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日本よい国、きよい国。 世界に一つの神の国。
降り積もる深雪(みゆき)に耐えて色変えぬ 松ぞ雄々しき人もかくあれ

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日本国とアメリカ合衆国との間の相互協力及び安全保障条約の効力発生から今日がちょうど、53年周になります。

反日サヨク、九条の会の多くは、戦後日本の平和を護ってきたのは平和憲法だと言います。
しかし、文章が平和など護れるわけがありません。
冷戦以降、なぜソ連は東欧を度々軍事介入しながら日本には攻め入らなかったのか。なぜ支那はチベットやウイグルを侵略しながら日本を侵略しなかったのか。
答えは簡単です。わが国と紛争を起こすことは、日米安全保障条約により米国との戦争につながり、更に核戦争につながる。だから日本には侵略ができなかったのだ。米国との核戦争など馬鹿げていることは、さすがのソ連や支那にも理解ができたのです。
チベットやウイグルは核武装国家のうしろだてがないがゆえ、支那に蹂躪された。
わが国もまた、大東亜戦争末期、日本の軍事力が疲弊した瞬間、ソ連から侵略され北方領土を奪われたのです。

冒頭の画像は九条の会のものです。横断幕に「世界は九条を選び始めた」とあります。彼らの目標とするのは護憲であり、非武装です。

世界には28ヶ国の国々が軍隊を持っていません。
僅かですが、検証してみたいと思います。

世界は九条を選び始めたのかを・・・



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非武装国ミクロネシア連邦


島国には非武装の国がたくさんあります。太平洋ならば、ミクロネシア連邦、パラオ、サモアなど。インド洋ではモーリシャス、モルディヴの二国。カリブ海ではセントルシア、グレナダらが、軍隊を持たず、なのに平和に暮らしている島国です。
他国を侵略したり、実際には攻めずとも武力をチラつかせて恫喝する国々も、それによって何かしらの経済的利益を得ようとして、武力を背景に脅すのです。
 とすれば、何も得るものがない小国相手では、攻めても脅しても得るものなく、評判を落としてしまってかえって損です。非武装国の大方はそんな感じです。
 人口は少なく、経済は小さく、領土は狭く、資源といえば魚とヤシの実、なんていう国を強請っても仕方がありません。経済のみならず色々な面からみて、誰がどう考えても価値が低い国ならば、軍備をしなくてもよいのです。
貧乏長屋には泥棒も入らないのの理屈です。





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ヨーロッパの非武装国、アンドラ公国。フランスとスペインの間、山岳地域にポツンと存在しています。人口は7万5千人。



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地図の真ん中がサンマリノ国で、まわりは全部イタリアです。昔のイタリアは小さな都市や地方ごとに分離独立していました。近代になって統一されるのですが、その時に参加しなかったのがサンマリノです。



非武装国はほとんどが凄く小さい国です。そんな国では、自前の軍隊を持とうとしても、まともな規模の軍を編制できません。人口が3万や7万、日本の郡市レベルではそうもいきません。だからすぐそばの大国に完全に身を委ねて、保護してもらっています。大国の側としても、そんな辺鄙で小さい山国を攻めたり脅したりしても意味がないものですから、いたずらをすることもありません。
 このような国々は軍隊をもっても意味がなく、また持たなかったとしても失うものも少ないために、非武装でいるのです。



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前述したサンマリノやアンドラは地勢的にどうでもいい位置なので非武装でいいのですが、逆に重要な位置でありすぎて非武装にせざるをえない場合もあります。
 最も分かり易いのがパナマです。パナマ運河はアメリカの安全保障にとって死活的に重要です。パナマが意にそわない国になったら、米国はとても困ります。1989年、米国は軍隊を出して占領しました。パナマはこれ以降、軍隊を解体したままです。非武装でも安全なのは、米国の裏庭だからです。米国にとって極めて重要であり、しかも距離が近いところにあります。よって他の国は誰もパナマに手を出せません。
 それにパナマが自前の軍隊を持つということは、アメリカに安全の全てを委ねてるのは嫌だ、という警鐘です。すると下手をすればまた米軍が攻めてきかねないので、妙な誤解を招かないためにも、非武装のままでいるのが合理的です。パナマのほかにも中米には非武装の国がいくつか固まっていますが、その合理性は同様にアメリカの裏庭であることによっています。

非武装の国はそれなりの合理性があって非武装を選択していますが、戦争になったらどうするのでしょう。非武装でいれば、戦争に巻き込まれる恐れはないのでしょうか?

