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日本よい国、きよい国。 世界に一つの神の国。
降り積もる深雪(みゆき)に耐えて色変えぬ 松ぞ雄々しき人もかくあれ

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庭田神社 鎮守の杜



天皇彌榮(すめらぎいやさか)

日本よい国、きよい国。 世界に一つの神の国。
わが国は春夏秋冬の眺めの”美しい国”です。
山や川や海のきれいな国です。このよい国に私たちは生まれました。
戦前まで我々の先人はわが国をこのように形容しました。
四季の移りかわりに敏感に反応しながら生活のいとなみを続けてきた私たちの祖先は、農耕民族として太陽や雨などをはじめ、自然の恵みは、何よりも大切にしました。
自然界に起こる様々な現象、天変地異、それを神さまの仕業として畏(おそ)れ敬(うやま)ったことに信仰の始まりがあります。そして自然をつかさどる神々は、私たちの生活のすべてに関わる神として、人々に崇(あが)められるようになったのです。

筆者は冒頭の日本よい国、きよい国。 世界に一つの神の国の語句にはじまり、末尾の人々に崇(あが)められるようになったのですまでの語句を必ず記載するようにしています。
これらはまさにわが国を表し、我々の祖先の生き様を今日に伝えるものと筆者は確信しているからです。
我々の祖先の「清明心」は神社に詣で、そのこころを子孫にもうしおくってきた精華といっても過言ではないでしょう。

今回ご紹介させていただく式内社 播磨國宍粟郡 庭田神社は兵庫県宍粟市一宮町能倉に鎮まります。
先だってご紹介させていただいた播磨の國一の宮「伊和神社」 とは一里足らずの近距離にあります。


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鳥居




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鳥居






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百度石



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由緒

創立 第13代成務天皇甲申2月11日
祭神 神事代主命
境内面積 1379坪
伝記
古伝によると大国主命が天乃日槍命と国土経営を争い給いし時伊和の地に於いて最後の交渉を終わられ大事業達成に力を合わせられた諸神々を召集えて酒を醸し、山河の清庭の地を選び慰労のため饗宴をなし給えり。
この地が即ち庭酒の里、現在の庭田神社奉祀の霊地なるにより社殿を造営その御魂を鎮祭れりと云う。しかるに当社安永縁起に成務天皇の御代に神託により新たに社殿を建て広く崇敬せらるる。延喜の制小社に列し江戸時代寛文11年社殿改造。元禄15年本殿屋根替、享保8年本殿屋根替、元文3年拝殿屋根替、中略、明治4年本殿棟上げ再建。昭和43年5月幣殿改築。昭和49年10月拝殿改築現在に至る。
霊石 社殿右面にあり
霊地 社殿後方50m ぬくい

社頭掲示板)

【社殿】本殿入母屋造銅板葺
    幣殿・拝殿・神樂殿・社務所・神輿庫・随神門 
【境内社】皇大神宮・稲荷神社・出雲社・八幡神社・大歳神社・市杵島神社 

由緒

古伝(播磨風土記)に大名持大神(大国主大神)が国土経営の大業をなされ伊和の地で最後の交渉を終えられた時、其の大挙に係はれる諸神を招集へて酒を醸し山河の清庭の地(当社所在地)を選びて慰労のため饗宴をなし給えりし霊跡なるにより、社殿を造り奉りて其の御魂を鎮祭れりと云う。又当社安永縁起に、人皇13代成務天皇の御代甲申2月11日は(131年)神託により神祠を建て崇敬せらる。後神功皇の時に殊に霊験有るをもって、本殿及諸殿を造営とあり、社殿の興廃は度重なるも明らかでないが、寛文11年8月(1663年)本殿をはじめ修営なるも文久3年11月(1863年)に焼失せしにより村民等議りて明治4年12月(1870年)に社殿等再建さる。昭和43年4月幣殿改築、昭和49年10月18日御鎮座1800年祭執行記念事業として拝殿及末社等改築落成現在に至る。


播磨風土記に大名持大神(大国主大神)が国土経営の大業をなされ伊和の地で最後の交渉を終えられた時、其の大挙に係わった諸神を招集して酒を醸し山河の清庭の地(当社所在地)を選びて慰労のため饗宴をなしたという。
また、もとは、庭酒神社と呼ばれており、庭というのは宮中を表す字で、庭の酒、宮中に納める酒の神社という意味です。
播磨風土記には、庭田神社の裏にあるぬくい川に米を漬けていたところカビが生えておいしいお酒になったという記述がある。米で作った酒(日本酒)に関する日本でもっとも古い記述で、日本酒のルーツは庭田神社であるといわれています。


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一宮遙拝所




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手水舎



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境内を流れる川




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随神様




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随神様



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拝殿



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拝殿




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社殿





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本殿




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本殿




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境内社



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境内社



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霊石




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境内



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霊地ぬくい川




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境内


神道にはキリスト教、イスラム教などのように教典や、教義、絶対神はありません。しかし、日本全国津々浦々に神社があり、異なる神を崇め、祀っています。他の地域の神を貶(けな)したり、除外することなく日本人は共存共栄をはかり「和」を尊んできました。
穢れを嫌い、寛大、正直、なこころは連綿と受け継がれてきたものです。
穢れなきこころ、清きこころ、明るいこころは、過去、現在、未来、清明心は継承されていきます。
何も足さず、何も変えず、ありのままを後世に伝えて行く、民族の魂を・・


天皇彌榮(すめらぎいやさか)





今回ご紹介させていただきた庭田神社が鎮まる一帯を現在、染河内(そめごうち)ともいいます。筆者の親族も居住しており馴染み深い地です。
動画にもありますが、いたる所に石垣があります。
遠い祖先と現在の染河内の人々を結ぶ縦糸の一つでもあります。
大都会とは無縁の長閑なところで住民の方々もおおらかです。
手延べ素麺「揖保乃糸」の産地でも知られ、川は清く、染河内川は清流でも知られています。
近くを通られたら是非お立ち寄りいただきたい筆者お勧めの土地でもあります。




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