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日本よい国、きよい国。 世界に一つの神の国。
降り積もる深雪(みゆき)に耐えて色変えぬ 松ぞ雄々しき人もかくあれ

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「佐高信」といえば、韓国の日本大使館前に慰安婦像が設置された時にサンデーモーニングの中で「慰安婦の像を加害者である日本が先につくっておけばよかった」と発言したこともありました。
 
その佐高信が15日のサンデーモーニングでこのように発言しました。
「安倍さんのおじさんで元興銀の西村さんという方が生前、安倍さんを心配して『A級戦犯の正当化は日本国内では通用しても国際的にはまったく通用しないぞ』とおっしゃってた。今、おじさんもさぞかし悲しんでおられるであろう」。
 
これは故西村正雄氏の論文に書かれていることです。(以下一部掲載)
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安倍晋太郎氏の弟が直言 次の総理になにを望むか 経世済民の政治とアジア外交の再生を
中国・韓国は、戦役者追悼を問題にしているのではなく、A級戦犯を合祀している靖国神社への首相参拝を非難しているのであって、被害にあったアジア諸国も同様である。欧米諸国も、日本がいまだに戦争責任を総括していないとみており、戦後50年の村山談話、60年の小泉談話にもかかわらず、日本の総理が戦争犯罪人を合祀し、しかもかつての戦争を美化し正当北している付属施設「遊就館」を持つ靖国神社に参拝することに、不快感を持っているのは歴然たる事実である。

東京裁判やA級戦犯について評論家が異を唱えるのは勝手だが、政府関係者にはサンフランシスコ条約を順守する義務がある。敗戦国の日本はこの条約を受け入れることによって独立を回復し、国際社会への復帰を果たして今日の繁栄が可能になったのである。小泉首相が国会答弁で「A級戦犯を戦争犯罪人として認陣している」と答弁したのは当然である。

したがって、A級戦犯が合祀されている靖国神社への総理の参拝を正当化する理屈は、国内では通用しても国際的にはまったく通用しない。中国・韓国から言われたから参拝を止めるのではなく、自ら過去の戦争責任を自覚して現実的な外交を優先すべきである。(『論座』2006年7月号抜粋)
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TBSは岸井某はじめ反安倍態勢一色で安倍総理の靖国参拝を叩いています。佐高某も冒頭のようなことを平気で発言する反日左翼です。なぜ、この番組はじめ「報道特集」も、意見の違う識者を呼んで議論しないのか。同じような三流の左翼識者と予めレクチャーされた素人が全員同じ意見を言い、うなずき合っている番組は気持ちが悪いものです。しかも左翼独特の暗く淀んだ空気が番組内に充満しています。
ここに櫻井よし子女史と田母神俊雄閣下を登場させれば、かなり議論が盛り上がり、少しは公正な番組になります。もちろん、三流の左翼識者ではすべて論破されてしまうので誰も出演しなくなるでしょう。
 
故西村某という安倍総理の叔父は歴史観の間違った方です。たとえばこういう発言をしています。
「日本人が正しい歴史認識をもつことが重要だ。1910年の日韓併合以来朝鮮を植民地支配し1931年の満州事変以降中国を侵略して両国民に多大の損害と苦痛を与えたばかりか、戦時中侵攻したアジア地域で軍部が非人道的行為をした事実は何人も否定できない」。
まるで村山談話のそのものです。
 
「中国・韓国は、戦役者追悼を問題にしているのではなく、A級戦犯を合祀している靖国神社への首相参拝を非難している」
シナ人も韓国人もA級もB級も理解していません。「A」だから一番悪いとしか思っていないのです。たとえばA級戦犯合祀を非難するシナ人や韓国人に聞いてみると言いのです。「あなた方が言ういわゆるA級戦犯は何人靖国に合祀されていますか?」と。全く答えられません。なぜなら何もわからないで非難しているからです。
しかも彼らが非難しているのは首相だけではなく閣僚が参拝しても大騒ぎです。大銀行の元頭取というならば、シナ・韓国が何を目的にしてA級戦犯合祀を非難しているのかくらい読んでから発言すべきです。彼らはあくまで政治利用、外交カードとして使っているだけなのです。
 
「政府関係者にはサンフランシスコ条約を順守する義務がある」
日本ほど条約を遵守する国はありません。国際法上、講和条約の発効で「捕虜」は釈放されることになっています(アムネスティ条項)。しかしサンフランシスコ講和条約には「刑期を守ること」と書かれていたため日本はきちんと遵守しました。これは守り過ぎと言えるほどの対応です。
 
