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かつて「文部省唱歌」を子供たちは学校で歌っていました。
今では「唱歌」と言っても「何それ?」と言われます。
これはかつて教科書にあった歌です。
戦後、『教育勅語』が消され、『修身』の教科書が消され、『唱歌』も一部は歌詞を変えられ、また歌詞そのものを消された唱歌もあります。中には唱歌そのものを二度と歌わせないように抹消してしまったものもあります。
なぜ消すのかというと、大東亜戦争で日本の恐ろしいほどの強さを嫌と言うほど知ったアメリカは、占領政策で二度とアメリカの脅威とならないように日本弱体化をあらゆるところで行ってきました。その一つが唱歌の歌詞を変えたり消すということでした。
唱歌の中には日本人の心や精神がたくさん詰まっています。『教育勅語』、『修身』、そして『唱歌』を復活させれば本来の日本人が取り戻せることでしょう。
特に情操教育が必要であるとよく言われていますが、唱歌をきちんと歌うことはその効果に大きく貢献することであります。
たとえば四季の草花を愛でる心、特に日本には春夏秋冬それぞれほどよい長さの四季があり、国土の自然には山と海と川があるのです。しかし、世界を見渡してもこのような風土を持つ国は少ないのです。
日本人は植物の葉の色にしても多彩な色を知っています。春になって芽吹き、若葉の色、やがて深緑に変化して、涼しい風が吹き出すと黄味を帯び赤みを帯びてくる。この四季の変化は国土の大部分が砂漠の国や一年中雪の中で過ごす地では理解できないのです。
「季節を語らずして自然を語ることなかれ」という不文律が日本の文化の中にあります。俳句には五・七・五の中に必ず季語を入れることは日本人ならば誰もが知っていることです。それは日本に四季折々の季節があるからなのです。そう感じるだけでも日本は本当に素晴らしい国なのです。
小さな虫や小動物を愛する気持ち、故郷の山や河を想い、親を想い、友だちを大切にする心。祭や花火、田植えや稲刈り、四季の行事を感じ、自然に感謝する。また歴史に残る立派なお話や正義と勇気ある志、そういうことを知らず知らず唱歌から学んでいたのです。
もちろん歌っているだけでこうした心は養えるものではないでしょうが、このような歌をいつも歌っていることいで、親は大切なもの、友は大切なもの、という価値観が知らないうちにしみ込んでいくのです。
戦後、『村祭』が教科書から外された時、市町村合併で村のない所があったからだという。この歌の3番「治まる御代に神様の めぐみあおぐや村祭り」を「みのりの秋に神様の めぐみたたえる村祭り」と変えてしまったのです。なぜか。神様を讃えてはいけないというのです。
『広瀬中佐』という唱歌があります。これは現在“軍歌”に分類されていますが、小学校で教えていた唱歌です。広瀬中佐とは日露戦争でロシアの太平洋艦隊をバルチック艦隊が来るまでに叩こうとしましたが旅順港の中から出てこないので出入り口の狭い旅順港を閉塞して閉じ込めてしまう作戦を指揮した軍人です。
交戦中に敵の攻撃を受けて船が沈み全員退避命令とともに広瀬中佐も退避しようとしたとき部下の杉野上等兵の姿がなく、「杉野はいるか」と大声で叫びながら単身、水が満ち始めた船内を探しましたがついに見つからず、「もはやこれまで」と断念してボートの乗り移ろうとした時に敵の弾丸に命中してしまったのです。
部下を大切に思うのは指揮官として当然の心得です。しかし極限の状態で、自分の命をかけてまで実行できるかといえば大変難しいことです。こういう実話をかつては歌にして語り継いでいたのであります。
しかし、戦後「戦争のエピソードは軍国主義につながるから」という理由で消されてしまいました。
この歌の本質は何か。一命を顧みず他者を救おうとする尊い精神ではないでしょうか。東日本大震災でもそのような行動をとって亡くなられた方がいました。これこそ尊い精神でなくてなんでしょう。
単純に「戦争の歌だから消す」というのはあまりにも安易過ぎであります。
今、集団的自衛権の行使をするとかしないとか議論をしています。これに反対している政治家などは仲間がピンチの時に逃げるという、今の日本を象徴する道徳観のなさを表わしています。こんな薄情な考えしかできない政治家は日本人の恥と言えるでしょう。
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