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あいさつ回りする芸舞妓ら=1日午前、京都市東山区(産経ニュースより)
菅義偉(すが・よしひで)官房長官は1日の記者会見で、旧暦の8月1日の「八朔(はっさく)」にちなみ、だれに感謝しているかを問われ、「いつも両親に対しては感謝の気持ちを持ち続けているが、父が他界しているので、お袋にはお礼をいいたい」と述べて、照れた表情を浮かべられた。
菅氏は昭和23年生まれの64歳。名門に育った安倍氏とは対照的な道を歩んできた。高校を卒業すると集団就職で上京。仕事をしながら法政大学を卒業した。その後、故小此木彦三郎元建設相の秘書を務め、小此木氏の地元である横浜市の市議会議員を経て96年の衆院選で初当選した苦労人。
内閣の屋台骨をしっかりと支えている。
八朔をめぐっては、かつては世話になった人に贈り物をして祝う習わしがあり、新暦になってからも、京都・祇園では恒例行事として続いています。 「八朔」(はっさく)とは、冒頭にも記述していますが、旧暦八月朔日(ついたち)のことを言います。
早稲の穂が実るので、農民の間で初穂を恩人などに贈る風習が古くからあった。このことから、田の実の節句ともいいます。この「たのみ」を「頼み」にかけ、武家や公家の間でも、日頃お世話になっている(頼み合っている)人に、その恩を感謝する意味で新穀を贈り物をするようになり、、「たのもの節句」とも呼ばれました。今日のお中元のはじまりとも言われております。
古く伊勢では五穀のうち、米や粟のお初穂を神前にお供えし豊穣を祈りました。また、「朔日参り」の中でも八月一日は特に「八朔参宮」と呼びました。
京都市東山区の祇園甲部、宮川町など花街では、新暦8月1日に芸妓や舞妓がお茶屋や芸事の師匠宅などお世話になっている方々にあいさつに回るのが伝統行事になっています。
祇園周辺では、黒紋付き姿の芸舞妓たちが行き交い、訪問先で日ごろの感謝を伝えます。
花街の八朔祇園甲部の挨拶まわり
宮川町 「八朔」
本格的な夏を彩る、祇園祭りも終わった8月1日、朝から日差しが強く、芸舞妓たちは日傘や扇子を手に出掛けた。東山区末吉町のお茶屋では、のれんをくぐった芸舞妓たちが「おめでとうさんどす。どうぞ相変わりませず、おたの申します」と頭を下げ、出迎えたおかみは「暑いし、気をつけておくれやす」とねぎらった。
八朔の祭りは、明治改暦以降、新暦8月1日や月遅れで9月1日に行われるようになりました。
二百十日・二百二十日とともに台風襲来の特異日とされています。
我国は皆さんご存知のように、稲作文化の国です。台風が新穀に与える影響は今も昔も変わりません。田の実の節句と言われるのがその由縁です。
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2014年08月01日
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わが国が満州事変に至った道程は、日清戦争まで溯ります。
わが国が清国と交わした下関条約は清国の遼東半島の割譲を約したものでした。しかし清国は当時わが国を上回る軍事大国であったロシア・ドイツ・フランスをそそのかし、わが国に遼東半島の還付を勧告させました。三国干渉です。三国干渉にしたがい、わが国は清国に遼東半島を返還しました。多くの日本国民は三国干渉に反発し、明治の先人たちは「臥薪嘗胆」を合言葉に国力を充実させていきました。
これが支那がわが国に対する条約を反故にしたはじまりで、そしてそれら条約無視、反故は日露戦争後も続いていきます。
無法国家支那と法治国家であったわが国は一触即発の状態でした。
現在の支那中共が昭和47年の日中共同声明を無視して、賠償を要求している行動が理解していただけるでありましょう。
現在、日本政府借款を既に3兆円与えているが、借款を受領した支那中共政府の事業は日本政府に通知もせずに逐次、株式会社に変更しつつあり、踏み倒す恐れは十分にあります。
現在、世界有数の援助大国といわれる日本。外務省によれば2012年の日本のODA(政府開発援助)実績は約104億ドル(暫定値)と、世界で5番目に多く、ODAのうち、返済義務のある円借款の貸付契約累計額は29兆2232億円、供与先はアジアが中心です。その中には昨今関係が冷え込んでいる支那や韓国への援助も含まれていますが、政治的衝突が起きるたび、こうした公的援助の是非が議論の的になります。時には、両国が「円借款を踏み倒している」なんて話がネット掲示板を賑わせることも。だが、国家間での借金が反故にされるなんてことが本当にあり得るのだろうか?