「A級戦犯が合祀されている靖国神社への総理の参拝を正当化する理屈は、国内では通用しても国際的にはまったく通用しない」
お国のために命を捧げた方に尊崇の念を持ち、感謝の気持ちを捧げるのはその国の国民であれば当然のことであり、それは戦勝国、敗戦国に関わらず絶対の真理であります。他国が自国の戦死者に哀悼を捧げても何も言われないのに、日本だけが文句を言われるのは筋が通りません。ましてこれは日本国内のことです。
しかもその理由が「日本は他国に侵略して非人道的行為をして、多大な多大の損害と苦痛を与えた」と言うのです。しかしこれをやってきたのは白人国家です。自分たちがやった他国への侵略植民地政策こそ虐殺、掠奪、奴隷化の非人道的行為であり、その大罪を隠すために日本に全ての罪をかぶせたのがあの東京裁判であり、戦後占領政策であったのです。国際的と言うがなぜ張本人の彼らが涼しい顔をして日本を非難できるのか。
それを日本人たる者が「国際的にはまったく通じない」とは日本人の矜持を失った、しかも英霊を冒とくする許されない発言であり、それを知ったような顔をして取上げて安倍総理を批判する佐高某こそ英霊たちが悲しんでいる、いや呆れていることでありましょう。
 
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転載元転載元: さくらの花びらの「日本人よ、誇りを持とう」

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米慰安婦像の撤去請願署名10万超す 受理の目標達成、欧州でも支持
米カリフォルニア州グレンデール市に設置された慰安婦像の撤去を求め、ホワイトハウスのホームぺージで続いている請願活動は3日までに、署名が10万件を超え、請願の正式受理に必要な目標数を達成した。
 
慰安婦像撤去の請願を立ち上げた米テキサス州在住のトニー・マラーノさんは、 「目標達成は特筆すべき成功だ。多くの人が慰安婦像は日本のイメージを傷つけるだけだと感じている」と述べ、賛同者と署名集めに奔走した人々への謝意を示した。
「テキサス親父」の愛称で知られるマラーノさんが請願を立ち上げたのは昨年12月11日。 期限の今月10日までに10万件の署名を集めるのは困難とみられていたが、マラーノさんによると、ソーシャルメディアなどによって日米だけでなく欧州でも支持が広がり、目標達成が実現した。
 
請願が受理されても、連邦政府が地方自治体の案件に介入する可能性はほとんどない。だが、マラーノさんは「慰安婦像が不愉快だと受け止められていることが裏付けられた」として、請願が2月から慰安婦碑設置の可否を審議するカリフォルニア州クパチーノ市議会などへの牽制となることに期待を示した。(2014.1.4 産経新聞)
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当初難しいと思われていた慰安婦像撤去の10万人署名が集まりました。日米欧で支持が広がったようです。テキサス親父さんはじめ、多くの心ある皆様の拡散のお陰であります。これにより110日期限が、これ以降も継続して署名出来ることになりました。
後はホワイトハウスが調査してアメリカ政府がどのような見解を出すかですが、直接の撤去要請はほぼないということであります。ただ、これだけの声が集まったということは我々の力もバカに出来ないということであります。
 
ただ油断できないのはNHKがこれを報じたことです(上画像)。在日が無数にいるNHKで、しかも従軍慰安婦を擁護してきたNHKがこれを報道したということは額面どおり受け取るわけにはいきません。
この署名には「無効票」があります。つまり多くの在日・反日勢力に「署名が10万人集まってしまった。同胞諸子よ、無効票を頼む」と呼びかけるための報道であるということです。これは日本人が全く関心のない北朝鮮情勢をNHKはトップニュースで流す時がありますが、あれは在日同胞に知らせるために流しているのであってどうみても日本人ではないのです。これと全く同じといえるでしょう。公正でない反日放送協会がやりそうなことです。
 
油断禁物、今後もさらに署名を増やしていく必要があります。そして最終的には撤去させなければならないものです。
テキサス親父日本事務局によりますと、今回の署名に当たり95歳の退役帝国軍人の方から電話があり「はっきり言うが、慰安婦の強制連行など無かった。真実の為に頑張ってくれ」という力強い声援もあったという。
いつまでも捏造鮮人と反日勢力の思い通りにさせてはいけません。先人と日本の名誉のためにも毅然と戦ってまいりましょう。
 
署名はこちらより。
 
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転載元転載元: さくらの花びらの「日本人よ、誇りを持とう」

戦前の子供たち、天真爛漫な子供らしい子供の姿がそこにはありました。



昨今、子供らしい子供の姿を見かけなくなりました。
野を駆け巡り、泥にまみれる逞しい子供たちを・・・
道徳教育の必要を叫ばれてから久しいですが、教育現場では何ら改善されていません。
体罰問題が現在注目されていますが、筆者は余りにも行き過ぎた人権擁護ではと感じ得ません。

