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『ルーズベルトニ与フル書』
市丸 利之助海軍少将
靖国の国家護持が行われず、靖国は教科書でも教えない。
だから英霊の精神が伝わらないのでしょう。
英霊は黙して語らず。
こころないマスコミ、日本人は靖国を否定し、参拝する総理、閣僚を非難する有様は異様であり、ここは日本の国なのかと疑いたくなります。
護国の神の声なき声がここにあります。
『ルーズベルトニ与フル書』です。
市丸 利之助(いちまる りのすけ)帝国海軍少将。
多くの文献、ブログ等で紹介されていますので、経歴、軍歴はここでは割愛させていただきます。
硫黄島の戦いは、大東亜戦争後期の上陸戦でのアメリカ軍攻略部隊の損害(戦死・戦傷者数等の合計)実数が日本軍を上回った稀有な戦いであり、また、硫黄島上陸後わずか3日間にて対ドイツ戦(西部戦線)における史上最大の上陸作戦・ノルマンディー上陸作戦における戦死傷者数を上回るなど、沖縄戦とともに大東亜戦争屈指の最激戦地でした。
栗林中将以下、市丸利之助海軍少将含め残存した数百名の兵士が、最後に、米軍に突撃して玉砕されました。そのときに市丸少将は、以下の内容の文章を英訳させたものを懐中に入れて突撃し、アメリカ軍が将校の遺体を検査することを見越して戦死されたのです。
『ルーズベルトニ与フル書』は目論見どおりアメリカ軍の手に渡り、7月11日、アメリカで新聞に掲載されました。それは日米戦争の責任の一端をアメリカにあるとし、ファシズムの打倒を掲げる連合国の大義名分の矛盾を突くものでした。
投稿文字数の関係から現代語訳を記載します。
栗林中将の最後の電文、太田実中将の沖縄戦最後の電文に続き、この市丸少将の手紙・・・
何と立派な先人でありましょうか・・・
硫黄島の戦いの時点で後の東西冷戦までも予見されている・・。
大日本帝国軍人の一人一人が国家を背負い、しっかりとした考えの下に、世界平和に向けた理想を持って戦い、立派に役目を果たそうとされていたことがこの手紙からも窺われます。多くの日本の軍人たちがそうであったことを、後世の我々はもっと知り、その叡智と誇りを受け継ぎ、世界平和に貢献する使命も真剣に受け継ぐべきと、つくづく思います。
我々日本人は靖国神社に祀られる護国の神々の犠牲の上に、今の繁栄があることを忘れてはならない。
多くの英霊の遺書には「後を頼む」と綴られています。
果たして後世の我々は後事を託された「護国の神々」に応えているでしょうか?
大日本帝国陸軍航空特別攻撃隊要員教官であり、日本文化チャンネル桜の相談役であられた故・田形竹尾氏は著書『日本への遺書』のなかで、陸海軍航空特攻四六一五名の「特攻隊員」が、「後を頼む」と言って、自分大切な生命にかえて日本人と人類に訴えたものとは、次ものであると言われています。
祖国日本が美しい国であって欲しい 世界から尊敬される立派な国であってもらいたい
日本が戦争を放棄しても自衛心がなければ戦争は日本を放棄しない。 人類が戦争を滅ぼさねば戦争が人類を滅ぼすであろう・・・ 平和ボケした、現世の日本人には英霊の崇高な精神は理解できません。
ある講演会で「なぜ、特攻隊員たちは出撃したのか?」との質疑があったそうです。
この問いに、故・田形竹尾氏は、即座に強い口調で断言されたそうです。
「皆さんを信じていたからです。後に続く皆さんを信じていたからです」と・・・・・
日清・日露戦争で英霊となられた先人に大東亜戦争の英霊は続かれた。
先人は仰せでありましょう・・「国を護れ」「日本人に帰れ」と・・・
市丸中将の故郷である唐津。市丸中将に関する記事のリンクです。
http://www.yoyokaku.com/sub7-17.htm
ここのHPに、この市丸少将の刀にまつわる奇跡の話が紹介されています。 http://www.yoyokaku.com/sub7e-17j.htm この記事を書かれた後、4つ目の奇跡が起きたそうです。 http://www.yoyokaku.com/sub7-18.htm |
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拙記事をご覧頂いている皆様におかれましては、昨年12月の安倍首相の靖国参拝、新年の新藤総務相の参拝に支那・韓国から恒例のような非難、同盟国米国が仲裁者のようにわが国に自省を求めてきたことはご存知だと思います。
しかし、これら一連の非難はわが国の文化、死生観への冒涜であり、大きな内政干渉も甚だしいものです。
かつての日本人が国家・靖国神社に寄せた思いは、現代の私たちが思うより遥かに強いものでした。大東亜戦争で国のために命を捧げた人々の遺書には、死後もこの国土に魂を留めて子孫の行く末を見守っていこうという思いが表れており、そこには、日本人が持ちつづけてきた独自の死生観が息づいています。
