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日本よい国、きよい国。 世界に一つの神の国。
降り積もる深雪(みゆき)に耐えて色変えぬ 松ぞ雄々しき人もかくあれ

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福澤諭吉翁 

本稿は過去に幾度となくエントリーしていますが加筆して再エントリーします。
昨今、隣国シナ、朝鮮との諸問題が噴出しています。
仏漫画祭で見せた韓国のわが国に対する敵国ぶり、最近のシナの反日工作の激化・・・筆者は憤りを隠せません。
両国との問題は、一朝一夕にして起きたことではありません。
両国に対する現代日本人の歴史、民族、文化の認識不足から起きた問題と言っても過言ではないのです。


慶應義塾の創設者であり、専修学校(後の専修大学)、商法講習所(後の一橋大学)、伝染病研究所の創設にも尽力し、他に東京学士会院(現在の日本学士院)初代会長を務め、そうした業績を元に明治六大教育家として列される福澤諭吉翁は遡ること、百二十六年前、明治十八年三月十六日、「時事新報」に記載された、福澤諭吉翁の「脱亜論」は両国の民族性を看破されています。

投稿文字数の関係上以下に、現代語訳を引用します。 


現在、西洋人の地球規模での行動の迅速さには目を見張るものがあるが、ただこれは科学技術革命の結果である蒸気機関を利用しているにすぎず、人間精神において何か急激な進歩が起こったわけではない。したがって、西洋列強の東洋侵略に対してこれを防ごうと思えば、まずは精神的な覚悟を固めるだけで充分である。西洋人も同じ人間なのだ。とはいえ西洋に起こった科学技術革命という現実を忘れてはならない。国家の独立のためには、科学技術革命の波に進んで身を投じ、その利益だけでなく不利益までも受け入れる他はない。これは近代文明社会で生き残るための必須条件である。

近代文明とはインフルエンザのようなものである。インフルエンザを水際で防げるだろうか。私は防げないと断言する。百害あって一利も無いインフルエンザでも、一度生じてしまえば防げないのである。それが、利益と不利益を相伴うものの、常に利益の方が多い近代文明を、どのようにして水際で防げるというのだろう。近代文明の流入を防ごうとするのではなく、むしろその流行感染を促しつつ国民に免疫を与えるのは知識人の義務でさえある。

西洋の科学技術革命について日本人が知ったのはペリーの黒船以来であって、これによって、国民も、次第に、近代文明を受け入れるべきだという認識を持つようになった。ところが、その進歩の前に横たわっていたのが徳川幕府である。徳川幕府がある限り、近代文明を受け入れることは出来なかった。近代文明か、それとも幕府を中心とした旧体制の維持か。この二者択一が迫られた。もしここで旧体制を選んでいたら、日本の独立は危うかっただろう。なぜなら、科学技術を利用しつつ互いに激しく競いながら世界に飛び出した西洋人たちは、東洋の島国が旧体制のなかにひとり眠っていることを許すほどの余裕を持ち合わせてはいなかったからである。

ここに、日本の有志たちは、徳川幕府よりも国家の独立を重んじることを大義として、皇室の権威に依拠することで旧体制を倒し、新政府をうちたてた。かくして日本は、国家・国民規模で、西洋に生じた科学技術と近代文明を受け入れることを決めたのだった。これは全てのアジア諸国に先駆けており、つまり近代文明の受容とは、日本にとって脱アジアという意味でもあったのである。

日本は、国土はアジアにありながら、国民精神においては西洋の近代文明を受け入れた。ところが日本の不幸として立ち現れたのは近隣諸国である。そのひとつはシナであり、もうひとつは朝鮮である。この二国の人々も日本人と同じく漢字文化圏に属し、同じ古典を共有しているのだが、もともと人種的に異なっているのか、それとも教育に差があるのか、シナ・朝鮮二国と日本との精神的隔たりはあまりにも大きい。情報がこれほど速く行き来する時代にあって、近代文明や国際法について知りながら、それでも過去に拘り続けるシナ・朝鮮の精神は千年前と違わない。この近代文明のパワーゲームの時代に、教育といえば儒教を言い、しかもそれは表面だけの知識であって、現実面では科学的真理を軽んじる態度ばかりか、道徳的な退廃をももたらしており、たとえば国際的な紛争の場面でも「悪いのはお前の方だ」と開き直って恥じることもない。

