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日本よい国、きよい国。 世界に一つの神の国。
降り積もる深雪(みゆき)に耐えて色変えぬ 松ぞ雄々しき人もかくあれ

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岩戸神楽ノ起顕(三代豊国)




「わが国の戦前は非民主的な社会で、戦後アメリカに民主主義を与えられた」と信じる人は今日も多く存在します。戦前は軍国主義国家であり、戦後アメリカ(占領軍)から民主主義を与えられたという占領以来から続くプロパを信じる人も多く、教育現場などでは、占領以来一貫してこのように教えられてきました。マッカーサー信奉者などがそれである。これらはとんでもない嘘八百です。
 そもそも戦前は民主主義社会でした。現在の支那など社会主義体制などと異なり、完全な選挙が行われていました(成人男子のみ)。例えば大東亜戦争は圧倒的な民意の支持を受けて開始された戦争なのです。
政府批判の自由もありました。マスコミを含み多くの人々は政府を批判していたのです。朝日新聞などは政府の弱腰を徹底して批判し煽りました。制限されたのは政府批判ではなく、根本的に國體を破壊させる言動(共産主義暴力革命思想)です。
 現在は成人男女に選挙権、立候補権があり、根本的に國體を破壊させる言動すら許容される社会体制である。これらは占領政策後に施行されました。しかし、これらをもって「民主主義を与えられた」と言うのはどうでしょうか?。先人をあまりにも愚弄する思い上がった考え方です。
また戦前と比べて民主主義が退行している部分もある。日教組や日弁連など、民意に制御されない官僚系圧力組織が、政策その他に強力に介入している所だ。
 しかし、「アメリカに民主主義を与えられた」アメリカの占領政策そのものが極めて非民主的ではなかったでしょうか?。
 徹底した言論統制がしかれ日本国民はアメリカ占領軍を批判する自由など皆無でした。更に普通の民主社会ではありえない報復裁判(極東軍事裁判)などに及んでいる。
当時アメリカでは黒人に選挙権はありませんでした。アメリカ自体がまともな民主国家ではなかったのです。
 「日本の戦前は非民主的な社会で、戦後アメリカに民主主義を与えられた」は完全なまやかしなのです。
勿論、支那は有史以来選挙が行われたことはありません。
わが国は明治22年アジアで最初の近代憲法を制定し、翌23年帝国議会を開催しました。なぜわが国がアジアで最初の選挙、議会政治を為し得たのでしょうか?
欧米と似通った民主主義の土壌があったのでしょうか?
明治元年、明治政府は国家の基本方針、「五箇条のご誓文」を発表しました。その第一条が「広ク会議ヲ興シ万機公論ニ決スヘシ」です。民主主義の根幹とも言える原理を新政府が掲げられたのです。

しかもその淵源は「神代」の昔、天岩戸(あまのいわと)まで遡ります。
古事記では「誓約で身の潔白を証明した建速須佐之男命は、高天原に居座った。そして、田の畔を壊して溝を埋めたり、御殿に糞を撒き散らしたりの乱暴を働いた。他の神は天照大神に苦情をいうが、天照大神は「考えがあってのことなのだ」とスサノヲをかばった。
しかし、天照大神が機屋で神に奉げる衣を織っていたとき、建速須佐之男命が機屋の屋根に穴を開けて、皮を剥いだ馬を落とし入れたため、驚いた1人の天の服織女は梭(ひ)が陰部に刺さって死んでしまった。ここで天照大神は見畏みて、天岩戸に引き篭った。高天原も葦原中国も闇となり、さまざまな禍(まが)が発生した。
そこで、八百万の神々が天の安河の川原に集まり、対応を相談した。思金神の案により、さまざまな儀式をおこなった。常世の長鳴鳥(鶏)を集めて鳴かせた。
鍛冶師の天津麻羅を探し、伊斯許理度売命に、天の安河の川上にある岩と鉱山の鉄とで、八咫鏡(やたのかがみ)を作らせた。玉祖命に八尺の勾玉の五百箇のみすまるの珠(八尺瓊勾玉・やさかにのまがたま)を作らせた。
天児屋命と太玉命を呼び、雄鹿の肩の骨とははかの木で占い(太占)をさせた。賢木(さかき)を根ごと掘り起こし、枝に八尺瓊勾玉と八咫鏡と布帛をかけ、フトダマが御幣として奉げ持った。アメノコヤネが祝詞(のりと)を唱え、天手力雄神が岩戸の脇に隠れて立った。
天宇受賣命が岩戸の前に桶を伏せて踏み鳴らし、神憑りして胸をさらけ出し、裳の紐を陰部までおし下げて踊った。すると、高天原が鳴り轟くように八百万の神が一斉に笑った