日本人は死者については敵も味方もなく「死後は神になる」として平等に扱うという寛容の精神を持っている。日本人は死者に鞭(むち)打つことをしない。死者に対して悪口を言う人間を軽蔑する。
御国に生涯を捧げられた御霊なら尚更のことです。
筆者が仕事上の拠点としている、兵庫県神崎郡福崎町で生をうけられた民俗学者の柳田国男先生は、『先祖の話』において、日本の祖霊信仰の伝統について研究されました。時は、わが国の敗色が濃くなっていた昭和20年の4〜5月頃の執筆です。柳田先生は、本書でとりわけ子孫を持つことなく亡くなっていく青年達の慰霊について、その必要性を強調されています。国のために死んでいった人を無縁仏にしてはならないと。 柳田先生の訴えはもっともであり、戦争において家族がすべて死に絶えた人々、いわゆる絶家になった人々もいる。これらの人々に対しては、国民が共同体の祖霊として、公的に慰霊をしていく必要があるのです。 誰もが生きるのに必死だった戦後日本、それが一段落ついて、ようやく戦時中の出来事に思いを馳せることができるようになったとき、遺族、戦友らの胸に去来したものは、「何とかして異国の地に眠る戦没者、戦友たちに報いたい」という思いだったろうと筆者は思います。自分たちがやらなければ、誰がやる。慰霊祭・慰霊碑建立は、戦没者への思いが込められているばかりでなく、大東亜戦争を生き延びてきた彼らの人生に対する思いの発露でもあるのです。
今日も戦地で、靖国神社、各地の護国神社において慰霊祭は行われています。
慰霊碑の中には、昭和五十年前後に建立されたものが多く、たとえばガダルカナル島で激戦が繰り広げられた「血染めの丘」の慰霊碑は、昭和五十年前後の建立である。同じくナナ村にある、野戦重砲兵第二十一大隊第二中隊の巡拝団が建立した慰霊碑は昭和五十六年、ブーゲンビル島キエタにある歩兵第四十五聯隊の慰霊碑は昭和五十八年建立のもの。例を挙げればキリがないが、いずれにしても、これは生還者がその後、戦後の混乱期を生き抜きようやく定年を迎えつつあった時期と重なっています。
建立された慰霊碑は現在、遺族の心の拠りどころでもあるのです。慰霊碑を前に、亡き「父」と対面している人が多かった。彼らも遺児として、父のいない半生をやっとの思いで生きたのです。ようやく自分の時間が持てるようになったとき、思うのは父親のことである。そうして彼らは、父が亡くなった場所へ実際に赴いて慰霊をしたいと、かつての激戦地に足を運ぶ。
大東亜戦争中に沈められた我が国の軍艦や商船を水中撮影 し、そこでの慰霊、遺骨収集を行なっている方がいます。昭和11年生まれの大阪の坪本公一さ んは次のように述べられています。
皆さん、現地へ向かう途上ではわりとなごやかなんです が、いよいよその海域に到着して慰霊祭に臨むと様子が一 変します。故人の名を泣き叫ぶ方。故人からの最後の手紙 をそっと開き、涙される方。ファィンダーが涙で曇って見 えなかったことが幾度あったことでしょう。
レイテ海戦に参加した戦艦「扶桑」乗員のある遺族は、 海面をじっと見つめ、「兄貴、来たぞ!」と叫んだ瞬間、 ぽろぽろ涙が海上にこぼれ落ちました。「兄貴、一緒に帰 ろうな」と、レイテ島の石を拾い、それを兄と思って持っ て帰るというんですね。 慰霊祭の後、甲板の縁に駈け寄って「親父」と叫んで海 に飛び込んだ男性もいました。お父さんの顔も知らずに育 った遺児の方でした。真下にお父さんが眠っている。「こ れで俺も親父と一緒になれた」と。 大東亜戦争生還者はほとんどがすでに八十以上の高齢です。ある人は、息子夫婦の世話になりながら、家を売り払ったお金で慰霊巡礼や遺骨収集へ積極的に参加し、ある人は、十二年のあいだに二十六回も自らが戦った場所を訪れ、五年間の交渉の末、現地に観音像を建立した方もおられます。
民間人が建立した慰霊碑の多くは、現地の方々に維持管理を委託されたものもありましたが世代交代などで履行されていないものが多く、建立された方が鬼籍に入られた方もおられるでしょう。
しかし、厚生労働省が把握している慰霊碑五百八十七基のうち、「管理不良」もしくは「不明」とされたものは約四割にものぼっています。
訪れる人もなく、朽ち果てるに任せたままの慰霊碑。風化していくのは大東亜戦争の記憶ばかりではなく、この地で戦い、飢えに苦しみ、病に斃れ、立派に戦った兵士たちを弔うために建立された慰霊碑もまた、歳月と共に忘れ去られようとしているのです。
厚生労働省では、平成十五年から三ヶ年計画で、海外に在る民間人建立慰霊碑の調査を行いました。
調査結果を受けて、厚生労働省では“整理事業”に着手している。「管理不良」や「不明」とされた慰霊碑を、建立者や現地住民の了解を得て撤去するというものだ。しかし、現時点で「管理良好」とされた慰霊碑については、何の対策も講じていない。現在「管理良好」な慰霊碑であろうと、歳月を経れば「管理不良」や「不明」となる可能性は十二分にあるのです。
