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日本よい国、きよい国。 世界に一つの神の国。
降り積もる深雪(みゆき)に耐えて色変えぬ 松ぞ雄々しき人もかくあれ

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両陛下 ご動静 

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日本伝統工芸展をご覧あそばされる天皇、皇后両陛下 御尊影=20日午前、東京都中央区の日本橋三越本店










畏くも天皇、皇后両陛下におかせられましては20日、東京都中央区の日本橋三越本店におかれまして、陶芸や染織など優れた伝統工芸品を集めた第60回日本伝統工芸展(文化庁など主催)をご覧あそばされ、技巧を凝らした作品の数々を、時間をかけてご覧になられた。
 染織の展示では、「半夏生(はんげしょう)」という着物の色を桑の葉から出しているという説明を受けられ、畏くも天皇陛下は「桑の葉っぱから?」と興味深そうにご下問あそばされた。同展は陶芸や染織、漆芸、金工など7部門の入選作品を展示しており、宮内庁によると、両陛下は第40回、50回もご覧になられた。





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都内の介護老人福祉施設「ケアポート板橋」を訪れ、入所者らによる音楽活動をご覧あそばされる天皇、皇后両陛下 御尊影=19日、東京都板橋区舟渡





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都内の介護老人福祉施設「ケアポート板橋」に到着あそばされた天皇、皇后両陛下 御尊影=19日、東京都板橋区舟渡




畏くも天皇、皇后両陛下におかせられましては19日午前、東京都板橋区の介護老人福祉施設「ケアポート板橋」に行幸啓あそばされ、入居する高齢者と交流あそばされた。
 高齢者施設の訪問は敬老の日にちなんで毎年、両陛下が続けてられてきた行事ですが、来年を最後に、若い世代の皇族方にお譲りになられる。
 この日、畏くも両陛下におかせられましては、リハビリを兼ねてうどんを作ったり、鈴や手持ち太鼓をたたきながら歌ったりして楽しむ高齢者らとお話になられ、畏くも陛下は「お体はいかがですか」「お元気でよいですね」と玉音賜りました。
 同施設では、経済連携協定(EPA)に基づき来日し、介護福祉士試験に合格したインドネシアやフィリピン出身の職員も働いており、皇后陛下は「よく努力されましたね」とお言葉をかけられた。




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「福田美蘭」展をご覧あそばされる皇后陛下 御尊影=18日、東京・上野の東京都美術館




皇后陛下におかせられましては18日、東京・上野の東京都美術館で現代美術家、福田美蘭さん(50)の個展「福田美蘭展」をご覧あそばされた。米中枢同時多発テロを題材にした作品や、東日本大震災で家などが津波で流される上空で観音が子供を抱き寄せる姿を描いたアクリル画「秋−悲母観音」など約70点が展示され、皇后陛下は福田さん本人から説明を聞きながら、熱心にご覧になられた。

1963年東京生まれ。デザイナー福田繁雄を父にもつ画家。
1985年東京芸術大学美術学部絵画科卒業、1987年同大学院美術研究科修了。さまざまなメディアや複製技術の氾濫する現代における美術に対して洞察の目を向ける作品を制作。1989年安井賞、1991年インドトリエンナーレで金賞、1992年現代日本美術展で群馬県立近代美術館賞、1994年VOCA賞、1996年フィリップモリスアートアワード1996優秀賞など数多くの賞を受賞。



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「秋−悲母観音」









何でもない日常の光景ですが・・・なぜか感動します。 天皇陛下の國 日本





天皇陛下、皇后陛下はじめ、皇族方がいつまでもお健やかであられることを、臣民の一人として祈念します。


尊 彌榮 彌榮 彌榮

日本國民(やまと民族)は皇室と共に・・・・

天皇陛下、皇后陛下 萬歳 萬歳 萬歳
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かつて「大和」と呼ばれ日本という国の発祥地とも言われる「奈良」この「ならのみやこ」とはつまり「平城京」にあたる。「那羅」「平城」「寧楽」と書いて「なら」と読む事もあり、平安京(京都)に遷都した後は南都(なんと)と呼ばれた。「奈良」の語源としては「平らな、平坦な(土地)」を意味する「なら(す)」であるという説が有力と言われています。
初めて奈良の観光に来た人が近鉄電車に乗ると、西大寺から新大宮駅までのすっぽりと空いたこの空間に驚かされます。その空閑地は今から一三〇〇年ほど前、西暦七一〇年から七八四年までの七四年の間、ここが1300年前に都の中心があった場所です。
平城京は唐の長安にならって作られた都で10万人の人が住んでいました。朱雀門より北側の区画は天皇の住まいとして儀式や政治行事が行われていた平城宮でいわゆる御所です。
近鉄電車の前身である大阪電気軌道が1914年(大正3年)に開通時はまだ史跡として保護されていませんでした。



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水田であった頃の平城宮跡(大正5年頃)