アメノウズメが「貴方様より貴い神が表れたので、喜んでいるのです」というと、天児屋命と太玉命が天照大神に鏡を差し出した。鏡に写る自分の姿をその貴い神だと思った天照大神が、その姿をもっとよくみようと岩戸をさらに開けると、隠れていたアメノタヂカラオがその手を取って岩戸の外へ引きずり出した。これを聞いた天照大神は訝しんで天岩戸の扉を少し開け、「自分が岩戸に篭って闇になっているのに、なぜ、天宇受賣命は楽しそうに舞い、八百万の神は笑っているのか」と問うた。
すぐにフトダマが注連縄を岩戸の入口に張り、「もうこれより中に入らないで下さい」といった。こうして天照大神が岩戸の外に出てくると、高天原も葦原中国も明るくなった
八百万の神は相談し、須佐之男命に罪を償うためのたくさんの品物を科し、髭と手足の爪を切って高天原から追放した

ここで重要なのは「八百万の神々」が「神集い集ひて(かむつどいつどいて)」多くの神が集まり、企画して天岩戸を開けました。
また「八百万の神々」が「共に謀りて」多くの神々が相談して建速須佐之男命を罰し、追放したということです。
高天原の統治者は天照大神です。大神の一存で建速須佐之男命は追放できたはずです。しかし大神はそうなさらなかった。
天照大神は天岩戸に閉じこもられ八百万の神々に考える機会を与えられ、皆で相談、すなわち「衆議」によって沙汰することをさだめられたのです。

『大祓詞』「(おおはらえのことば)は、神道の祭祀に用いられる祝詞」
の冒頭の一節です。

高天原爾神留坐須 皇賀親神漏岐神漏美命以知?
八百萬神等乎神集閉爾集賜比 神議里爾議賜比?
我賀皇御孫命波 豐葦原乃水穗國乎安國登平介久
知食世登事依奉里伎
此久依奉里志國中爾荒振留神等乎婆 神問波志爾
問賜比 神掃比爾掃賜比? 語問比志磐根樹根立
草乃片葉乎母語止米? 天乃磐座放知天乃八重雲乎
伊頭乃千別伎爾千別伎?天降志依奉里伎

現代語訳にすると

高天原(たかまのはら ※天上の神々の国)にいらっしゃる皇祖神
(すめみおやのかみ ※親神様)の御命令によって、八百万(数多く)の
神々が一堂に集まり、幾度も議論が重ねられた。
こうした神々による会議・相談の結果、
皇御孫命(すめみまのみこと=瓊々岐命 ににぎのみこと)は
豊葦原瑞穂国(とよあしはらのみずほのくに=日本国)を平和で
穏やかな国として統治しなさい、とお任せになった。
しかし、豊葦原瑞穂国には、素直に従う神もおれば、
ご威光に従わず荒れ狂い暴れ回り、恭順を示さない神々もいた。
そこで、瓊々岐命はそうした神々に『なぜ従わないのか』
ということを幾度も問われたあと、それでも反抗し
従わなかった神々を徹底して討伐し、追い払われた。
こうして、荒ぶる神々だけでなく、言葉をしゃべっていた岩や、
樹、一片の草にいたるまで、その言葉をやめて静かになったように
国土が平穏になったので、瓊々岐命はその玉座を発たれ、幾重にも
重なってたなびく雲を激しく千切るようにかき分け押し分け、
高天原から地上に降臨された。

※参考資料 『神道行法の本』

普段、何気なく聞いている「祝詞」の多くにわが国のお国柄の根幹が述べられているのです。
また、聖徳太子が推古12年に定められた憲法17条はこの衆議公論の伝統を明文化されています。

その第一条に、一に曰(い)わく、和を以(も)って貴(とうと)しとなし、忤(さから)うこと無きを宗(むね)とせよ。人みな党あり、また達(さと)れるもの少なし。ここをもって、あるいは君父(くんぷ)に順(したが)わず、また隣里(りんり)に違(たが)う。しかれども、上(かみ)和(やわら)ぎ下(しも)睦(むつ)びて、事を論(あげつら)うに諧(かな)うときは、すなわち事理おのずから通ず。何事か成らざらん。

現代語訳にすると

一にいう。和をなによりも大切なものとし、いさかいをおこさぬことを根本としなさい。人はグループをつくりたがり、悟りきった人格者は少ない。それだから、君主や父親のいうことにしたがわなかったり、近隣の人たちともうまくいかない。しかし上の者も下の者も協調・親睦(しんぼく)の気持ちをもって論議するなら、おのずからものごとの道理にかない、どんなことも成就(じょうじゅ)するものだ。

これらは「和」に基づいた衆議公論を国家の基本として太子が定められたものです。
よく識者と呼ばれる方々が欧米の民主主義の知識を振り翳されますが、わが国が衆議公論の伝統を紡いできた国家であることを国民に知らせません。
偏向報道による世論誘導で情報弱者を惑わすことに終始しています。わが国にはわが国の衆議公論のありかたが存在します。
遠い先人、神代に思いを馳せ、学ぶことが大事ではないでしょうか?

