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日本よい国、きよい国。 世界に一つの神の国。
降り積もる深雪(みゆき)に耐えて色変えぬ 松ぞ雄々しき人もかくあれ

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伊東三右衛門・伊東南美夫妻 胸像



かってわが国は道義の国と言われてきました。
しかし、昨今、手段を選ばず財を為したものがもてはやされ、「勝ち組」などと、時代の寵児としてもてはやされる有様です。
戦前の道徳の指針となる「修身書」は、明治大帝より下賜賜った『教育勅語』を実践するための手引書のようなものでした。
「修身教科書」に最も多く取り上げられたのが、二宮金次郎すなわち二宮尊徳翁です。
尊徳翁の思想の根本には、独自の人間観があります。尊徳翁は、人間と自然、人間と動物の違いをこう説きます。自然の道、「天道」は、人間が何もしなくても行われますが、人間は働かなければ生きてゆけません。勤労が根本なのです。また、動物は争い、戦い、奪い合いますが、人間は助け合い、融け合い、譲り合うことができます。尊徳翁は、これを人の道、「人道」といいます。世の中をよくするためには、「人道」に徹するほかはないのです。
冒頭の画像の伊東三右衛門・南美夫妻はまさに「人道」に生きられたのです。

財団法人 伊東奨学会五十年史より伊東三右衛門・南美夫妻をご紹介したい。

伊東三右衛門(いとうさんうえもん)は、明治二十五年(一八九二年)に今の羽田空港のある鈴木新田(すずきしんでん)で生まれました。幼いころの名前を三三雄(みさお)といい、代々酒屋や質屋を営む裕福な家の一人息子として育ちました。
その当時、町には小学校がなく、三三雄は、隣村の大森高等小学校に入学します。中学は、自宅から八キロメートルも離れた荏原(えばら)中学校に歩いて通いました。このおかげで、あまり丈夫でなかった体も卒業するころにはすっかりたくましくなり、成績も大変優秀でした。
中学校卒業後は、東京高等商科学校(今の一橋(ひとつばし)大学)に進学しますが、そこで「少年よ 大志(たいし)を抱け」といったクラーク博士の弟子、内村鑑三(うちむらかんぞう)と出会います。この出会いこそが、その後の三三雄の人生を大きく方向付けることとなったのです。
「人は学問や文化に等しくふれ、等しく幸せになる権利がある」
と説く鑑三に、三三雄は自分が育った羽田の人々への思いをはせました。
当時、羽田に暮らす人々は、水道もなく学問とは縁(えん)遠い生活を続けていました。
「私たちが死ぬときは、自身が生まれたときより世の中を少しでもよくして、財のある者は事業をして役立ち、財のない者は教師となって思想を人に残すことが大切です」
という鑑三の教えを理解はできても、三三雄はまだそのために自分が行動を起こすことまではしませんでした。華やかな一生でなく、平凡な生涯をおくりたいと考えていたのです。
「まじめで一生懸命な生涯こそ、後世に残す最大の遺物です」
鑑三の一言に、三三雄は大きく共鳴します。
三三雄は、大学卒業後に三井銀行に就職します。その翌年には、埼玉県出身の加藤南美(かとうなみ)と結婚しますが、妻の南美は東京の立教女学院(りっきょうじょがくいん)を経て大妻技芸学校(おおつまぎげいがっこう)を卒業した才能のある女性でした。
南美は、お花やお茶をたしなみ、俳句集も出版するなど、とても優秀な人で、几帳面(きちょうめん)で質素、倹約家(けんやくか)であるなど、三三雄と似通った女性でした。
三十四歳のとき、三三雄は父親の跡を継ぎ五代目伊東三右衛門となります。三年後には地元羽田で経理士事務所を開設しますが、子どもに恵まれなかった三三雄は、近所の子どもたちの世話をしたり、身寄りのない子どもを預かったりしました。
昭和十二年(一九三七年)の日支戦争に端を発した大東亜戦争がますます激しくなっていくなか、三右衛門は、会館を建設して町会に寄付(きふ)するなど町の中心的人物となります。
戦時下の子どもたちは、空襲から命を守るために親と別れて疎開し、人々は苦しい生活をじっと我慢して送っていました。
この苦しい人々の暮らしぶりを見ていた三右衛門は、
「軍に献金して戦車や戦闘機をつくれば華やかかもしれないが、伊東家の財産はすべて町の人々がいたからこそ蓄えられたものだ。決めたぞ! すべての財産を町のために使おう」
と固く決意したのです。
そのような固い決意によって実現したのが伊東奨学会(いとうしょうがくかい)です。子どもたちの教育や、地元の人たちの文化を発展させることを目的に昭和十九年(一九四四年)九月に設立されました。まさに戦争の終わる一年前のできごとでした。
当時は教育機関の公費が少なく、多くの学校が伊東奨学会の寄付を大歓迎しました。伊東奨学会は、戦後の教育向上に大きく貢献したのです。
昭和三十五年(一九六〇年)、三右衛門は六十八歳で亡くなります。妻の南美は遺言を守って、何とか自分一人が生活できるだけの資産を残し、すべてを伊東奨学会に寄付します。その後、昭和四十六年(一九七一年)に南美も亡くなりますが、遺志によりすべての財産が伊東奨学会に贈られました。
創立以来、財団法人伊東奨学会の活動は、戦後の貧しい教育環境のなかで、多くの役目を果たしてきました。そして、創立から半世紀が過ぎた今でも、三右衛門夫妻の意志を受け継いで、社会教育や学術振興、文化の向上のためにさまざまな団体に寄付をしています。
財産は郷土の資産として永遠に継承されることを願った、三右衛門と南美の心は今も羽田に生き続けています。