ほとんどの国は経済状況が苦しくなっても、対外債務をなんとか返済しようとするのです。返済できなくなった場合、同国の政府だけでなく、民間企業も連動して信用を失い、世界中から資金を調達できなくなり、多くの経済活動に支障をきたすなど、広く悪影響が出ます。そのため、条件緩和などの交渉を求めることはあっても、返済義務を反故にするようなことはしません。
戦前、支那はわが国に円借款していました。
しかし支那は、日本が大正4年〜大正13年に貸し付けた円借款約10億円(現在の2,3兆円)を、大正12年の関東大震災で、日本が困窮状態になっていることを逆手にとって、返却を遅滞し始め、昭和8年3月3日に起きた三陸大震災の四ヶ月後に、円借款の踏み倒しにかかって来たのです。その間の中国の挑発は現在と同じです。
ちなみに、そのときの円借款は、その後の戦争のドサクサで踏み倒されました。
70年後の平成17年3月に、町村外務大臣が円借款の終了を通告してから、在中国日本大使館や上海領事館を襲った官製デモで、インク瓶で壁を汚したり、平成二十三年三月十一日に東日本大震災が勃発した以降の支那中共の行動は、昭和初期とまったく同じです。
支那はわが国からの円借款や技術供与など様々な援助で為政者が豊かになるとその蓄財したお金を海外に持ち出し、円借款などを踏み倒しにとどまらず、鉄道や民間が投資した工場の権益を収奪する目的で抗日、排日、侮日世論を煽り、それらを平定する目的で軍隊を動かしたわが国を「侵略した」と嘘を言い、非難しています。
他国が投資した鉄道や民間の工場の権益を強奪するのが漢民族のやりかたであり、伝統と言えましょう。
今日多くの日本企業が支那に進出しています。
しかし、多くの企業経営者は過去の歴史に学んでいません。
普通に考えると、世論を無視できる一党独裁の支那において、国営事業の存続は政府の意志さえあれば永続できるでしょうから、日本政府借款が踏み倒される、リスクが低いはずです。しかし、支那人は、金儲けの為なら悪知恵が働くのです。共産主義と資本主義を都合のいいように使い分けて、借款を踏み倒そうとしています。
戦前の光景をそのままに・・・
忘れてはなりません。借りたものは返さないのが支那の慣例です。
本来、国家間の条約は国内法に優先しますが、国際的な法理が逆転するのが中華思想です。
条約が支那政府によって履行されていたら戦争に巻き込まれることはなかったはずです。
日本人は、わが国を悪玉に仕立て上げ、戦争に引きずり込んでいった支那との過去を忘れてはなりません。
歴史は繰り返されるのです。
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先日、昭和天皇記念館で参事をなされておりました中曽根語良さんからこのようなお手紙を頂きました。
「さる7月15日、念願としていた大阪市の塚本幼稚園を訪問させて頂き、朝礼と体育と論語の学習を見学させて頂きましたが、2歳から5歳までの子供達210名が校庭に整列し、入園したばかりの子供も一緒になって一糸乱れず「教育勅語」を唱和し、「五箇条の御誓文」を唱え、音声にリズムを付け「一旦緩急あれば・・」と報じるさまは、まさに圧巻、感動の一語です。
体育の教室では「より高き」を目指して跳び箱に挑み、論語教室では5歳児が畳に正座し、教科書を指先でなぞりながら論語や漢詩を音読するさまは寺小屋そのものであり、昭和天皇の御製「ふりつもるみ雪にたへていろかえぬ 松ぞををしき 人もかくあれ」を奉昌した時は目頭が熱くなりました。・・・
『日本よ 日本 この国に生まれてよかった』。園児は毎朝この歌を歌っています。日本の国に生まれたことを感謝し、文武両道の教育精神と伝統文化を大切にし、悠久の日本の国柄を伝え継ぐ教育方針こそ道徳の荒廃によって滅びゆく日本を救うものと確信します」
昭和25年に開設した塚本幼稚園。毎朝「国歌」斉唱と「教育勅語」朗唱で始まり、剣道などの武道、日本の伝統文化である茶道や論語や将棋、そろばん、大正琴、日本太鼓、田植え・稲刈り、良書選定して読み書き・読み聞かせに力を入れているという。
「教育実施眼目である歴史と伝統を尊重する先人の功績と、この幼稚園の園児に立派な日本人としての誇りを持つということの原点である御皇室との関わりは長い歴史間を通じて深く、特に先帝昭和天皇陛下の御代にその関わりは深化してまいりました」
「国家の安定は国防でありその国防をになっている自衛官及び、自衛艦(昼夜、我が国を外国より守っている人々(防人)に対して)に対して敬意を払い、国民を代表して感謝の誠を捧げております」
【 海軍慰霊祭(平成26年6月1日) 】
【 天皇皇后陛下御奉迎 】
【 毎年行う伊勢神宮参拝 】 塚本幼稚園は左翼の悪質な誹謗中傷や裁判闘争にも負けず、阪神・淡路大震災では園舎が崩壊するというどん底にも負けずに、日本の未来を担う子供たちの教育に打ち込んできました。
今、日本の教育で欠けているものが塚本幼稚園にあります。しかし、この幼稚園を卒園しても、子供たちが小学校や中学校で日教組の反日教育を受けることで「戸惑い」や「挫折感」を味わってしまうのです。そのために、この度、塚本幼稚園では小中一貫校を建設することになりました。
「国の宝となる日本人を育てる」教育方針を左翼の誹謗中傷にも負けずに実践している学校があることを知って頂きたく、マスコミがこういう正しいことを報じないので、微力ながらこのブログでご紹介させて頂きました。
冒頭の中曽根語良さんはお手紙の最後にこのように書いております。
「トタン屋根の校舎でもいい。とにかく開校して欲しいと念じています」
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