上(かみ)和(やわら)ぎ下(しも)睦(むつ)びて、事を論(あげつら)うに諧(かな)うときは、すなわち事理おのずから通ず。何事か成らざらんことを・・・


天皇彌榮(すめらぎいやさか)
聖寿万歳(せいじゅばんざい)

参考文献 戸部民夫 『日本神話…神々の壮麗なるドラマ』 
      『神道行法の本』 株式会社学習研究社


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野田聖子と有田芳生
 
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「政治の王道から外れる」自民・古賀氏 安保法制の統一選後の審議を批判
自民党の古賀誠元幹事長は1日のTBS番組収録で、集団的自衛権の行使容認を含む安全保障関連法案の審議について、政府が来春の統一地方選後で検討していることに「政治の王道から外れる」と批判した。「国民に覚悟を求める以上、政府・与党は説明する努力が必要だが、政府・与党の議論はそれが足りない」とも述べた。
日本は平和主義を旗に、外交を通じてしっかりとした態勢を維持すべきだ。力と力の競争に入れば、いつか来た道に帰るとの心配を国民は持つのではないか」とも指摘した。(2014.8.1 産経新聞抜粋)
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「日本は平和主義を旗に、外交を通じてしっかりとした態勢を維持すべきだ」と述べた古賀誠。「外交を通じてしっかりとした態勢」と述べていますが、それはかつての自民党がやってきたことを維持せよということでしょうか。
 
かつての自民党がやってきたことはあまりにもひどいから国民に見放されてきたのです。
平成11年、野中広務官房長官(当時)は「中国・韓国の歴史教科書を日本語に直して日本の青少年の教育に活用するよう文部省に検討させる」と発言しました。
平成12年、与党三党幹事長の訪中時に野中広務は江沢民に「江沢民閣下から日中友好を重視するという趣旨のお言葉を賜り、日本国民一同感激いたしております」と言ったのです。
 
この野中広務は「首相の靖国参拝に反対」し、「防衛庁の省昇格に反対」し、「自衛隊空中空輸機導入に反対」し、「在日に参政権を与えよ」と主張していました。
この朝貢思想を受け継ぐのが古賀誠です。古賀は遺族会会長であるにもかかわらず「小泉首相の815日の靖国神社参拝阻止」をシナに約束して官邸に圧力をかけ続けるほどの朝貢ぶりでした。
 
つまり冒頭の記事の古賀誠の「外交を通じてしっかりとした態勢を維持」という意味は「中国様との朝貢関係を崩さずに維持しなさい」ということなのです。
 
この自民党最左派である古賀誠が「首相候補」と持ち上げたのが同じ自民党の左派で“夫婦別姓”を唱える野田聖子です。
 
日本は天皇陛下を中心とした国です。この「皇統」のように国民にも「先祖代々の○○家」という家系があり、家系が集合して成り立っているのが日本です。「家」の集合体であるから日本では「国」のことを「国家」と言うのです。国全体が一つの「家」であり、国民は皆「家族」である、つまり初代・神武天皇の日本国建国の詔(みことのり)であります「八紘一宇」そのものなのです。これは大切に受け継いでいかなければなりません。
 
一方、共産主義国の単位は「家」ではなく「個」です。家族は「家長が家族を支配する階級単位だ」として否定しています。姓は家族の基礎であるからマルキストは夫婦別姓によって家系という先祖代々の伝統を断ち切り、家族を破壊しようとしているのです。
 
社民党や民主党、自民党のアカ・野田聖子が主張している夫婦別姓は「家族」を「個の同居」にするものです。1927年にソ連が「家族制度はブルジョア的なので解体すべき」を引き継いでいるのがこれです。
日本にとって大切な家族のつながりは断ち切るのに、自民党内のアカの流れはしっかり受け継いでいます。
 
自民党に巣食う左巻きのアカい連中を自民党を追放し、まっとうな保守議員を取り込んでいかなければ自民党も先がないと言えるでしょう。それと同時に国民も選挙で国賊を落としていかなければなりません。それぞれの立場で日本を正してまいりましょう。
 
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転載元転載元: さくらの花びらの「日本人よ、誇りを持とう」

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