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神宮外宮を親拝あそばされた天皇陛下 御尊影=26日午前、三重県伊勢市
謹んでお伝えいたします。
三重県伊勢市を行幸啓中であられる畏くも天皇、皇后両陛下におかせられましては26日午前、神宮の外宮をご親拝あそばされた。昨年終わった20年に1度の式年遷宮「遷御の儀」後初めてのご親拝で、午後は皇祖神が鎮まられる内宮でご親謁あそばされた。
畏くも両陛下におかせられましては、宿泊所の内宮行在所(あんざいしょ)からお車で外宮行在所へ。最初に、モーニング姿の陛下が、衣食住の神である豊受大神(とようけのおおみかみ)を祭る外宮の正宮(しょうぐう)へ向かわれた。神職からおはらいを受けあそばされた後、正殿(しょうでん)前に進まれ、玉串をささげて拝礼あそばされた。
天皇彌榮(すめらぎいやさか)
畏くも天皇陛下、皇后陛下、皇族方におかせられましては、いつまでもお健やかにと願ってやみません。
天皇彌榮(すめらぎいやさか)
日本國民(やまと民族)は皇室と共に・・・・
天皇陛下、皇后陛下 萬歳 萬歳 萬歳 |
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2014年03月26日
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コメント(9)
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本稿は一昨年3月にエントリーさせていただいた記事に加筆して再びエントリーさせていただきます。 筆者がいつも悲しく思うことは同じ日本人でありながら本当に同じ日本人なのかと考えさせられる時です。この国に生まれ、この国の恩恵によって生かされ、守られている人生の現実を思う時、先人たちの血と涙と汗によって築かれて来た歴史の重さを感じざるを得ません。どれだけ多くの犠牲と苦労の上に私たちは今日があるのでしょう。
その先人の血と涙と汗によって築かれて来た歴史の重さを思う時、先人たちが信じて捧げてきたものへの共感、同化なくして御国の将来は決して無いと言っても過言ではありません。それを否定し、批判することは先人たちの否定、自らのルーツの否定に他なりません。冒涜(ぼうどく)そのものと言えるでしょう。何故、同じ日本人でありながら全く異人種の日本人が蔓延る(はびこ)ることになったのでしょうか? 近年、若者の心の乱れと、それによって引き起こされる、悲惨で凶悪な事件が大きな社会問題となっています。 若者に、心のなかに崇高(すうこう)な理想をえがき、人生を充実させながら社会で立派に活躍して、美(うる)わしい幸せな家庭を築いていただくために、私たち現役世代に課せられた責任には大きなものがあります。 若者たちの心の乱れは、その親の世代の心の乱れでもあるのです。 何故なら、子は親を映す鏡でもあるからです。 かってはどこの家庭にも、神棚、仏壇はありましたが、最近では神仏を崇敬しないと宣言する人が見られます。 筆者は余程の事情がない限り、神棚、仏壇には毎日礼拝を欠かさぬように心掛けています。 日本人は遠い昔から、神さま、ご先祖(せんぞ)さまを敬い、感謝をする心を大切にしてきました。平穏な生活に感謝をしたり、日々の出来事を報告するなど、神棚(かみだな)や祖霊舎(みたまや、仏壇)に頭(こうべ)を垂れ、手を合わすことは、ごく自然な感情であり清らかな心のあらわれでもありました。 このような「敬神崇祖(けいしんすうそ)」の心をもって、日本人は神社のお祭りを守り伝え、あるいはお墓参りやご先祖の祭りを行ってきましたが、お祭りを行う大きな意義とは「感謝(かんしゃ)と慰霊(いれい)」の誠を捧(ささ)げることで神さまやご先祖さまと、自分との間の命の繋(つな)がりを確認し、家族の絆(きずな)を深めてきたのです。 昨今の風潮は極端な「個」を尊重しすぎ、「公」の精神が失われています。 確かに、「個」を尊重する事は大切ですが、何かを忘れていませんか? 親を通じて、遠いご先祖さまからの命を継承している私たちは、また社会的存在として決して一人で生きているのではありません。自分を取り巻く、家族や地域の人々とのいろいろな関係のもとに日々の生活を送っているのです。 古来、日本人は家族や地域の共同体の「和」を大切にし、名誉を重んじてきました。何気無い不用意な自分の行為が、家族や地域の人の和を損(そこ)なわないように、自分を律(りつ)する自制心を高めるために、常に身を修(おさ)め、家を斉(ととの)えてきたのです。 