 否、もちろんそんなことはありません。例え非武装で、領土が狭く、貧しい小国であっても、戦争に必要であれば遠慮なく攻められてしまいます。非武装なので簡単に占領され、侵略者の支配下におかれたり、戦場になったりします。



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ドイツに侵略されたルクセンブルク


 自国では何も悪いことはしてないのに、地政学上、立地が良すぎたために世界大戦に巻き込まれたのが低地諸国です。彼らは非武装ではありませんでしたが、世界大戦のときに敵対するどちらの陣営にも味方せず、中立を守っていました。にも関わらず、ドイツ軍の通り道としていい場所にあったので、あえなく侵略され、戦場となりました。
 中立で、かつ非武装だったルクセンブルクも同様です。非武装でも、中立でも、だからといって戦争の局外にいられるわけではないのです。ルクセンブルクは中立国であったにもかかわらず、二度の大戦でドイツ軍に占領された。国民は1940年から1944年までのナチス占領下、強力なレジスタンスを続け、第二次世界大戦中の戦死者数は…第三位に挙げられる。第二次大戦後、非武装永世中立路線を放棄しました。非武装の国は、軍隊を持たないため、戦争においては自分の意志を全く通すことができず、他国に為されるがままになるのが世界の実情なのです。


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モナコ公国




高級なレジャー、賭け事などで有名な、お金持ち御用達観光国です。だから経済は豊かですが、人口が少なく、国土が狭いので、経済以外では小国です。
 このモナコも、軍事力が幅をきかす情勢では、他国に支配されました。その時々で強い国に占領されたり、条約によって保護してもらったりしています。

大戦ではモナコ、ルクセンブルクらの非武装国が次々に占領されて戦場になり、オランダなど武装中立国も蹂躙されました。  そんな中、ある程度戦争の局外にいられたのはスイスとスウェーデンといった一部の重武装中立の国々です。これらの国は熱心に防衛努力をすることで侵略を防ぎました。


スイス軍を指揮していたアンリ・ギザン将軍はこう言っています。ドイツの侵略が迫ったとき、将軍は「今、造営している新陣地が真価を発揮するなら、我々は自分たちの運命を手放すことなく、掌中にしていられるであろう」として部下を激励しました。

 自前の軍隊をもち、防衛努力をすることは、自分の運命を自分で決める力をもつということです。もちろん完全に自国が思うように生きられるわけではありません。ですが他国の思うまま蹂躙されるだけにならず、交渉力や抵抗力を手にして、ある程度の自主性をもつことはできるのです。


軍隊を持たない国は、非武装以外に選択肢を持っていない小国であり、また小国であるがゆえに守るべきものが少ない国々です。また周辺に比較的まともな大国がいて、その保護下に入れる国ばかりです。彼らは、だから、非武装であってもそうそう悪い実態に陥らないで済むのです。

 そのような環境にない、守るべきもの、失うべきものを多く持つ国は、だから自前の防衛力をもっています。それによって国民の生命、権利、財産、国土などを守り、大国の意向や国際情勢の好きにされないためにです。
 アンリ・ギザン将軍の言葉を借りるなら、防衛力を持つということは、自らの運命をその手に守るということです。ならば非武装でいるということは、自らの運命を手放し、流れに身を委ねるということなのです。

