|
人気ブログランキングに参加しています。
まずはここをポチッとご協力お願い申し上げます。
当時日本軍の銃殺を見たと証言する笑顔のシナ人
9月21日のTBSの報道特集で『日中戦争 衝撃の46枚』を放送していました。
その前(20)日の毎日新聞デジタルでこのように紹介していました。
-----------------
日中戦争時の1938年、旧日本軍が「抗日ゲリラ」の掃討作戦として、中国・上海近郊の村を襲撃、捕虜を処刑する様子を撮影した写真46枚が発見された。・・・。集落を襲撃し、処刑後に埋められる穴を捕虜自身に掘らせる様子などを撮影した写真・・。
番組では、写真の真偽を専門家が検証し、国立歴史民俗博物館で兵士が家族に送ったとみられる手紙を調査、防衛省防衛研究所に残る旧日本軍の資料から当時兵士がいたと見られる場所を中国・上海近郊の村、銭家草(せんかそう)と推定した。
現地取材では、1938年3月3日に「銭家草惨案」として住民が日本軍によって殺されたとする祈念碑を確認。当時15歳で義父を亡くしたという女性に話を聞き、作戦の実相と手紙の内容を検証する。(2013.9.20 毎日新聞デジタル)
------------------
まずはタイトルの「日中戦争」というのは日本にはなかった言い方で、「支那事変」「日華事変」が正式な名称です。ここから正確性に欠けています。
まずここには書いていませんが処刑されたのは「土匪」です。番組では写真の信ぴょう性と日本軍が銃殺した酷さばかりに焦点を当て、しかも、当時居合わせたというシナ人に証言させて、その言葉をそのまま信じて日本軍の残虐性と戦争のひどさを強調した、左系番組お決まりの結論に導いていました。
1938年3月というのは南京攻略から徐州へと戦線を移していく時期であります。
武力の弱いシナ共産党は日本軍の後方で「根拠地創造」という名で農村などを占拠していました。今回、銃殺されたという「土匪」が「共産匪賊」なのかどうかは不明です。
いずれにせよ「土匪」を退治したことで救われたのはこの村の人々でありましょう。
また、「当時15歳で義父を亡くしたという女性」というのは「土匪」の一族ということではないのか。そういうことを全く触れずに日本軍が悪いことばかりを強調するのはあまりにも公正ならざる報道であります。
不公正といえば以前、NHKが朝の報道番組でシナから「強制連行」されたというシナ人を出演させていました。神戸港で荷役作業をさせられたそうです。NHKは「栄養失調で死亡者も出たそうです」と放送しました。しかし、当時の日本は労務に対しての加配米や給与を与えていましたが、そういう事実は一切無視です。
NHKが強制連行した、栄養失調で死亡者も出したと言うならば、戦争終結の調停を依頼していたソ連が日ソ不可侵条約を破って終戦6日前に宣戦してきた事実はどうなのか。
すでに日本軍が武装解除し日本人居留民も撤退しようとしていたところへ襲いかかった一方的な侵略でありました。ソ連軍は日本人の兵も一般人も狩りたて「帰国だ」と騙して連れ出して貨車に乗せ、70万以上の抑留者を出し、酷寒に屍をさらすことになったのです。過酷な強制労働にソ連は対価も報酬も与えず、乏しい主食、燃料も自給であったといわれています。
本来、日本のマスコミであるならばこの事実こそ、この重大な犯罪こそ、NHKは報道すべきであります。ソ連の「強制連行」はまだ日本中に遺族や関係者が多数生存されていました。
「報道の自由」、「国民の知る権利」とマスコミはよく言いますが、自分たちの思想を押し付けることが自由な報道であるというのでしょうか。
都合の悪い事実は報じない。こんな報道ばかりやってマスコミは東電を批判する資格などあるのか、ということであります。
彼らの悪意に対し、しっかり番組を見て反論してやろうではありませんか。
・・・・・
人気ブログランキングに参加しています。
マスコミには悪意しか感じられない、と思った方はここをポチッとお願いします。
|

>
- Yahoo!サービス
>
- Yahoo!ブログ
>
- 練習用