戦後、発掘作業が進んで次第にその 全貌 ( ぜんぼう ) が明らかになり、現在は 大極殿 ( だいごくでん ) 跡や 朱雀門 ( すざくもん ) が復元されて往時の面影の一端がよみがえりつつありますが、この宮跡を私財を投じて保存・復元しようとした人がいました。 奈良公園の植木職人棚田嘉十郎 ( たなだかじゅうろう ) と 溝辺文四郎 ( みぞべぶんしろう ) です。

この地に平城宮と呼ばれる古代の都があったことを多くの人々が知ったのは、それほど古いことではありません。平城宮は七八四年に 長岡京 ( ながおかきょう ) に都が移った後、ほどなくして放置され、宮の東に建てられた東大寺や 興福寺 ( こうふくじ ) などの門前に奈良の町が生まれるとすっかり忘れ去られるようになりました。鎌倉時代以降は多くが田畑となり、江戸時代になると田畑とともに、その南や北には集落がつくられるようになっていました。
農民たちもまさかその集落の下に古代の都が眠っているとは夢にも思わず、ただ耕し米や麦をつくり続けていたのです。
棚田嘉十郎は江戸時代の末の 万延 ( まんえん ) 元年(一八六〇年)四月五日、 大和国添上郡須川村 ( やまとのくにそえかみぐんすがわむら ) (現在の 奈良市須川町 ( ならしすがわちょう ) )の農民の家に生まれました。幼いころどのように過ごしたかは分かりませんが、植木職を学んだようであり、大人になると奈良町の 東笹鉾町 ( ひがしささぼこちょう ) で植木業を営むようになっていました。しかし、奈良県に勤める 古社寺 ( こしゃじ ) 修理技師・ 関野貞 ( せきのただし ) による研究に影響されて、平城宮跡に強い関心を持つようになりました。
溝辺文四郎は 嘉 ( か ) 永 ( えい ) 六年(一八五三年)十二月二十二日、平城宮跡にほど近い大和国 添下郡超昇寺村 ( そえしもぐんちょうしょうじむら ) (現在の奈良市 佐紀町 ( さきちょう ) )に生まれました。お茶の販売業を営んでいましたが、棚田嘉十郎と知り合ってその影響を強く受け、ともに平城宮跡の保存運動に力をつくしました。
嘉十郎らは明治三十三年(一九〇〇年)に私財を投じ、幕末に 北浦定政 ( きたうらさだまさ ) がつくった「 平城大内裏敷地図 ( へいじょうだいりしきちず ) 」を複製して広く配り、奈良県民に平城宮跡の保存を呼びかけるとともに、翌明治三十四年(一九〇一年)には 朝堂院 ( ちょうどういん ) 跡に木標(木でつくった目印)を建てました。明治三十九年(一九〇六年)には「 平城宮址保存会 ( へいじょうきゅうしほぞんかい ) 」をつくり、政府に宮跡保存を 陳情 ( ちんじょう ) するとともに、広く 寄付 ( きふ ) を募って宮跡の買収を進めました。
こうした努力が実を結び、明治四十三年(一九一〇年)十一月には 平城奠都 ( へいじょうてんと ) 千二百年祭が開催され、「平城宮大極殿跡」の木柱が建てられました。ようやく政府、県も平城宮の保存に積極的に乗り出すようになったのです。
また、明治四十五年(一九一二年)三月には現在のJR奈良駅前の三条通り沿いに「 平城宮大極殿跡西是 ( へいじょうきゅうだいごくでんあとにしこれ ) より 二十町 ( にじゅっちょう ) 」と記した石標(石の目印)を建て、大正二年(一九一三年)には「 奈良大極殿址保存会 ( ならだいごくでんあとほぞんかい ) 」を結成し、 莫大 ( ばくだい ) な私財を提供して跡地の買収活動に力をつくしています。





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棚田嘉十郎 像 
銅像の左手には平城宮跡から出土した瓦、右手は大極殿跡を指差しています。


こうした活動を続けた嘉十郎でしたが、 報 ( むく ) われることはあまりありませんでした。跡地買収に私財を投じたため大変厳しい生活を送るとともに、体調を壊して失明してしまいます。そして、大正七年(一九一八年)七月に同志であった溝辺文四郎に先立たれてしまったのです。生きる希望を失ったのか、大正十年(一九二一年)八月十六日、嘉十郎は六十二歳で自ら命を絶っています。
翌大正十一年(一九二二年)四月、「奈良大極殿址保存会」はすでに買収していた宮跡九 町 ( ちょう ) 六 反歩 ( たんぶ ) あまりを国に寄付しましたが、同じ年の十月十二日、平城宮跡は「 史蹟名勝天然紀念物保存法 ( しせきめいしょうてんねんきねんぶつほぞんほう ) 」による史蹟に指定されました。ここでようやく嘉十郎の長年にわたる願いが実現し、その後平城宮跡は保存され、現在にいたっています。