ならばわが国の実情はどうか?
わが国は軍事大国に比べれば、軍備は脆弱なものです。


好むと好まないに関わらず、今現在も世界は核兵器をも含む軍事バランスによって保たれているのが実情です。
戦後日本の平和は自衛隊および在日米軍の力、特に米国の核兵器によりもたらされたのだ。

 だからと言って筆者は今後もこのままでいいとは考えない。
わが国は、九条信仰にふけるケンポーファンタジー世界に引きこもっていてもだめだ。現実世界に目をむけ、核武装をも含む国防を責任を持って行わねばならない。
アジアへのアメリカの干渉を排除し、唯一共産支那の暴虐と対抗できるのは、アジアでは日本・インドのみです。日本は明瞭に核武装をし全アジアに対する国防義務を果たすべきなのです。
忘れてはならない。被爆国日本は唯一核武装を正当化できる国なのです。

広島、長崎の過ちを繰り返さぬためにも・・・

もう一度言います。
防衛力を持つということは、自らの運命をその手に守るということです。ならば非武装でいるということは、自らの運命を手放し、流れに身を委ねるということなのです。

両陛下 京都行幸啓

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国際会議出席などのため、京都へ向かわれる天皇、皇后両陛下 御尊影=22日午前、JR東京







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妙心寺堂内天井に描かれた雲龍図をご覧あそばされる天皇、皇后両陛下 御尊影=22日午後、京都市右京区







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京都迎賓館に到着あそばされた天皇皇后両陛下 御尊影=22日午後、京都市上京区









君が代




謹んでお伝えいたします。

畏くも
天皇、皇后両陛下におかせられましては22日、第11回世界生物学的精神医学会国際会議の開会式ご親覧などのため京都に入られ、14世紀前半ごろに花園天皇(1297〜1348年)の離宮として造営された妙心寺(京都市右京区)をご覧になられた。

畏くも陛下は、寺の法堂(はっとう)の天井に描かれた巨大な雲龍図をご覧になり、「天井にどうやって描いたのですか」と質問された。地上に立てかけて描いた絵を取り付けたという説明を受け、熱心に耳を傾けられていた。

今回の訪問では京都市内での宿泊先とされてきた京都大宮御所が耐震基準を満たさないことが判明したため、両陛下は同じ京都御苑内の京都迎賓館にお泊まりになられる。両陛下は学術振興の目的で国際学会にご親覧あそばされるため、年1回各地を行幸啓されるのが恒例。今回は23日に開会式ご親覧、24日には大阪へも行幸啓あそばされる。25日に還幸啓の予定。
また夕方には、京都御所で、皇后陛下の喜寿を祝う茶会が開かれ、西日本に勤める宮内庁職員およそ200人が出席した。
両陛下は、お祝いのあいさつを受けると、「どうもありがとう」と、にこやかに応えあそばされた。







皇室と臣民の紐帯の固さは拙稿をご覧いただいている皆さん衆知のところですが、京都市民の思いは特別なものがあり、京都駅をはじめ京都のあちこちで両陛下、皇族方をお迎えされる多くの京都の皆さんは、「おかえりなさい」の声が多いのです。
現在、東京にある皇室御用達の老舗も、明治大帝とともに江戸(東京都)へ移られたおりにお供された方々が殆どです。
筆者の京都在住時の師匠、近隣の方々も「いつかお帰りになるえ」が口癖でした。

戦後、皇室と臣民の紐帯を離反させようとする心無い、悪しき教育がされましたが、日本人の遺伝子なのでしょう・・・いつまでも固い結びつきは変わらぬものです。

「常に汝臣民と共にあり」

先帝陛下、歴代の帝(みかど)の大御心です。


我々臣民も皇室と共にあるのです。





天皇陛下、皇后陛下はじめ、皇族方がいつまでもお健やかであられることを、臣民の一人として祈念します。


尊 彌榮 彌榮 彌榮

日本國民(やまと民族)は皇室と共に・・・・

天皇陛下、皇后陛下 萬歳 萬歳 萬歳





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