戦後の教育は、国民の育成、日本人としての人格形成という根本目的を失いました。そのため、各教科を一つに結びつける統合力がなくなっています。音楽教育もまた然り、かつてもっていた教育力を失っていると言わざるを得ません。
筆者の子供の頃は、今は年老いた母が唱歌を唄って聞かせてくれたものです。
祖母とも共に口ずさんだものです。
最近の子供たちは唱歌を知りません。教育の現場で教えないからです。
戦後の教科書から消された文部省唱歌は多数あります。その結果、親と子、祖父母と孫が、いっしょに歌える懐かしい歌が、少なくなりつつあります。これは、親子・祖孫の心の結びつきを、弱めていると筆者は思います。
 注目したいのは、音楽教育にも重大な問題があることです。音楽は、主要な教科ではないため、何が教えられているかなど、あまり関心のない方が多いでしょう。
 しかし、音楽には、特に幼い子どもの情操を育てるうえで大きな力があります。学校でどんな歌を教えるかは、子どもたちに大きな影響を与えるのです。
明治以降の音楽教育を振り返ると、音楽という教科は、単に音楽的な感性・教養を身につけることが目的だったのでは、ありませんでした。義務教育における音楽教育は、修身(道徳)や歴史・国語等の教科と結びついて、これらを支援する役割を担っていたのです。
音楽を通じて、子どもたちに国民としての自覚を育て、日本の伝統と文化を身に付けさせるという目的があったのです。
 こうした目的のもとに創作されたのが、文部省唱歌でした。文部省唱歌には、国語や国土の美しさを感じることができる歌、歴史的な偉人や物語を語る歌、自然に徳性を養う歌が、多く含まれていました。
「故郷」「春の小川」「水師営の会見」「児島高徳」「母の歌」など、心にしみる名歌がいくつもあります。こうした歌を多く教えた戦前の音楽教育には、他の教科に優るとも劣らない教育力があっただろうと思われます。
 歌というものは、言葉と音楽が一体となっていますから、心に深く刻み込まれ、親子や、先生と生徒あるいは友達同士が、一緒に歌を歌うとき、全身で一つのリズムに共振します。そこで体験する一体感は、生命の共有感覚につながっていくと思います。また、そこで歌われる言葉は、子どもに意味はわからずとも、字句を超えた感化を覚えるのです。ですから、学校教育でどういう歌を教えるかは、教育全体において、重要な課題だと筆者は思います。
 最近の音楽の教科書には、近年流行った歌など、新しい歌が増えています。それらの歌は、若い教師や親の感覚には合うでしょうが、しかし、昔から載っている文部省唱歌と比べるとき、学校で教えるほどの価値があるのかと、筆者は疑問を感じ得ません。







ふるさと 小学唱歌







春の小川





母の歌  母こそは命のいずみ・・・桑名貞子





児島高徳(こじまたかのり)







松竹映画 「 二十四の瞳 」 仰げば尊し





2,3月の卒業式のシーズンには、それにふさわしい歌が歌われます。その代表的なものが、「あおげば尊し」と「蛍の光」です。
かっては日本全国の学校で歌われました。
これらは、すべて戦前作られた文部省唱歌です。しかし、現在、これらの歌は、歌詞の一部がカットされてしまっています。カットされた内容を見ることによって、戦後の音楽教育から欠け落ちたものを、うかがうことができます。
 今日、卒業式で、「あおげば尊し」が歌われる学校は、ごく少ないようです。戦後のわが国では、学校は、教師と生徒の魂のふれ合いの場ではなくなりました。知識や技術・資格の習得の機関にすぎなくなりつつあります。「あおげば尊し」の歌詞にある「尊い」とか「恩」という感情は、戦後教育では、ほとんど培わることがありません。
最も日本人が日本人たる根幹を為すものです。


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 あおげば とうとし、わが師の恩。
 教(おしえ)の庭にも、はや 幾年(いくとせ)。
 思えば いと疾(と)し、この年月(としつき)。
 今こそ 別れめ、いざさらば。
 朝夕 馴(なれ)にし、まなびの窓。
 螢のともし火、積む白雪。
 忘るる 間(ま)ぞなき、ゆく年月。
 今こそ 別れめ、いざさらば。
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上記の1番と2番の間に、本来の2番があり、以前はその2番も歌われました。歌詞は、以下のとおりです。

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 互(たがい)にむつみし、日ごろの恩。
 別るる後(のち)にも、やよ 忘るな。
 身をたて 名をあげ、やよ はげめよ。
 今こそ 別れめ、いざさらば。
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 歌詞全体をみると、この歌の核心は、2番にあります。2番を抜くと、単なる別れの歌となってしまいます。どうして、2番が歌われなくなったのか筆者は疑問に思います。「身を立て、世に出て、名をあげる」といった人生の目標や、その目標をめざす「刻苦勉励」の態度を、公教育から斥けようとするものでしょう。かつて、日教組が、「立身出世」はよくないといって、この歌を卒業式から排除しようとしたのです。
今日の多くの若者に欠けているのは、「刻苦勉励」、「立身出世」の心意気ではないでしょうか?





