく、それを作った技術は勿論のこと、さらには、信仰や精神も消滅しているのです。
しかし、我民族は、物も心も有限であるという考え方を基底にもっており、有限であるがゆえに、たえず新しいものに更新し続け、確実に後世に伝えていくという努力と作業を繰り返してきました。つまり、命の継承といえます。結果として、物が常に瑞々しい形を保ち続けるとともに、技術も継承され、物も心も永く久しく伝えてきたのです。 式年遷宮の考えは日本民族の叡智(えいち)として世界から賞賛されています。 「式年(しきねん)」とは前にも述べましたが、「定められた年」という意味です。二十年に一度というのは、人生の一区切りと考えられ、一世代を意味します。 技術や思想を伝承するためにも合理的な年数とされ、御社殿の建築に携わる宮大工をはじめ、御装束神宝(おんしょうぞくしんぽう)をつくる職人たちが技法を学び、技術を高め、その技術を若い弟子に伝えるためには年月が必要とします。 二十代で弟子入りして、技術を習得し、四十代で熟練工として活躍し、そして六十代で指導者になるという営みを繰り返してきました。平均寿命の短かった昔にも同じことが言えるでしょう。 式年遷宮が行われた第四十一代持統天皇の御代(みよ、約千三百年前)には、世界最古の木造建築として今なお現存する法隆寺は、すでに建造されていました。 当時の技術を持ってすれば、半永久的な御社殿を造ることが出来たはずです。しかし神宮では、二十年に一度、御社殿を造り替え続けていく式年遷宮の制度を守り伝えることで、日本の文化を絶やすことなく次の世代に伝え、「悠久」を目指しつづけてきたのです。ここに日本民族の先人の叡智(えいち)が窺わます。 |
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二・二六事件は青年将校のクーデターだけを取上げても本質は見えません
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BS歴史館「徹底検証 二・二六事件〜日本をどう変えたのか?〜」
昭和11年2月26日、早朝。近代日本最大のクーデターといわれる二・二六事件が起きた。裁判記録の最新研究から、東京中枢を数時間で占拠した陸軍の青年将校たちの意外な事実が明らかになった。将校グループは決して一枚岩ではなかったのだ。なぜか? さらに事件後、陸軍で台頭したのは、若手の革新幕僚。陸軍を大きく変えた、その手腕と狙いは? 事件は日本をどのように変えたのか、議論しつくす。(2013年2月21日放送)
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2月26日。今から77年前のことです。
今では多くの日本人が知ることのない二・二六事件。
この事件が日本の近代史のなかでいかに大きな位置にあるかと思うと、きちんと学校で教えるべきであります。今や、五・一五事件と二・二六事件の区別さえつかないのが日本人です。
二・二六事件は「陸軍の一部青年将校が政治勢力を倒し天皇を中心とする軍事政権樹立を目指して武力行為に踏み切りました。千数百名の兵が東京の中心部を占拠し、首相官邸や警視庁を襲い、主だった政治家や大臣を殺害しました。以後、政治は軍の意向を無視できなくなりました。」というのが学校の“良識ある部類の教科書”に書かれている内容です。
しかし、これでは二・二六事件の本質を全く理解できないですし、どう考えても軍事政権をつくるためにわざわざ政治家を殺害し、武力行為なんか起こさないでしょう。まして当時の青年将校というのは非常に優秀な方たちです。
二・二六事件に関しては戦前この時代に生きて方たちでもほとんど正しく理解できていないのです。なぜなら二・二六事件直後、主導権を握った軍人(いわゆる統制派)が徹底的に言論取り締まりを行い、新聞・雑誌の記事は検閲され、青年将校(いわゆる皇道派)に同情の記事は片っ端から発売禁止にされ、憲兵隊の取り調べを受け、民間人も検挙されたりしたのです。つまりこのことは一切口に出来ず、真実は闇の中であったのです。
当時、陸軍はわかりやすく分けると「統制派」と「皇道派」に分かれていました。
「統制派」は東條英機などのちに戦争を戦っていく主力となる方たちですが、彼らはこの時すでに支那進出準備を進めており、国家総動員の統制された高度国防国家を目指していました。
これに対して「皇道派」は現状の日本の困窮状況を鑑みればとても支那との戦争などすべきではない。まして支那に手を出せば世界戦争に巻き込まれてしまう。日本は天皇陛下を中心にして国内を固め、支那では蒋介石とは手を握り、本当の敵であるソ連にこそしっかり守りを固めていくべきである、という考えです。
後の歴史を知る現代の目で見ればどちらの主張が正しいかは明らかです。
つまり時代をみる目は皇道派にあったといえるのではないでしょうか。
後に処刑された皇道派の当時24歳の安田優少尉は法廷でこのように熱弁をふるいました。
「軍上層部が戦時統制経済によって独占利益をむさぼろうとする財閥に懐柔され思うがままに操られてしまうと、国家は意図的に引き起こされる戦争によって滅亡の危機に直面しかねない。三井はじめとする各財閥が皇道・統制両派の将軍たちはもちろん、佐官クラスの軍幕僚や尉官クラスの青年将校たちに手広く金をばらまきはじめ、軍全体を背後から操りだしている」。
24歳にしてこの洞察力です。この言葉に当時の日本の置かれている危機がよく語られています。
つまり財閥がお金で軍を操っている。そのお金の出所はコミンテルンであったり、国際金融資本であるのです。つまり日本を戦争に引き込むために軍部を利用していたのです。これに気付いていた皇道派はこういう勢力にとって邪魔であります。つまり統制派を利用して皇道派の追い出しをはかったのです。この罠に青年将校ははまったのです。
コミンテルンの関わりについては青年将校の裁判の主任検察官であった匂坂春平法務官の“匂坂資料”に書かれてあると京都大学教授の中西輝政教授が著書に書かれています。
皇道派を一掃した統制派は心おきなく支那進出を行います。
二・二六事件が起きたのは昭和11年2月26日です。盧溝橋事件は翌年の7月7日、そして同年8月13日に上海事変が起こり、支那事変が深みにはまっていきます。
コミンテルンはソ連の一番の脅威であった日本軍を支那や南方に向けさせる事に成功しました。それが遂に大東亜戦争となり日本は敗戦へと向かっていくことになるのです。
つまり二・二六事件から日本は本格的な世界戦争に巻き込まれていくことになる日本にとっては大きな分岐点になる事件であったのです。
二・二六事件を深く理解するには昭和6年の「三月事件」から昭和9年の「士官学校事件」、さらには昭和10年の「相沢事件」を知ることで理解が深まることでしょう。
さてこの度、中公文庫から『私の昭和史 二・二六事件異聞』上下2冊が2月23日に出版されました。この本は二・二六事件の時の青年将校でこの事件により禁固刑に処されて軍から追放された末松太平さんの書かれた貴重な本です。
「私が最も感銘を受けた人生の本と言えば末松太平氏の『私の昭和史』をあげなければならない。かつての青年将校が冷静に当時の自分と自分の周囲を書きだした回想録である。軍人の書いた文章とは思えぬほど見事な洗練された文章であり、立派な一篇の文学である」(三島由紀夫)
(* 画像は末松太平様のご長男である末松建比呂様からお借りいたしました)
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