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日本よい国、きよい国。 世界に一つの神の国。
降り積もる深雪(みゆき)に耐えて色変えぬ 松ぞ雄々しき人もかくあれ

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4月の水口播種祭、6月の田植祭と大神のみたまの働きによって成長し稔った稲を刈り取るお祭り、「抜穂(ぬきほ)祭」が25日、京都市伏見区の伏見稲荷大社で営ました。神楽女(かぐらめ)が舞う中、菅笠(すげがさ)をかぶった講員が稲を刈り取り、実りの秋に感謝した。
 同大社では、2月の初午(はつうま)の日に稲の豊作をもたらす祭神を山から迎え、11月の火焚(ひたき)祭で送る。抜穂祭は一連の農耕神事で、三島初穂講(大阪府摂津市)の講員が約3・3アールの神田で収穫。
 本殿での神事に続いて森に囲まれた神田に移動。祭場の舞台で神楽女が「稲穂舞」をゆったりと舞う間、すげがさ、たすき姿の22人が神職から手渡されたかまを手に稲穂を刈った。稲は11月23日の新嘗(にいなめ)祭で神前に供えられる。
伏見稲荷大社は、伝承によれば奈良朝和銅四年(711)2月初午の日に、深草の里の長者秦伊呂具公(いろこのはたのきみ)が勅命により、三柱の神を伊奈利山三ヶ峰の平処に祀ったのが始まりで、「伊奈利」又は「稲生」と表記された御神号に、「稲荷」の文字か広く使われるようになったのは、稲束を荷った老翁の姿を神像として礼拝することが普及したことによるものと考えられる。社記には「衣食住ノ大祖ニシテ萬民豊楽ノ神霊ナリ」とあり、稲荷山が古くから民衆の信仰の“お山”であったことは、平安朝の女流日記随筆等によって偲ぶことができます。
また秦氏(はたうじ)は、古代の氏族で、秦氏の本拠地は山背国葛野郡太秦(うずまさ)(現在の京都市右京区太秦)、現在は映画村としても有名です。
 また、朝廷より神威の盛大な神々に対して神階が贈られて格式が高められたが、稲荷大神に対しても、天長四年(827)に始めて「従五位下」を授けられて以降数次の贈位があり、、ついに天慶五年(942)「正一位」に叙せられた。今も「正一位稲荷大明神」と奉称されているのはその名残です。
 
主祭神は宇迦之御魂神(うかのみたまのかみ)で
古い祝詞に、この大神について「是稲霊也。宇賀能美多康謂」説明しているように、穀物の神様であり、ウカはウケとも云い、立派な「ウ」、食物「カ・ケ」の意味である。ミタマは、清明を養い育てる貴い根源の力を意味する語であり、この大神は生命の祖神に坐しますのである。
神々の伝説によると、我々の食物は五穀を始め、魚も家畜も、更に衣料のもととなる蚕もすべて、この大神がお生みになり、天祖天照皇大神は、稲を日本民族の主食とすべきことを教示し給うた。古来我国を、豊葦原瑞穂国と称え、国家繁栄の基本としてきた所以である。

御神名「稲荷(いなり)」は「稲成(いねな)り」から変化したともいわれ、もともとは農業の神さまとして信仰されていましたが、現在では結びの信仰(ものごとを生み増やす生成発展の信仰)から、諸産業の神さま、特に商売繁盛の神さまとしても信仰されています。
稲荷神社の社頭には、朱塗りの鳥居が幾重にも建てられていることがありますが、朱色は生命の活性化、躍動感を表すといわれ、災厄を防ぐ色ともいわれます。また、狐の置物もよく見られますが、これは田の神、山の神の信仰との結びつきと考えられ、稲が実るころに山から人里近くに姿を現す狐の姿を、人々は神さまの使いと考えたと思われます。



神の遣い(狐)  伏見稲荷
 
 
天皇彌榮(すめらぎいやさか) 

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