私の見るところ、このままではシナ・朝鮮が独立を維持することは不可能である。もしこの二国に改革の志士が現れて明治維新のような政治改革を達成しつつ上からの近代化を推し進めることが出来れば話は別だが、そうでなければ亡国と国土の分割・分断が待っていることに一点の疑いもない。なぜならインフルエンザのような近代文明の波に洗われながら、それを避けようと一室に閉じこもって空気の流れを絶っていれば、結局は窒息してしまう他はないからである。

『春秋左氏伝』の「輔車唇歯」とは隣国同志が助け合うことを言うが、現在のシナ・朝鮮は日本にとって何の助けにもならないばかりか、この三国が地理的に近い故に欧米人から同一視されかねない危険性をも持っている。すなわちシナ・朝鮮が独裁体制であれば日本もそうかと疑われ、向こうが儒教の国であればこちらも陰陽五行の国かと疑われ、国際法や国際的マナーなど踏みにじって恥じぬ国であればそれを咎める日本も同じ穴の狢かと邪推され、朝鮮で政治犯への弾圧が行われていれば日本もまたそのような国かと疑われ、等々、例を挙げていけばきりがない。これを例えれば、一つの村の村人全員が無法で残忍でトチ狂っておれば、たとえ一人がまともでそれを咎めていたとしても、村の外からはどっちもどっちに見えると言うことだ。実際、アジア外交を評する場面ではこのような見方も散見され、日本にとって一大不幸だと言わざるを得ない。

もはや、この二国が国際的な常識を身につけることを期待してはならない。「東アジア共同体」の一員としてその繁栄に与ってくれるなどという幻想は捨てるべきである。日本は、むしろ大陸や半島との関係を絶ち、先進国と共に進まなければならない。ただ隣国だからという理由だけで特別な感情を持って接してはならないのだ。この二国に対しても、国際的な常識に従い、国際法に則って接すればよい。悪友の悪事を見逃す者は、共に悪名を逃れ得ない。私は気持ちにおいては「東アジア」の悪友と絶交するものである。


引用ここまで



両国は明治十八年当時と現在も何ら変わっていません。
「東アジア」の悪友と絶交することこそ、わが国の国益なのです。
昨今、マスコミの識者、文化人と呼ばれる方々が「隣国だから」「長いつきあい」だからとお題目のように唱えます。
しかし、福澤翁は、
「ただ隣国だからという理由だけで特別な感情を持って接してはならないのだ。この二国に対しても、国際的な常識に従い、国際法に則って接すればよ
い」と、安易な国交を戒めておられます。


脱亜論」はアジア蔑視で、日本の朝鮮侵略の口実をつくったという反日派の説はほんとうでしようか。
 「脱亜論」は、日本・清・朝鮮三国が協力して西洋列強の侵略に対抗しようとの日本の呼びかけに応じなかった清・朝鮮に対する絶望感をあらわすものだったのです。

 一九世紀に入り、西洋列強の東アジア進出は熾烈を極めました。
特に、南下政策をとるロシアは、朝鮮半島に入ろうと機会をうかがっていた。福澤翁は、 「いま西洋が東洋に迫るそのありさまは、火事が燃え広がるのと同じである。この火事から日本という家を守るには、日本の家だけを石造りにすればすむというものではない。近隣に粗末な木造家屋があれば、類焼はまぬがれないからである」と述べられています。

福澤翁は朝鮮の心ある改革派である金玉均や日本に留学した若い朝鮮人達を慶応義塾に受け入れて援けたが、朝鮮はその恩に報いることはなく、逆に改革派を弾圧、殺害したのです。
 そうした妨害に絶望して福澤翁が書いたのが「脱亜論」でした。その後も福澤翁は半ば諦めながらも、朝鮮や清国の覚醒を期待し続けたのです。
そして、これらの真実を知らない、支那・朝鮮の為政者、国民によってわが国は批難され続けているのです。

我が国で初めて文明論を説き、文明という観点から国是・国策を論じられたのも福沢翁です。
維新後、福澤翁が、広範な知識と深い洞察力をもって、これから日本人は何をすべきかを説かれたのが、『学問のすすめ』です。
『学問のすすめ』の第1篇は、明治5年に発表されました。これは日本はじまって以来の大ベストセラーとなりました。
 『学問のすすめ』の冒頭は、周知のとおりです。


「天ハ人ノ上ニ人ヲ造ラズ人ノ下ニ人ヲ造ラズト云ヘリ」という一節はあまりに有名である。 誤解される事が多いが、この「云ヘリ」は、現代における「云われている」ということで、この一文のみで完結しているわけではなく、しかも、この言葉は福沢翁の言葉ではありません、アメリカ合衆国の独立宣言からの引用文です。