慰霊碑は、国家が管理、維持すべきです。遺族、戦友の方々も高齢化しているのです
これが御国ために命を捧げた人々に対する国家の、慰霊のあり方だとは信じたくない。しかし現実は、我々の父祖の多くが傷つき、死んでいった地を訪れる人々は年々減少しているのが実情です。
「今の我々があるのは、御国の為、民族の誇りの為戦った先人のお陰なんです。」
これらの問題の解決なくして、御国の繁栄はありえません。
今日の日本を考える時、私はこの平和の礎となってくれた英霊たちの存在を思わずにはいられない。
朽ちて行く慰霊碑の嘆きは、護国の神々の御霊の嘆きであり、瀕死の状況にあるわが国への、わが民族への警鐘でもあるのです。 「海征かば 水漬く屍・・・」 戦後69年の歳月、帰還せざる遺骨収集問題等、心が痛み、言葉がありません。 わが民族の護るべき「誇り」の為に、莞爾として散りし御霊に国家は何を以って報わんや・・・・ 敢然と散りし御霊に幾多の御霊に、後世の我々は如何に応えん・・・ |
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猪瀬前知事の辞任を受けて、1月23日告示、2月9日投票の都知事選。今のところ共産党推薦の宇都宮氏一人が名乗りを上げており、他数名の名前が挙がっておりますが、いまだ様子を伺っている様子です。短期決戦ですからインパクトのある有名人が有利でありますが、東京都の行政は日本国の命運も担う面があります。猪瀬前知事の後だけに素人には風当たりが強いでしょう。
特に自民党はいまだに候補者を特定できずにいることに保守派の苛立ちがあります。そのひとつに石原元都知事の時に全国の有志の志である尖閣寄付金約15億円があります。これは尖閣の整備等の費用に充てることを猪瀬前知事も踏襲しましたが、次の知事はどうするのか不明であるからです。特に共産支持の知事では有志の志も無になる可能性はなきにしもあらずです。
このような中、候補者に田母神俊雄閣下の名前が挙がりました。
1月2日に靖国神社内でチャンネル桜の水島社長の紹介で田母神閣下はこうお話されました。
「いよいよ来週から首都決戦が始まりますので、皆さんにはいろいろお世話になるかと思います。私が先頭に立って頑張りたいと思いますので、よろしくお願いします」
明確な「出馬宣言」とは言えませんが、隙あらば行くぞ、の覚悟は決めているのでありましょう。
本来は自民党が田母神先生を推薦すればいいのでしょうが、田母神先生はそれを受けるにはそれなりの条件を要求すると思います。
田母神先生は昨年9月に私が会長をしている保守の会の顧問を引き受けて頂きました。その時このようなお話をされました。
「麻生内閣に解任された後、自民党の国会議員(名前は伏せておきます)が私のところに来て、土下座をしてお詫びをした。そして、自民党から出てほしいと言ってきました。私は、まずは麻生総理がここに来て土下座をするなら考えてもいい、と言ったら、それ以後、何の連絡もない・・・」。
その後、お酒を飲みながらお話させて頂き、その時に田母神先生は時が来れば政治家になる覚悟があることを感じました。そして、このように言われました。「その時にはお国のために、いつでも命を捧げる覚悟はある」。ですから、いつかはそうなるであろう思っておりました。
本来は自民党の国会議員になることが一番ですが、今の自民党で唯一それを要請して聞いてくれるのは安倍総理しかいないでしょう。もちろん条件付きでしょうが。しかしその可能性はかなり低いので、東京都から日本を変えていこう、正していこう、ということなのかもしれません。
来週、正式に出馬宣言すればマスコミは当然のごとく叩くのでしょう。解任されたような極右の元航空幕僚長に都政を任せることが出来るのか、また素人が都知事に、軍国日本に逆戻り、と。
しかし、田母神先生は下手な政治家よりはかなり勉強されています。その努力されている姿を直接、拝見させて頂いて、その分野はかなり幅広くされています。田母神先生の読まれている本を見て「こういうことまで勉強されているんですね」と言ってしまったくらいです。私は都知事になられても充分出来ると確信しております。ただ、田母神先生が都知事ということにピンとこないのでまだイメージが出来ないだけです。
今後の動きはまだわかりませんが、都民も山本太郎を出すくらいですから、マスコミに誘導されてしまう人が多いのかもしれません。そして、戦いとなると相当厳しい戦いとなることだけは間違いないと思います。しかし、東京都が日本を正しい方向に動かす原動力となるには、このような方しかできないでしょう。
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