家を斉えた者は、社会を斉え、国を治めてきたのです。 近年は個人主義の考え方が非常に強くなりすぎ、遠いご先祖から続いてきた家の意識や家族や親族の絆(きずな)の意識が希薄になってきています。その結果、自分さえよければ、他人の苦しみや痛みをまったく無視するような風潮さえ生じてきました。被害者と加害者の間に、なんの関係も見られない殺傷行為や、社会に対する犯罪の多発傾向は、まさにこのことを証明しているように思えます。 このことは、東日本大震災の復興の妨げとなっている、被災地の風評被害にも繋がっているのです。 経済優先・物質万能主義による現代人の生活形態は、限りある界観天然資源を枯渇(こかつ)させ、環境を破壊させて止どまる所を知らず、日本人は、「人もまた、自然の一部である。」という世界観(せかいかん)のもとに、自然に優しく抱かれながら、山川草木はもとより、すべての生きとし生けるものと共に、生活をしてきたのです。 人の心に自制心を回復し、共生の思想の重要性に気付くために、いま「お祭り」の効果に大きな期待がよせられています。 お祭りを行う大きな意義とは「感謝(かんしゃ)と慰霊(いれい)」の誠を捧(ささ)げることで神さまやご先祖さまと、自分との間の命の繋(つな)がりを確認し、家族の絆(きずな)を深め、地域の繋がりを再確認し、身を修ることに繋がるからです。 昨今、「自分探し」などと言う言葉を耳にしますが、本当の自分探しとは、先祖の生き様を学び、自分自身の座標(ざひょう)を定めることにあります。好き勝手に生きることではありません。 「いのちを繋ぐ、魂を繋ぐ」ことこそ、日本人に生を受けた日本人なのです。 天皇彌榮(すめらぎいやさか) |
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今月18日に台湾で大学生たちが国会を占拠しましたが、その後、大きな動きがありました。
これはシナ共産党と台湾が「サービス貿易協定」を締結するとシナ人が大量に入国して、台湾がシナにのみ込まれて、やがては「一つのシナ」(台湾併合)になってしまうことに反対する国思う台湾人の決死の行動であることは以前記事に書きました。
日本にとっても無関係ではない、これほどの重大事をまったく報じてこなかった日本のマスコミもようやく取り上げ始めましたが、この取り上げ方では事の真意は不明、どころか学生たちが悪いように受け取れます。これは表面だけ見れば占拠している方が悪く見えますが、シナ共産党のこの協定の真の目的である台湾併合がなされてしまうと台湾はどうなるのか、それによって日本、特に沖縄にとってどのように影響するのか、また日本も移民導入を検討していますが移民と言っても実際はほとんどシナ人です。このシナ人が増えていくとどうなるのか、台湾人はそれを肌でわかっているのです。だからこそ台湾の半数は国会占拠を支持しているのです。こういうことをきちんと報じる報じないでは、この事件に対する見方が全く変わってしまいます。
なぜ台湾の学生があのような大それた行動をしているのか。遊びでやっているわけではないのです。日本のバカ左翼の安保闘争とは違うのです。彼らは自分たちの手で自国を守ろうとしているのです。そういう意味でも日本のマスコミは役に立たないゴミです。
18日からずっと泊りがけで頑張っていた学生たちに対して、24日、しかも寝静まった深夜に、馬英九政権が暴力で弾圧を始めました。2000人もの機動隊が警棒や放水車で行政院(内閣)周辺にいる学生を排除し始めました。しかし、今やネットの時代です。非人道的な行為は動画配信であっという間に世界に拡散されていきます。そこには警察たちが学生たちに対して暴力を振るって殴りかかっているのです。
私はあの天安門事件の時に台湾にいて台湾の知り合いの家に泊まっていました。その知り合いのお兄さんがちょうど北京から逃げ帰って来て、シナ共産党の軍による殺人行為に大いに怒っていたのを覚えています。今回の台湾ではそこまでではないですが、それに近い形になってきました。
日本のマスコミは特定秘密保護法案で国家権力による弾圧をあれほど騒いでいたのに、台湾の国家による弾圧には大人しいのです。なぜならシナを刺激することが出来ないからです。
これは日本にとって他人事ではありません。日本が困った時にはいつも手を差し伸べてくれる、かつては同じ日本人であった台湾のシナ共産党化を防がなければなりません。我々にできることはせめて日本の”カスゴミ”が報じないことを広めてあげることです。
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