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朱雀門


 現在、復元された平城宮朱雀門の門前には、嘉十郎の像が建てられ、その像の指さす先には大極殿跡があります。生前には報われることが少なかった棚田嘉十郎と溝辺文四郎ですが、人々の目が平城宮跡に向けられ、去る平成二十二年は平城奠都一三〇〇年祭で賑わいました。きっと棚田嘉十郎と溝辺文四郎は喜んでいることでしょう。平城宮跡は1998年奈良県では2番目に世界遺産に指定されました。
実はまだ発掘調査が3割しか終わっておらずこの調子で行けばあと100年かかるようです。今でも木簡や生活道具か数多く出土し、当時の生活様式を知る貴重な資料となっています。
平城宮跡を訪れられたら、そのときには平城宮の保存に尽力されたお二人の思いに改めて心を寄せたいと思います。






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離島の民生安定で国の安全を守れ
国境の街、対馬ではこの6月、また自衛隊施設の近隣の土地が韓国資本に買収された。海上自衛隊対馬防備隊本部に隣接して建設され、かねて問題になっている韓国人向けホテル「対馬リゾート」と地続きの土地である。購入した韓国企業は、対馬リゾートと同様のホテルを建設する計画だ。
水源地や国防に関係する土地の外国人による買収は、社会問題になっている。しかし、現行法でそうした売買を制約するのは難しく、今も自由に売買されている。自衛隊施設を囲むような韓国人リゾートの形成は、有事の際の不安要因となるにもかかわらず、である。(2013.9.19 産経新聞)
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今年の6月、対馬で前回と同じように韓国資本が自衛隊施設近隣の土地を買収したということです。前回、韓国資本がこの自衛隊施設の隣接買収であれほど大きな問題になったにもかかわらず、また知らぬ間にこのようなことが起きていたのです。
これは対馬の問題というより、国境離島に対する国の安全保障の意識の低さの問題であるといえましょう。
 
実際、国が動かない間に日本の水源地や森林がどんどん買収されているのは承知の通りです。以下、櫻井よし子さんのブログ(2013.5.23)を中心に外国資本の土地買収問題を見ていきたいと思います。
「北海道日本海側の奥尻島、本州に下がって佐渡島、対馬、東シナ海側に移って長崎県の高島と五島列島、鹿児島県の沖永良部島、沖縄県の石垣島などの土地が外資の手に落ちたか、落ちつつある。」と書いてあります。その上で「防衛施設や原発施設周辺の土地か或いは国境の島々で、いずれも安全保障上、外資に取られてしまえば深刻な結果を招くと思われます」と警鐘を鳴らしています。
 
そして、「自衛隊基地周辺の土地も中国が買えばどうなるか。数百メートルの距離から電子情報を盗み取る技術が確立されている現在、日本の国防関連情報は容易に盗まれかねない。有事の際、どう利用されるかもわからない」ともいう。
 
今や土地買収の9割はシナ資本だといわれています。しかし、それを容易にしてきた日本政府の問題もあるはずです。
「土地売買は1998年までは事前の届け出が必要だった。しかし規制緩和で基本的に事後の届け出で済むようになり、同時に国の業務が県の業務になって、監視が緩くなった」。
規制緩和がいいように言われてきましたが、何でもかんでも規制緩和すればいいというものではありません。こういう規制緩和はシナが利得者とすれば、そういう工作があったのかもしれないと疑いたくのは当然です。
 
外国による土地買収問題で「ある女性議員が地方自治体の陳情に対し国の見解を示せと迫ったのです。そのときの外務省の担当者は、『懸念懸念と仰るが、何を困っているのか、個人的にはわからない』と答えました。切迫感がないのです」というのが現状のようです。
 
櫻井よし子さんが日本の現状を憂いてこのように書いています。
「国土売却になんの規制もないのは、世界でおよそ日本一国のみとされる。買われた国土をどう使われようが規制出来ないのも日本一国のみという。
外資を土地売買及びその使用で規制することは、世界貿易機関(WTO)の一員として困難だという意見がいまだに存在する。お役所には、規制をかけられないのは財産権を侵してはならないと定める憲法29条のためだという声も強い。
しかし、WTO加盟の中国は一寸の土地さえ売らない。韓国、シンガポール、豪州、インドなどは外国資本の土地取得に厳しい条件がある。米英独仏では買収は可能だが、戦略上重要な地域の売買は許されない。事前に買収目的を明らかにしなければならず、買収後は厳しく監督される。政治判断で売買の取り消しも可能だ。WTO加盟国でありながら、各国は三重四重の規制をかけている。
この厳しい政策は当然である。国土を売ることは国家を売ることだ。売買も使用も制限しない日本の在り方を、急ぎ、変えなければならない。」
 
日本の平和ボケと外部工作による安全保障に対する危機意識の欠乏がこのような事態に日本を追い込んでいるのです。
 
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転載元転載元: さくらの花びらの「日本人よ、誇りを持とう」

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