尊徳翁の報徳思想は、「分度」「勤倹」「推譲」「報徳」の四つからなっています。
動物はエサを食べたいだけ食べますが、人間は先のことを考えて、収穫の中から、来年のための種を保存します。「まかぬ種は生えぬ」からです。そして、一年かけて一家が食べられるように配分し、どれだけ食べ、どれだけ蓄えなければならないかを計画しなければなりません。このように消費と備蓄の度合いを考えて生活をすることを、「分度」といいます。
また、一生懸命働いて収穫を得たら、その利益を倹約するということが大切です。これを「勤倹」といいます。
勤倹によって余りが出れば、これを足りない人に譲る心が大切です。自分のために残すものを「自譲」、他人のために残すものを「他譲」といいます。尊徳翁は、この両方を合わせて「推譲」といいます。
推譲に対して、差し出された者は、感謝して、受けた徳に報いるという心が大切です。これを「報徳」といいます。つまりお返しをするということです。この時に、返し手が自分なりのお礼を加えれば、推譲の基金はいよいよ増えていきます。
これら「分度」「勤倹」「推譲」「報徳」は、どれが欠けても完全ではありません。四つが合わさって人間の生活を全うできるのです。こういう生き方が、尊徳翁の「報徳思想」です。尊徳翁は、これをひたすら実践し、人々に広めていきました。

「道徳を忘れた経済は罪悪であり、経済を忘れた道徳は寝言である」(『二宮翁夜話』)とも尊徳翁は説かれています。
心の開発ができれば、国土を豊かにし、国家社会を発展させることができる。生きるために協働し、支え合いながら、自らを磨き、互いの人格を高め合う「和」の精神、それが人としての道であると尊徳翁は説いています。

財は郷土のために―伊東夫妻の心は報徳精神そのものであります。
わが国には長期にわたる不況、国や自治体の膨大な借金、豊かさの中で勤労の精神を忘れた若者たち、官吏の腐敗堕落等の問題が、広がっています。今日の日本人が、再び二宮尊徳翁、また偉大な先人に学ぶべきことは、まことに多いでしょう。また学ばねばなりません。

日本人が日本人であるために・・・原点に還るべきでしょう・・・





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貶めるためにはどんなこともやる朝日。また捏造です。
橋下の慰安婦発言に対して、朝日記者が米国務省サキ報道官に質問したことを、テレビ朝日で報じましたが、その中でサキ報道官の日本語訳を実際とは違う訳にして報道していたのです。これは朝日側がグルになって橋下を貶めて、慰安婦問題については日本がもの言えぬようにしています。
 