この引用文に対応する下の句とも言える一文は、
「サレドモ今広クコノ人間世界ヲ見渡スニ、カシコキ人アリ、オロカナル人アリ、貧シキモアリ、富メルモアリ、貴人モアリ、下人モアリテ、ソノ有様雲ト泥トノ相違アルニ似タルハ何ゾヤ」
です。即ち、
「天は人の上に人を造らず人の下に人を造らずと言われている__人は生まれながら貴賎上下の差別ない。けれども今広くこの人間世界を見渡すと、賢い人愚かな人貧乏な人金持ちの人身分の高い人低い人とある。その違いは何だろう?。それは甚だ明らかだ。賢人と愚人との別は学ぶと学ばざるとに由ってできるものなのだ。人は生まれながらにして貴賎上下の別はないけれどただ学問を勤めて物事をよく知るものは貴人となり富人となり、無学なる者は貧人となり下人となるのだ。」と・・・

「天は人の上に人を造らず人の下に人を造らずと言えり」。この一句を、人間は平等でなければならないという意味だと思っている人が少なくないようです。確かに福澤翁は、人間は生まれながらに平等だと言っています。しかし、その本来平等たるべき人に違いが生じるのは、ひとえに学問をするか、しないかによると、結論しているのです。機会は平等でも結果は努力によって異なるのです。それが、福澤翁が『学問のすすめ』を書いた理由です。

素晴らしい偉人・福澤翁の教え、戒めがあるにも関わらず、戦後日本は履き違えた平等、人権が独り歩きし、何事も国家に頼る独立心、道徳観なき国民に堕ちています。
バランス感覚に優れていると言われ、賢人とも言われる日本人ですが、易きに付きやすくなっていませんか?。

かってわが国の偉人は、恵まれぬ境遇から偉業をなしとげられました。
衰亡した主家に忠誠を尽くして戦い続け、
御家再興のために「願わくは、我に七難八苦を与えたまえ」と三日月に祈った戦国武将、山中 鹿介の心意気を我々日本人は忘れてはならないでしょう・・

福澤翁は、単なる文明開化論者ではありませんでした。日本の独立維持を訴え、愛国心と尊皇心を持つ日本人でした。その言説には、維新の志士のみならず、当時の日本人の精神が脈打っています。
福澤翁の戒名は「大観院独立自尊居士」といいます。

今の日本人が忘れ去ろうとしている「独立自尊の精神」・・・・
今、福澤翁の精神に学び行動すべき時ではないでしょうか?

「愚者は経験に学び、賢者は歴史に学ぶ」と言われていますが、
歴史を学ぶことは、今を知ることであり、未来までをも知ることです。
民族性、お国柄は幾千年経ても変わるものではありません。

両国のお国柄が往古の昔より変わったでしょうか?


ただ隣国だからという理由だけで特別な感情を持って接してはならないのだ。この二国に対しても、国際的な常識に従い、国際法に則って接すればよい。悪友の悪事を見逃す者は、共に悪名を逃れ得ない。私は気持ちにおいては「東アジア」の悪友と絶交するものである。

福澤翁のこの言葉は未来永劫生きているのです。



天皇(すめらぎ)彌榮(いやさか)

答えは「否」です。
答えは「否」です。
ただ隣国だからという理由だけで特別な感情を持って接してはならないのだ。この二国に対しても、国際的な常識に従い、国際法に則って接すればよい。悪友の悪事を見逃す者は、共に悪名を逃れ得ない。私は気持ちにおいては「東アジア」






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韓国の慰安婦企画展に600人 仏漫画祭、「ひどい」「初めて知った」主張浸透の恐れも
フランス南西部アングレームで30日に始まった「アングレーム国際漫画祭」で、韓国政府が実施している慰安婦をテーマとする企画展に約600人が訪れ、韓国側の主張に沿った展示内容をすっかり信じ込むケースも目立った。
会場には、旧日本軍の兵士が当時の朝鮮半島の少女を拉致したり乱暴したりするといった内容の十数作品が展示された。入り口の説明文には、日本側が慰安婦問題を認めていないかのような記述もある。
見学者のイザベル・プティさん(48)は「ひどい。娘にも見せる。日本はなぜ認めないのか」と涙を流し、ベルギー人のジャンジャック・ハロタンさん(55)は「こんな事実を初めて知った。日本が認めないのは残念」と話した。日本大使館は、政府による取り組みや立場を説明する文書をプレスセンターで配布した。(共同)2014.1.31 産経新聞)
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産経新聞の記事ですが、反日の「共同」の記事ですので話半分で読んでおきましょう。今回、現地にいたテキサス親父の記事がありますので掲載しておきます。
 