蛍の光  全4番 スコットランド民謡 作詞 稲垣千頴




明治14年、「小学唱歌集(初)」に「蛍」という題で掲載されたのが、唱歌としての始めといわれます。原曲は、スコットランド民謡の「久しき昔 」。これに東京師範学校の教員だった稲垣千穎(かい)が詩をつけました。
 「蛍の光」にも「あおげば尊し」同様、戦後、歌われない歌詞があります。現在は2番までですが、原詞には3番、4番があります。それは、以下のような歌詞です。
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 筑紫(つくし)のきはみ、みちのおく、
 海山(うみやま)とほく、へだつとも、
 その真心(まごころ)は、へだてなく、
 一つに尽くせ、国のため。
 千島(ちしま)のおくも、沖縄(おきなは)も、
 八洲(やしま)のうちの、守りなり。
 至らん国に、勲(いさを)しく。
 務めよ わが背(せ)、つつがなく。
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 2番までしか知らない者は、「蛍の光」は「あおげば尊し」と同様、単なる別れの曲だとしか思いません。しかし、後半の歌詞を知ると、歌のイメージが全く変わります。
 3番、4番では、「筑紫」(九州)、「陸奥」(東北)、「千島」(北方)、「沖縄」(南方)という地名が、一連なりに歌われます。このことにより、わが国の領土が想起されるのです。国民が旧来の藩や地域を越えて一つとなり、公(おおやけ)に尽くそうという意識が喚起されるのです。また国民が自ら国を守る国防意識を高揚する歌詞ともなっているのです。そこには、明治日本の健やかなナショナリズム(国家意識・国民意識)がみられます。4番の出だしの歌詞は、日清戦争後に、「台湾の果ても、樺太(からふと)も」と改訂されたそうです。
 こうした歌を4番まで、卒業式という節目・門出に歌うことは、意義深いものなのです。





「蛍の光」あおげば尊し」
これらの歌は、戦後、歌詞の一部がカットされました。戦後の教科書から消された文部省唱歌は多く存在します。その一つ、「水師営の会見」があります。
 この歌は、日露戦争の時の乃木将軍とロシアのステッセル将軍の会見を歌ったものですが、歴史や修身の教科書に、乃木将軍のことが書かれ、音楽ではそれが歌として教えられたことは、意義のあるものでした。しかし、戦後の教科書では、日露戦争の真の意義は教えられず、欧米人を感動・尊敬せしめた乃木将軍の美談は、教科書から消されてしまいました。音楽の教科書からも、「水師営の会見」は消えました。
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 旅順(りょじゅん)開城(かいじょう)
 約成(やくな)りて
 敵の将軍 ステッセル
 乃木大将と会見の
 所はいずこ 水師営

 庭に一本(ひともと) 棗(なつめ)の木
 弾丸あとも いちじるく
 くずれ残れる 民屋(みんおく)に
 今ぞ相(あい)見る 二将軍

 乃木大将は おごそかに、
 御(み)めぐみ深き 大君(おおぎみ)の
 大(おお)みことのり 伝(つと)うれば
 彼(かれ)かしこみて 謝しまつる

 昨日(きのう)の敵は 今日の友
 語ることばも うちとけて
 我はたたえつ かの防備
 かれは称えつ わが武勇

 かたち正して 言い出でぬ
 「此の方面の戦闘に
 二子(にし)を失い給(たま)いつる
 閣下の心如何にぞ」と

 「二人の我が子それぞれに
 死所を得たるを喜べり
 これぞ武門(ぶもん)の面目(めんぼく)」と
 大将答(こたえ)力あり

 両将昼食(ひるげ)共にして
 なおもつきせぬ物語
 「我に愛する良馬(りょうば)あり
 今日の記念に献ずべし」

 「厚意謝するに余りあり
 軍のおきてに従いて
 他日我が手に受領せば
 ながくいたわり養わん」

 「さらば」と握手ねんごろに
 別れて行(ゆ)くや右左(みぎひだり)
 砲音(つつおと)絶えし砲台(ほうだい)に
 ひらめき立てり 日の御旗(みはた)


学校教育でよりよい歌を教えることは、教育全体における重要課題であり、世代間を結ぶ「絆」でもあり、アイデンティティを喚起することにも繋がるのです。
 歴史、道徳、国語だけでなく、音楽教育の重要性は、もっと認識されなければならないと思います。

日本人が日本人である為にも・・・

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