その前日の515日、朝日アメリカ総局大島隆のツイッターに橋下徹がこのようにコメントしています。
「米軍へ風俗活用を進言したこともメディアでは一斉に非難。じゃあ、米兵の性犯罪についてどのように迫るの?米兵の性的エネルギーをしっかりとコントロールして欲しいと司令官に申し入れた。朝日新聞の記者は、規律を厳格化するとか処罰を厳格化するとか要請したらいいじゃないかと言ってきた。バカか」
 
この書き込みの翌日516日、朝日アメリカ総局の大島隆記者は米国務省のサキ報道官にこのように質問しました。
サキ報道官「では何かあればどうぞ。後ろの方に行きましょう。大変お待たせしました」
大島隆「はい、私は日本の朝日新聞社のタカシです。大阪市長の橋下は最近このようなコメントをしました。それは道徳的な観点から容認できないものですが、彼は当時の戦時中に於いて慰安婦制度があったのは仕方がない、と主張して、いわゆる慰安婦は必要だった、そしてまた売春婦で性的サービスを提供された他の国の軍があるので、日本だけが米国や他の国から批判されているのは公平ではないと主張しています。米国は米国に対する彼のコメントや批判に対する何らかの立場がありますか?」
サキ報道官「ええもちろん、それらのコメントを見てきました。橋下市長の発言はとんでもないと批判されています。すでに米国は述べているように性の目的のために売買されたこれら女性に起きた悲惨な状況は明らかに巨大な大きさの重大な人権侵害です。我々は被害者に再び私たちの誠実で深い同情の輪を広げ、また私たちは日本がこの過去に起因する他の問題に対処する為に近隣諸国と協力して行き、前向きな関係を培うことを願っています。」
大島隆「あなたはこの問題のセックス奴隷や慰安婦について記述していますか?」
サキ報道官「私は再びそれを定義するつもりはありません。まあ貴方は特定の詳細をレイアウトしていますし、私たちは慰安婦として過去にこの問題を説明してきました」(動画はこちら
  
この質疑をテレビ朝日は“米「常軌を逸した不快な発言」”としてこのように報道しました。
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日本維新の会の橋下代表の従軍慰安婦をめぐる発言についてアメリカ国務省の報道官が常軌を逸した不快な発言だと批判しました。(以下、テレビ朝日の日本語訳)
サキ報道官「橋下代表の発言は常軌を逸した不快な発言だ。日本にはこの従軍慰安婦問題だけでなく、過去の問題について近隣諸国と取り組んで前向きな関係を育んでほしい」。
国務省のサキ報道官は「戦時中に女性たちが性的な目的で売買されたことは不幸で、その多くが明らかに重大な人権侵害」だとするアメリカの従軍慰安婦に対するこれまでの見解を改めて説明しました。
その上で「被害者に心から深く同情している」と述べました。橋下代表の発言についてアメリカ政府の高官が、このように厳しい表現で批判したのは初めてのことです。
518日 テレビ朝日)
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橋下は“慰安婦”と言っていますが、朝日は“従軍慰安婦”という言葉にしています。これは明らかに意図的です。
朝日をはじめ反日マスコミの橋下包囲網により「従軍慰安婦に申し訳ない。とんでもない女性に対する人権問題だ」、しかも米国も怒っている、どうするのだ、ということです。
嘘の“従軍慰安婦”を既成事実化して、政治家はこれについて正論を言えなくしようとしています。そこでガツンと言ったのが西村真悟議員でした。しかし、これではまだまだ封じ込められてしまいます。
本来、捏造の「従軍慰安婦」問題を叩き潰すために、正しいことを言う政治家がもっと増えて、国民にも真実が知れることで、この先人を貶める捏造を潰すことができたかもしれないのです。
 
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転載元転載元: さくらの花びらの「日本人よ、誇りを持とう」

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