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仏マンガ祭暴挙 「慰安婦漫画」韓国OK 日本は撤去 テキサス親父も激怒 「目の前で許せない事件が」
欧州最大級の漫画フェスティバル「アングレーム国際漫画祭」で、暴挙が行われた。漫画祭には、慰安婦問題をめぐる日本と韓国の作品が出展されたが、主催者側は「強制連行はなかった」「真実を伝えたい」とする日本側の漫画を「政治的」として強制撤去したが、韓国政府による日本を貶める漫画企画展は実施されたのだ。現地入りしていた「テキサス親父」こと、米国の評論家、トニー・マラーノ氏が激怒した。
 
みなさん、聞いてくれ。俺の目の前で、許せない事件が起こった。
漫画祭の担当者が激高し、日本側ブースの看板などを引きずり下ろし、印刷物などを勝手に持っていった。盗んだんだぜ。
この担当者は、日本側の記者会見まで妨害して「お前たちは出ていけ!」と怒鳴り散らした。当然、日本側は「盗んだ物を返してくれ」と求めたが、彼は拒否した。
警察を呼ぶように頼んだが、24時間たっても警察は現れなかった。フランス警察は現場到着まで1日以上もかかるのか?
 
慰安婦問題は、基本的に日本と韓国の問題だ。2国間の歴史的問題は、2つの側面からの見方がある。片側だけの見方を取り入れて、もう一方を拒否することは、歴史をごまかすことになる。
フランスは建国理念として「自由」「平等」「博愛」を掲げているんじゃないのか? 韓国側による漫画の展示を認めるなら、日本側の展示も認めるべきだろう。三大精神はウソだったのか。
 
今回、アングレーム市で起きたことは、韓国政府の10年間にわたる洗脳のたまものといえる。韓国側は長年にわたり、主催側との関係を構築してきたようだ。
日本のみなさんに言いたいのは、「ヤツら(=韓国人)は諦めない」と言うことだ。これからも、憎悪にもとづくひどい工作を続けるだろう。
ただ、韓国の漫画を見た人はすべて「これで日本のイメージが落ちることはない」と言っていた。ウソつきたちが日本のイメージを汚すことは困難だ。
日本は今後、「慰安婦の真実」を世界に伝えていく決意を持って、その努力を怠らないことだ。日本人の多くが、韓国の暴挙を知り、慰安婦問題の正しい見方が広がるきっかけになればいい。(2014.1.31 夕刊フジ)
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今回、韓国のフランスでの漫画の出展を聞いて、日本の名誉のために立ち上がってフランスに乗り込んで行ったのが「論破プロジェクト」の実行委員長の藤井実彦さんです。
 
論破プロジェクトというのは「漫画を使って日本の正しい歴史を世界に発信しよう」と立ち上げたそうです。
世界に誇れる日本の漫画を、という矢先に韓国が「従軍慰安婦」の嘘漫画をフランスで出展するニュースを聞いて、それをきちんと論破することを目的にフランスに乗りこんで、正しい歴史を世界に発信していこうと考えたそうです。
 
そして、今回の事の顛末を藤井実彦さんはこのように語っています。
韓国政府の女性家族相の長官がフランスのアングレーム市のフィリップ・ラボ市長とアングレーム国際漫画フェスティバルのトップであるディレクターのニコラ・フィネットを韓国に招待、接待して、韓国が国際漫画フェスティバルの出品できるように協力を求めたそうです。つまり韓国はこういうことを国策としてやっているのです。
 
この時、ニコラ・フィネットはこのように言いました。
「日本軍慰安婦問題は女性の姓暴力の問題として、日本政府がその責任を認めない限り、過去ではなく現在の問題である。欧州など国際社会にこの問題を知らせることに最善を尽くす」。
 これは韓国の言い分をそのまま受けた言葉です。つまり何も知らないフランス人が韓国政府の工作により、韓国の嘘の歴史観をそのまんま口にしたということです。会場で日本の出品だけを撤去して認めなかったのも韓国の口車に乗ったのでしょう。
さらに許せないのは、韓国のこの嘘漫画をフランス語や英語に翻訳して学校の教材にするというのです。
 
韓国は国の財政が苦しいにもかかわらず、国の資金を投入してこういう工作活動をしているのです。日本を貶めて世界から謝罪の声を挙げさせ、最終的には賠償金を貰おうということです。
一民間人として頑張った藤井さんには心より敬意を表します。その一方で韓国という国が日本にとってどういう国であるのかよくわかったでしょう、日本の皆さん。
 
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転載元転載元: さくらの花びらの「日本人よ、誇りを持とう」

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